龍治の勘違い
なんとか吐かずに蔵まで操縦して戻って来た龍介は、亀一も今日はそのまま帰っていいと言われたと言うので、亀一に送って貰っていた。
「あんのかね。また…。テロは…。」
亀一が呟くように言った。
「あるだろうな。逆にもっと増えるかもしれねえし…。でも、今回の一件で、安藤首相が暴走する方がおっかねえな。」
「報復の為に憲法改正して、空爆に参加するってか。」
「そう。」
「ーそうだな。そっちの方が恐ろしい世の中になる。」
「うん…。」
そうなったら、あの未来になってしまう。
暗い気分になってしまいそうになると、龍介が一転して明るく言った。
「しかし、今日はきいっちゃんのお手柄だな。本とありがと。」
「いやいや。お前さんだから、どうにか間に合ったんだろ。他の奴がやっても上手く行くとは限らねえ。無駄足にさせないでくれて、こっちこそありがとな。」
丁度話の切れ目で加納家に着いた。
亀一に礼を言い、車を降りると、休日の普段通りに、しずかと龍彦がお帰りと顔を覗かせた。
当たり前の日常の有り難さが、今日はやたらと感じられる。
「大活躍だったって?」
龍彦がリビングで言った。
「ええ?誰が言ったの。」
「夏目君。褒めてやって下さいってね。」
龍介は照れ臭そうに笑って、龍彦の前に座ると、テーブルの上のタバコを見つめた。
「お父さん、正直に言いなさい。」
「なんだよ。」
「いくつからタバコ吸ってた。」
「うっ…、ええっと…。」
「ん?」
「は、20歳。」
アイスティを持ってきたしずかに吹き出され、直ぐに嘘と判明。
「いくつなんだよ。」
「18…。」
「爺ちゃんもそんなもんだろ?」
「多分な。」
「じゃいいよな。」
と、龍彦の煙草を取って、吸い始めたもんだから、しずかと龍彦は目を剥いて固まり、そして2人揃って、何か分かった様な顔になって、優しい様な、寂しい様な微笑を浮かべ、結局、何も言わなかった。
龍彦もしずかも、今日の事は全て夏目から聞いて知っているのだろうし、それで察してくれたのかもしれない。
「ー夏目さんの煙草の方が美味いな。」
龍彦が片眉釣り上げた。
龍彦は日本にいる時は、竜朗と同じ、ハッピーストライクである。
「なにい〜?」
「いや、だって…。」
「煙草まで夏目君と同じにしたら、本当にホモだって言われるぞ!」
「お…、お父さんまで何言ってんだあ!」
「情報局にまで入って来てんだよ!その噂あ!」
「なんじゃそりゃあ!」
2人の訳の分からない怒鳴り合いの最中、龍治と謙輔が入って来た。
「龍介お帰りって、煙草お!?似合わねえ〜!」
「似合う似合わねえで吸うもんじゃねえんだからいいの!ただいま!」
龍治と謙輔は笑いながら、龍介が詰めてくれた3人掛けのソファーに並んで座った。
「2人、結論出たか?」
龍彦に聞かれ、頷く2人。
「渋谷隊長に、ほぼクビ言い渡された時はショックだったけど、でも、お父さんとも話して、確かにそうかなって思ったんだ。
今迄義務だったから、こういう事やってたけど、俺達、好きでやってた訳じゃねえし、多分今も好きじゃない。
だから、龍介の今日の事も、俺と同じ様に嫌々やってるって思ってるから、過剰に反応したり、かえって邪魔になる様な、冷静さを欠く様な事して、夏目中隊長にも迷惑掛けたんだなって、謙輔と話して、気がついたんだ。」
龍介が帰宅する前に、龍彦は2人と、夏目も案じていた件について話し合っていたらしい。
龍治に続いて、謙輔も話し始めた。
「そうなんです。さっき真行寺さんに、そういう不本意な形で恩を返されても嬉しくない。幸せになってくれりゃ、それがこっちは1番嬉しいんだって言われて、そっか、親ってこういうもんなのかって、龍治とも言ってて…。だから、お言葉に甘えて、他のやりたい事見つける事にしました。」
しずかは嬉しそうに手を叩き、龍彦もほっとした様に笑い、龍介も嬉しそうに微笑んだ。
「それでいい。良かった。一安心だ。」
「ーでも、龍介は心配なんだけど…。」
龍治がチラチラと龍介を見た。
「兄貴、俺はそんなに頼りねえ男なのか。」
「いや。頼り甲斐があり過ぎんだよ。だから、率先して色々背負っちまうからさ…。」
それには龍彦も同意した。
「それは言えてる。でも、幸いな事に、龍介には夏目君が居る。あの子が居れば、大丈夫。だから、龍治は自分の道を進みなさい。」
「折角、お父さんが、龍介を治めるって願い込めて付けてくれた名前なのに…。」
龍彦が困った顔で固まった。
今日はよく固まる日の様だ。
「そ、それは龍治…。」
「うん。」
「願望であって、夏目君でさえ抑えられない時はある様だし、誰にも出来ねえってのは分かったから、忘れてくれていい…。」
「えっ!?。忘れんの!?」
「ごっ、ごめん。忘れて…。」
困り果てて、顔まで逸らしている龍彦を見て、とうとうしずかと龍介が笑い出した。
「龍治、龍彦さんはね、こういう適当な所があるから、全部間に受けない方がいいわ。」
龍介も頷いて続けて言う。
「そうそう。それに、自分が若い頃だって、誰も抑えられる人が居なかったくせに、よく言うよ。局長やグランパがしょっ中言ってるぜ?俺はお父さんとよく似てて、誰にも止められないって。」
「うっ…。息子に同じ轍は踏ませたくなかった…。」
「それで後悔してんのか、お父さん。」
「いや、あんましてない…。」
龍治も含めて、全員で笑い出してしまった。
龍彦が好かれる理由は、この正直さにあるのかもしれない。
一頻り笑った後、龍治が突然、深刻な顔で龍介を見た。
「龍介…。あの…。こういう事は、早い内にカミングアウトした方がいいと思うんだ…。」
「へ…。何、急に…。」
「お前には瑠璃ちゃんという彼女がいるんだし、そっちの方に目覚めて、そっちで行くっつーんなら、瑠璃ちゃんの傷が浅い内に、きちんとした方がいいんじゃねえかな…。俺も、そういうのはよく分かんねえけど…。」
「なんなの?何の話?」
しかし、分かっていないのは、龍介だけで、察したしずかと龍彦は必死に笑いを堪え、謙輔も困った様な顔で笑って、龍治を止めようとしているが、聞かない龍治。
「だから…。あの…。聞いたんだよ。夏目中隊長とお前が、ただならぬ関係だって…。」
「ーはああ!?なんだあ!。ただならぬ関係ってえ!」
龍介は真っ白になって、次の言葉も継げない。
「だから、あの…。所謂…、その…。」
「所謂何!?」
「ホモだって…。」
龍介はめまいを起こし、龍彦としずかは堪えきれずに笑い出し、謙輔は頭を抱えてしまっている。
「なんじゃそれはああああ!そんな誤解というか、冗談を本気にしないでくれよ、兄貴!
俺は夏目さんとそんないかがわしい関係では無い!
大体俺は男をそういう対象で見た事など、今迄一度も無え!」
「そ、そうなのか…。」
「そうだっ!」
「ああ、良かった…。本気で心配してしまった…。」
「ー嘘だろお…。止めてくれよお…。」
龍介、もう泣きそう。
龍治、物凄く真剣。
他の3人は大爆笑で笑い過ぎて涙。
加納家のリビングはカオス的な状況である。
「だってさあ…。言われてみれば、夏目中隊長は、何かっつーと、『龍介。』だし、龍介だって、直ぐ、『夏目さん。』『中隊長。』って、ずっと一緒じゃん…。
確かに仲良過ぎんじゃねえかなって…。」
「んな事あねえだろおお!?」
「そうかなあ…。」
「なんで疑うかなあ!」
龍治は感覚や常識が、一般とちょっとずれていて、でも、本人は大真面目なので、面白い事になってしまう様だ。




