チェシャ猫か?
「きいっちゃん、アイツだ。」
龍介は、10人中、7人目の男を見つけた様だ。
つまり爆弾を抱えている男の筈である。
「了解。」
人混みに紛れつつ、慎重に男に近付いたが、格好が格好だ。
しかも亀一は棺桶の様な箱を持っているので、ただでさえ目立つ。
なので、当然気付かれた。
駈け出す男に、
「止まれ!」
と怒鳴るが止まらないので、龍介が男の両手両足を、見えない様な素早さで撃ち、倒れされ、直ぐに拘束しながら、爆弾を確認。
身体にビッシリと爆弾を巻きつけている。
龍介が駆け付けた警察官に連行を頼んだ時、夏目も、もう1人を同じやり方で確保していた。
撃つのを躊躇して、爆弾のスイッチを押された事を考えると、警察では考えられないこのやり方で確保するしかないのである。
後1人。
決行時刻まで2分を切った時、龍介は頭に叩き込んだテロリストの顔の、最後の1人である男が、龍介達を見て、ポケットから何かを取り出し、握り締めようとしているのを見た。
男との距離は約10メートル。
龍介は亀一から箱を奪い取るように貰い受け、20キロはあるその箱を持って、全力疾走しながら叫んだ。
「退避しろ!」
もう撃った所で間に合わない。
下手したら、撃たれた衝撃で手が動いて、スイッチを押してしまうかもしれない。
龍介と亀一が走り、龍介が箱から手を離し、その男の腕に手を掛けた瞬間、男はスイッチを押した。
亀一が横倒しになっている箱の蓋を開け、龍介が暴れる男を箱の中に突っ込み、蓋を閉めた。
しかし、それだけでは済まない。
この箱は3箇所のロックを掛けねば、爆弾は完全に中だけで終わらず、外にも被害が出てしまう。
手早くロックを2人で掛けながら、亀一が言った。
「龍、俺達は退避する暇は無えぞ。」
龍介はニヤリと笑って最後のロックを掛けながら答えた。
「あんたを信用してるぜ、きいっちゃん。」
龍介には、この箱は大丈夫だという確信があった。
この念には念の亀一が、わざわざここまで運んで来てくれたものである。
例え、実験をしていなくても、これは完璧だと自信があるから持って来たのだと、亀一を子供の時から知っている龍介には分かったのだ。
失敗する可能性が少しでもあれば、亀一は持って来ない。
そう思った。
だからいざという時は本当に使う気で、亀一に持たせていたのである。
また亀一の方も、短い間にも、龍介のその熱い信頼が分かり、胸が熱くなっていた。
ロックを掛け終えた瞬間、ズンという重い音と共に、箱が揺れた。
男がスイッチを押してからそれまで、僅か12秒。
ギリギリだった。
ハッと気がつくと、夏目が龍介達の真後ろに立っていた。
2人を見て、無表情で言う。
「よくやった。撤収。」
「はい。」
「帰ったら取り調べになる。お前はバイトだから取り調べには出られねえ。」
すると亀一がサラッと言った。
「んじゃ、乗ってくか?」
「へ?何に?」
「ステルスだよ。」
「ああ!そういや、アレ、どうしたんだよ!」
「そのまま上空に居るよ。」
「ええ!?」
外に出て見ると、確かに、亀一が降りて来たロープは下がったままだ。
そう言えば、あまりの奇異な登場の仕方で忘れていたが、来た時も音は全くしていなかった。
その上、操縦士が降りても、上空で待機しているとは、最早戦闘機の概念から逸脱してしまっている。
「流石きいっちゃんだな…。凄えもん作ったな…。」
「その代わり、俺と龍太郎さん以外、乗ると吐く。持って行こうとした米軍の人間も全員ダメだった。」
「マスクん中で吐いたら…。」
「悲惨だぜ。」
「ーだよな。」
事後処理を終えた夏目が来た。
「龍介、どうすんだ。」
「ではここで失礼します。」
夏目は龍介の肩をポンと叩いて、去り際の背中で言った。
「お疲れ。」
「はい。お疲れ様でした。」
その様子を見ていた新城がコソコソとやって来て、ニヤニヤしながら小声で言った。
「隊長、お前が箱から離れる暇が無えって真っ青んなって、退避しなかったんだぜ?」
「ええ!?」
「隊長が死んだらどうすんですかって、こっちは大乱闘。ツー訳で長岡三尉、助かった。有難う。」
「ああ、いや、そんな…。」
バンに乗ろうとした夏目が新城を見ている。
新城は慌てて戻りながら、龍介達に手を振って、バンに向かって走って行った。
夏目達のバンに向かって、龍介は頭を下げ、亀一は敬礼して見送ると、亀一がニヤニヤしながら言った。
「愛されてんねえ、お前。」
ところが、からかっているのに、龍介は嬉しそうに笑った。
「おい、そんなだからホモ疑惑なんか出てんじゃねえのか?」
「はあ!?。何だそりゃあ!」
「蔵にまで伝わって来てるぜ。龍と夏目さんはホモじゃねえかって位仲がいいって。」
「えええええ!?ふざけんな、気色の悪い!」
「俺が言ってんじゃねえっつーの!」
怒鳴り返した後、亀一は不意に微笑んだ。
「何?」
「ん〜?いや、あの一言は嬉しかったなとね。」
「ん?」
「俺を信じるって言ってくれたのがさ。」
「当たり前だあ。」
龍介がニヤリと笑ってそう言うと、亀一は照れくさそうに微笑んだ。
「さて。じゃあ、操縦させてあげようか、龍介君。」
「いっ!?」
「お前が乗りこなせるステルスと同じだから。こういう事、今後も起きるかもしれねえだろ。そしたら、八咫烏だって乗りこなせた方がいいだろ。ツー訳で、はい、おいで。」
実は、このステルス、あり得ない設計の全てが操縦席の下に入っているらしいのだ。
主な原因は、外に音を出なくする為の装置らしい。
普通は外に出るはずの爆音を吸収する為なのか、横揺れと縦揺れに斜め揺れという、独特の凄まじい振動を起こしている。
だから操縦士は吐くという事だ。
その代わり、もう1つの席は戦闘ヘリ程度の揺れらしい。
だから龍介も乗って帰る気になったのだが…。
「い、いいよ…。今日は疲れてるし、吐いたら迷惑だから…。」
「大丈夫だ。あまりに乗る奴、乗る奴が吐きまくるんで、マスクが勿体ねえし、窒息しちまったらえらい事だって加納一佐と話して、操縦士のマスクには、掃除機機能が付いてて、吐いたら、吸い込んでゴミ箱に捨てられる仕様になってる。
安心して吐いて良し。」
「吐いて良しって、好き好んで吐きたかないぜ!?」
しかし、亀一は先にロープを伝って登ってしまい、龍介を手招きしている。
下から見ると尚も怪しい光景だ。
ニタニタ笑っている亀一の顔と手だけが、夕空の下に浮かんでいる様にしか見えないのだから。
ーなかなかに不思議なもん作るよな、きいっちゃんは…。つーか、チェシャ猫か…。
乗りたくはなかったが、八咫烏の黒いバンはもう居ない。
柏木もさっき到着した様だが、塩の会社の家宅捜査に入っていて、忙しいし、夏目隊の龍介が手伝うのは、夏目の許可が要る。
しかし、龍介はもう帰ると言ってしまったのだから、それは認められないだろう。
後に残っているのは、特殊班という、後片付け専門の部隊と、警察だけだ。
残念ながら、帰る方法はこれしかない。
龍介は溜息を吐いてから、ロープを掴んで登り始めた。




