龍介くんの初めて
夏目がビルの小さな入り口に入った時、龍介はパタパタ竹刀を手に、階段に足を掛け、昇りかけていた。
「てめえ。んなもんで突入しようとすんじゃねえ。」
夏目はそれだけ言って、龍介に乱暴にコンバットスーツの上とライフル、無線機を押し付けるようにして持たせた。
「すみません、中隊長。」
仕事中はそう呼ぶ事になっている。
龍介は急いで装備し、夏目の真後ろに付いた。
実は、バイトでありながら、龍介は力量を認められ、また夏目の信頼も厚いので、夏目の片腕であり、背中を任される立場にある。
龍介は階段の上方に向けてライフルを構えながら進み始めた。
その間にも、香坂から無線が入る。
「フリーヤ貿易の部屋は、入ったら、だだっ広い一部屋だが、隣は空き家の筈なのに、サーモで確認すると、5人程居る。気をつけろ。」
「部屋同士は繋がってねえのか。」
「今調査中…。お、見つかった。2ヶ月前、隣も借りて、大家に許可も取らず、工事が入ってんな。壁に穴開けて、ドア付けてるぜ。」
2ヶ月前というと、ISISからの入金が始まって、暫く経った頃だろう。
もう、その頃から計画していたのかもしれない。
「了解。」
足音も無く階段を昇りきり、問題のフリーヤ貿易の前に着いた。
龍介は指示を受ける事も無く、夏目と目を合わせ、夏目とドアの両端に立ち、他の5人は、盾を構えて、3人は隣部屋の前に。
残りの2人は龍介の後ろの、ドアが開いた場合、死角になる場所で、援護射撃の態勢に入る。
全て、鬼を通り越して、閻魔大王と化している夏目の訓練の賜物である。
この龍介を入れた7人のチームは、八咫烏の中でも、群を抜いて精鋭と呼ばれている。
夏目の訓練について行けた者のみが、夏目の直属部隊に入る事が出来る。
龍治と謙輔も、実は、率先して八咫烏のアルバイトをしている。
龍治の目的はただ1つ。
大恩のある龍彦の愛息子、龍介を守る為だ。
そして勿論、全てを受け入れてくれた竜朗の事も。
しかし、夏目は龍治をこの精鋭部隊には入れていない。
龍治の能力が劣っているわけではない。
夏目の訓練にも平気な顔でついてこられる数少ない内の1人である。
しかし、龍治は感情のコントロールが今一つ効かない。
特に龍介が絡むと、我を忘れて、龍介を守る事しか考えない動きになってしまい、チームワークを乱す、夏目はそう判断し、龍治は外した。
龍治は納得行かない様子だったが、竜朗から説明を受け、渋々納得し、香坂同様、夏目の旧友である、渋谷の部隊に謙輔と共に入って、今も、テロ現場でしっかり任務をこなしているはずだ。
夏目がフリーヤ貿易のドアをノックした。
龍介と2人の隊員はドアの陰に隠れている。
隣の部屋の前の3人も、死角に居るので、見えない筈だ。
「はい。」と言う声と共に、アラブ系の男が現れた。
フリーヤ貿易の社長の男だ。
夏目が素早く室内を確認した所、龍介が追って来た男がソファーの横に立ち、この部屋には、他に人は居ない様だ。
「公安の者です。先程、そこであったテロ事件について、お話を伺いたいのですが。」
夏目がそう言うなり、社長はアラビア語の早口で、追っていた男に捲し立てた。
はっきりとは聞き取れなかったが、警察が来たという事を言った様だった。
社長は叫びながら銃を出したので、夏目がその銃を持つ手を捻り上げ、他の隊員が直ぐに確保。
龍介が夏目の盾になる様に、ライフルを構えたまま飛び出し、追っていた男に向かって、銃口を向けた。
「両手をこちらに見せて挙げろ。」
龍介がアラビア語で言ったが、男は何もせず、手を挙げる事もしない。
その刹那、隣の外廊下側から、3人の男性が発砲しながら飛び出して、中のフリーヤ貿易と繋がっているドアからも2人出て来た。
外廊下の方は、こっちは万全の体制で待ち構えていたも同然である。
難なく撃たれた弾も盾で防御し、全員射殺して制圧。
こっちも、前に居るのは夏目と龍介である。
香坂の情報からも、出て来るのは折り込み済みなので、出て来た男が銃を持っているのを見るなり、射殺。
隣から出て来た男達は、撃つ間も無く銃を手にしたまま倒れた。
その混乱の最中を狙ってか、追っていた男がポケットに手を突っ込もうとしたが、龍介は見逃さない。
飛びかかって、その手を押さえ付けた。
夏目が突っ込もうとしたポケットを探ると、スイッチだった。
夏目が男の上着を剥ぐと、中には、このビルなら崩れそうな量の爆弾がセットされていた。
今度は、男は舌を噛み切ろうとし出した。
夏目は面倒そうに銃口を口に突っ込んで、それを抑える。
「やめとけ。そこまで忠誠誓う様な組織じゃねえだろ。捨て駒にされたくせに。」
夏目がアラビア語で言うと、泣きながら祈りの言葉を呟き始めた。
一応猿轡をし、連行。
渋谷の隊も応援に来て、連行を頼むと、夏目達は、ここの調査に入った。
そして夏目は、不意に龍介を見た。
「何か。」
「お前、今日はオフだろ。もういい。」
「いえ。非常事態ですから、関係ありません。」
夏目は更に、龍介の目をじっと見ると、突然、部下の1人に声を掛けた。
「新城、5分程度任せていいか。」
「はい。」
そして龍介の肩をガシッと掴み、強引にそこを出ると、屋上に上がり、タバコに火を点けて、ボソッと言った。
「射殺したの、初めてだな。躊躇する事も無く、訓練通り、しっかり出来た。よくやった。」
「あ…、はい…。有難うございます…。」
いきなり褒めるとは珍しい。
面食らっていると、夏目は酷い仏頂面になって、もう一言言った。
「で、大丈夫か。」
それで分かった。
夏目は龍介の動揺を感じ取り、心配してここまで連れて来たのだ。
それが分かっただけで、龍介はなんだか救われた様な気がして、少し微笑んだ。
「有難うございます…。そうですね。あんま気分は良く無いですね。」
「それでいいんだと。」
「はい。」
「ー吸ってみるか。」
夏目はキャメルの箱を差し出した。
龍介は1本取り、夏目が火を点けてくれる。
吸い込んで、むせもしない上、なんだか身体が美味いと言っている様な気がした。
味そのものは、決して美味しい物ではない。
だが、今の龍介の精神状態には、有難い物が入って来る様な気がした。
そして、流れる程では無いが、涙が出た。
煙が目に沁みて涙が出たのか、夏目の優しさで感激したのか、射殺した事のショックからなのか、よく分からない。




