龍介大パニック
龍介はどうしようなくなり、亀一に相談しようと、赤松に持ちかけ、赤松も同意したので、LINEを入れたが、既読にならない。
電話にも出ない。
まあ、今日は日曜なので、栞とデートなのだろうと諦めたが、どうするかは、今日結論を出さなければ、明日に間に合わない。
苦肉の策で、優子にLINEしてみる。
ー分からないわねえ…。待ってた方がいいかもしれないし、世の中には押しの一手という言葉もあるし…。勢いで行っちゃえ行っちゃえ。
と、ハートマーク。
「よし…。そうだな。明日、もう一回聞いてみる。」
「じゃ、じゃあ…。こうこうこういう理由で、気が気じゃなくて待てないと、ちゃんと言った方がいいかもな…。多分…。」
「うん。分かった。有難う、加納。」
役に立った気は全くせず、凄まじい疲労感を感じながら帰宅すると、竜朗がコソッと出て来て、龍介の帰宅に歓喜して、尻尾を振り回すポチを抱きかかえて、小声で言った。
「なんかやべえ雲行きだぜ?」
「何?ま、まさか!?」
「ん?」
青くなって、ムンクの叫びになる龍介を不思議そうに見る竜朗。
「鸞ちゃんが、寅を振ったんじゃ…。」
「やっぱそういう事かい。鸞ちゃんが来た後、明日からのフランス行き止めるって言って、部屋篭っちまったのよ。」
「いいいいいー!?マジかあああああー!
俺どうしたらいいの!?
爺ちゃん、俺は何をしたらいいの!?
でも、失恋の愚痴なんか聞いたって分かんねえよおおお!」
「んな事言ったって、聞いてやんなきゃしょうがねえだろお?
寅は一回落ち込んだら、引っ張り上げてやらなきゃ、出て来ねえじゃねえかよ。」
「う…ううう…。ポチい…。」
ポチを撫で回して喜ぶのはポチだけで、竜朗にはジロリと睨まれてしまった。
「龍、辛い時に一緒に居てやんねえで、どうすんだい。
親友の上、うちの下宿人だ。なんとかしてやんな。」
「なんとかって…。なんとかって…。なんとかってえ!?」
「だから聞くなっつーの。
鸞ちゃんが寅と別れたがっていそうなのは、ここんとこの鸞ちゃんの冷めた目線だの、つまんなそうな顔で、俺には大体察しがついてたぜ?
寅はかなりの醜態晒してる。
その上、鸞ちゃんの親父は恭彦だぜ?
強烈な性格はしているが、ルックスも何もかも完璧な男だ。
そんなのが父親だから、元々男を見る目は厳しい。
あんな情けねえの晒しまくってたら、振られても仕方ねえだろ。
鸞ちゃんには他に選択肢が無えって訳じゃねえんだもん。」
「そ、それを俺にどう慰めろと…。」
「聞いてやんのよ。ネチネチだろうが、ぐちぐちだろうが、ずっと。そんだけでいいの。」
「はあ…。分かりました…。でも、どうしよう…。イギリス連れて行こうかな…。」
「たっちゃんも助かるからいいんじゃねえか?
前から、寅と加奈ちゃんの2人もは贅沢過ぎ。
たまには寅寄越せって言ってた位だから。」
じゃあ、寅彦と話をしようと、意を決して、立ち上がった龍介の電話が鳴った。
「加納!」
聞こえたのは、赤松の物凄い嬉しそうな声である。
この状態では、嫌な予感しかしない。
「今、京極さんが会いたいって言うから、加納と別れた後、すぐに会ったんだ!
そしたら、俺と付き合うって。加来とは別れて来たって!
本当に有難う!加納!」
「お、俺は何も…。」
「いや、お前のお陰だ。
お前のアドバイス通り、正直に、加来と一緒にフランス行って会えなくなるし、気が気じゃないから、待つつもりだったけど、明日聞こうと思ってたって話したら、そこまで好きって思ってくれてるのって凄く喜んでくれたんだ。」
女心は分からない。
待てと言ったくせに、せっついたら、そこまで好きなんてと、好意的に思うとは。
龍介だったら、待てっつっただろうと、凄んでしまいそうである。
龍介は苦悶の表情を浮かべながら、ふと、異様な殺気を感じて振り返った。
寅彦が居る。
しかも、ヘッドフォンをしていて、龍介を睨んで怒っているという事は、盗聴していた…と思われる。
「と、寅…。話聞いて…。」
赤松は屈託のない、爽やかな笑顔が見えるような声で、有難うとまた言った。
「龍…。てめえは俺のなんだ…。」
「親友だ!」
「親友が赤松と鸞をくっ付けようとしてたのかよ!」
「だから違うってええ!」
寅彦はそのまま大股で部屋に行き、音を立てて扉を閉め、鍵までかけてしまった。
「寅ああああ!違うんだってええー!!!」
龍介のピンチ、まだまだ続く様である。
竜朗は助けてくれそうに無いので、亀一の所に行くと、呼び鈴を押して、暫くドカンドカンという物音の後、優子の声がした。
だが泣いている様な声である。
「ごめん。龍です…。優子さん、大丈夫?」
「うう…。龍君…。」
やはり泣いている。
「優子さん?どうしたの?」
「ー今、ちゃんとお話し出来ないから…。また今度お願いね…っていうか、もう…。ごめんなさい。今、ちょっと…。」
その後ろで、聞いた事の無い怒鳴り声がした。
和臣の声だと思われるが、声を荒げた所など見た事が無いので、一瞬迷ってしまったのだ。
「許せるか、このバカ!お前殺して、俺も死ぬ!」
ただ事では無い。
「優子さん!?開けて!?」
「大丈夫…。多分…。いえ、もう私が穴入って死にたい…。」
あの和臣が激昂している上、京大出の才媛まで訳の分からない事になっている。
これは一大事である。
龍介が無理矢理突入しようとすると、中から拓也の叫び声も聞こえた。
「お母さん!龍さんでしょ!?入って一緒に止めて貰ってよ!お父さんマジだよ!日本刀持って来ちゃったよ!」
「ええ!?日本刀!」
優子の慌てた声が聞こえ、鍵が開くなり、龍介が飛び込むと、和臣は日本刀を抜きにかかっていた。
「おじさん!何があったんですか!」
和臣の手を両手で掴み、全力で止めると、流石の和臣も止まった。
というよりも、現役自衛官と対等な力を持つ龍介にびっくりだが。
和臣を止めながら亀一を見ると、既に二、三発は殴られたのか、眼鏡が割れ、顔も腫れ、口から血が出ていた。
「こんのバカ息子は、栞ちゃん妊娠させちまったんだよ!この年でだぜ!?。
恥ずかしくて表歩けるかああ!
もう生かしちゃおけねえ!
こいつ殺して俺も死ぬんだ!
龍君、離してくれ!武士の情けだ!」
「いいいい!?きいっちゃん!あんたどこまでスケベなんだあ!」
目を剥いて自分を見る龍介を、亀一は情けなさそうな顔で見返した。
「なんか、選りに選って、龍に言われると、グッサリ来るぜ…。」
「と…、兎も角、おじさん、生まれて来る子が、父親もお爺ちゃんも居ないんじゃ可哀想です…。」
と説得しながら、亀一を見て、怒鳴る。
「責任取るんだろうな!?」
「当たり前だろ。法的には結婚出来ねえから、栞には申し訳ねえけど、内縁関係という事で、子供産んで貰って、同居して一緒に育てると、向こうの親にも頭下げて許して貰って来た。」
「それでラインも電話も出てくれなかったのか…。」
「ごめん。何時だ、それ。」
「今から3時間位前。」
「ああ、そうだな。2人で病院行った帰りに栞と話し合ってた頃だな。」
「そっか…。という訳で、おじさん、ここは取り敢えず、収めてもらえませんか…。きいっちゃん、ちゃんとするみたいだし…。」
「龍君!これがどれ程恥ずかしい事だか分かるかあ!?」
「わっ…からなくはないですが、殺しちゃったらマズイでしょう…?」
「だけどさあ!」
こうして龍介は、凡そ40分近く、和臣をそのままの状態で抑えながら、説得をしていた。
その間、2人共微動だにせず、声が震える事も無く、会話をしていたのだから、凄まじい。
どうにか和臣を落ち着かせ、取り敢えず、学校の生徒達にはバレないように、退学もしないで済むように、真行寺から分倍河原理事長に話を通して貰う事にして、龍介が長岡家を出たのは、夜の9時を過ぎていた。
帰り際、亀一が思い出した様に聞いて来た。
「ラインに書いてあった相談てなんだったんだ。それでうちまで来たんだろ?大丈夫か?」
とても相談出来る状況では無い。
「いいんだ。もう解決ついたから。ごめん。」
龍介はそれだけ言って、心配そうに見送る亀一に笑って手を振り、長岡家を後にしたが…。
ーどうすんじゃい…。
寅は誤解しちまうし、赤松はハッピーだし、鸞ちゃんは思い切り良すぎるし、きいっちゃんは親父になってしまうし…。
うおおおおお…。もうダメ。
明日からイギリス行ってる場合じゃねえよ…。
こういう事に関しては、容量が極端に少ない、もしかしたら器すら無いかもしれない龍介は、赤松のカミングアウト以来、パンク寸前になっていた。
寄って、家に帰る前に、真行寺に電話する。
どっち道、亀一の事は頼まなくてはならない。
「グランパ…。もうダメ…。」
珍しく気弱な龍介に驚く真行寺。
「どうした!?何があった?!」
「栞ちゃんに赤ちゃんが出来ちゃうし、失恋の三角関係で寅には誤解されるし、もう…。」
「りゅ、龍介…。もうちょっとちゃんと説明しなさい。
栞ちゃんが妊娠して、きいっちゃんの他に誰か絡んで来て、三角関係になって、誰が失恋したんだ?
で、そこにどうして寅が絡んで来てる?」
「きいっちゃんが…。ああ、いや、その前に赤松が妊娠したってカミングアウトして、寅が、俺が2人の仲立ちをしたと誤解して怒ってしまい…。」
「ええええ!?妊娠したのは栞ちゃんじゃないのか!?きいっちゃんが赤松の息子を妊娠させたってどういう事なんだ!そういう恐ろしげな三角関係なのか!?そしてあいつはタツノオトシゴかあ!?」
「は…?グランパ、話聞いてる?」
「聞いてるよ!龍介の説明だと、そうなるんだが!?」
「あ、あれ…?ああ…、ごめんなさい。違う…。妊娠したのは赤松じゃなくて…。」
という訳で説明すると、真行寺はほっとした声を出した。
「ああ、複雑怪奇な事でもなく、タツノオトシゴでもなく、恐ろしげな関係でもなくて良かった…。
まあ、きいっちゃんが栞ちゃんを妊娠させてしまった事は、年齢的にもマズイが、本人がそういう気なら、仕方が無いし、それが1番いいだろう。
分倍河原には言っておくよ。
それと、鸞ちゃんが心変わりしたのは、仕方ないんじゃないか。
寅のあの乱れ様は、日頃のかっこよさと冷静さを凌駕しちまうかっこ悪さだぜ。」
「まあね…。爺ちゃんもそう言ってた。」
「だから、龍介は寅の誤解を解いて、竜朗の言う通り、寅が這い上がって来るまで、話聞いてやんなさい。
イギリス行きはそれからにしよう。」
「はい。すみません…。」
真行寺に話した事で、少しは落ち着けたが、それでも龍介の頭の中はパニック状態だった。
ーああ…、きいっちゃんがお父さんに…。
それだけでも、結構衝撃的なのに、寅が自業自得とはいえ、失恋…。
しかも、ドヨドヨになってる寅の誤解を解く…。
ああああ!もう嫌だあああ!
誰か助けてええええ!!!
龍介はまたムンクの叫びになっている事も気付かず、道行く人に変な目で見られながら、重い足取りで家に帰った。