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龍介くんの日常 2  作者: 桐生 初
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ヨシ子さんが逃げた理由と鸞の怖いもの

「ヨシ子さんは、1人暮らししてる自宅に居る。」


寅彦に言われ、駅からタクシーに乗り、ヨシ子さんの自宅に向かった。


真二が緊張した面持ちで呼び鈴を押すと、程なくヨシ子さんらしきお婆さんが出て来た。


「あ、あの!僕は星野真二といいます!河原崎ミチ子の孫です!」


「え…。ミチ子姉さんの…。」


「はい!おばあちゃんは、ずっと大叔母さんを探していました!

生きてるって教えたら、泣きながら喜んでいました!

ちっとも怒ってません!

だから会いに来て下さい!

おばあちゃんは病気なんです!

あと1カ月の命なんです!

大叔母さんにとても会いたがっています!

一緒に横浜に来て下さい!」


すると、ヨシ子さんは玄関のたたきに泣き崩れてしまった。


「お婆さん…。」


鸞が背中をさすりながら声をかけると、嗚咽を漏らしながら言った。


「私、逃げたのに…。姉さん…。ごめんなさい…。」


「ー私はよく知りませんが、あの時代はとても生きづらい世の中だったんでしょう?お話しされれば、きっと分かっていただけるはずです。」


「そんな…。私は許されない事を…。」


龍介もかがみ込んで優しく言った。


「話して頂けませんか。何があったのか。

それでどうしても顔を見せられないと仰るのなら、ミチ子さんには僕達から説明して、このまま帰りますから…。」


ヨシ子さんは頷き、龍介達を中に通した。




龍介達にお茶とお菓子を出してくれながら、ヨシ子さんは静かに話し始めた。


「あの日、焼夷弾が落とされた日…。

私ね、仕事の後で、近所の友達とお芝居を観に行く約束をしていてね…。

私が居た溶接棟は、夏場は本当に暑くて、仕事が終わる頃には、汗で全身ドロドロみたいになっちゃうのよ。

お風呂屋さんに行ってから行く時間も無かったし、嫌だなあって思ってね、それで…。

よく知ってる人に頼んだんだよ。

代わってもらえないかって…。

その人は、梱包の所に居たもんだからね…。

その人は代わってくれた。だけどその遠藤さんて人は…。」


ヨシ子さんは言葉に詰まり、涙ぐもった震える声で言った。


「姉さんのいい人だったんだよ。

このまま赤紙が来なければ、結婚するはずだったんだよ…。

代わって貰って、直ぐに焼夷弾が落ちて来た。

私は、たまたま大きな機械の下に潜り込んで、サッちゃんが落とした釘を拾ってたから、助かったんだろうね…。

何が起きたのかわからなかった。みんな苦しんでた…。

水をくれって、真っ赤な人間だかなんだか分からない状態になった人が沢山叫んでいて…。

私は井戸に走ったの。お水を持って来ようと思って…。

その時、溶接棟を見たら、溶接棟は爆発しちゃったみたいに、なくなって、瓦礫の山だったのよ…。

そこに居た人全員、もう真っ黒焦げになってたよ…。

遠藤さんも…。

私がここで死ぬはずだったのに、遠藤さんが…。

姉さんに顔向け出来ない、どうしようと思って、私は外に飛び出した。

そしたら、工場に助けに走って来る人が言ったんだよ。『鶴見の方の工場もやられたそうだ。』って…。

鶴見の工場といえば、姉さんの居る工場。姉さんも死んじゃった、遠藤さんも私のせいで死んじゃった、近所の人や遠藤さんのお母さんに何と責められるか分からない。

もうどこへも帰れない。あそこには住めないって思って、電車に乗ってしまったんだよ…。

大阪まで行ってしまって、ぼんやり駅の前に座ってたら、あの人…。」


ヨシ子さんは、仏壇にあるお爺さんの写真を指差した。


「あの人がね、何してるんだって声かけて来たんだ。

悪い奴なら悪い奴でいいやと思って、ついて行ったら、うどんを食べさせてくれてね…。

気がついたら、全部話して泣いてた。

そしたら、あの人も、俺もそうだ、帰る場所がなくて、大阪に流れついたんだって…。

特攻崩れだったんだよ、あの人。

特攻に志願して行ったのに、結核が見つかって、戻されちまった。

そういうの、周りの人間は、今じゃ信じられない程、白い目で見て、悪口言ったもんだからね…。

あの人も辛い思いしてきたから、分かってくれてさ…。それで一緒になったんだけど…。

その後だよ。姉さんが生きてるって知ったのは…。一言、私も生きてるって知らせたいとは思ったんだけど、その度に遠藤さんの事がもたげて来てね…。

とても、姉さんに、遠藤さんを犠牲にしたので、生き残りましたなんて言えなくてね…。

でも、こんな可愛いお孫さんが居るって事は、姉さん、別の人と結婚出来たんだね…。」


「はい。おばあちゃんは、星野謙吉っていう、僕のお爺ちゃんに、大叔母さんを探している時に出会ったそうです。

一緒になって、大叔母さんの捜索願を出しに行ってくれたり、あの辺を探し回ったり、掘り返したりしてくれて、それで仲良くなって、結婚したんだそうです。

遠藤さんて人の事も聞いてます。

結婚の約束してたけど、亡くなってみて、実はねって教えてくれる人が何人も居て、その人達の話では、博打打ったり、他の女の人といやらしいお付き合いしたりしてた人なんだそうです。

だから、なんで溶接棟に居たんだかは分からないけど、今じゃ、あの時死んでくれて良かったって思うって言ってました。」


「え…。そうだったの…?」


「はい。だから、大叔母さんは、自分を責める事無いんです。」


驚くヨシ子さんに龍介も言った。


「罪悪感は必要無い様です。寧ろ、結果から言えば、あなたはいい事をしたんだ。大手を振って、ミチ子さんに会いに行きませんか。」


ヨシ子さんの目から、今度は嬉し涙が流れた。


「本当?まあ…私もバカだねえ…。何十年も無駄にして…。はい。姉さんに会いに行きます。」


「本当ですか!?やった!じゃ、パパに連絡しないと!」


真二の両親は、真二にやらせてみる方針で、今回も龍介達にお願いしつつ、横浜に残ったが、もし、説得が成功して、ヨシ子さんが横浜に来るとなったら、迎えに来ると言っていたのだ。


「ごめんね。今日は無理なの。子供達と孫達が来るのよ。だから明日、私一人で行きますから。」


「ええー?だって、パパとママ、もう新幹線乗っちゃったってメール来てるしい…。」


結局、待ちきれなかった様だ。


「それじゃあ、一緒にどう?

パパとママとあなたも。

ひ孫はみんな真二君と同じ位だから。遊べるんじゃないかね?

これから準備もあるし、手伝ってくれるとありがたいなあ?」


「はい!僕手伝います!」




龍介達はヨシ子さんに昼ご飯を食べて行けと再三誘われたのだが、早く親戚水入らずにしてやりたくて断り、2人に丁寧に礼を言われ、見送られながらヨシ子さん宅を出た。


そして龍介の目の前に立ちはだかる難問。

寅彦と鸞はそっぽを向いてしまい、一言も喋らない。


「と…、ともかく、昼飯でも食おうぜ…。で話そう、ちゃんと…。」


折角大阪に来たのだし、鸞も食べた事が無いというので、3人はお好み焼き屋に入った。

出てきた巨大なお好み焼きを見て、鸞が言う。


「ナイフとフォークは?」


「は、箸でお願いします、鸞ちゃん…。」


「あ、はい…。」


息詰まる昼食。

さっさと解決したい龍介は、鸞にこの際だから言いたい事を言えと促した。


「私、この間、寅がお化け関係かもっていうだけで醜態を晒した時に、改めて考えてみたのよ。

そしたら、私、結構我慢してるんだなとか思ったら、もう頭に来て頭に来て。」


珍しく寅彦がすかさず言った。


「我慢してんのは俺も同じだよ。」


慌てて龍介が間に入る。


「寅、ちょっと待ちなさい。今、鸞ちゃんのターンだから。後で、ちゃんと寅にも言わせてやるから、最後まで聞こう。」


寅彦が黙ったので、鸞が話を再開した。


「お化けと聞くと、情けなーい、どうしようも無い人になっちゃうのも、綺麗だとか、可愛いとか、一回も言ってくれないのとかも。

外に出ると、手も繋いでくれないのも。

そう言えばこうだった、ああだった、でも私我慢してきたって思ったらムカ~っとして来ちゃったの。」


「寅あ、綺麗、可愛いを一回も言わねえっつーのはマズイだろ。」


恋愛門外漢の代表選手の様な男が言うので、寅彦は唖然とし、鸞も目を点にしている。


「グランパもお父さんも言ってたぜ?

女性には、綺麗だ、可愛いは、言い過ぎるという事は無い。

飽きる程言わないと、女性はいつまでも綺麗で居られないし、女として魅力が無いのではと誤解して、離れて行ってしまうって。」


「ー龍、それ、プレイボーイ爺さんと、ハレンチ親父が言ってんじゃねえかよ。」


「京極さんも言ってたぜ?逃したくなきゃ、可愛いと綺麗は必須だって。」


京極と聞いて、京極を愛して止まない寅彦は口籠もった。


「だ…、だけど、鸞は自分が綺麗とか可愛いって分かってんじゃん。そこらじゅうでしょっ中言われるし…。」


「それとこれとは別なのよ!分かんない人ね!」


「そうそう。別なのだ。」


「なんか龍に言われんのは納得行かねえけど、分かったよ…。努力はします…。」


「なんで言わねえんだ、寅。素直な感想を言えば済むだけじゃねえか。」


「あのな、龍。お前は元からキザに出来てんのか、なんも分かってねえから思わないのか知らねえけど、恥ずかしいもんなんだよっ。」


「なんで。つーか、なんも分かってねえとはなんじゃい。」


「今、いいの、龍介君に煩悩が無いのは。

それより、恥ずかしいって何よ。

大体、手を繋ぐのも恥ずかしいだなんて、私は一緒に居ると、そんなに恥ずかしい女な訳?」


「んな事言ってねえだろ!」


「言ってんじゃないのよお!」


龍介の目は線になり、お好み焼きは喉を通らない。


ーはああ…。どうすりゃいいんだ…。


龍介は逃げ出したくなってしまったが、そうも行かないので、頭を切り替えて、なるべくシンプルに整理し始めた。


「兎に角、綺麗、可愛いは思ってるなら、ちゃんと言え。

手を繋ぐとかも何が恥ずかしいっつーんだ。

手え離して、鸞ちゃんが人混みではぐれたりしたらどうすんだ。

リードからは手を離しちゃダメ。」


「リードって、龍…。犬じゃねえんだから…。」


「いいんだよ。大事な物からは手を離さないの!

ここまでは寅が悪い。

で、お化け関係というと、醜態を晒しちまう件だが、これに関しては、俺としても、生徒会役員である以上、厄介事からは逃げられず、また、お化け関係と無関係でいる事も出来ないと思われるので、もう少し自重して欲しいとは思ってた。

お前、うるさ過ぎ。ウザい。」


「ひ…酷えな、龍…。」


「だって、本当の事だもん。鸞ちゃんじゃなくたって嫌になるぜ。なんとか自分で大人しくしてくれ。そっと抜け出すんでもいいから。」


「んな事言ったって、お前は恐ろしいもんが無いから、んな事言えるんだよ。」


「ーまあ、それはそうかもな。で、鸞ちゃんは?取り乱す様な怖い物はあるの?」


「ーあるわね…。」


「じゃあ、お互い様って事でどう?」


「ーまあ…。寅があそこまで乱れず、自重してくれるならいいわ。」


「だって。どう?寅。」


「はい。頑張ります。」


「じゃあ、次。」


完全に事務的になって来ている。


「龍、もういいよ…。」


「いいから、この際だからお前さんも言いなさい。言わないで我慢してたら、今日みたいに、小さなきっかけで爆発しちまうでしょ。はい、どうぞ。」


「ーくだらないと言われそうだけど、何かっつーと、お父さんて言う…。

俺とどっちが大事なんだって聞いたら、迷いもなく、お父さんて言いそうだなと思うと、時々とてつもなく虚しくなるというか、悲しくなる…。

最近では、孫溺愛のお爺様まで加わっちゃって、二言目には、お父さんが、お爺様がと…。

俺は一体なんなのかと自問自答する事がしばしば…。」


反論するかと思った鸞だったが、箸を置き、寅彦を見つめて、反省している感じの、真剣な表情で言った。


「それは私もまずいかなって思い始めてたわ…。

瑠璃ちゃんにも言われて、良くないかなって…。

逆の立場で、寅が、お母さんがお母さんがって言ったら、マザコン、気持ち悪いって思ったろうし…。

不愉快な思いさせてごめんなさい。

気を付けるわ。

寅はお父さんやお爺様とは別格なの。

それ、分かってもらえるようにするわ。」


「んじゃ、寅もちゃんと謝りなさい。」


「ーはい…。俺も、寂しいとかつまんない思いをさせてる上に、醜態を晒してごめん…。気をつけていきます…。」


龍介はほっとした表情で笑った。


「はあ、良かった良かった。じゃ、食おう…。」


龍介の言葉を遮る様に、調理場が騒がしくなった。


「大丈夫か!?」


「病院運べ!」


「救急車呼んだ方がいいんとちゃうか!?」


「いや、そこの川村さん連れてった方が早いわ!まだやってるやろ!」


そして従業員に連れられて出てきた男性は、包丁で手をすっぱり切ってしまったらしく、タオルで巻かれている手から、大量の血を流していた。

すると、鸞…。


「いやあああああー!血!血!死んじゃう!死んじゃうー!」


と、叫び始めたかと思ったら、倒れたので、慌てて寅彦が抱きとめた。


店員は謝りながら足早に出て行く。


鸞の真っ青な顔を見ながら、龍介が言った。


「これかあ…。鸞ちゃんの怖いものって…。」


「大変だよな…。女は毎月、血を見るんだろ…。」


「ーそういや、瑠璃が、鸞ちゃん、時々、トイレで悲鳴上げてるって言ってたぜ?自分のもダメなんじゃ…?」


「大変だな…。」


「大変だなあ…。」


「そっか…。だから俺がぎゃあぎゃあ騒ぐのが余計嫌だったのかな…。自分は毎月耐えてるのにって…。」


「かもねえ。仲良くやれそう?」


「おう。ありがとな。意外と役に立ったぜ、龍。」


ー意外ととはなんじゃい!


龍介は納得行かなかったが、ヨシコさんはミチ子さんとの再会も果たせそうだし、鸞と寅彦も仲直り出来たし、今回の事件も、寅彦と鸞問題も、まずまずの成果を上げて終了した。


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