英学園怪異譚
龍介達3人は、相談者のラグビー部部長の赤松と一緒に、件の小屋の前に行った。
その小屋は、創立当初からあるっぽく、相当古い感じのする瓦ぶきの木造の建物で、窓も無く、出入り口と見られる引き戸があるだけだった。
その引き戸には、南京錠がかけられている。
開けて侵入するのは簡単だが、龍介は敢えてそうはしなかった。
「龍、入らねえの?」
「きいっちゃん、アレ見てみな。」
龍介が指差した引き戸の上には、真言密教の梵字が描かれたお札の様な物が貼ってあった。
「なんじゃ、アレは。」
「あれは不動明王を表す梵字。カーンという。
わざわざ表に貼ってあるし、建物は古くても、このお札だけは新しい。
て事は、誰かが定期的に貼り替えているという事。
定期的に、仏道的な管理が必要な物が入っていて、敷地の持ち主である理事長は知らないとなると、安易に手を出すのは色々と支障がありそうだ。」
「祟りって事か?」
「かもなって話。祟り系じゃなくても、触らぬ神に祟りなしとも言う。
ちょっとここを調べるのは、瑠璃の調査を待ってからにした方がいい。」
という訳で、ラグビー部の部室に入る。
「赤松。」
珍しく、龍介が正しく名前を呼んだ。
相談者であるラグビー部部長の赤松と龍介は、スポーツ大会の時に龍介のクラスの2枚看板で活躍。
息もぴったりで、赤松は昔から龍介をラグビー部に勧誘していたからだろう。
「ん?」
「声が聞こえて来んのは、いつ?」
「部室入って直ぐだ。大体、鍵持ってる俺か、副部長の高1の金城ってのか、どっちかが入るともう始まる。」
赤松が電気を点けると、確かに苦しげな声が聞こえ始めた。
「助けてえ…。」
「水をくれー。」
「痛いよー。」
女や男の声と、子供の声。そして泣き声。かなりの大音量だ。
龍介は何か思いついた様子で、突然電気を消した。
すると、声が止む。
点けると、またする。
龍介は電気配線を辿り始めた。
そして、行き着いた先の、ロッカーの後ろを見る為、ロッカーを退かすと、携帯音楽プレイヤーとスピーカーが隠してあり、声はそこから聞こえていた。
「お化けじゃなかったみたいね。少なくとも声は。」
「だな…。きいっちゃん、見て。」
亀一が携帯音楽プレイヤーと配線を見て、直ぐに報告する。
「電気のスイッチと連動させてる。しかも充電までさせてる。なかなかに詳しい奴の犯行の様だ。」
「ありがと。お化け問題でなく、犯人は生身の人間て事なっちまったな。
制服なんかを隠して、小屋の前に置いた奴。
学内か、学外か…。」
龍介は赤松に話しかけた。
「制服類が隠されたりするのは、いつとか決まってんのか?」
「練習中だ。練習終わって、帰って来ると消えて、その小屋の前…。
ごめん。前じゃなくて、裏だな。そこに置いてある。」
「そのパターンは同じか。」
「同じだな。
必ずあそこにあるんで、もう探す手間が省けたが、あそこの裏って、雨の後はドロドロの水溜りになってるんだ。
そこにも容赦無く置かれるから、制服で帰れなくなる。」
「制服持ってかれる奴は決まってる?」
「いや、ランダムだな。やられてないのは…。ああ、居ない。」
「居ない…。そうか。で、練習中、ここの鍵は?」
「一応掛けてる。鞄や財布もあるし。」
「こじ開けられた形跡は?」
「特に無い。」
龍介は、部室の鍵を見た。
ここは南京錠では無く、ドアノブに鍵穴があるタイプだ。
だが、ドアはかなり薄い木で出来ている。
龍介はドアを開けた状態で、ドアノブを何度か捻った。
「ガタつきがあるな…。ドアとドアノブの接着が、若干緩くなってるような…。」
龍介はドアノブが、ドアに付けられているネジを見つめた。
ネジ山が摩耗しているのが見て取れる。
「何回も付け外ししてんじゃねえかな。きいっちゃん、これって、ドアノブ外したら、鍵開けなくても、開くよな?」
「開く。」
「うーん…。なんだろうな…。ラグビー部が誰かの恨みをかったというような覚えは?」
「ええ?恨み?個人じゃなくて、ラグビー部全体って事だよな?」
「そう。」
「はああ…。全然思い浮かばねえな…。
強いて言うなら、サッカー同好会とは仲が悪いな。
グラウンドもラグビー部優先だし、サッカーの方は、部室も無い。敵対視はされてる。」
「ふーん…。そっか…。」
龍介は部室を出ると、もう一度小屋と周りを観察した。
小屋は何処からも死角になる場所にあり、制服類が置かれていた裏手というのは、通りに面した側だが、低い木が生い茂り、通りからも見えなくなっている。
ラグビー部の部室もまた、体育館の裏手にあり、グラウンドからも、校舎からも見えない。
体育館のドアは近い所にあるが、剣道部が使っているので、部活中は冷房が入っている為、閉めてあるから、人の目は実質無いと言っていい。
「目撃者は見つかりそうにねえな。そろそろ瑠璃の調査結果が出るだろう。生徒会室に戻ろう。」
生徒会室に戻ると、寅彦は居なかった。
「寅は?」
龍介が聞くと、苦笑しながら瑠璃が答えた。
「今回の件は抜けるって、帰ったわ。」
龍介と亀一は苦笑したが、鸞は憮然として、見る見る内に機嫌が悪くなって行っている。
「鸞ちゃん、誰にでも不得意なもんはあるじゃん。瑠璃、どうだった?」
不得手なものなど存在しなさそうな龍介はそう言って鸞を宥めつつ、瑠璃のパソコンを覗いた。
「ここは、戦時中は軍需工場で、焼夷弾の攻撃を受けて、大勢亡くなってる。
工場もなくなったのだけど、その後、さっき赤松君が言ってたような、泣き声や助けを求める声がするって、お化け騒動が起きてるみたい。
それで戦後、買い手がつかなかったのを、分倍河原理事長のお父様が買い取り、英学園を創立。
その後は、お化け騒動も、怪異譚も無くなり、現在に至ると。
で、不思議な事に、あの小屋とあの小屋の土地だけは、何故か、この近くのお寺、不動寺の持ち物になってるの。
理事長先生のお父様が譲渡された様です。」
「不動寺ね…。それで不動明王の梵字か。納得。その怪異譚が収まったのと、譲渡は関係がありそうだな。」
「と、私も思ったので、母にLINEしてみた所、矢張りその様です。
小屋の中には、水っぽいもの、恐らく井戸ではないかと言っていたけど、それがあって、その怪異が頻発した時は、そこに不浄霊がドッサリ居たのが見えるそう。
だけど、今は、その不浄霊達は成仏してるし、その小屋は不動明王様が守ってくださっていて、とても清浄な場所に見えるんだそうです。
で、英が建つ前のここの見取り図を掘っくり返して調べてみました。」
「やるじゃん、瑠璃。で?」
「うん。小屋の場所には井戸が確かにありました。
で、その怪異譚の方でなく、空襲があった際の史実を調べてみた所、焼夷弾に焼かれた人達は、水を求めて井戸に殺到したそうです。
で、そこで息絶えた方が多数いらっしゃいました。」
「ありがと、瑠璃。素晴らしい。指示要らずだな。
ーなるほど…。
それで井戸に不浄霊が群がっていたし、供養の為もあって、あそこだけ寺に預けたって事なんだろうな。」
龍介組長の意見を聞いて、暇そうな亀一が言った。
「犯人はその経緯を知ってたって感じだな。」
「そうだな。少なくとも、戦直後の怪異譚は知ってたんだろう。
で、それを利用したのか、それが動機かは分かんねえけど、ラグビー部をターゲットにしていると。
うーん…。
外部の人間てのは、考え難いんだよな…。
うちの学校のフェンスは高いから、よじ登るのは素人さんには無理だし、出入り口は正門と職員門しかないが、両方共、警備員さんが立って、全部出入りをチェックしてる。
結構難問だな。」
「どうします?」
不機嫌なまま鸞が聞くと、龍介は鸞を苦笑して見ながら言った。
「校内に監視カメラ付ける訳にもいかねえから、取り敢えず、明日、ラグビー部全員から事情聴取だな。先ずは、なんでラグビー部がターゲットなのか突き止めよう。で、不動寺の住職に話を聞きに行くと。」