真行寺の不運は続く
お手伝いさんが作ってくれた昼食を、亀一と寅彦と一緒に摂っている最中、真行寺が疲れた顔でやって来た。
しかも、何故かタクシーの運転席から降りて来る。
「どしたの!?」
龍介が聞くと、ペコペコ平謝りに謝っている運転手に、料金を押し付ける様にして渡し、タクシーが去ってから言った。
「面倒だから、新宿からタクシー乗ったんだよ。
そしたら、あの運転手、ドライバーになってまだ1週間で、分からないので、道教えて下さいって…。
新宿駅から高速までも分かんないんだぜ?
その上、口ばっか達者で、ドライバーとしての愚痴まで言い始めやがって。
なんで客が運転手の愚痴聞かなきゃなんねえんだよ。
大体、そんな道すら分かんねえ奴が、タクシードライバー張ってるって、一体、最近のタクシーはどうなってんだ。」
「ーで…、代わりに運転してきたの…?」
「そう。高速入る前に俺もぶっちぎれて、てめえ、運転変われって公安警察手帳出した。」
確かに真行寺の言う通り、最近は、にわか運転手が多く、道が不確かなのは元より、自分の愚痴を客に聞かせるという、訳の分からない運転手も増えている。
イライラする真行寺の気持ちも分かるが、運転手はさぞ怖かった事だろう。
そして、3人の視線は真行寺のおでこに集中した。
「どしたの、グランパ…。そのでっかいたんこぶ…。」
ロマンスグレーで、常に若々しくてかっこいい真行寺には、およそ似つかわしくない、大きなたんこぶが額にあるのだけでも気になるし、それ以前にいい年をして何故と思い聞いたのだが、真行寺はチラッと寅彦を見ると、不機嫌そうになんでもないと言った。
なんだかよく分からないが、カイエンで来ないというのも事情がありそうではある。
色々重なって、タクシーの事で機嫌の悪さにとどめを刺されたのかなと思い、昼食はまだだと言うので、一緒に食べながら、タンザワッシーについて話す事にした。
話を聞いた真行寺は、もういつもの状態に戻って言った。
「そういう目撃情報は今のところ、俺の所には入って来てないな。急ぎじゃなさそうだから、試験休み入ったらにしなさい。そのまま冬休みに突入だろ?」
「グランパも行く?」
「邪魔じゃなければ行こう。その頃にはカイエンも直ってるし。」
邪魔な筈は無い。
真行寺が居れば、車で楽して行けるし、機材も揃っている。
4人揃っていつものXファイル調査同様、計画が立てられた。
しかし、何故カイエンは無い状態なのか。
「グランパ、カイエンは…、故障?」
「いや。駐車場で当て逃げされた。フロントバンパーがボロボロでぶら下がっちまってる。」
銀座は竜朗とも、真行寺ともよく行く龍介だが、平面駐車場は無かった気がする。
「珍しく路駐でもしたの?当て逃げなんて。」
「いや、一応、道路脇の駐車スペースだったんだ。
たまたま通り過ぎようとした所で空いたからさ。
立体駐車場は面倒だからと、つい置いたのが運の尽きだったな。」
カイエンの謎は解けたが、おでこのたんこぶの謎は解けない。
真行寺はやはり口を閉ざすし。
でも、真行寺にとって、ついてない日だったというのは、理解出来たが。
楽勝の期末テストも終わり、いよいよタンザワッシー捜索になったが、難航を極めた。
つまり、居ない。
寒いので、テントを張って、水面を監視しても、ボートを出して湖の中にカメラを入れて、かなりくまなく捜索してみたのだが、影も形も無い。
「あれえ?見たのになぁ。」
龍介は亀一を疑いはしなかったが、現状から言って、可能性は低い様な気がした。
「きいっちゃん、念のため聞くけど、この湖は、下でどっかと繋がってるとかは無えよな?」
「無いと思う。
まあ、ダムだから、川は繋がってるが、頭だけで、直径2メートル以上はあった奴だ。
それから考えたら、相当デカイガタイだろ?
川じゃ泳ぐってえより、歩くになっちまう。」
「それじゃあ、川に逃げたとも考え難いな。
て事で、どうしましょう、グランパ。」
真行寺はニヤリと嬉しそうに笑って、いつものように言った。
「司令官は龍介と言ってるだろ?一々聞かなくていい。お前はできるんだから。」
「う…。はい…。じゃあ、もう暫く監視してみて、見つからない様なら、今日は撤収しよう。一段と冷え込んで来たし。」
「そうだな。」
そして、やはり出て来ないタンザワッシーなので、撤収準備に入った所だった。
突如として、ザッパーンという水音を立て、タンザワッシーが現れた。
まさしく、亀一が言った通り、恐竜にしか見えないから、タンザワッシーで間違い無い。
人気の無い夕暮れ時に現れたタンザワッシーを見て、龍介が直ぐに指示を出した。
「きいっちゃん、水中カメラ戻せ!寅、録画!」
「了解。」
2人が返事をし、龍介が真行寺と共に捕獲の為の、麻酔弾が入ったランチャーを構えたその時。
タンザワッシーの目がキラリと光り、龍介目掛けて襲いかかって来た。
「龍介!ランチャー放せ!」
真行寺が咄嗟にランチャーを撃ちながら怒鳴った。
武器を構えている事で襲ってきたと判断したのだ。
しかし、それで武器を放す龍介ではない。
龍介は臆する事なく、タンザワッシーにミサイルの様な麻酔弾を撃ち、2発で漸くタンザワッシーはバッシャーんと湖面に身体を打ち付ける様にして倒れた。
沈む前にと、急いで4人で網を放り投げ、龍介と亀一がタンザワッシーの身体に飛び移り、網を絡め、漁船用のモーターで岸に引っ張り上げた。
「じゃあ、寅次郎君を呼ぶか。」
真行寺は電話を掛けながら、タンザワッシーの顔を覗き込んだ。
「なんか愛嬌のある顔してるなあ。」
言われてみれば、可愛い顔はしている。
獰猛とか、恐ろしい感じはしない。
真行寺はタンザワッシーの顔に触れた。
「ごめんなあ。調べて大丈夫そうだったら、すぐ元戻し…。」
「え!?」
龍介達は目を疑った。
なんと真行寺が消え始めているのだ。
「グランパあ!!」
龍介が叫びながら手を伸ばした時には、真行寺は、スマホを残して跡形も無く消え、その上、タンザワッシーも消えてしまった。
流石の龍介も真っ青になって固まり、亀一と寅彦も言葉すら出てこなくなって、呆然としていた。