八咫烏のナンバー2
龍介は、陶を普段の目で見つめ返した。
「ほら、とても戦闘的な、男らしい、いい目をしてる。ゲイの女役の目でも、事務員の目でも無い。人を射殺した事もあるね。」
こうなったら、正直に話すしかない。
龍介は腹を括った。
「はい。仰る通りです。申し訳ありません。職務遂行の為、あなたを騙しました。」
「そうだろうなと思った。」
「ーいつからです。」
「君の背中に触れた時、見た目とは違い、随分筋肉質だなとは思い、疑惑の欠片が生まれた。
その後、君がロシアはどうだと聞き始めた頃から、徐々にその欠片が大きくなりだした。
そして、立ち去ろうとした時に、確信に変わった。
君は人の嘘と本当まで見破れる。もう、これは訓練されたプロでしかないとね。そして、もしやと思って、触ったこの手で全て分かった。」
「そんな前からおかしいと思っていたという事は、俺の読みはハズレですか。」
「いや、安心したまえ。全て事実だよ。」
「騙されてると疑念を抱きながら、何故本当の事を…。」
「私はさっきも言った様に、自国の突き進もうとしている道には、非常に懐疑的だ。出来たら、潰れて欲しいと思っている。
そして、君が目の前に現れた。
君には、おぞましい事かもしれないが、私は君に恋をした。君が手に入るならなんでもいいと思った。
例えそれが嘘だったとしても、君の役に立ちたかった。
信じられんかね?」
「ー分かりません。」
「君は恋をした事は無いの?」
「あります。妻もいます。」
「そうか。まあ、君ほどのルックスと頭の良さと潔さと、正直さを持っていたら、相思相愛で、相手がこちらを向いてくれない期間というのも、無かったんだろうね。」
「妻が俺を好きで無かったら…。今なら、少しの可能性にもすがろうとするかもしれません。そう考えれば、分かる様な気もします。」
「そういう事なんだ。もしコレが嘘だったら、私をスパイ容疑者で、洗いざらい喋った人間だと言って、中国に強制送還してくれて構わない。」
共産主義国でそんな事になったら、銃殺刑は間違いない。
つまり、彼は、今の証言に生死を賭けているという事だ。
「騙してしまって、本当にごめんなさい…。」
「こちらこそ、怖い思いをさせたね。どうかホモ野郎と嫌わないでくれ。」
「ー俺は、あなたの事は人間としても、スパイとしても、とても好きです。敵とはいえ、嫌ったりしません。ただ!」
龍介は陶を必死という様な真っ赤な目で見つめ、自嘲気味に微笑んでいた陶が、龍介のあまりの血相の変わり様に固まった。
「俺は、男を異性の様には愛せません!
さっき達也と呼び捨てにしていた人は上司ですが、あの人の事はとても尊敬しているし、大好きです!
でも、異性と同じ様には思えません!
何が起きても、そっちの世界には行けない男です!そこだけは忘れないで下さい!」
陶は笑い出した。
「分かってるよ。大丈夫だ。何かに乗じて、迫ったりしない。」
龍介は安堵のため息を吐き、やっと笑うと、陶に一礼した。
「行きなさい。達也が心配して待っているんじゃないのか。」
「失礼します。」
「龍介、良くやった。」
珍しく、人目も憚らず、褒める夏目の目には、薄っすら涙が…。
「中隊長…。」
2人は固い握手を交わし、肩を叩き合って、無言で互いの健闘を褒め称えた。
龍介の持って帰って来た、潜伏者の場所や名前、階級が書かれたリストは、直ぐに、情報管理部に回され、分析が始まっている。
「本当に頑張ったね。龍。バレた時の機転も見事だったわ。」
美雨も褒めると、龍介は照れくさそうに笑いながら答えた。
「ーアレは…。真行寺の父の言葉を思い出したんです…。
『スパイ同士は腹の探り合いではある。でも、結局の所、人間同士。同じ様に愛国心を持ってる。最終的には、自分の人間性が試される。』って…。
父はスパイなのに、結構馬鹿正直に生きて来てしまい、それで随分損した事もあった様ですが、でも、そうやって、正直に腹を割って付き合った人とは、敵同士でも、助け合える関係でいる。それを思い出しただけです。」
「流石真行寺さんね…。でも、その場で殺されるかもしれないあの状況で、それが出来た龍は凄いわ。有難う、龍。」
「いいえ。夏目分析官。」
「嫌な子。もう元に戻ってる。」
美雨も笑って、部屋を出た。
オフィスに戻る途中で、風間が走って来て、龍介を呼んだ。
「顧問がお呼びだ。」
「あ、はい。」
「夏目。」
「はい。」
「龍介君は多分、外れる事になる。割れた工作員の確保人員には、龍介君は頭数に入れるな。」
夏目は、ほんの一瞬、きょとんとした顔をしたが、直ぐに分かったのか、龍介の肩を叩いて見送った。
一方の龍介はサッパリ分からない。
風間に連れられ、顧問室に入ると、竜朗はニヤリと笑って、龍介を褒め称えた。
「流石俺の龍だぜ。よくやった。給料は達也共々安泰だな。」
「有難うございます!」
「ん。流石たっちゃんの子とも言える。という訳で、急いで蔵行って、たっちゃん手伝って来な。」
「ーええっと…。ああ!もしかして、中国へ戦闘機で飛べと仰る!?」
「その通り。アレでな。」
「あ…アレですか…。」
途端に龍介の顔が曇った。
「大変らしいな、アレは。でも、龍より多少慣れてる亀一が操縦はしてくれるとよ。」
「お父さ…でなくて、真行寺本部長を助けるというのは、王将軍から各国のスパイリストや、ロシアとの密約書などを奪って来るというお話でしょうか。」
「その通り。王はホモじゃねえから、安心しな。
一本杉の報告じゃ、王は首相の陰の側近と呼ばれている男だそうだ。つまり、厳重な警備が予想される。
一本杉のチームだけじゃ、今抱えてる案件とで、手え一杯って事で、急遽たっちゃんが飛ぶ事になったが、もう1人優秀なのを八咫烏から貸してくれねえかっつーからよ。
達也をご所望の様だったが、達也は国内の潜伏者の摘発で忙しくなる。
ナンバー2でいいかいっつったら、龍だって直ぐ分かったらしくて、嬉しそうだったぜ。」
竜朗にナンバー2と言われたのも嬉しいし、龍彦が優秀なのをと所望して、龍介で喜んでくれるのも、嬉しい。
龍介は自ずと嬉しそうに返事をした。




