加納家のお正月
龍介のお説教とその迫力が余程堪えたのか、蜜柑達も大人しい冬休みを過ごし、久しぶりに賑やかな正月を迎えた。
しずかの力作の御節は、子供達はイギリスで食べていたが、竜朗と龍太郎は久しぶり。
龍治達は初めてなので、1つ食べては美味い美味いと喜んでいる。
その後は、男性は紋付袴、女性は着物を着て、近所の神社に揃って初詣に行き、元日は他は無く、年神様をお迎えする為、厳かに迎えるのが加納家の伝統である。
遊んだり、お客様を呼ぶのは、2日から。
だから、基本的には、元日は、家族だけで過ごす事になっている。
昔からの知り合いは分かっているから来ないし、新しい知り合いも断っているから来ない。
「御節、今日でなくなっちゃいそうね。」
昼も御節と雑煮でいいとみんな言うので、それらを食べ終えた後、後片付けをしながら、着物に割烹着姿のしずかが言うと、手伝っていた龍治が幸せそうに言った。
「だって美味いもん。なくなっちまうのが寂しいくらい。」
「ウフフ。良かった。ちょっと作り足そうか。」
「じゃ、手伝うよ。」
「あら、有難う。」
それを見ていた龍彦と龍太郎が同時に唸った。
「なんだい。」
竜朗は予想がついているのか、苦笑しながら聞いたが、龍介は全く分からない。
「何?」
龍彦はジロッと龍太郎を見た。
「あんた言えよ。」
「お前が言えよ。」
「なんなんだよ。じゃ、ソフトな表現で済みそうだから、お父さんが言いなさい。」
龍太郎が悲しそうに目を伏せ、龍彦が答えた。
「いや、龍治はやたらとしずかとくっ付いてるなと。」
「お母さんてもんが居なかったからだろ?」
「俺も初めはそう思ってたんだけど、あれはちょっと違って、初恋なんじゃねえのかなとさ。」
「ーなんだってみんなして、母さんのあのキャラに初恋なんだ。どっかおかしいんじゃねえのか。」
呟く龍介に、龍彦と龍太郎、寄ってたかって抗議。
「何言ってんだ、龍介!しずかは40過ぎても可愛くて魅力的なんだよ!」
「龍!お前はしずかの女性としての魅力をちっとも分かっとらん様だな!」
2人の剣幕におののく龍介を庇うように、竜朗が苦笑しながら、間に入った。
「まあまあ。実の子にんなもん分かる訳ねえだろ。いいじゃねえか。龍治もやっとそんな余裕が出来たんだよ。」
「けど、お義父さん、しずかが基準じゃ大変ですよ。きいっちゃんみたいに理想通りの可愛い子が直ぐ見つかればいいですけど、なかなかあのレベルは。」
「そうよ、お父さん。しずか基準にしちまったら、後が大変よ。俺が一番よく知っておるけども。」
「そうだな。おめえは、しずかちゃんがたっちゃんと結婚した後、全部長続きしなかったもんな。」
「へえ。父さん、他の人とお付き合いしたんだ。」
「若い時は一応ね。みんな1カ月とかだったわね。」
「はあ。よく分からん。」
「いいよ、龍に分かって貰わなくたって。」
「なんだよ、それ。」
そんな訳で、平和な家族だけの元日もいいのだが、はっきり言って暇である。
「龍介、羽根つきでもするか…。」
龍彦もしずかを龍治に取られて暇らしく、そう言った。
「おう。やろう。」
乗った龍介と2人で池のある庭に出て、構える龍彦。
しかし、羽根をつく瞬間、龍彦の目つきが変わったのを、竜朗達は見た。
龍介に向かって、目にも止まらぬ凄まじい羽根つきとは思えない勢いで飛んで来る羽根に、龍介の目つきも変わる。
2人は紋付き袴のまま、ウィンブルドンもびっくりの羽根つきを始めた。
そこへ、手伝いが一段落した龍治が来て、感心した様子でボソッと言った。
「へえ…。羽根付きってハードなもんなんだな…。初めて見たけど…。」
「い、いや、これはちょっと違うぜ、龍治。」
竜朗が言ったが、あまりピンと来ないらしい。
その内、カンカンカンカン激しい音を立てて続いていた羽根のラリーは、より激しさを増し、とうとう龍介の羽子板が持ち手の根本からバキッと折れた。
龍彦はチャンスとばかりにニヤリと笑うと、更に羽根の勢いをつけるが如く強く打ち込んだ。
その途端、龍彦の羽子板も折れる。
龍介は折れた羽子板でも羽根を受け、仕返しとばかりに強く打ち返し、今度は羽子板が真ん中から割れた。
そして龍彦。
折れた部分が龍介とは違い、板の下の部分であった為、打ち辛かったらしい。
打ち返したもののバランスを崩し、なんと池に勢い良くダイブ。
「ええ!?お父さん!?」
龍介も驚いたが、龍治は裸足のまま駆け出して焦っている。
反して竜朗と龍太郎は、この時とばかりに大笑い。
そしてびしょ濡れの龍彦が見たのは、縁側で一際笑い転げるしずかの姿…。
「んな笑わなくたってさあ!」
「あはははは!風邪ひくから、早く着替えた方がいいよ!?うはははは!」
全くもうと龍介と龍治に引っ張って貰い、重たい紋付き袴で立ち上がると、今度はしずかの横を何故だかコタツがかすめて飛んで来た。
「うおおおお!?」
流石に全員驚いたが、直ぐに犯人は分かる。
「みかーん!」
全員で怒りを込めて呼ぶと、蜜柑は苦笑いを浮かべて言った。
「おコタツが吹っ飛んだら、楽しいでしょ?初笑いでち。」
それでも、蜜柑にしては可愛い部類のいたずらである。
今日は元旦という事で、許して貰えた蜜柑だった。




