作戦開始
到着するなり、龍介達3人は川平が用意して置いてくれた人民軍の軍服に着替えた。
パーティの客の警備を装い、紛れ込む作戦の為だ。
着替え終わった龍介は、着飾って、別人の様に美しくなったある人物の存在に気付き、固まった。
「加納くーん!どんな服着てもかっこいいわああ!」
「ひ…柊木…?何故、ここに居る!?」
朱雀がキョトンとした目をした。
「知り合いなんでしょ?龍。なんでそんな迷惑そうなの?」
「こいつを何に使う気か知らねえが、全部水の泡になるのは間違いねえぞ!大体、なんでこんな所に居るんだ!」
「俺が一本に頼んだ。」
龍彦がサラッと言った。
「おと…!本部長!なんで選りに選ってコイツです!?。分かってますよね!?コイツの特性!」
「王は若い女の子に目が無いんだよ。誰か綺麗で可愛い若い子寄越してと言ったら、大使館には居ないが、まりもちゃんが旅行で来てるっていうから、話して貰ったら、協力してくれるっつーからさ。」
「だけどお!」
「大丈夫、大丈夫。取り敢えず、目線を釘付けにしときゃいいんだし、王とは接触させねえから。俺がくっ付いてるから大丈夫。大体日本語でブツブツ言ってたって、向こうにはわかりゃしねえよ。
いいから、お前は寅の護衛に専念していなさい。」
何か嫌な予感を残しながらも、3人は難なく屋敷内に潜入。
寅彦は自分で監視カメラを切り替えながら、王の書斎に入った。
龍彦は、屋敷内に入る前に、龍彦にまでポーッとなっているまりもに、丸で呪文の様に言った。
「まりもちゃん。君は俺の娘という設定で入る。だから、何を思っても、ババって言うんだよ。お父さんていう意味だから。」
「はい…。」
「ババ。他には何も言わない。いいね?」
じっと目を見つめ、鼻に指を当ててそう言うと、まりもは黙って、コクっと頷いた。
「アレは一体なんだ…。柊木、アレっきり、ブツブツ言って無かったよな…。」
早速金庫の鍵を開ける作業に入った寅彦に向かって言っているのか、いないのかという口調で龍介が言うと、寅彦は作業中ながらも答えた。
「いっぺん見た事がある。うちの組長が、助け出したはいいが、パニック状態になってる邦人にアレやって、黙っちまった。
そん時は、その人の肩だったが、病院着いて、組長が肩触ったら、またパニック状態戻ったという事が…。」
「一種の催眠術かな…。」
「じゃねえかな。まあ、イケメンにしか出来ねえ気はすっけどな。あそこまで、集中して顔見てくれねえだろ、普通。」
「はああ…。スパイ、恐るべしだな…。」
「あんたも習得しときなさいよ。出来っから。
はああ…。しかし、厄介だな、こりゃ…。
7分じゃ無理かもしれねえ。」
「落ち着いて、焦らずやってくれ。お父さんがなんとかしてくれる。いざとなったら、俺が盾になる。寅は金庫の事だけ考えろ。」
「ありがとよ。」
相変わらず頼もしく、なんだか大丈夫な気にさせてしまう龍介に苦笑しながら、寅彦は作業を続けた。
その頃、まりもは矢張り、心の声も出さず、黙り込んで、龍彦にピッタリとくっ付き、じっとしていた。
「大丈夫だよ。接触はさせないからね。」
しかし、龍彦を見つめるその目は、全てを語っていた。
ーお父さんもかっこいい~!!!お父さんでもいい~!!!。
まあ大体そんな感じ。
しかし、目論見通り、王はまりもに釘付けだ。
早速近寄って来て、龍彦に話し掛ける。
龍彦は一本杉が用意してくれた身分では、王とは直接は接しない部署の少尉になっている。
立ち上がり、人民軍風の敬礼をすると、そんな事はいいからと言わんばかりに、まりもをチラチラ見ながら龍彦に言った。
「彼女は誰かね。」
「私の娘です。」
「ほお…。君、階級は…?少尉…。出世させてあげてもいいんだよ。私が口をきいてあげよう。」
「は…。」
驚くふりをしているが、王の思惑は言わずと知れている。
まりもを差し出せばという事だろう。
このスケベ親父と罵りたいのを我慢していると、王はいやらしい目でまりもを見つめ、まりもは怯えて、龍彦の陰に隠れたが、矢張り、心の声は出ない。
「その美しいお嬢さんを、うちに家事見習いで預けてはどうかね。君の出世も保証する。お嬢さんには、何不自由無い生活をさせるし、希望の教育を受けさせよう。悪い話では無いと思うが。」
矢張り、まりもを妾に寄越せという話である。
とんでもなく悪い話なのだが、ここは興味を持った風で、時間を稼がねばならない。
龍彦は興味深々になった様子をアピールしながら、迷っている様子で、会話の引き延し作戦に入った。
その頃、寅彦は苦戦していた。
「んああああ…。ごめん。未だかかる。」
「大丈夫。寅なら必ず出来る。こっちの事は心配しなくていいから、集中して。」
「ん…。ごめん…。」
「大丈夫。」
しかし、少々マズイ事になった。
王が側近の1人に話し掛けられ、話し合いの末、書斎に何かを取りに行けと言い出したのだ。
「龍介、2人行く。対処出来るか?」
龍彦が無線でこっそり聞くと、龍介はいつも通りの冷静な声で答えた。
「大丈夫です。」
龍介はドアの横に立ち、鍵が開いて、先に入って来た男が、部屋の中を見る間もなく落とし、続けざまにもう1人の腕を掴んで引きずり込みながら落としてしまうと、片手に1人づつといった具合に、2人の襟ぐりを掴んで大きなデスクの下に放り込んだ。
ところが、2人が直ぐに戻ってくる程度の用なのに、戻って来ないものだから、王はソワソワしだす。
「どうかなさいましたか。」
「いや、私の書斎には貴重な物が山程ある。そう長居されても困るのだ。ちょっと失礼して行って来よう。」
書類金庫の他にも、貢ぎ物やその他諸々の隠し財産があるらしいというのは、一本杉の調べで判明している。
代わりに書斎に入らせるような側近だから、盗んだりはしないだろうに、長居して物色されたり、見られるのも許せないらしい。
強欲な人間は、全てに置いて、独占欲が強い事を体現しているかの様な男だ。
しかし、流石にこいつに行かれてはマズイ。
さっきの2人なら、5分程度そこで気絶させて置いて、記憶を消す注射をしてしまえば、全く問題はないし、その程度の時間居なくても、誰も探さない。
しかし、王は5分であろうとも、姿を消したら、直ぐに探されてしまう。
それに王にはさっきから、横幅は龍彦の2倍はあろうかという、縦も横も大きい、渋谷をふた回り位大きくさせた土塀2号が片時も離れずにくっ付いている。
この土塀2号は、いくら龍介でも一瞬で落とすというわけには行かないだろうし、その間に王に騒がれたら、非常にマズイ。
中国人は極端に執念深い。
国家間のスパイ同士の争いだろうがなんだろうが、要人に対して、海外のスパイが何かしでかそうものなら、徹底的に調べ上げて復讐する。
そのせいで人生の半分を棒に振った龍彦には、嫌という程分かっている事だ。
王を書斎に行かせない様にする為、龍彦は頭をフル回転させた。




