瑠璃、久々の出番
大学生活初の夏休みに入り、龍介の誕生日の翌週、世界国防会議を1週間後に控えた日曜日、龍介は亀一に呼ばれ、瑠璃とのデート帰りに長岡家に寄っていた。
景虎は1歳ちょっとになり、ヨチヨチと歩いては何か良からぬ事をして、優子や栞に悲鳴をあげさせている。
それでも龍介が来ると嬉しいらしく、栞と優子にしか分からない言語で迎えてくれて、龍介の膝の上にずっと座っている。
その間は大人しく、ご機嫌なので、長岡家としては、なるべく龍介に来て欲しいらしい。
「景虎、お母さんにあんま苦労かけんなよ?」
龍介がほっぺを突きながら言うと、満面の笑みで、
「あがっ!」
あがっ!じゃなく、他の意味らしいのだが、龍介達にはあがっ!にしか聞こえない。
「あがっ!とは何だろうか…。」
「ありがとうじゃないの?」
瑠璃が言うと、再び嬉しそうに、
「あがっ!」
というので、どうもそうらしいと分かる。
矢張り、女性の方がそういうのは分かる能力が高いのかと亀一と2人で感心してしまった。
「そんできいっちゃん、話って何?」
「いや、別にまあ急ぎじゃねえんだけどさ。お前、今度の国防会議、護衛で行くんだろ?」
「うん。」
「一佐が作った爆弾、とんでもねえ代物になった。アレ使ったら、あの一帯全部消える。」
「ー消える?」
「そう。だから…。」
「ん?」
「一佐としては、出来上がった今でも出したくねえんだ。だけど、アレは凄い。核より凄えかもしんない。」
「そんなに…。」
「一佐だからな。だから、アレ発表した後、使った後、一佐は敵味方全てからその技術力欲しさに狙われるだろう。特に発表後だ。気を付けんだぞ?。」
「分かった。わざわざ有難う。でも、きいっちゃんが何で?」
亀一は暗い顔つきになった。
そういう危険性に関しては、護衛でつく以上、龍介も夏目から聞いて分かっている事は、多分、亀一も分かっているはずだ。
他に本当に言いたい事があるのだと、龍介は思い、亀一がそれを話すのを待った。
「ー龍、核爆弾作った科学者の事、知ってるか。」
「FBIの監視下に置かれ続けて死んだってのだけ…。」
「そうなんだ。ロバート・オッペンハイマー。
戦争しても無駄だと思わせる兵器を作って、世界を平和にしようと思って、原爆を開発したのに、結果的には、未曾有の何世代にも渡る被害を出し、冷戦を招いただけだった。
彼は酷く後悔し、絶望したせいか、奥さんと共産主義に走って、公職を追放され、生涯FBIに監視される事になった。」
龍介は亀一がこの話をしてくれた事で、亀一が本当に話したい事が分かって来た気がした。
龍太郎は主義に反して、そんな桁外れな兵器を作ってしまった。
それが使われたら、落胆と絶望で、身を滅ぼしてしまうのではないか、亀一はその心配をしてくれているのだ。
「ー有難う、きいっちゃん…。父さんの事は母さんと気をつけて見て行くよ…。」
「そうしてくれ…。俺は顧問にダメって言われちまったから作れなかったけど、俺自身は、正直、アレ作って落としてもいいって思ってた。」
「ーこの間のテロか。」
「うん…。憎しみの連鎖って、こういう事なんだとは思う。でも、アキバのあの惨状、釘爆弾なんて酷え事しやがってさ…。
なんでアラーの神だかなんだかの為に、なんの罪も無え日本人が巻き添えになんなきゃなんねえんだよ。安藤の事、釘爆弾でやりゃあいいだろうが。
それ思うとな…。あんな組織なくなれって思っちまうんだ。
だから俺が作ったって、一佐程、罪の意識は持たねえ。だから俺が作るって言ったのに、こうなっちまったからさ…。
まあ、俺が作るのより、威力は凄えけどな。」
龍介は膝の上でおもちゃをあがっ!あがっ!と言いながら囓っている景虎を見つめながら、真剣にそう話した亀一に、同様に真剣に返した。
「ーそうだな…。実は俺もあの惨状目の当たりにして、自爆テロ犯を間近に見て、実はそう思ってる。
いくら力じゃ解決しねえと、理屈では分かってても、取り敢えず、ISISだけは全滅させなきゃとは思う。
だけど、その為には、その倍以上の一般庶民も巻き添え食らう事になる…。
巻き添え食らった一般庶民の生き残りは憎しみを募らせる…。
悪循環ではある。
でも、それでも、ISISはテロ集団、破落戸集団であって、壊滅はさせなきゃならない。交渉もしちゃいけない。しかもあいつらは一般庶民に紛れ込んでて、ここに集まってるというもんじゃねえ。
となると、これも致し方無い。
俺もそう思ってるよ、きいっちゃん。」
「うん…。」
「でも、父さんの主義に反してるってのも分かるし、父さんの気持ちも分かる。
それだからこそ、父さんはきいっちゃんにやらせず、自分で作ったのかもしれねえな。」
「なんで?」
「これは、お父さんの解説が入ったから、俺も分かったんだけど、主義に反する事でも、父さんは心のどこかで、ISISの掃討の必要性を感じてるんじゃねえかな。
だからこそ、矛盾する行為を人にやらせるんじゃなく、自分で背負いたかったんだと思う。
後で、『あれは俺がやったんじゃない。』って、自己正当化したくなかったんだ。
日本がやった事は、自衛隊幕僚監部の一佐として、その責任を負いたかったんだと思う。」
「そっか…。そういう人だよな…。」
「うん…。きいっちゃんも、支えてやってくれ。」
「勿論、そのつもりでいる。」
「心配してくれて、本とありがと。」
栞が夕飯の支度が出来た事を告げに来て、龍介は景虎を抱いたまま、4人でダイニングに入った。
すると、和臣がエプロン姿で振り返った。
笑い出してしまいそうに似合わないし、一体どういう風の吹き回しなのか。
「龍君。今日は俺が作ったんだ。」
「ええ!?おじさん料理すんですか!?」
「いや、初めて!でも、優子に手伝って貰ったから、多分大丈夫!」
多分という辺り…。
そして、優子の苦笑い…。
不穏な空気が立ち込めたが、だからって今更帰るというのも、失礼な話だ。
龍介は瑠璃と顔を見合わせ、引きつった笑顔で食卓に着いた。
「いやあ…。なかなかに凄まじい料理だったな…。」
瑠璃を送る帰り道に入るなり、龍介が言うと、瑠璃も笑いながら頷いた。
「そうね。だけど、不味くはないのよね。」
「そうなんだよ。そこも摩訶不思議。インドカレーなんだかトムヤムクンなんだか、タイカレーなんだか訳が分からないけど、ずっと食べてると、クセになるっつーか、なんつーか…。」
瑠璃が不意に立ち止まった。
「龍…。」
「ん?」
龍介は見上げる瑠璃の不安そうな目を見つめた。
「どうした。」
「ー護衛…。気を付けて行って来てね…。」
龍介は微笑むと、瑠璃の髪を撫でて抱き締めた。
「大丈夫だよ。そんな心配しなくても。」
「うん…。」
そして見つめ合う。
かなりいい雰囲気。
これはとうとう期待できるのではと思ったその瞬間ー。
「路上で…。どっちが変態じゃい…。」
悟が自転車にまたがった状態で、そこに居た。
龍介が何か言う前に、瑠璃が怒り出す。
「何なのよ!佐々木君の馬鹿あ!」
鳩が豆鉄砲の悟。
笑い出す龍介。
「八咫烏の帰り?」
「そう。」
寅彦が長期休みというと、フランスに行ってしまうので、悟は八咫烏でバイトをしている。
本人も、情報局の仕事より、情報分析の多い八咫烏の仕事の方が合っている様だ。
言葉の壁も無いし。
そんな訳で、龍介同様、休みの時はアルバイトをしているのだが、彼は何と秘密の地下通路を自転車で通っている。
換気もあまり良く無いし、制限速度は無いから、車はかなりのスピードで走っているので、なかなか危険なのだが、車を買うお金は無いから、頑張っているらしい。
「加納、あのさあ。」
龍介は手を離して、悟の方を向いてしまうし、瑠璃はほっぺた膨らませて怒っているが、悟はそれには気付いていない。
鈍感とかいう話では無く、なんだか悩んでいる様にも見える。
「どした。」
「ーなんか些細な事なんだけど、氣になるものを見つけたんだ。でも、梶井さんに報告したら、『んなの一々氣にするなって言われちゃったんだけど、なんか引っかかってさ…。」
「加来さんには言わなかったのか。」
「加来隊長は、今日はオフで…。梶井さんにいいって言われた事なのに、お休み中にわざわざ電話するのも悪いかなと思ったんだけど、帰り道に考えてたら、やっぱりなんかおかしいんじゃないかって…。」
「どんな事だ。」
「確かに些細な事なんだ。見間違いかもしれないし。」
「ちょっと詳しく話してみな。」
「僕は厚木基地周辺の監視担当なんだけど、毎日同じ車が通る。
まぁ、これはみんな生活してるんだから、当たり前なんだけど、その中のお弁当屋さんの配達の車の中に乗ってる人間が、何か写した様な仕草をしたんだ。
しかもその携帯を向けた方角は、蔵の入り口がある方。」
「厚木は誰であろうがカメラ向けたら、チェックされんだろ?なんでされなかったんだ。」
「厚木側からは見えなかったらしいんだ。で、画像を拡大すると、携帯画面は写真でなく、ゲームだった。たまたまだって、梶井さんには言われたんだけど、どうも納得行かなくて。」
「なんで納得行かなかったんだ。」
「だって、携帯を厚木側に向けたのは、その1回きりなんだ。後は、携帯しまってる。」
不機嫌ながらも、話を聞いていた瑠璃が言った。
「画面をゲームとかにしつつ、裏で撮影は、システム弄れば不可能ではないわよ?」
「そう。僕もそれ思って。だから、その弁当屋と携帯持ってた男を調べたんだけど、怪しい点はどこも無いんだ。
前科も無いし、弁当屋も真面目にやってて、そいつも、弁当屋が出来てからずっとそこで働いていて、不明な収入も無い。でも、僕が出来る範囲ってこれだけだから…。」
「ーなるほどな。国防会議控えてるし、アメリカ外相も来日する。暇が無えのは確かだから。」
龍介はそこで一旦切ると、瑠璃と悟の2人を見つめて言った。
「調べるか。俺達で。」
久々の出番に喜ぶ瑠璃。
「なんか懐かしい感じね。生徒会みたい。」
龍介は笑って瑠璃の頭を小突いた。
悟は申し訳なさそうな、不安気な目で龍介を見ている。
「いいのか、加納。加納だって、忙しいんじゃ?」
「俺は付いてくだけだもん。じゃ早速かかろう。」




