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龍介くんの日常 2  作者: 桐生 初
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八咫烏の日常

夏目も隊員も皆、事務仕事をしていたが、夏目が竜朗に呼ばれて、オフィスから顧問室に行ってしまうと、新城が他の4人を連れて、龍介の隣の席、即ち、夏目の席に一斉に群がった。


「龍介!中隊長、弁当どこにしまったんだ!」


新城が焦った様子で怒鳴った。

夏目が竜朗に呼ばれる時は、長い時もあるが、異様に短い時もある。

大体、お互い、話は要点だけで長話はしないタイプだから、それも当たり前かもしれないが。

そんな訳で、このタイミングの弁当あらためは、時間との戦いなのである。


「その書類の山の下のどっかだと思いますが…。」


乗らない龍介がそう言うと、正に血相を変えて5人で探し始める。

大体、夏目のデスクの上は非常に散らかっている。

その混沌とした紙の山だのファイルだのの下から、漸く弁当箱を見つけ出した。

一応、作戦開始から1分は経ってないから、まあまあの成績だろう。


紺のギンガムチェックの包みを開け、中を見た夏目隊隊員6名は目を丸くして、先ずは言葉も出なかった。

そこには、ご飯の上に、海苔や人参、パプリカ各種、ゴボウなどを駆使して描かれた、閻魔大王が居た。

しかも、ゴボウで出来た眼鏡を掛け、不敵にニヤリと笑っている。

なんともマンガチックで可愛い閻魔大王だが、そのゴボウの眼鏡は夏目の銅色の眼鏡を表しており、ニヤリも夏目の特徴をよく捉えている。

要するに、誰から見ても夏目なのだ。

しかも足元には、やはり食材を駆使して、角だの、牙まで付いているブロッコリーで出来た鬼と、紅生姜で色付けされている真っ赤な唐揚げで出来た鬼が居り、さしずめ、赤鬼青鬼といった所。


「凄えな、奥さん…。うちに時々来る、あの可愛い人だろ…。このキャラ弁プロ並みだけど、心理的捜査の人だよな、確か…。」


新城の呟きの後、全員で唸り、本多が言いながら整理するかの様にブツブツ言い始めた。


「なんだ、これは…。所謂キャラ弁だよな。しかも閻魔大王って、中隊長の事だし、これ、中隊長そのまんまだし…。愛情っつーには、ちょっと嫌味っぽい気もするけど…。」


確かに、キャラ弁にしては、褒めているとは言えない夏目の仇名を使って、夏目に仕上げてあるし、結構嫌味かもしれない。


「分析は後だ。写真撮っとけ。」


新城が早口で本多を突き、本多が写真を撮って、急いで蓋を閉めて元に戻し、今度は席に戻って、会議である。

運良く、今日の竜朗の呼び出しは結構長い。


「龍介、お前、奥さんとは親戚だろ。奥さんの意図はなんだと思う。」


新城に聞かれ、龍介は首を横に捻りつつ、自信無さげに答えた。


「そうですねえ…。キャラ弁をいい年した男がというのは、かなり恥ずかしいですし、中隊長みたいな性格だと、俺たちより更にダメージは大きいでしょう…。

先月の時はなんで弁当食わねえんだと爺ちゃ…じゃなくて、顧問に聞かれ、『美雨と喧嘩しまして…。』と答えて、それっきりでした。

もしかして、キャラ弁は、美雨ちゃんの腹いせなんではないでしょうか…。

美雨ちゃんが怒るととても怖く、一生許して貰えないんじゃないかと思う位らしいので、中隊長としても、弁当の中身が腹いせ的な物だと予想がついても、持って行きなさいと言われたら、断れないのかもしれません。」


「なるほどな…。それで、弁当は人前では食わねえと…。中隊長より強えなんて、奥さん最強だな。」


確かにそれは言えている。

あの鬼を通り越して、閻魔大王の夏目より強かったら、もう彼らにとっては最強という事になる。

新城の言葉に皆頷いた。

しかし、本多は直ぐに首を捻った。


「けど、中隊長は何やらかしたんだ。昔はプレイボーイだったとかいう話だから浮気?」


それには龍介が猛反発した。


「中隊長は浮気なんかしません。それにプレイボーイでもありません。中学の時からずっと、美雨ちゃん一筋です。」


「そうなのか!?じゃあ、あの噂はなんなんだよ。」


皆驚いたが、代表して、白石が龍介を問い詰める様に聞いた。


「どうも、美雨ちゃん関係は情報が錯綜していた様です。真実は先ほどの通りですが、中隊長が純愛というのが納得行かないという人が居て、その人が中隊長が高校を卒業するなり、美雨ちゃんと同棲を始めた事を聞きつけ、ドスケベ呼ばわりし、ドスケベがいつの間にかプレイボーイという風になった様です。」


本多がキョトンとした目で龍介を見た。


「なんでそんな詳しいんだ、お前…。」


「中隊長の名誉に関わる事ですので、調べ上げました。」


「んで、ドスケベ呼ばわりしたのは誰なんだよ。」


龍介は情けなさそうに俯いて答えた。


「ー渋谷第2中隊長でした…。」


「ーえええ!?事実知ってる人だろ?!なんで!?」


新城が聞くと、龍介は更に情けなさそうな顔になった。


「渋谷さんは大学も中隊長と同じだったらしいんですが、その時、一目惚れした彼女とやっと付き合えたと思ったら、彼女は中隊長がいいと言って、渋谷さんを捨てたんだそうです。

でも、中隊長には美雨ちゃんが居ますから、彼女の方も勿論振られてしまい、それで渋谷さんの所に戻ってくるかと思いきや、全然別の男性と付き合ってしまわれたそうで…。

それで八つ当たり的にそう言いだして、なんかそういう事になってしまったと。」


「なんだ。そうだったのか。まあ、それはいいとして、じゃあ、他の原因としたらなんだ。」


唸る隊員。

そしてデスクを見る。

本人は分かっているのかもしれないが、書類はバラバラに山積み。

その間に過去のファイルや中隊長用のファイルがゴチャゴチャ。

灰皿は吸い殻で常に満杯状態で、捨てに行かないものだから、誰かが見兼ねて捨てに行くまでそのままだ。

だから当然、吸い殻も灰皿周りに落ちている。

流石にゴミは無いが、ゴミ箱の中身も自分で捨てに行かないから満杯ではある。

つまりとても散らかっていて、汚い。


「これじゃねえの?片付けなさい!みたいな。」


新城が言うと、龍介は首を捻った。


「美雨ちゃんはあんまりそういう事言わねえし、気にしねえんじゃねえかな…。

お手伝いさんも居るし、仕事で疲れてるから、家の事はさせたくないって前に言ってたし…。」


再び唸る隊員。

夏目は確かに鬼だし、ぶっきら棒ではあるが、その本心は常に優しい。

中学からの付き合いならそれは十二分に分かっているだろう。

それに、意外かもしれないが、夏目は女性に対してはジェントルマンである。

異常な照れ屋なので、顔は無表情の仏頂面なのだが、ドアを開けるのは勿論の事、食事で同席すれば椅子は引くし、女性が席を立つ時は立ち上がるという、日本の男でもやる者はかなり限られる事をするらしい。

失言で怒らせるというありがちな喧嘩の原因も、夏目の場合、必要な事しか言わないし、失言はしそうにない。

言葉の足らないぶっきら棒は昔から。

そして昔からの付き合いなら、それは折り込み済みとなるので、これも考えられない。

となると、目に見える所での原因は思い当たらない事になる。

それに、こういう状態になったのは、結婚してから多分初めてではないのか。

警視庁時代を隊員達に知る術は無いが、少なくとも八咫烏に入ってからは無い。


うんうん唸っていると、書類片手に渋谷が戻って来た。

渋谷は顧問室に居る、顧問補佐という秘書の様な事をさせられている風間に報告書を持って行った筈だが、また持って帰って来た所を見ると、不備でもあって突っ返されたのだろう。


「あー、風間さんうるせっ。夏目がうるせえって言って、喧嘩んなったのも分かるなって、どしたんだ、精鋭夏目隊。んな深刻な顔して。」


新城が答える。


「いや、中隊長の様子が変なんですよ。弁当が原因かって事で弁当を見たら、こんなで。」


と、さっき撮った写真を渋谷に見せると、渋谷は見るなり腹を抱えて大笑いしだした。


「やるなあ!美雨ちゃん!すんげえ怒ってんな、これ!」


「あ、やっぱ、そういう事なんですか。」


本多が聞くと、頷いて、昔の話を教えてくれた。


「2人が付き合い始めて暫くしてからだな。夏目が美雨ちゃん怒らせちゃってさ。

下校途中かなんかで、ボール追っかけた子供がトラックの前に飛び出したの見て、夏目が助けたんだけどお、まあ、夏目もちょっと過信してたんだよな。俺ならなんとかなるって。

子供を安全な所に走らせた後で、自分も逃げ切れると思ったんだが、運転手が居眠りしてたもんだから、スピード緩めなくて、逃げ切れなかったんだ。

しょうがねえから、アイツはすんでの所でトラックの下入って、タイヤとタイヤの間に寝そべってやり過ごした訳。

だからまあ、無事だったんだが、美雨ちゃんは怒った。

『子供抱いてそのまま走ってしまえば良かったのに何かっこつけてんの!あなたはとても高いスキルは持ってるけど、スーパーマンじゃないし、こういう風に運転手が轢きかけたって事を、気づきもしてないって事もある!あなたが死んじゃったら、助けられた子の一生の傷になる!過信してんじゃないわよ!』ってね。

まあ、俺たちも夏目は轢かれたのかって凄えハラハラしたし、美雨ちゃんにしてみたら、そういう意味で、本と怖かったんだろうな。

でえ、美雨ちゃんは時々夏目の弁当作ってやって来てたんだよ。具合いい時とか。

あそこ母ちゃん居ねえから、しずかさんが美雨ちゃんに夏目の分も持たせてくれてて、偶に美雨ちゃんて感じ。

ところが、翌日の弁当だ。

えーっと、ほら、何つーんだっけ。白い猫だかクマだかで、耳にリボン着けてる、ハローなんとかって。」


間髪を容れず龍介は答えてしまった。


「ああ、きっちーちゃんですね。」


「へえ。きっちーちゃんつーの?面白え名前なんだな。」


それは間違った名前なのだが、渋谷は納得してしまい、話を続ける。


「まあ、それだ。それのキャラ弁だったんだよ。

夏目開けて真っ青。凄え心理的ダメージ食らっちまって、震える声で『ごめん…。もうしない…。心配させて本当に申し訳無かった…。』って言ったっつー事があった。

だから、この弁当は、美雨ちゃんの怒りの弁当だ。」


納得しながら、新城が聞く。


「原因なんだと思いますか。先月もあったんすよ。」


「先月も?日付の符号とかは?」


龍介が答えた。


「ありますね。先月も給料日の翌日でした。」


「てえ事は金絡みか。

俺が行った時、顧問にお説教食らってる様子だったけど、なんの話してんのかは分かんなかったんだよな…。

そうだよ、大体アイツが顧問に説教食らうなんてな…。

金絡みで、美雨ちゃんが言いつけて…ってパターンかもな…。

つーか、龍介、お前親戚なんだから、美雨ちゃんに直接聞きゃあいいだろ。」


龍介は憂鬱そうな顔をした。


「いや、もうこの辺で止めておきませんか…。夫婦間の事に俺たちが関与するのはどうかと…。弁当見たのだって、バレたら、どうなるか…。」


しかしながら、先輩方は今更そんな正論を言われても、引き下がれない程気になって、気になって、どうしようもなくなっている。

わざわざデスクを離れ、全員で立ったまま龍介を囲み、脅す様な目で見つめ、渋谷が代表して言った。


「今更良い子になってんじゃねえよ。いいから電話して聞け。」


龍介は目を伏せ、ハイとだけ言うと、諦めた様子で美雨に電話を掛けた。







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