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龍介くんの日常 2  作者: 桐生 初
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犯人捕獲

「鸞ちゃん!駄目えええ!」


瑠璃の叫びも虚しく、鸞は発砲した。

ところが、それは、弾では無かった。

パンと、ピストルにしてはやけに可愛い音と共に、発射されたそれは、捕獲網だった。

少年2人に掛かった網は、もがけばもがくほど絡みつき、ちょっとベチャッとした感じの蜘蛛の巣の様な素材の様だ。

危険なものではないとはいえ、少年達は半泣き状態で助けてと叫んでいる。


「鸞ちゃん、それは何…。」


「お父さんが私の痴漢避けの為に、龍太郎おじ様に頼んで作って頂いたの。それはさて置き、君達。」


鸞に呼ばれ、ビクッとなって、鸞を怯えた目で見つめる。

鸞はしゃがみ込み、少年達と目線を合わせて言った。


「おばあちゃんの妹さんが、ここに埋まってると思って、ラグビー部に出て行って欲しくて、こんな事したの?」


「はい…。」


瑠璃が小声で鸞に告げた。


「今返事したこの子が、河原崎さんのお孫さんよ。星野真二君。」


鸞は小さくありがとと言うと、真二に向き直った。


「真二君。お姉さん達は、君達を懲らしめようとは思ってないの。なんでこんな事までしたのか、話を聞かせて頂戴。」


真二ともう1人は涙目のままコクリと頷いた。


「じゃ、コレ取るから。その代わり、逃げずにちゃんとお話しする事。understand?」


京極も語尾によく、understand?と付ける事を思い出し、瑠璃は吹き出しそうになりながら、少年達の網を取ろうとしたが、鸞に止められた。


「これね。人力じゃ絶対取れないのよ。うちのお爺様でも無理。」


「そ、そうなのって、お爺様で何を実験してるの!?」


「だって、お爺様が、これが届いた時に、私で試してみなさいって言うんだもん。では、取ります。」


鸞はピストルの横に付いている、黄色のボタンを押した。

すると、掃除機のコードの様に、スルスルっと、猛スピードで、網がピストルの中に戻されて行く。

相変わらず龍太郎が作るものは、摩訶不思議で、どこか漫画チックである。


鸞は呆気にとられた瑠璃と、少年達を部室の真ん中に置いてあるテーブルを囲んだ椅子に座らせ、自己紹介から始めた。


「私は京極鸞。こちらは、唐沢瑠璃さん。

2人共、ここの高等部2年で、生徒会の役員なの。

その絡みで、ラグビー部の人が困ってると相談を受けて、調査を開始。

真二君のおばあちゃんの妹さんのご遺体が見つかっていない、ラグビー部の部室があった場所に勤めていたはずというのも、この瑠璃ちゃんともう1人の男の子が調べてくれて分かってる。

で、少ない目撃証言と状況から、犯人は真二君だろうというのは、こちらでも分かったので、見張らせて貰ってたの。

でも、生徒会長である、この捜査を仕切ってる加納龍介君も、君達を糾弾する気はなく、力になれるのなら、なりたいと思ってるわ。

そういう方向なので、安心して話して頂戴。」


「ーそうなんだ…。高校生ってうちの兄ちゃんと友達しか知らなかったから、馬鹿なのかとばっかり思ってたけど、そんな頭いい高校生も居るんだ…。」


ーお兄ちゃんは馬鹿なのか…。


と、鸞と瑠璃は揃って脱力感に見舞われたが、黙って、真二の話の続きを待った。


「おばあちゃん、病気なんだ。

大きな癌が肺にあって、手術も年だから出来ないから、死ぬの待ってるだけなんだ…。

そしたらね、その妹さんの事、毎日の様に話すんだ。

『可哀想に。遺体も見つからず、お墓にも入れないなんて…。』って、泣いちゃうんだ。

おばあちゃんの心残りなんだと思ったから、聡に相談して、図書館でこの辺の事調べたり、おばあちゃんの話聞いたりしてみたら、妹さんは、この部室のあったところで死んでるって分かった。

でも、部室で使われてたら、探せない。

だから、出て行かせて、妹さんを探してあげようと思ったんだ。

ごめんなさい…。」


考え方は子供らしく、稚拙なところもあるが、おばあちゃん思いの健気で優しい子である。

鸞と瑠璃は胸を打たれた。


「優しいのね、とっても…。おばあちゃんの為にそんな事するなんて…。」


瑠璃が言うと、真剣な目をして言った。


「だって、僕の大叔母さんが、建物の下に埋もれてるなんて可哀想だから…。」


鸞は激しく頷きながら、真二の手を握り優しく言った。


「その大叔母さんに関しても、私達は調べたのだけど、生きてらっしゃるの。」


「えっ!?」


「この英学園を建てた人もね、凄く気にして、一生懸命掘り返して、工事期間延長してまで探したの。

でも見つかっていない。

だから、もしかしてという事で瑠璃ちゃんが調べてくれたら、大阪で元気に暮らしてる事が分かったわ。

空襲の直後に結婚して、姓が変わってしまったから、捜索願いを出された警察も、見落としてしまったのね。

戦後のゴタゴタも重なったんでしょうし。」


「そうだったんだ…。でもなんで!?おばあちゃん、ずっと探してたんだよ!?」


「ーそうね。黙っていたのはいけないと、お姉さんも思う。

でも、当時の日本は、今の日本と全然違ってた。

戦争で、みんな狂ってたと言ってもいいぐらい、おかしな価値観と制約の中で生きてたの。

それに、この部室の場所にあった、妹さんが勤務していた溶接棟っていうのは、みんな即死状態で、1番被害が酷かった。

つまり、生き残ってたということは、妹さんはここには居なかった。

それがもしかしたら、そういう間違った価値観と制約下の日本では、責められる事が必須で、表に出られない事だったのかもしれない。

それに、真二君のおばあちゃんの勤めてた工場も空襲にあって、全員亡くなったってデマが流れたそうだから、妹さんも、お姉さんは亡くなったと思って、知らせるとか思わなかったのかもしれないわ。

龍介君がお爺ちゃまから教えて貰ったそうだけど、そういう私達には想像もつかない世の中だった訳だから、責めないであげて欲しいかな?」


「そうなんだ…。ヨシ子さんにも、深い事情があったって事なんだね…。

でも、僕、ヨシ子さんにおばあちゃんの事知らせたい。

会って欲しいんだ、おばあちゃんに。

おばあちゃんは、ヨシ子さんの事怒ってなんかいない。

きっと、喜ぶだけだと思う。

本当に優しいおばあちゃんだから。」


「そうね…。そうしてあげたいわね…。しかし、電話というのもねえ…。」


鸞が言うと、瑠璃も頷いた。


「会って、顔を見ながら話さないといけない事よね。」


すると、部室のドアが開き、胴着姿の龍介達が立っていた。


「あれ、龍。部活は?」


「気になってちらっと覗いたら、電気点いてたから、早めに切り上げて、話聞いてた。」


「もう…。人が悪いわね、龍介君。いいの?主将がそんな事して。」


「早く終わる分には感謝されるだけですから。」


龍介は昔からそうだが、相変わらず長がつくものは全部やらされてしまっている。

生徒会長、写真部部長、剣道部主将…。


龍介は真二の横に来て、テーブルに手を着き、笑いかけると、頭を撫でた。


「やり方は乱暴だが、おばあちゃん思いの優しい奴だな。」


「本当にごめんなさい…。」


「ラグビー部の連中にもきちんと謝罪したら、許してやる。大阪にも付いてってやってもいい。お前が望むならだけど。」


「お、お願いします!大阪なんて行った事なくて!」


そして、鸞の手を握ったまま、鸞を見つめる。


「お姉さんも行ってくれる?」


「私?」


寅彦の肩がピクリと動き、片眉が上がった。

鸞はそれを見て、不敵に笑うと、真二の手を握り返して微笑んだ。


「いいわ。行ってあげても良くってよ。」


「わあ、ありがとお!」


間髪を容れず寅彦が怒鳴った。


「俺も行く!」


相変わらず鈍感な龍介は、2人の間に何が起きているのか、全く感知していない。


「そうだな。寅か瑠璃には来て貰わねえとと思ってたんだ。そうしてくれ。」


瑠璃はハラハラしているが、亀一は苦笑し、ずっと一言も喋らない、聡という、連れの少年の顔を覗き込んだ。


「なんでしょう。俺もちゃんと謝ります。」


「そうでなく。お前だろ。計画立てたのも、電気系いじって、音響装置つけたり、侵入経路確保したのは。」


「そうですけど、なんで…。」


「真二はいい子だが、そういう計画立てたり、技術的な事したりすんのは不得手そうだからさ。」


「うーん…。やっぱ英の高校生って凄えな…。」


「お前、中学どうすんの?」


「ここ入ろうと思ってました。」


「んじゃ、合格したら、下級生だな。まあ、俺達直ぐに卒業しちまうけど。しかし、末恐ろしい奴。」


龍介と瑠璃が吹き出した。


「きいっちゃんが言えんのか、それ。まあいいや。じゃ、新幹線の手配はこっちでやる。明日の土曜日でいいか。」


「はい!宜しくお願いします!」


「新幹線代は出してやれねえけど、大丈夫?」


「お、お幾らくらい…?」


瑠璃が直ぐに調べて答えた。


「1番安いのが取れれば、片道1万ちょっと。高くても、1万4千円かな?」


「最高額で、往復2万8千円…。大丈夫です。お年玉があります。」


「じゃ、寅、早速4人分取ってくれる?」


不機嫌そうに頷く寅彦を見て、首を傾げる龍介。


「どうした?」


瑠璃が立ち上がって、龍介の胴着の袖を引っ張った。


「あ、後で説明するから…。」


「そうなの?あ、じゃあ、君達はそのまま残ってて。そろそろラグビー部の連中が戻って来るから、ちゃんと事情を話して謝る事。いい?」


「はい。」


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