目安箱の中
赤松は龍介に、目の下のクマも含め、相当の被害を与えてしまった事が申し訳なくなり、鸞の事は諦めると言った。
「だが、もし今度不幸にしたり、泣かせたりしたら、そん時は鸞ちゃんがどう言っても、俺は介入させて貰う。いいな、加来。」
「ああ。」
という訳で、龍介が気絶している間に一応の解決はみた。
「龍介君…。ごめんなさいね…。物凄いご迷惑をお掛けしてしまったわ…。」
イケメン台無しに、頬が腫れ、おたふく風邪の様になってしまった龍介に、鸞が小柄な身を更に縮めて、本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
「いいんだよ。元の鞘に収まって良かった。このまま仲良く、幸せにお願いします。」
笑顔で答えてくれる龍介に真剣に答える鸞。
「はい。もう2度と迷子になったりしません。寅に捨てられない限り、付いて行きます。」
寅彦が困った様な顔で照れ笑いをするのを、亀一が肘で突いてからかっている。
それを幸せそうに見た後、瑠璃が保健室から持って来てくれた保冷剤で頬を冷やしながら、生徒会長に戻った龍介は、副会長の亀一に聞いた。
「では仕事に掛かろう。学園祭の方はどう?」
「今の所、問題なし。実行委員の方でやれてるので、特に生徒会が動く必要は無い。
尚、演劇部の方から、生徒会役員に出演依頼が来てるが。」
鸞が面白がって聞く。
「へえ。演目は何?」
「織田信長だと。信長に龍、濃姫に鸞ちゃん。お市に唐沢。家康が俺。黒田官兵衛に寅だとよ。」
誰かが何か言う前に、龍介が無表情に一刀両断。
「却下。次。」
皆、苦笑。
「学園祭関係は以上。後は目安箱だな。」
と、生徒会室前に設置されているポストの中身をデスクの上に開ける。
2つ折りの目安箱用の紙が3枚程出て来た。
「先ず、1枚目…。『スポーツ大会の部活対抗リレーを止めて下さい。止められないなら、夏目元主将が来ないようにして下さい。』」
亀一が読み上げると、爆笑が巻き起こる。
唯一、沈痛な面持ちの龍介が、情けなさそうに言った。
「それ、モロ剣道部の奴じゃねえかよ…。両方共無理に決まってんだろ…。次行こう。」
「『あの小屋はなんですか。中1尾川。』」
「珍しく名前書いてあんだな…。小屋に関しては、近々理事長が朝礼で話す事になってますって、書いといて。」
「はーい。」
龍介は書記の瑠璃に言った。
一応、目安箱に入っていた事の回答は、生徒会室前の掲示板に張り出す事になっている。
「次は…。ん?池?」
「何、きいっちゃん。」
「『学校の裏手、園芸部の野菜畑の近くに突然池が出来てしまいました。
初めは小さな水溜りだったのに、日を追うにつれ、どんどん大きくなり、池になってしまっています。
園芸部しか入らない場所ではありますが、底が見えなくなって来ているので、危険な気がするので、お知らせします。』だと。おっかねえ上に謎めいてんな。」
「そら問題だな。見に行こう。」
早速見に行くと、確かに、もはや水溜りでは無い、直径4メートル位の池が出来てしまっている。
龍介はしゃがみ込んで、池を見つめた。
透明度は非常に低く、水は濁っており、目を凝らしても、底は見えない。
試しに石を入れてみると、相当深くまで沈んで行った様に思えた。
「きいっちゃん、正確な深さ、調べられるか?」
「今、機材が無えな。明日持って来よう。水質は、科学部の備品で調べる。」
「お願い。中1とかのちっちゃいのがはまったりしたら事だ。
直ぐ学校側で塞いで貰って、立ち入り禁止にしよう。
問題は原因だな。
どんどんでっかくなってるって書いてあったから、寅は監視カメラを設置。
どんな風にでっかくなって行ってるのか探ろう。瑠璃はそのサポートに入れ。
鸞ちゃんは、園芸部の人間にどの位の速度で池になったのか、俺と明日から聞き込み。
じゃ、俺は校長室に行って来る。」
龍介が指示を出し、全員が動き始めたその時だった。
ザッパーンという音と共に現れたのは…。
「タンザワッシー!?そんな深えのか!?ここは!」
驚く龍介に、言葉を失う仲間達。
だが、タンザワッシーは深刻な顔で(に龍介には見えた)、龍介を見つめ、やっぱり、
「あおん!あおん!」
と言っている。
「どうしたんだ。何かあったのか?愛子さんがまた断筆とか?」
タンザワッシーは首を横に振り、龍介の腫れた頬にそっと触れて、深刻な顔でビシッと首を伸ばした。
「あおん!」
「俺の怪我、心配して来てくれたのか!?大丈夫だよ。ありがと。直ぐ治るから。」
龍介がタンザワッシーの顔を撫でると、タンザワッシーは深刻な顔のまま首を横に振り、小脇に挟んだ葉っぱを出して、龍介の頬に貼り付け、ご機嫌良く言った。
「あおん、あおん!」
「い…。これ着けておけと…?」
ご機嫌良く胸を張るタンザワッシー。
「あおん!」
「いいい…。いいよ、そんな…。大丈夫だよ…。」
タンザワッシーは怒った様な顔で首を横に振り、龍介を説得。
「あお、あお、あおん!あおん!あおん!あおーん!」
一生懸命、治るから貼っておけと言っているというのは、タンザワッシー語がよく分からない亀一達にも分かり、笑いを堪えるのに苦労している。
「じゃあ、明日の朝には剥がしていい…?」
タンザワッシーはブンブンと首を横に振る。
「あおん!あおん!あおん!!!」
「ええ?腫れが引くまで剥がしちゃダメって?」
「あおん!」
力強く頷くタンザワッシー。
「だってさ…。明日音楽祭なんだよ…。
葉っぱ着けて、2CHELLOS弾いたって、全然かっこ良くねえじゃん…。
笑い取りたくて、きいっちゃんと練習してた訳じゃねえしさあ…。
頼むよ…。
明日の朝には一回取っていいだろ?」
タンザワッシーは首を横に振り、あおんあおん言って、許してくれない。
思えば、龍介も恥ずかしいから頼むと、涙ながらに懇願する真行寺に、無理矢理葉っぱを着けさせていた前科がある。
自分だけ恥ずかしいからと逃れるのはズルいし、タンザワッシーの真心を無下にする訳にもいかない。
「わ…わかった…。
お父さんもわざわざイギリスから来てくれるのにと思うと、死んでしまいたくなる位恥ずかしいが、致し方ない…。
治るまで着けておきます…。ありがとう、タンザワッシー…。」
若干涙目の龍介に頬ずりし、タンザワッシーはご機嫌で一言。
「あおん!」
「ところで、タンザワッシー、この池、なんで出来たか知ってる?」
タンザワッシーは小首を傾げた。
「あおん?」
分からないらしい。
「いいんだ。ごめんな。有難う。」
「あおん!」
タンザワッシーはご機嫌な笑顔で消えた。
タンザワッシーが消えると、亀一達は堰を切ったように笑い出した。
「龍、真行寺グランパに、ざまあみろって言われるの請け合いだぜ。」
言った亀一を睨みつけるが、葉っぱが頰っぺたについていては、いつもの迫力の5分の1程度しか無い。
「もう。俺の葉っぱはどうでもいいから、さっさと動く。
明日は音楽祭だから、余り動けない。
今日出来る事は全部やっとくように。」
「はーい。」




