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龍介くんの日常 2  作者: 桐生 初
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給料!給料!給料!

「リーダー格と目されている陶小平は、35歳。

他のスパイは日本で集めた情報を全て陶に上げていて、言わば、使いっ走り。

人民軍の情報部の中でも、位が低い事からも、中国側の計画の様な物を知っている節は無いし、実際取り調べてみても、知らない感じ。

割とすぐにベラベラ喋っちゃって、仲間内の辻褄も合ってる。

全員が、陶がリーダーで、将軍に直に連絡を取っており、詳細は教えてくれないけど、陶の口癖は『中華国家が世界を制するのももう直ぐだ。』だそうなので、そういった計画を知っているのではないかという事になりました。

寅ちゃんが調べてくれた所、パソコンや携帯での、通信通話履歴、メールなんかは削除してはあったものの、人民軍の参謀本部の中枢に居る、王央峰将軍とやり取りしているのは分かったので、まあ、全貌まで行かなくても、ある程度は知っているんじゃないかと見ています。」


寅彦は、龍介の強い要望もあって、長期休み以外は八咫烏に来てくれる事になり、今日から来ているので、早速仕事をしてくれているらしい。


「で、この陶なんだけど、女性には全く興味が無い様で、女性の居る飲み屋にも行きません。

かといって、ゲイバーの類いも行かず、行くのは、新宿歌舞伎町のアイリスというバーだけ。

このバー、調べてみると、可愛い男の子がお金を出せば買えるお店として、その筋では有名なんだそうよ。

という訳で、龍の出番なんだけど。」


龍介、もう泣きそう。


「しかし、相手は筋金入りのスパイでもある。いっくら龍が可愛く迫っても、取調室で喋るとは思えない。従って、2人にお芝居をして頂きます。」


夏目と龍介はもう言葉も出ない。

倒れずにそこに立っているのがやっとの状態だ。


「ギリギリまで柏木さんが責め立てて、疲れさせてくれた状態にして、陶は留置所に1回移します。

そこの目の前で、痴話喧嘩をして欲しいの。

まあ、龍の顔が腫れてるのは丁度いいわ。

達也さんは、龍の浮気を疑って、龍を叩く振りをして下さい。そして、龍は泣きながら、陶の同情を買い、手玉に取って、情報を手に入れる。

良いかしらん?」


美雨の可愛らしい笑顔が、悪魔の微笑みにしか見えない。

とうとう夏目と龍介は貧血を起こして倒れ、新城達に支えられた。

2人は観念したのか、真っ青な顔のまま、目を閉じて呟きあい始めている。


「龍介…。」


「夏目さん…。」


「給料だ…。それだけ考えろ…。」


「つまりは愛する妻を食わす為…。」


「そういう事だ…。」


「はい…。」


「俺の女房は今、悪魔だけどな…。」


「ーですね…。」


美雨は天使の様な笑みを浮かべ、2人の手を取って言った。


「ご理解頂けた所で、細かい台本の打ち合わせに入りましょう。」




いざ本番となっても、夏目は未だ吹っ切れない様子で、美雨を恨みがましい目で見つめた。


「ーなんで俺なんだ…。土塀でもいいんじゃねえのか…。」


「どべ…、渋谷君じゃ、見た目でなんか説得力が無いじゃない。」


夏目は美雨の両肩を掴んで叫んだ。

もう悲鳴に近い。


「お前は、自分の亭主がオカマの相手に相応しいと言ってんのかあああああ!」」


「違うってば、達也さん!土塀君じゃ、如何にも脅して、カップルになってるみたいじゃないの!DVされてても、やっぱり僕、夏目さんが好きなのって感じにしないとダメなのよ!だから、ビジュアル的に八咫烏で龍に次いで二番目にいい達也さんにって思っただけなの!ただ、それだけだからね!?ねっ!?」


今度は龍介が泣き崩れる。


「やっぱり僕、夏目さんが好きなのって…。何それ…。それに俺は、仮にオカマになったとしても、DV男なんか嫌だ…。返り討ちにしてくれるわ…。」


龍介も追い詰められ過ぎて、訳の分からない事を呟きだしたので、美雨は瑠璃を呼んだ。


「ちょっと慰めてあげてくれる?私も達也さんの腹括らせて来るわ…。」




妻に優しく慰められた2人。

ほぼヤケになって、本番に臨んだ。


丁度、叩いている様子が見えるのは、陶から死角になっている所なので、夏目が龍介の左頬の直ぐ側で、頬を叩いた様な感じで、両手を叩いて音を出し、台本通り、龍介が倒れた。


「お前、渋谷とどうなってるんだ!」


夏目真っ青。

龍介も真っ青。

それは痴話喧嘩を真面目にやっているからでは無く、ただ、自分達が吐くセリフがあまりにおぞましくて、鳥肌を立てているに過ぎないのだが、迫真の演技に見えている。


「誤解だよ!」


「そこでキスしてたくせに、何が誤解だ!」


更に真っ青になる2人。

思いは1つ。

ーもう死んだ方がマシ…。

しかし、夏目は渋谷を浮気相手に設定する事で、復讐を遂げており、目論見通り、他の場所でモニタリングしていた渋谷は卒倒しそうになっていた。


「だって…。」


「だってじゃねえ!」


「達也があんまり虐めるから…。」


ここからが夏目の正念場である。

逆に言えば、龍介と違って、夏目はここで踏ん張れば、この役は終わるし、給料も安泰だ。

死ぬ気でやるしかない。


夏目は龍介の腕を掴んで立たせた。

そして、龍介の髪を撫で…。


「夏目さん、手が震えてます…。」


小声で龍介の突っ込みが入った。


「ーしんどい…。」


「目を閉じて、美雨ちゃんか給料だと思う…。」


夏目は給料、その二文字を思い浮かべて、必死に龍介は美雨だと思い込んで、そのまま龍介の頬を撫でた。

龍介の全身に広がる鳥肌。

夏目の手が、やたらざらついているのも鳥肌らしい。


「俺がお前を虐めんのは、可愛いからに決まってんだろ?」


「達也…。」


陶からは、2人は見つめ合っているようにしか見えないが、2人は思い切り、これでもかという程目をギュッと閉じている。


そして最大の難関が来た。


キスする振りである。


「ー本とにしないでくださいよ…。」


「ーてめえ、喧嘩売ってんのか…。」


喧嘩しながらなんとか振りを済ませ、龍介は夏目に抱きついたまま、全身に鳥肌を立てながら、震える声で言った。


「渋谷さんの事、許してくれる?本とにキスだけなんだ…。どうしてもって言うから…。」


「じゃあ、あいつの口割らせろ。そしたら、許してやる。」


「あの人?だって、拷問でも口割らないって…。」


「だからだよ。あいつの口割らせたら、俺は昇進出来る。そしたらお前の事も大っぴらに出来るから、もう渋谷なんて馬鹿のドスケベが迫って来る事も無いんだぜ?」


また聞いていて、崩れ落ちる渋谷。


「うん…。」


「じゃ、行って来い。」


そこで2人は離れる前に、さっきの練習で美雨に再三注意された事を呪文の様に小声で言った。


「バッと離れない…。バッと離れない…。」


さっきは気持ち悪いと言わんばかりにバッと離れてしまっていたので、それでは台無しになると言われたのだ。

2人はそっと離れ、夏目は脚本通り、陶の前を一睨みしながら通り過ぎて行った。

別室のモニタリングルームに入るなり、倒れこむ夏目。


「達也さんお疲れ様!よく頑張ったね!」


「給料…。給料…。給料…。」


それだけ三回唱え、バタリと倒れた。

かなりの消耗だった様だ。

そして渋谷は、夏目の足下にしゃがみ、泣きそうになりながら言った。


「俺はノーマルだよお、夏目え…。龍介にキスしてえなんて思った事ねえよおお…。」


その瞬間、夏目はガバッと起き上がり、その起き上がりざまに渋谷を思い切り殴った。


「てめえなんざ、話に出てきただけだろうがあ!俺だって、んな事1ミクロンも思った事は無え!贅沢言ってんじゃねえぞ、この土塀があああああ!!!」


そしてまた倒れてしまった。

夏目、完全に破壊されている。














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