鸞ちゃん!?
帰宅した龍介は、寅彦と2人で、事件のあらましを竜朗に話した。
「河原崎ヨシ子さんは、きいっちゃんの言う通り、逃げたんだとしたら、なんでそんな必要があったんだろう…。」
竜朗は、真剣な顔になって、タバコを消し、話し始めた。
「俺もあの頃生きてたわけじゃねえから、実体験としては無えが、俺の親父とか、その他の情報として聞いた話だと、あの頃は、生き残りってのは、恥とされたんだ。」
「なんで…。」
「なんでかな。日本人の美徳っていやあ聞こえはいいが、間違った考え方が充満してる時代だった。
生きて虜囚の辱めを受けるなかれとかな。」
「あ…、生き残って、捕虜になるくらいなら、自決しろってやつだね?」
「おう。龍、よく知ってんな。その通り。
戦地で1人生き残って帰って来た兵隊さんなんかも、よく恥ずかしげもなくオメオメと帰って来たもんだ、みんなお国の為に死んだのにって白い目で見られたりしたらしい。
今じゃ、災害や犯罪なんかで1人生き残ってたりすると、良かった良かったってみんな喜んでくれるが、当時はそんな罪悪感を抱かねえとならなかったのよ。」
「じゃあ、それで…?でも、ヨシ子さんは、兵隊さんじゃねえじゃん。」
「そうでもさ。なんか事情があったのかもしれねえよ。
運良くの筈なんだけど、罪悪感持たなきゃなんねえようなさ。
大体、なんでヨシ子さんは、はなから死んだって事になってたんだい。」
龍介は寅彦を見た。
当時の状況は寅彦が調べてくれている。
「あ、ええっと、ヨシ子さんは、1番被害が大きく、全員即死だったという、ラグビー部の部室があった場所の、溶接棟で働いていたからの様です。」
「ふーん…。でも、生き残ったって事は、そこには居なかったんだろうな。
そこに原因があんのかもしれねえ。
しかし、唯一の肉親の姉ちゃんに位は、言っても良さそうだがな。」
「それ、俺も気になって調べたんです。
そしたら、お姉さんの工場も空襲に遭ったという噂が流れていた様です。
実際には、空襲には遭ってねえし、無傷だったんですが。」
「あの頃は、情報網が今みてえに発達してねえ。
色んな噂が実しやかに飛び交って、鵜呑みにしちまって、事件が起きるなんて事もしょっ中あったらしい。
東京大空襲の時に、朝鮮人が襲って来るってデマが流れて、男たちがリンチしたって話もそれだ。」
「なんの根拠も無い噂が本当になっちまってたって事?」
「そうだ。
誰かが、想像で、こうかもしれないよな、なんて言った事が、こうなんだってよ!に変わって行っちまう。
だから、もしかしたら、姉ちゃんも死んじまったと思って、罪悪感もあり、東京から出ちまったのかもしれねえな。
そのヨシ子さんの旦那ってのは?」
「ええっと…。特攻隊に行って…、あ、結核になって、戻されてた人ですね。」
「そりゃしんどいな。周囲に酷え扱いされる。シンパシー感じて結婚したのかもしれねえな。」
龍介は唸った後言った。
「これは、ヨシ子さんに直接聞かなきゃ分かんねえけど、非常にデリケートな問題でもある。
取り敢えず俺たちは、犯人と思われる子に、ヨシ子さんは生きてるからって説明して、ラグビー部への嫌がらせをやめさせるって事に止めておいた方がいいかもしれねえな。」
「いつ行く?」
「明日は部活だから、明後日にしよう。爺ちゃん、色々教えてくれて有難う。」
「おう。」
翌日、龍介達は小屋の裏手のフェンスをくまなく捜索した。
元々、外部からの侵入は、誰も想定していなかったから、ちゃんとはやっていなかった。
というのも、学校のフェンスは、鉄製の15センチ刻みの柵で、その上には、金網が20メートル位まで張ってあり、フェンスの隙間を潜る事は人間には不可能だし、フェンスをよじ登っても、相手が金網だから、身体を支えられず、落ちてしまうので、外部からの侵入というのは、はなから除外してしまっていた。
しかし、よくよく見てみると、小屋の裏手の木は、少しだけ葉っぱが少なくなっている所がある。
それに、フェンスの鉄柵を掴んで揺すりながら、一本一本確かめてみると、一本だけ、スポンと取れている箇所があった。
「この一本だけ、溶接取ったんだな…。なかなかの技術だぜ。」
亀一が苦笑しながら言うと、龍介も苦笑した。
「なるほどな。確かによく考えてる。
音響装置も大したもんだし。
一本とれば、30センチの隙間になる。
子供なら抜けられるな。
じゃ、きいっちゃん、戻しといて。」
「はいよ。」
龍介達が部活の間、瑠璃と鸞は、赤松に頼んで、ラグビー部の部室から張り込んでいる事にした。
電気を消して、2人でこっそり、部室の窓から、朝見つけた出入り口にしているフェンスを見ている。
「でも、珍しくない?まあ、私も全然気が回らなかったけど、龍介君が、他の侵入ルートを探さないなんて。」
鸞が言うと、瑠璃も頷いた。
「そうなのよね。初めから内部の犯行って、珍しく決めてかかってた様な気がする。」
「実を言えば、私もそうだったわ。電気系統使うなんて、頭脳系だし、うちの学校の人かと。」
「でも、考えてみたら、加来君や長岡君は、小学生の内からああだったしねえ。」
「それを言うなら、瑠璃ちゃんもでしょ?」
瑠璃が照れ笑いをし、鸞も笑う。
しかし、急に顔が曇りだした。
「はあ…。寅ねえ…。どうにかなんないのかしら、あのお化けの怖がり方。」
「うーん…。前に、祠に佐々木君達が入っちゃった時は、あそこまでじゃなかったのに、あれから急速に怖がる様になっちゃったね。」
「あの話が怖かったのかしら…?でも、人の事、死ねなんて神様に祈る人間の方が、よっぽど恐ろしいと思うけど。」
「まあそうね。うちのお母さんも生きてる人間が1番恐ろしいってよく言うわ。」
「うちのお父さんも言う。」
「でも、ほら。誰だって苦手な物ってあると思うよ?鸞ちゃんは無いの?」
「私?私はねえ…。」
鸞が答えようとしたその時、フェンスの柵を抜き取り、少年2人が辺りを窺いながら侵入して来たのが見えた。
「来た!」
少年達はそのままラグビー部の部室に来た様で、ドアノブをガチャガチャ言わせて外し、中に入った。
そして電気を点ける。
「あれ!?音しない!」
片方の少年が言うと、片方の少年が首を捻りながらロッカーに近付きながら言った。
「おかしいな。故障かな。ちょっと直すから、ロッカー退けるの手伝ってよ。」
「うん。」
2人がロッカーを動かそうと隙だらけになった瞬間を狙い、デスクの陰に隠れていた鸞と瑠璃が飛び出した。
「君達!ネタは割れてんのよ!?お姉さんと話しましょう!」
瑠璃はそのセリフに呆気にとられ、鸞の美しい横顔を見つめた。
ーネタは割れてるって、鸞ちゃん…。一体いつの時代の刑事ドラマのセリフ…。
少年達は当然、ダッと逃げ出した。
銃を構える鸞。
「止まりなさい!悪いようにはしないから!」
「鸞ちゃん、撃っちゃまずいでしょおおお!?」
しかし、少年達は逃げる。
鸞は躊躇う事なく、発砲した。