犯人捕獲
「鸞ちゃん!駄目えええ!」
瑠璃の叫びも虚しく、鸞は発砲した。
ところが、それは、弾では無かった。
パンと、ピストルにしてはやけに可愛い音と共に、発射されたそれは、捕獲網だった。
少年2人に掛かった網は、もがけばもがくほど絡みつき、ちょっとベチャッとした感じの蜘蛛の巣の様な素材の様だ。
危険なものではないとはいえ、少年達は半泣き状態で助けてと叫んでいる。
「鸞ちゃん、それは何…。」
「お父さんが私の痴漢避けの為に、龍太郎おじ様に頼んで作って頂いたの。それはさて置き、君達。」
鸞に呼ばれ、ビクッとなって、鸞を怯えた目で見つめる。
鸞はしゃがみ込み、少年達と目線を合わせて言った。
「おばあちゃんの妹さんが、ここに埋まってると思って、ラグビー部に出て行って欲しくて、こんな事したの?」
「はい…。」
瑠璃が小声で鸞に告げた。
「今返事したこの子が、河原崎さんのお孫さんよ。星野真二君。」
鸞は小さくありがとと言うと、真二に向き直った。
「真二君。お姉さん達は、君達を懲らしめようとは思ってないの。なんでこんな事までしたのか、話を聞かせて頂戴。」
真二ともう1人は涙目のままコクリと頷いた。
「じゃ、コレ取るから。その代わり、逃げずにちゃんとお話しする事。understand?」
京極も語尾によく、understand?と付ける事を思い出し、瑠璃は吹き出しそうになりながら、少年達の網を取ろうとしたが、鸞に止められた。
「これね。人力じゃ絶対取れないのよ。うちのお爺様でも無理。」
「そ、そうなのって、お爺様で何を実験してるの!?」
「だって、お爺様が、これが届いた時に、私で試してみなさいって言うんだもん。では、取ります。」
鸞はピストルの横に付いている、黄色のボタンを押した。
すると、掃除機のコードの様に、スルスルっと、猛スピードで、網がピストルの中に戻されて行く。
相変わらず龍太郎が作るものは、摩訶不思議で、どこか漫画チックである。
鸞は呆気にとられた瑠璃と、少年達を部室の真ん中に置いてあるテーブルを囲んだ椅子に座らせ、自己紹介から始めた。
「私は京極鸞。こちらは、唐沢瑠璃さん。
2人共、ここの高等部2年で、生徒会の役員なの。
その絡みで、ラグビー部の人が困ってると相談を受けて、調査を開始。
真二君のおばあちゃんの妹さんのご遺体が見つかっていない、ラグビー部の部室があった場所に勤めていたはずというのも、この瑠璃ちゃんともう1人の男の子が調べてくれて分かってる。
で、少ない目撃証言と状況から、犯人は真二君だろうというのは、こちらでも分かったので、見張らせて貰ってたの。
でも、生徒会長である、この捜査を仕切ってる加納龍介君も、君達を糾弾する気はなく、力になれるのなら、なりたいと思ってるわ。
そういう方向なので、安心して話して頂戴。」
「ーそうなんだ…。高校生ってうちの兄ちゃんと友達しか知らなかったから、馬鹿なのかとばっかり思ってたけど、そんな頭いい高校生も居るんだ…。」
ーお兄ちゃんは馬鹿なのか…。
と、鸞と瑠璃は揃って脱力感に見舞われたが、黙って、真二の話の続きを待った。
「おばあちゃん、病気なんだ。
大きな癌が肺にあって、手術も年だから出来ないから、死ぬの待ってるだけなんだ…。
そしたらね、その妹さんの事、毎日の様に話すんだ。
『可哀想に。遺体も見つからず、お墓にも入れないなんて…。』って、泣いちゃうんだ。
おばあちゃんの心残りなんだと思ったから、聡に相談して、図書館でこの辺の事調べたり、おばあちゃんの話聞いたりしてみたら、妹さんは、この部室のあったところで死んでるって分かった。
でも、部室で使われてたら、探せない。
だから、出て行かせて、妹さんを探してあげようと思ったんだ。
ごめんなさい…。」
考え方は子供らしく、稚拙なところもあるが、おばあちゃん思いの健気で優しい子である。
鸞と瑠璃は胸を打たれた。
「優しいのね、とっても…。おばあちゃんの為にそんな事するなんて…。」
瑠璃が言うと、真剣な目をして言った。
「だって、僕の大叔母さんが、建物の下に埋もれてるなんて可哀想だから…。」
鸞は激しく頷きながら、真二の手を握り優しく言った。
「その大叔母さんに関しても、私達は調べたのだけど、生きてらっしゃるの。」
「えっ!?」
「この英学園を建てた人もね、凄く気にして、一生懸命掘り返して、工事期間延長してまで探したの。
でも見つかっていない。
だから、もしかしてという事で瑠璃ちゃんが調べてくれたら、大阪で元気に暮らしてる事が分かったわ。
空襲の直後に結婚して、姓が変わってしまったから、捜索願いを出された警察も、見落としてしまったのね。
戦後のゴタゴタも重なったんでしょうし。」
「そうだったんだ…。でもなんで!?おばあちゃん、ずっと探してたんだよ!?」
「ーそうね。黙っていたのはいけないと、お姉さんも思う。
でも、当時の日本は、今の日本と全然違ってた。
戦争で、みんな狂ってたと言ってもいいぐらい、おかしな価値観と制約の中で生きてたの。
それに、この部室の場所にあった、妹さんが勤務していた溶接棟っていうのは、みんな即死状態で、1番被害が酷かった。
つまり、生き残ってたということは、妹さんはここには居なかった。
それがもしかしたら、そういう間違った価値観と制約下の日本では、責められる事が必須で、表に出られない事だったのかもしれない。
それに、真二君のおばあちゃんの勤めてた工場も空襲にあって、全員亡くなったってデマが流れたそうだから、妹さんも、お姉さんは亡くなったと思って、知らせるとか思わなかったのかもしれないわ。
龍介君がお爺ちゃまから教えて貰ったそうだけど、そういう私達には想像もつかない世の中だった訳だから、責めないであげて欲しいかな?」
「そうなんだ…。ヨシ子さんにも、深い事情があったって事なんだね…。
でも、僕、ヨシ子さんにおばあちゃんの事知らせたい。
会って欲しいんだ、おばあちゃんに。
おばあちゃんは、ヨシ子さんの事怒ってなんかいない。
きっと、喜ぶだけだと思う。
本当に優しいおばあちゃんだから。」
「そうね…。そうしてあげたいわね…。しかし、電話というのもねえ…。」
鸞が言うと、瑠璃も頷いた。
「会って、顔を見ながら話さないといけない事よね。」
すると、部室のドアが開き、胴着姿の龍介達が立っていた。
「あれ、龍。部活は?」
「気になってちらっと覗いたら、電気点いてたから、早めに切り上げて、話聞いてた。」
「もう…。人が悪いわね、龍介君。いいの?主将がそんな事して。」
「早く終わる分には感謝されるだけですから。」
龍介は昔からそうだが、相変わらず長がつくものは全部やらされてしまっている。
生徒会長、写真部部長、剣道部主将…。
龍介は真二の横に来て、テーブルに手を着き、笑いかけると、頭を撫でた。
「やり方は乱暴だが、おばあちゃん思いの優しい奴だな。」
「本当にごめんなさい…。」
「ラグビー部の連中にもきちんと謝罪したら、許してやる。大阪にも付いてってやってもいい。お前が望むならだけど。」
「お、お願いします!大阪なんて行った事なくて!」
そして、鸞の手を握ったまま、鸞を見つめる。
「お姉さんも行ってくれる?」
「私?」
寅彦の肩がピクリと動き、片眉が上がった。
鸞はそれを見て、不敵に笑うと、真二の手を握り返して微笑んだ。
「いいわ。行ってあげても良くってよ。」
「わあ、ありがとお!」
間髪を容れず寅彦が怒鳴った。
「俺も行く!」
相変わらず鈍感な龍介は、2人の間に何が起きているのか、全く感知していない。
「そうだな。寅か瑠璃には来て貰わねえとと思ってたんだ。そうしてくれ。」
瑠璃はハラハラしているが、亀一は苦笑し、ずっと一言も喋らない、聡という、連れの少年の顔を覗き込んだ。
「なんでしょう。俺もちゃんと謝ります。」
「そうでなく。お前だろ。計画立てたのも、電気系いじって、音響装置つけたり、侵入経路確保したのは。」
「そうですけど、なんで…。」
「真二はいい子だが、そういう計画立てたり、技術的な事したりすんのは不得手そうだからさ。」
「うーん…。やっぱ英の高校生って凄えな…。」
「お前、中学どうすんの?」
「ここ入ろうと思ってました。」
「んじゃ、合格したら、下級生だな。まあ、俺達直ぐに卒業しちまうけど。しかし、末恐ろしい奴。」
龍介と瑠璃が吹き出した。
「きいっちゃんが言えんのか、それ。まあいいや。じゃ、新幹線の手配はこっちでやる。明日の土曜日でいいか。」
「はい!宜しくお願いします!」
「新幹線代は出してやれねえけど、大丈夫?」
「お、お幾らくらい…?」
瑠璃が直ぐに調べて答えた。
「1番安いのが取れれば、片道1万ちょっと。高くても、1万4千円かな?」
「最高額で、往復2万8千円…。大丈夫です。お年玉があります。」
「じゃ、寅、早速4人分取ってくれる?」
不機嫌そうに頷く寅彦を見て、首を傾げる龍介。
「どうした?」
瑠璃が立ち上がって、龍介の胴着の袖を引っ張った。
「あ、後で説明するから…。」
「そうなの?あ、じゃあ、君達はそのまま残ってて。そろそろラグビー部の連中が戻って来るから、ちゃんと事情を話して謝る事。いい?」
「はい。」