寅、かっこいい!
寅彦が駆け付けると、チンピラ風の男3人が鸞の腕を掴んで、無理矢理誘っていた。
「離せ。」
そう言うより先に、鸞の腕を掴むチンピラの手を捻り上げる寅彦に、チンピラ達は凄み始める。
「なんだ、てめえ。関係無えだろ。邪魔すんな。」
「そうそう。イイトコの学校のお坊ちゃんは、早くおうちに帰ってお勉強してな。」
「さ、行こうねー。」
チンピラの内2人が、寅彦に悪態を吐いて小突こうとするのを交わしながら、もう1人の男が鸞の腕を引くのを、今度は男3人まとめて、タックルの様に突き飛ばす事で阻止。
「てんめえ…!」
いきり立ったチンピラがナイフを出した。
素人同然のチンピラのナイフなど、全く怖くはなかったが、鸞に飛び火するのは避けたい。
寅彦は鸞の腕を引いて、後ろ手に隠して言った。
「離れてろ。直ぐ済む。」
言うなりパタパタ竹刀をガチャリと言わせて広げ、チンピラ達が動く間も無い素早さで峰打ちして、全員気絶させてしまうと、鸞を振り返った。
でも、鸞の美しい目を見た途端、どんな顔をしていいか分からなくなり、酷い仏頂面で聞いてしまった。
「怪我は。」
「無いわ…。有難う…。」
「赤松は?」
「送ってくれるって言ったんだけど、悪いから、無理矢理断って来ちゃったの…。」
「暗くなってから帰宅すんなら、送って貰え。
でなけりゃ、お爺さんに迎えに来て貰うんだな。
ここの道は暗いし、優子さんが痴漢に襲われかけて、しずかちゃんがその痴漢を半殺しにした事もあるそうだから、昔から治安は良くない。」
パタパタ竹刀を仕舞いながら早口でそう言うと、突然歩き出し、背中で言った。
「家の前まで行ってやるから離れずに来い。」
「はい…。すみません…。」
寅彦は、鸞にどう接したらいいのか分からなかった。
だからズンズン先を歩いてしまっていたのだが、ふと、鸞が付いて来る気配が消えている事に気付き、歩を止め、振り返った。
鸞は立ち止まり、顔を両手で覆い、泣いていた。
「どうした…。怖かったか?」
慌てて駆け寄り、腰を屈めて、泣いている鸞の顔を覗き込むと、鸞は大きな目から涙をポロポロこぼしながら、か細い声でやっとという感じで言った。
「ごめんなさい…。」
「いいって。大した事じゃねえし。」
鸞は首を横に振り、尚も泣く。
「鸞…。何をそんな気にしてんだよ…。俺に助けられたのが嫌だったのか…?」
「違う!」
一層激しく首を横に振り、否定するが、涙は止まらない。
「鸞…。」
寅彦は迷った挙句、鸞を抱きしめようと、手を伸ばしかけた。
その時、向こうの方から、辺りに響き渡る様な声で鸞を呼ぶ声が近づいて来た。
鸞の祖父が、帰りが遅いのを心配して迎えに来た様だ。
鸞と付き合ってもいないのに、こんな時間に一緒に居るのを見られるのは、厳しい追求が予想される。
「ややこしくなるから、俺行く。」
「寅…。」
「ーまた月曜日な。」
それだけ言って、寅彦は横道に逸れ、消えた。
翌日の土曜日は学校も無く、休日である。
音楽祭も近いので、恒例となった2CELLOSの演奏練習に忙しい龍介とのデートも無い瑠璃は、昼過ぎまで寝ており、まだパジャマだった。
母も父もパジャマで、朝と昼を兼ねた食事を摂り終え、いい加減着替えようかとしている所に、呼び鈴が鳴った。
どうにか着替え終わっている母が出ると、鸞だった。
着替えるまで待っていて貰い、瑠璃の部屋に通すと、寅彦に貰った大きなピンクのうさぎのぬいぐるみを抱いて来ていた。
「それ…。まだ持ってたのね…。」
「うん…。寅が一生懸命働いて稼いで買ってくれたものだから…。
これもそうだし、他のも全部、捨てられなくて、箱に入れてとって置いたの…。」
それを引っ張り出して抱いて来るというのは…と、否応でも瑠璃の期待も高まる。
「どしたの、どしたの。言ってごらんなさい。ホレホレ。」
鸞は昨夜の話をした。
「寅、本当にかっこ良かった…。
付き合う前、変な四次元世界に行った時に、私達を守ってくれた時と、ちっとも変わってない…。
冷静に手際良く助けてくれて…、優しくて…。
でも、そんな人を、私は物凄い勢いで傷付けてしまった…。」
鸞の目からスカートの膝にポトポトと涙の雫が落ちた。
「お化けが苦手って、そんな事位で、あんな傷付け方して、他の人に走ってしまい…。
でも、私がそれが嫌だって言ったから、頑張って克服して、退治まで出来るように努力して…。
どうしてそうなるのを、もっと待っててあげられなかったんだろう、こんな優しくて素敵な人に、なんて酷い事しちゃったんだろうと思ったら私…。」
「うんうん。それで?赤松君と別れたくなったとか?」
「ーそれがどうしたらいいのか分からなくなってしまって…。
赤松君もいい人なの…。
凄く私の事大事にしてくれるし、理想のお付き合いが出来る感じ…。
デートもアキバじゃないし、いっつも綺麗だね、可愛いねって言ってくれて、優しくしてくれて…。
こんな遠いのに、いつも送ってくれて…。」
矢張り、瑠璃の予想通り、赤松の頑張りで、別れづらくなっている様だ。
それに加え、赤松は、寅彦には無い、乙女心をぐっと掴むお付き合いとか、扱い方を知っているらしい。
「赤松君とも別れづらい感じ…?」
「ーうん…。それでどうしたらいいかとお父さんに相談したら、『だから言わんこっちゃねえんだ。知るか、バーカ。』ってチャット切られちゃうし、お爺様は『私はどちらも好かん!』て言うし…。」
瑠璃は衝撃を受けていた。
京極にはなんでも言ってしまうのは知っていたから、相談するのも分かる様な気はするし、京極の答えも、らしい感じだ。
だが、お爺さんにまで相談してしまうとは…。
ーしかもお爺さんの返事、孫可愛さの溺愛ぶりで、全く役に立たないし!
「ねえ、瑠璃ちゃん、どうしたらいいと思う…?」
「ていうか、鸞ちゃんはどうなの?」
「失礼な話だけど、赤松君と付き合って分かったの…。
私は寅が好き…。
大好きなのは寅だけ…。
お洒落なデートしてくれなくたって、歯の浮くような事言ってくれなくたって、やっぱり寅がいいの。でも、今更無理よね…。」
「それはどうかしら。加来君は未だに鸞ちゃんが好きだもの。ゴーゴー!」
「でも、赤松君にも申し訳ないし…。」
珍しく、そんなこんなで、堂々巡りをしてしまっているらしい。
「ーんと、でも、気持ちに嘘ついて付き合ってたって、赤松君も不幸だよ。
やはりここは赤松君と別れて、加来君とよりを戻すべきでしょう。
でさ、今度は赤松君と別れた後、間を空けてみたらどうかな?」
「3日くらい?」
「み…3日?それはどういうデータなの…。」
「お父さんでも、次は最低3日空けたって言うから…。」
ー流石組長…。3日しか空けないのか…。
別の事に感心しながら、話を続ける。
「もうちょっと長く。気長な感じでさ。
また加来君と過ごすのよ。お友達として。
で、頃合い見て、またお付き合いと。」
「ー瑠璃ちゃんは龍介君に煩悩が戻らないせいで、すんごく気が長くなってるのね…。
そういう長期戦て、私苦手だなあ…。
ハッキリスッパリさせておきたいのよね…。」
「う…。だけど、また直ぐに加来君とよりを戻したりしたら、赤松君がショック受けちゃうでしょう?
赤松君ファンクラブの女の子達の受けも悪くなっちゃうし。」
「そうね…。それに寅が私の事嫌いになってないかって問題も…。」
「それは無いと思うけど、私から加来君には伝えておくから。」
「うん…。すみません…。宜しくお願いします…。」
「任せておいて!」
瑠璃の任務は、意外と早く遂行出来、瑠璃もホッとしたのだが、まさかこれが龍介に新たなる災難を運ぶ事になろうとは、思いもしなかった…。




