元気が無い
普通だったら、大笑いである。
いくらかっこいい龍介がやっているにしても、こんなアメリカ映画みたいなのを日本人がやったら、それはお笑いでしかない。
まさに、語り継がれてしまう様な、大受け間違いなしのプロポーズである。
しかし、瑠璃はちょっと違う。
龍介に見つめられるだけで、デレデレと可愛い顔台無しにお幸せになってしまうし、龍介ならなんだってかっこいいし、可愛いと思ってしまう。
普通だったらドン引かれるか、大笑いされるかのどちらかの、このプロポーズも、瑠璃にとっては、感激以外の何物でもなかった。
「はい!お嫁さんにして下さい!」
龍介はハッと顔を上げると、嬉しそうに微笑んだ。
そして瑠璃に指輪をはめて、立ち上がると、別の意味で笑っている瑠璃の母と、泣き崩れている父に向かって言った。
「瑠璃さんをください!」
母は直ぐに答えた。
「どうぞどうぞ。」
しかし、父はガバッと顔を上げ、叫ぼうとした。
「僕は反…!」
ーボカっ!
龍介も目を丸くしてしまったが、瑠璃の母が父の弁慶の泣き所を、思い切り蹴っ飛ばしていた。
「気にしないで。どうせ理由なんか無く、拗ねてるだけなんだから。」
「あ…、いや、でも…。」
「いいのいいの。ほら、ここに居ても、この人が鬱陶しいだけだから、瑠璃、ちょっと出て、2人で話していらっしゃいな。」
なんだか瑠璃の母に急いで追い出されてしまった。
2人には謎だったが、瑠璃の母が2人を早々に追い出した理由はただ1つ。
玄関が閉まり、龍介達がエレベーターに乗ったのを確認するなり、腹を抱えて笑いだした。
そう。
瑠璃の母は龍介のプロポーズを笑いたくて仕方がなかったのである。
「あああ〜!面白い子だわ!流石しずかさんの子ね!誰の入れ知恵だか知らないけど、やるか普通!あははははは!良いもの見たあ!」
「急にどうしたの?嬉しかったけど、びっくりした。」
2人は車に乗り、少しドライブしていた。
「ーあの…。いや、軽蔑されないだろうか…。」
「しないよ。なあに?」
「ーその…。瑠璃に対していやらしい気持ちがモヤモヤ…。しかし、結婚もしてないのに、それはいけないかと…。」
瑠璃は、嬉しそうに笑うと、運転中の龍介の腕に抱きついた。
「はああ。やっと龍の煩悩が…。良かった…。」
「しない?軽蔑…。」
「しないよ。ああ、良かった。それより、そんなに大事に思ってくれて有難う…。」
「何よりも大事ですよ、貴女は。」
途端に例の台無しのデレデレ笑顔になる瑠璃。
「うへへへへ。」
「そういう面白い所も好き。」
「おめでとう!なんだけど、そこで我慢ではなくて、結婚て所が面白いね、龍介君て。」
フランスにいる鸞にチャットで早速報告すると、そう言われてしまった。
「いいの!そこが可愛いの!」
「瑠璃ちゃん、龍介君に甘過ぎ〜。まあ、いいけど、しかし、そのプロポーズ…。よく笑い出さなかったわね。」
「笑うですってえ!?あの龍がやったのよ!?王子様みたいじゃないの!何を言ってんですか、あなたあ!」
「もう、瑠璃ちゃんは龍介君馬鹿なんだからあ…。まあ、しょうがないか。兎に角おめでとうございます。明日龍介君に会ったら、笑い出さない様におめでとう言わなきゃね。」
明日からの世界国防会議は、フランスで行われる。
「ああ、寂しい。」
「4日でしょう!?会えないのは!」
「たかが4日、されど4日なの!自分は離れた事無いくせに、よく言うわ!」
「ふふ。まあそうね。」
「そうよ。いいなあ…。」
「瑠璃ちゃんもバイトしてるんでしょう?着いて来れないの?」
「流石にこういうのは、バイトはダメなんですって。あまりに危険だから。だから佐々木君と龍って、結構いい感じのコンビなんだけど、佐々木君も連れてって貰えないし。龍は特別なの。」
「そうね。流石って感じよね。この間の情報流出堰き止めたのだって、ベテランでも無理だった事、その場の機転とずば抜けた能力と根性でやり遂げちゃったんだもの。夏目さんが離さない訳ね。」
「ーホモ疑惑出たの、本と分かるよ。八咫烏で見てると…。」
「そんな仲いいんだ。」
「良いわね。阿吽の呼吸だもん。それに、タバコの吸い方まで同じなのよ。火の点け方から何から。タバコの銘柄も同じだし。」
「ー本当に大丈夫?」
「大丈夫だってえ!鸞ちゃんと雖も、そんな事言ったら殺されるわよ!?」
「はーい。気をつけまーす。あ、寅が呼んでる。じゃあね。」
「へいへい。」
その頃、竜朗は真行寺を招き、2人で涙ながらに喜び合っていた。
「はああ、良かった。俺が煩悩失くしちまったと判明した時は、どう責任取ったらと、悩まねえ日は無かったけどお!」
言いながら、真行寺の盃に日本酒を注ぐ竜朗。
「本と良かった!もう俺に心残りは無い!」
真行寺もそう言いながら、竜朗の盃にドボドボ。
そして杯を捧げあって飲み干す。
以下繰り返しだが、お爺さん達はよっぽどホッとしたらしい。
国防会議の護衛は、一応他国の目もあるので、護衛で着いて行く夏目達も全員スーツ姿である。
だから龍彦は、龍介にスーツを誂えてくれたのだった。
龍介は龍太郎の側に居た。
行きのプライベートジェットの中では、流石にそう緊迫した護衛をしなくてもいいので、龍介達護衛は固まっているか、この時とばかりに佳吾が何かしら用事を見つけて、佳吾と竜朗の近くに龍介を呼ぶ以外は結構暇だ。
だから龍介は龍太郎の側に居た。
龍太郎は元気が無い。
事情を分かっているのもあるが、長い付き合いの龍介には、ポーカーフェイスをしていても、それが分かった。
「龍。気にしなくていいんだよ。夏目か局長の所に居てあげなさい。」
「父さん…。元気無いから…。」
龍太郎は少し笑うと、龍介を見つめた。
「龍が結婚して出て行っちまうからかな。」
「だって、地続きの隣の建物だぜ?」
「そうでもさ。龍が同じ家の中に居なくなるってのは寂しいんだよ。親父だって、龍に煩悩が戻ったって喜びつつも、寂しいんだから。」
「ーそれだけじゃねえだろ?」
龍太郎は窓の外を見た。
「でも、出来たら、龍もしずかも、みんな俺から離れた方がいいんだけどな…。」
「危険は今更始まった事じゃねえし、父さんは俺が守る。」
「龍。」
「はい。」
「お前が守らなきゃいけない人は瑠璃ちゃんだ。他は考えなくていい。」
「父さん…。」
「行きなさい。ちょっと考え事がしたい。」
「ーはい…。」
龍介は立ち上がると一礼し、龍太郎から離れ、夏目の隣に戻った。
龍太郎は何か別の動きをしようとしている。
なんだかそんな気がした。




