暴れた代償
「何してんだ、おめえらはよお。」
夏目と龍介は、顧問室に呼ばれていた。
龍介のラグジャーは方々破れ、ボタンも取れ、左頬が腫れている。
夏目はコンバットスーツのお陰で、少し優位だったらしく、身体は大丈夫だが、眼鏡が曲がり、矢張り、左頬が腫れている。
「後部座席、ボロボロじゃねえかよ。どうしてくれんだあ。」
2人よりも、更に被害甚大なのは、SUVの後部座席で、内装が全部剥がれて、至る所凹みが出来、衝撃でパワーウィンドウも壊れたらしい。
「申し訳ありません…。」
2人揃って仲良く頭を下げるが、竜朗の情けなさそうな顔は変わらない。
「これから一カ月、2人共減俸。半額。」
「は…、半額…。」
これも仲良く口を揃えた。
夏目はこの間、給料全額を車につぎ込むという失態を2カ月も続けてやってしまっているし、龍介は一応新婚とはいえ、所帯を構えている。
半分も減らされたら、かなり辛い。
「修理代及び、反省代だあ。
ああ、それから。さっきお前らがしょっ引いて来た奴のリーダー格の男。
中国の計画の全貌とまでは行かねえが、ある程度掴んでいる節がある。
しかし、節程度にしかパソコン関係からは出て来ねえ。
人民軍の情報部のエリートで、どうもやり取りは、直接人民軍の将軍だったようなんでな。
そう踏んだわけだが、口は割りそうに無え。」
「はい。」
「そこで、美雨ちゃんから龍にって話だ。行って来な。」
口を割りそうに無い、百戦錬磨らしいスパイで、龍介にお呼びがかかる…。
これは嫌な予感しかしない。
龍介は、『爺ちゃんお願い!』と危うく叫びそうになりながら、なんとか抑えて、精一杯頼み込んだ。
「こっ、顧問!それだけはご勘弁下さい!」
しかし、竜朗はいつもの優しい爺ちゃんの顔はしてくれない。
「んにゃ、ダメだな。」
「そう仰らずに!」
「うーん、じゃあ、こうしようか。これやりゃあ、減俸は考え直してもいい。」
「うっ…。」
「そんで、達也、おめえもだ。」
「ーは…。」
「減俸が嫌なら、仲良くコンビ組んでやんな。」
真っ青な顔で、呆然と立ち尽くす2人に、竜朗は容赦無く、しっしっとやる様な手振りで、2人を追い払った。
「さっさと行け。」
2人が出て行くと、面白そうに笑っている龍彦を見て、苦笑しながら、ハッピーストライクに火を点ける竜朗。
「たっちゃん。帰んなくていいのかい。」
「面白そうなんで、もうちょっと居ようかなと。」
「帰った方がいいんじゃねえのかあ?忙しいんだろ、情報局も。そろそろ吉行の雷が落ちるぜ?」
言っている側から電話が鳴った。
「はいよ。」
「私だ。」
「おう、吉行。今噂してたトコだ。」
「では龍彦は未だそちらに居るんだな?」
「居るよ〜。」
こっちも面白そうなので、竜朗はオンフックにして、龍彦に電話に出させた。
「龍彦!」
「はい!」
良く通る佳吾の一喝に、電話なのに、直立不動になる龍彦。
「何を油を売っているんだ、お前は!
全く、龍太郎君の事言えん過保護じゃないか!
龍介君で遊んでないで、さっさと帰って来て、仕事をしなさい!
何故、お前の仕事を西条君がやらねばならんのだ!
西条君には西条君の仕事があるんだ!」
「す、すみません…。直ぐ戻ります…。」
「当たり前だ!」
ーガチャン!!!
相当怒っている様だ。
竜朗にも笑われてしまっている。
「まあ、結果は報告してやるから、早く帰んな、たっちゃん。」
「はい…。」
色男台無しに肩を落として帰る龍彦。
見送った風間は、首を捻りながら笑った。
「真行寺本部長、結局心配して、居残ってらっしゃったんですか。」
「そうだな。たっちゃんは、面白がってる風を装ってるが、内心夏目と龍が衝突したらとか、容疑者の取り調べなんて初めてなのに大丈夫かとか、心配なんだよ。
案外照れ屋だから、面白がってる風で、カモフラージュしてるだけだ。」
「はああ…。龍太郎さん同様、結構分かり辛い方ですね。」
「だからお互い、分かっちまうのかもなあ。親の俺より、龍太郎の事分かってくれてんじゃねえかな。」
「成る程…。」
「ところで、おめえの息子の透っつーのはよお。」
「はい。」
「龍をもってしても、よく分かんねえ奴らしいんだが、なんかあったのかい。」
「うーん…。あの子は、親の私達にもよく分かんないんですよね…。勉強だけは出来るんですが…。」
「なんか虐められて人間不信とかよお。」
「いやあ、そういう事も無かったと思うんですが…。龍介君、なんて?」
「パーソナルゾーンがえらい大きさなんだと。こっからは入ってくれるなってえのが、普通の友達レベルでも許されねえ。丸で通りすがりの相手程度にしか許してくれねえって。
政治の話とかでも、友人同士の悩み事相談とかでも、自分の意見は全く言わねえ。ただ聞いてくれるだけって感じなんだと。」
「ああ…。確かに、親相手でも、凄い壁作ってます…。それで家も出ちゃったんですが…。」
「そんで、なんかあったのかねって、うちの龍が心配してっからさ。」
「すみません。お恥ずかしい話ですが、全く分かりません。」
「そうかい…。まあ、うちの龍はあの通り、包容力はあの年齢にしちゃある方だ。話したくなったら、いつでも言ってくれって言っといてくれ。」
「はい。有難うございます。」
龍介と夏目の2人は、正しく、恐る恐る美雨の下へと向かった。
「こってり絞られた?なんなの、2人して顔腫らしてえ。それはなんとかして貰わないとね。」
「で、なんだ…。なんで龍介とコンビ組んで俺までなんだ…。」
「2人は噂通りホモって設定だから!」
夏目は真っ青になり、倒れかかり、龍介に支えられている。
「美雨…、お前喧嘩売ってんのか…。」
「売ってないよ?仕事してるだけ。じゃあ、計画を話します。」
真っ青で今にも泣き出しそうな2人を差し置いて、美雨は容疑者のパネルを前に説明し始めた。




