空爆前の日常
帰国した翌日、龍介と瑠璃の結婚式が行われる事になった。
龍介が居ない間に、両方の親と瑠璃に加え、真行寺と麗子まで加わり、瑠璃の夢を全て叶えた形で計画してくれていた。
瑠璃の夢としては、緑がある教会で式を挙げ、素敵なお庭でガーデンパーティーだったので、瑠璃がうんという教会を都内で見つけ出して、結婚式の交渉。
しかし、
『カトリックでないのなら、1ヶ月講習に通って貰わないと駄目。』
と言う神父を真行寺が様々なコネを使って半ば脅し、それは免除させ、式はそこで強行する事に。
ガーデンパーティーは、真夏にどうなの、暑さで死なないかという心配から、一応夕方からにしてみたが、教会の近くだと、良いレストランに庭も無く、あっても小さすぎて、龍介の結婚式に出たいという人数が入らない。
立地からいっても、イメージから言っても、麗子の家の庭が1番イメージに近いのではないかという話になると、今度は麗子としずかと瑠璃の母が、麗子の家のお抱えコックと共にメニュー作りに入り、真行寺と龍彦、瑠璃の父、それに、龍治と謙輔まで加わり、庭のパーティ会場整備に入る。
「という訳で、私は夢を言うだけで、何にもしなくて済んじゃった。いいのかなあ?」
帰国後直ぐに電話をかけると、瑠璃がそう言った。
「いいんじゃねえか。瑠璃のご両親は兎も角、うちの関係はやりたくねえ事はやらねえ人達だもん。それより、瑠璃はそれで納得行ってる?嫌じゃない?」
「全然。嬉しいだけ。よく聞くじゃない。結婚式の準備が大変で、カップル同士がギクシャクとか。そんな苦労もせず、ただ夢を叶えて貰って、おうちまで用意してもらって…。
あ、そうそう。家具とかも、お義父様とお義母様が買って下さったのよ?お爺様にお金貰ってるからって…。しかも私の好みの物を…。」
「さっき見てきたよ。可愛いね。」
「龍も気に入った?」
「おう。」
「良かったあ。でも、いいのかな、そんなにして貰っちゃって…。」
「なんか嬉しいらしいから、いいんだろう。」
「龍が煩悩失ってたお陰ね。」
「ーなんで俺、煩悩無かったのかな。」
「そ…、それは…。」
「それは?」
竜朗のせいというのは、瑠璃の口からは、さすがに言い難い。
「わっかんないなあ…。」
「そっかあ…。爺ちゃんにも、随分心配させちまってたって事だな。皆さんには出世払いで、ご恩返しするとしよう。」
「そ、そうね。」
竜朗の心配、それはかなりの割合で、罪悪感を伴っているが。
「じゃ、明日ね。」
「うん!」
翌日は、絵に描いた様な幸せな結婚式。
瑠璃は可愛いし、龍介は王子様の様にかっこいい。
一般とはちょっとずれた所で、感極まって泣く爺さんず。
プロデューサーが素晴らしかったのもあり、フランスからわざわざ帰って来た鸞が羨ましがってくれる式になった。
龍介が龍太郎から貰う予定の車は、未だなので、龍介はしずかの車を借り、式の後、そのまま新婚旅行に行った。
瑠璃が温泉に行きたいと言うので、伊香保に二泊三日で行った様だ。
2人が帰って来て、一応新婚生活が始まって、新学期も始まった頃、優子が遊びに来た。
「どう?龍君は。」
しずかはニヒルに笑って、一言返した。
「ーま、バカップルだわね。」
「ちょっとお?人の事言えるのお?」
「言えるでしょお!?私は龍彦さんと一緒になって、馬鹿やってないじゃないのお〜!」
「まあ、そうだけど。」
「龍彦さんのアレに加えて、瑠璃ちゃんがうっとりと、なんでも許しちゃうから、バカップルと言っておるのだよ。
瑠璃ちゃんも大学あるし、龍と一緒に放課後は八咫烏行ってるから、夕飯は遠慮しないで、うちで食べなさいって言ってあるから、ウィークデーの夕飯はうちに来るんだけど、まあ、よくそこまでというほどに、ちゅーちゅーちゅーちゅー…。」
「それ、あなた、人の事言えない。」
「まあ、そうね…。しかし、あまりに四六時中くっ付いて、そういう感じなので、思わず瑠璃ちゃんが心配になり…。」
「なんで心配になるの?」
「私、新婚の時、痩せちゃうし、唇腫れちゃったんだもん!」
「あら、ご馳走様。なんで痩せたのか分かんないけど。」
「違うでしょおお?今、龍の話でしょお?」
「はいはい。それで?」
「『そんなにちゅーちゅーやってたら、瑠璃ちゃんが減るか、腫れる。』って言ったら、あの馬鹿息子が『俺の主食は瑠璃だから。』つって、瑠璃ちゃんまで『いや〜ん、龍ったらあ〜。』で、処置なし。すんごいバカップル。もういいや。」
「あらま。それは確かに…。でも、良かったじゃない。あのままお坊さんのままだったら、みんな不幸だったわ。亀一も毎日言ってる。良かった、良かったって。」
「そうね…。きいっちゃんにも随分心配かけちゃったわね…。」
「でも、どうして急に煩悩が覚醒したのかしらね。」
「多分、仕事じゃないかなあ。八咫烏の仕事は、あの子みたいな実働部隊は、頭も使うけど、戦闘みたいなのが多いし、訓練もそういう訓練だし。
本能みたいなのに、直接働きかける類いの仕事だからじゃないかしら。」
「なるほどねえ。龍太郎君はどうしてる?明日でしょ?空爆の日。」
「有難う…。なんか龍に言われたそうなの。日常で救われるもんだから、ちゃんと帰って来て日常を送れって。
だから、ちゃんと夕食時に帰って来て、龍彦さんとべっちんべっちんやって、みんなでご飯食べて、龍も龍太郎さんと話してから帰るわ。」
「なるほど。」
「きいっちゃんにも随分助けて貰ってるって。ありがとね、優子ちゃん。」
「亀一はね。龍太郎君が師だって言ってるから。和臣さんじゃない所がミソだけど、まあ、師にしても、支えにしても、和臣さんじゃねえ…。」
「妻なんだから、その言い様は…。」
「いやあ、人は良いんだけど、ぽけ〜っとしてるからさあ。」
「まあ、確かにね…。それでわざわざ心配して来てくれたの?」
「うん。それに、空爆行くの、1人でって言い張ってるって聞いたから、どうしてるかなとも思って。
亀一や龍介君が行くのは、断固拒否してるでしょ?龍太郎君。
身分も、龍太郎君は2人の上だし、上官命令って言われたら、引き下がるしかないからって、亀一も凄く心配してて。」
「有難う…。皆さんにご心配お掛けして、本当にごめんなさい。でも、そっちは大丈夫になりそう。」
「ーどういう事?」
「うん…。」
しずかの表情は暗い訳では無いが、何か思い悩んでいる様な、そんな表情だった。
「だから俺が行くっつってんだろ。」
昨夜の夕食後、龍彦が不機嫌そうに龍太郎に言った。
大体2人の会話はいつも不機嫌そうか、喧嘩腰なので、珍しい事では無いのだが、内容が内容だけに、周囲は緊張した面持ちにならざるを得なかった。
今日の言い合いの発端は、龍太郎が行く空爆の戦闘機に、龍彦が同乗すると言い出したのだ。
「なんで情報局の本部長が同乗すんだ。関係無えだろ。」
「関係無くねえ。海外との仲立ちをすんのも、情報局の仕事なんだよ。お前さんが土壇場になって、スイッチ押さないで帰って来ちまったら、国際的な問題になる。言わば見張りだ。気にすんな。」
「俺はやるっつったらやる。見張りなんぞ必要無い。」
「いいや。見届け役は必要なんだ。いざという時の代わりのパイロットもな。」
「あんた、アレ操縦した事ねえだろ。」
「あんたが作った、前のステルスは京極と講習受けて乗れるぜ。龍介に乗れるもんが俺に乗れねえはずはねえ。」
その日は龍太郎からべっちんが飛んだ。
「ああ言えばこう言うだなあ!1人で大丈夫だよ!」
「駄目だっつってんだよ!」
すかさず龍彦もべっちんを返す。
「良いから俺の言う事を聞けえ!情報局の本部長は、空幕一佐よか上なんだよ!これは命令だあ!」
それは実際そうらしい。
八咫烏と情報局と自衛隊、全部合わせて、戦時と考えた場合の階級は、情報局の本部長の地位は、空将と並ぶらしい。
竜朗の顧問は全ての1番上になる。
しかし、龍彦の本意は、今言った事では無い事位、そこに居た全員には分かっていた。
龍彦は龍太郎の重荷を一緒に背負おうとしているのだ。
それが分かるから、龍太郎も必死に突っぱねているのだろう。
竜朗は難しい顔のまま2人を座らせた。
「たっちゃん、ありがとな…。龍太郎、俺からも命令だ。たっちゃんに乗って貰え。どっち道、こんな大規模な作戦、1人で行くってのは、規則にも反する。いいな。」
竜朗の顧問という立場で命令されたら、龍太郎と雖も、拒否は出来ない。
龍太郎は不機嫌そうに、渋々頷いた。
「そうだったの…。真行寺さんが…。」
「うん…。嫌い嫌いと言いながら、誰よりも龍太郎さんの事分かってくれてるのよね…。なんだか申し訳ない気分に…。」
「どうしてしずかちゃんが申し訳ない気分になるのよ…。2人は、きっとしずかちゃんの事が無くたって、仲は悪いし、べっちんはやるだろうし、でも、お互いの事よく分かって、いい関係だと思うよ?」
「そうかしらねえ…。龍にも同じ様な事言われたけど…。」
「そうよ。任せましょう。しずかちゃんは戦闘機には乗れないんだから。」
「そうね…。情けないほどゲロゲロしちゃうからね…。」
「誰にでも、得手不得手はあるものよ…。」
「私は格段に多くて、優子ちゃんには無い気がすんだけど…。」
「いえいえ、そんな事は…。やっぱり、麗子お義母様には、はっきり言えないし…。」
「言って欲しいのよ?麗子さんは。」
「それはそうなのかなとは思うんだけどねえ…。あ、ところで、お義父様はお元気なのかしら?。」
「は。誰?」
「真行寺顧問よっ。」
「あ、そっか。優子ちゃんのお義父様でもあったんだっけ。」
「そうですう。」
「あ、元気よ。しょっ中、龍達の様子見に来るから、お父様に『顧問、新婚なんですからっ。』って怒られちゃってるけど。」
「可愛い可愛い孫だもんねえ。ずっと可愛がりたいの我慢してたんだもの。」
「ーと、許してくれる瑠璃ちゃんは、いい嫁です。」
その頃、龍介はまた夏目の報告書を書いていたが、書き終わると、物も言わず、夏目の方に向かって、ノートパソコンを押し付けた。
「龍介…。だから教えたろ?ここで保存かけて、保存先指定して、プリンターを選択…。」
「嫌なんですう!お願いします!後はやって下さい!」
「お前、学生終わったら、隊長になるんだぜ?隊長になったら、やんなきゃなんなくなるんだから…。」
「やだあ!Windows覚える位なら、一生ヒラでいいですう!!!」
夏目は困った顔で、泣きそうな龍介を見つめ、ノートパソコンを受け取り、保存やプリントアウトを済ませると、報告書を持って、風間の所に行った。
「うん、いいよ。龍介君がバイトに来てる時の報告書は実にいいな、夏目。」
風間の嫌味はスルーし、夏目は言った。
「龍介用に、マック入れてやって貰えませんか。俺たちが使うってえと、主に報告書と、定時レポート見る位です。情報官的な仕事はしないので、システム的に問題は出ないかと思うんですが…。」
聞いていた竜朗が笑いだした。
「龍のWindowsアレルギーは酷えからな。セキュリティ上は問題ねえだろ、風間。情報局は全部マックなんだしよ。」
「まあ、そうですね。プリントアウトも今はWiFiですし、ファイルの互換性も、使うソフトでどうにか出来るでしょう。分かった。そうしよう。」
「お願いします。Windows覚える位なら、一生ヒラでいいとか言ってるんで。」
「龍介君にヒラで居られたらえらい損失だ。分かった。今日中になんとかしておく。」
「すみません。」
戻って来た夏目が龍介の頭を小突いて、苦笑しながら言った。
「風間さんが今日中にお前用のマック入れてくれるってよ。」
「本とですかあ!?有難うございます!」
満面の笑みで礼を言う龍介が、ついつい可愛くなり、頭をガシガシ撫でる夏目。
隊員達はニヤニヤ笑ってそれを見ている。
この辺りの夏目の、龍介に対する甘さもホモ疑惑を生んでいるのだが、当の本人達は全く分かっていない。




