住職の話から…
翌日、龍介達は、復帰した寅彦と共に、手分けしてラグビー部員に聞き込みを行ったが、みんな気持ちのいい奴ばかりで、人から恨みをかいそうな事はしなさそうだし、本人達にも、丸で心当たりが無かった。
多分外れだろうとは思いつつ、サッカー部員にも聞いてみたが、確かにラグビー部の事は、快く思っていないが、それは同好会という身分から来る物と思っているし、ラグビー部員が意地悪をして来るという訳でも無いので、恨みに思うという問題では無いと言っていた。
寧ろ、部長が赤松になってからは、結構遣り繰りしてグラウンドを使わせてくれたり、部室のシャワーを貸してくれたりもするので、感謝しているという事で、これも外れだ。
捜査は暗礁に乗り上げてしまった。
一応、不動寺の住職に話を聞いてみる事にし、放課後、電話でその旨を伝えてから行った。
「お前さん方の調べた通り、あそこの井戸は、そういった話があるし、当時の住職が大変霊力の高い方で、苦しんで水を求めている者らが見えたそうで、分倍河原さんに声を掛けた所、分倍河原さんにも見えたそうで、相談してこられたので、供養しようという事になり、当方が譲り受けたと聞いておる。」
「それでずっと、代替わりされても、あそこを供養し続けていらっしゃるのですか。」
龍介が聞くと、5人にお茶を勧めながら言った。
「左様。拙僧には先代の様な霊力は無いので、はっきり分かるわけでは無いが、供養した後の清々しさを考えると、続けて行かねばならんだろうと思ってな。」
「ご苦労様です。それで、その供養はどの位の頻度で?」
「一月に一度。15日に行っておる。」
「その時に、制服等を持って歩いているとか、怪しい人物を見かけませんでしたか。」
「うーん…。」
住職は腕組みをして考え込んだ。
「ーそういう物は持って居なかったが、中学生なのかな…。
いや、小学生にしか見えんか…。
君達よりは大分小さな少年2人が、小屋の裏手に見えた気がしたのだが、消えた。」
その刹那、寅彦の顔は真っ青になり、騒ぐ前に亀一が落としてしまった。
「んん!?」
龍介は2人を隠す様に身体を斜めにして、驚く住職に、苦笑して誤魔化した。
「すみません。お化け関係の話が苦手な男で、そういう話題になりそうになると、騒ぎ立てるので、少し大人しくさせました。お気遣いなく。」
「そ、そうかね…。話し合いでなんとかならんのかね…。」
住職はブツブツ言いながら、話を元に戻した。
「しかし、消えたのは妙ではあるのだが、物の怪の類いには思えなかった。」
「小学生位の大きさ…。うちの制服は着ていましたか?」
中学1年位だと、小さい子は本当に小さく、小学生にしか見えない。
「それが、申し訳ないのだが、本当に一瞬だったのだ。
子供が居ると思って、荷物を置き、声を掛けようと覗いた時にはもう居なかったのだ。
だから、白っぽい服を着た小さな少年という事しか分からなかった。
服装まで見て居なかったのだ。」
「いえ、いいんです。有難うございます。じゃあ、それ一回キリですか。目撃されたのは。」
ラグビー部の災難が始まったのは、4月の半ば。今5月の末だから、その間に住職が来る15日は、一回しかない。
「そうなのだ。他の日は行って居らんからな。役に立てず申し訳ない。」
「とんでもないです。有難うございます。」
「して…。犯人を探してどうするのかね?」
「ー単なる嫌がらせやいたずらにしては、凝っている様に思います。
それに、焼夷弾で亡くなった方の事件が、無関係とは思えない。
そうなると、何か止むにやまれぬ事情があったのではないかと、俺は思っています。
話を聞いて、出来る限り力になった上で、この行為を止めて貰おうと思っています。
まあ、単なるいたずらなら、2度とやらないと思える様に、怖い目に合わせて指導しますが。」
住職は笑いだした。
「優しく、考えの深い鬼か。面白い子だなあ、君は。
ただ単に犯人探しをして糾弾するつもりなら、説教をしようかと思うたが、無用な様だ。」
「ご住職も、何か訳ありとお考えになりますか。」
「うん。実はな。
井戸を供養する事で、収まっているので、声高には言いたくないのだが、工場に居たはずの方の人数と、亡くなって、ご遺体を供養させて頂いた数が、お一人分、合ってないのだよ。」
「ご遺体が見つかっていないという事ですか?」
「そうなのだ。分倍河原さんは、かなり掘り返したりして探して下さったのだが、どうしても見つかっていないご遺体がある。
そこの気絶している彼の嫌な話題かもしれんが、もしかしたら、その見つからないご遺体がまだ敷地内の何処かにあり、そんな事件を起こさせているのではないかなどと思ったのだよ。」
龍介達は住職に丁寧に礼を言い、寺を出た。
「確かに、その見つかってない人がいるってのは気になるな…。
犯人は、その人の遺族かもしれない。
寅と瑠璃で調べてみて。
寅は当時の状況とご遺族の現在。
瑠璃はその人本人について。」
お化け関係でないと分かれば、寅彦は十二分の働きをする。
帰りに寄ったキングバーガーで、早速瑠璃と作業に取り掛かった。
「あー、焼夷弾が落とされたのは、終戦直前の1945年7月。工場に居た人達は全員死亡してるが、確かに1人だけ遺体が出てない。河原崎ヨシ子さん。当時15歳。」
「河原崎さんのご遺族は?」
「両親は空襲で当時の段階で亡くなってんな。
お姉さんが1人。
別の工場で働いてて、難を逃れ、現在もご健在だ。
その後、星野って人と結婚して、男子1人出産。
で…おお!?龍、この住所見てみな!」
全員で寅彦のパソコン画面を覗き込むと、学校の裏手だった。
「ラグビー部の部室の真裏じゃねえかよ。」
「その通り。」
そして、その河原崎ヨシ子について調べていた瑠璃も興奮した様子で言った。
「生きてた!この人!」
「マジで?!」
「マジよ!えーっと、空襲の直後…んん?
本当直後だわ。5日後よ。
16歳になったその日に、大阪で結婚して、子供を3人産んで…。そのまま大阪に住んでて、今もお元気みたいよ!」
「ーじゃ、なんでその事実が明るみになってねえんだ…。
住職も、当時の分倍河原理事長のお父さんも、知ってたら探さねえだろうに…。」
亀一が龍介のポテトをつまみながら言った。
「誰にも生きてるって、知らせてねえんじゃねえの。大阪へは逃げたのでは?」
「なんで。」
「そりゃ俺には分かんねえよ。或いは、大阪に嫁に行くのが、元から決まってたのか。」
亀一の言葉に瑠璃がすぐ調べ始めた。
「いいえ。結婚が決まってた線は無いんじゃないかしら?
お姉さんは捜索願を警察に出してるわ。
記録に残ってる。
だから、分倍河原理事長のお父様も、工事期間延長してまで探してらしたのよ。」
龍介は考え込みながら呟いた。
「となると、きいっちゃんの言う通り、逃げたって考えるべきか…。
でも、なんで逃げる必要があったんだ…。
折角奇跡的に生き残れたのに…。」
亀一達も考えてみたが、よく分からない。
更に調べていた寅彦も、困惑気味で報告した。
「裏手に住んでる、河原崎さんのご家族に、英関係者は居ない。
家族構成は、河原崎さんのお姉さんである、ミチ子さん86歳と、その息子家族の、妻1人、息子2人がいて、息子は下が小6の上は高3だが、兄貴の方は、県立高校に通ってて、英を受験した記録も無い。」
「そうか…。もう一度、明日現場検証をしてみよう。小さい少年だったら、外部から入る隙間があるかもしれない。」
にしても…。と龍介はまた考え込んだ。
もし、河原崎さんの孫が犯人だとすると、親戚の遺体があるかもしれない場所だから、ラグビー部を追い出そうとしたのかもしれない。
だが、分からないのは、そこまで思われているというのに、何故生きている事を隠して、河原崎ヨシ子さんは、今まで暮らしてきたのかという事だ。
「寅、瑠璃…。河原崎ヨシ子さんが空襲にあった時からの事、少し調べといてくれないか。」
「了解。」