戦争の危機
「そうだ。娘とダンスは如何ですか。」
龍彦のいきなりの申し出に、王は面食らった顔になりつつも、いやらしい顔でにやけた。
しかし、無線で聞いていた龍介は、寅彦にバレないようにしつつも、内心顔色を失くしていた。
まりもでなくても、普通の女の子はダンスなど出来ない。
ーどうする気なんだ、お父さん…。
すると龍彦はまた魔法を使った。
父親が娘を可愛がる様にしか見えない雰囲気で、まりもの鼻に指を当て、
『まりもちゃんはダンスが出来る。相手のステップに合わせていれば良いだけだから。絶対出来る。大丈夫。』
と、呪文の様に唱え、なんとまりもは本当に王とダンスを踊れたらしい。
実際、寅彦の作業が終わり、書類を奪い、また跡形も無く、現状復帰させ、素知らぬ顔で龍介と寅彦が王の家を出るまで、書斎には誰も来なかったのだから。
そして龍彦は自信満々で踊りきり、得意気なまりもを、鼻の下を伸ばしきった王からそっと離すと、優雅に不自然さも無く、急用が出来たと断り、王の屋敷を出た。
その時も、龍彦は王の肩に手を当て、何かを呟き、去って行った。
集合場所に戻ると、龍彦はまりもの鼻に指を当て、また言った。
「元に戻っていいよ。1…2…3…。」
その瞬間、まりもの心の声は全開である。
「はあああ!なんだったんだろ!全部夢みたいだった!私、ダンスなんか踊れたんだ!」
「ご苦労様。本当に助かったよ。この2人がまた送ってくれるから、気をつけて帰ってね。」
「あ、あの…、私…。」
「ごめんね、催眠術をかけさせて貰ったんだ。ダンスはそのままじゃ踊れないから、いきなり挑戦して転ばない様にね。じゃ。」
ぽかーんとしているまりもを朱雀達に任せ、亀一の待つ戦闘機に乗り込むと、龍彦は寅彦と龍介を労と、書類に目を通し始めた。
「本部長、王にブツブツ言ったのも、催眠術なんですか。」
寅彦が聞くと、書類から目を離さずに答える。
「そう。俺たちの事は忘れるとね。」
「なんであんな簡単にかけられちまうんですか。儀式的なもんとかは必要無いんですか。」
「まりもちゃんは元々暗示かかりやすいのもあったが、王にしても、誰でも、眠くなる声のトーンというものがあるんだ。それを見つける為、色んなトーンを試しながら、会話する。それを見つけたらこっちのもの。そのトーンでこちらに集中させて、ブツブツ言えば、大体かかる。」
「はああ…。」
なんとか声に出して感心する寅彦の横で、龍介は呆然としている。
「どうした龍介。」
「あの柊木を黙らせられるなんて…。本と凄え技だ…。」
「それは有難う。さてさて感心してる暇は無えぞ。この計画書、もう日が無え。直ぐに局長と顧問に同時連絡。一本達エージェントも含め、ロシア、中国、北朝鮮、韓国に居る日系人は全員撤収。」
「本部長…。」
「龍介、奴ら、本気で戦争起こす気だ。」
「猶予は何時間です…。」
「あと24時間。各国で一斉蜂起。潜水艦まで世界中に散りばめられた中国軍、ロシア軍の全てが動き出す。
陶が知っていた事より遥かに進んでしまっている。
奴らは宇宙開発に勘付き、アメリカや日本に働きかけてみたが、ちっとも協力してくれねえ。しかし、自国での開発は中国は技術的に、ロシアは資金的にも技術的にも無理だ。技術者や開発者は全てアメリカに逃げちまってるからな。最終目的は宇宙開発の奪取だ。」
全員が各所への報告に動きながら、無言になっていた。
あと24時間で、世界戦争が始まってしまうかもしれないのだ。
しかも龍太郎が危惧した通り、宇宙開発が原因で…。
焦る気持ちを抑えながら、4人はそれぞれの仕事に没頭するしかなかった。




