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龍介くんの日常 2  作者: 桐生 初
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夏目くんの日常4

「それでその不良達は?」


龍介が聞くと、龍彦は意味深な笑みを浮かべながら答えた。


「貝塚先生が迎えに来た時に、事情を聞いて、『そうか。ご苦労さん。』って言って、全く明るみにならずに不良達は少年刑務所送り。夏目君達はお咎め無しに、取調べも無しだったそうだ。」


「ーあのさ、お父さん…。貝塚先生ってどうも不思議なんだよ。いつも穏やかで優しくていい先生なんだけど、なんか全て見透かしている様な気もするし、それに、体育の先生でもないのに、あの体格の良さはなんだろう。」


「実は、貝塚先生は、元八咫烏だ。」


「いっ!?やっぱそうなの!?」


「うん。1人は居た方がいいんじゃねえかと、親父が顧問時代に希望者を募った所、貝塚先生と、今の副校長が名乗りを上げてくれ、中高両方の教員で居られる様にと、両方の教員試験を受けて、英に入ってくれたんだそうだ。」


副校長は、副校長になっても、剣道部顧問をしており、武士道は熱く語るし、横浜北高校との一件でも、なかなかに戦闘的に英の生徒守ろうとしてくれていた事からも、それは容易に頷けた。


「じゃあ、その縁で夏目さん達は表に出ないで済んだんだ。」


「そういう事。」


「言われてみれば納得行く事ばっかだな。なるほどね…。あ、美雨ちゃんに酷え扱いした奴らには、どんな復讐を?」


「それが俺は笑っちまい、青山は泣いてたけど、なんと美雨ちゃんが既に復讐していたから、もうしなくていいと言ったんだそうだ。」


「は…。それはどういう…。」


「酷え事言った連中は、全員それぞれ悪行を、美雨ちゃんと仲のいい、ちょっと発言力の高い子に言い付けたりして、クラスメート全員に無視されるという状況に陥れ、男共には決闘を申し込み、クラス全員の前で、5人まとめてコテンパンにやっつけて、笑い者にし、矢張りクラスの除け者に。」


「凄え…。美雨ちゃん、怒らせたら怖いって、前にチラッと母さんが言ってたけど、本当なんだな…。」


「なかなかいい感じの策略家で、俺は好き。」


「な、なるほど…。」


「その頃からもう心理学には造詣が深かったから、それを駆使して、スクールカーストの勝者になったんだろう。知識だけでなく、人を意のままに操る力もある。確かに、八咫烏に入ってくれたら、えらい心強い才能だよ。」


「美雨ちゃんがそれを悪用しない人で良かった…。」


「だから龍介の大好きな夏目君は、美雨ちゃんを好きになったんだろう。そんな恐ろしくすらある能力は持っていても、絶対に悪用しない。使うとなったらよっぽどだ。能ある鷹は爪を隠すだな。」


「うん。」





情けない男の極致だった青山も、高等部に入る頃には、夏目の、死を覚悟しなければならないしごきのお陰と、ただひたすら、夏目に馬鹿にされたく無いとの一心で、父の訓練も積極的に受け、剣道部でも夏目に継ぐ鬼先輩になれる程の成長を遂げた。

しかし、いくらそれなりのスキルを身につけても、夏目に追い付く筈はなく、相変わらず班の仲間な筈なのに、夏目の目には入っていない。

おはようの挨拶代わりに蹴りを入れられるようになっただけ、まだマシだろうと香坂に言われたが、慰めには全く聞こえない。

高2になると、今度は生徒会長に推薦された夏目はそのまま選挙で勝つ気もないのに圧勝してしまい、生徒会長となる。

便利だからという事で、班の全員が生徒会役員にさせられたのは龍介と同じだが、龍介と違うのは、夏目は班長や学級委員の時同様、細かい雑務はやらない所だろう。

青山は、夏目が学級委員の時は、副学級委員。

高2になって、主将になってからは、副主将と、常に夏目の後始末や雑務を引き受けさせられた。

そしてこの前年の高1の冬、とうとう青山の恋心も粉々に打ち砕かれる。

夏目が美雨を好きなのは、もう大分前に分かっていた。

初めての研修旅行の時は、美雨の身体を気遣ってなのか、判別が付きかねたが、それ以降の夏目を観察していると、夏目は美雨に対してだけは素直だった。

夏目本来の優しさや気遣いを隠すという事も無く、面倒な事はなんでも青山にやらせる夏目に、美雨が、


「夏目君もちゃんとやんなさい!」


と、一喝した事があったが、怒る事も無く、素直に言う事を聞いたのである。

幼馴染の麗子にとっては、熱でもあるんじゃないのかと、引き攣った高笑いをしながら逃げ出してしまうほど不気味な光景だったらしいが、美雨に対する夏目はそんな感じだった。

だから、多分、美雨の事が好きなんだろうと青山は思ったし、香坂も渋谷も、そうだろうと言っていた。

しかし、美雨の方は、どう思っているのかよく分からなかった。

美雨は誰に対しても同じだったのである。

夏目だからと言いたい事を言わないという訳でもなし、逆に意識しておかしくなる事も無かった。

実は、青山は、夏目よりは格段に美雨と話す回数は多かったりもした。

今になって思えば、青山の若干Mっぽい性格が面白くて、遊ばれていた様な気がしないでもないが、普通の話も沢山したし、美雨にとって、青山は話しやすい人と認識していたし、実際そう思っていたと、後で言われた。

だから青山は夏目より自分だろうと、ちょっと期待してしまっていたのである。

ところが。

冬の寒い日の事だった。

竜朗に車で送られて来た美雨は、かなり具合が悪そうに見えた。

その日は期末試験だったから、無理して来てしまったのかもしれないが、顔色も悪く、貝塚先生も心配して、休んでも後で受けられる様にするから、具合が悪くなって動けなくなる前に保健室に行って、早退しなさいと言ってくれたのだが、それも迷惑を掛けてしまうと思ったのだろう。

美雨はとうとう、試験が終わり、帰る段になったらどっと来たのか、発作を起こした。

しかも結構酷い発作で、その場でニトロスプレーを入れても収まらず、夏目は美雨をお姫様抱っこして階段を駆け下りて保健室に連れて行きながら、例によって指示を飛ばした。


「香坂、加納家に連絡。渋谷、貝塚先生に。麗子、加納の鞄類持って来い。」


青山は何も言われないので、一緒に走って付いて行った。

夏目は何も言わず、美雨をベットに連れて行ってしまうので、青山が保健の先生に事情を説明した。


美雨の発作は収まらず、それはとても苦しそうだった。

発作が起きて、ニトロを入れても収まらず、息も出来ない様な感じで、苦しんでいる。

それなのに美雨は介抱する夏目に、か細い声で言った。


「ーごめん…なさい…。」


「謝んなくていいっつった。」


4年間付き合って来て、青山は初めて、夏目が動揺しているのを見た。

あまりに苦しそうなその様子と、発作がなかなか治らないのを見て、誰の頭にも、嫌な思いが過ぎった。

美雨はこのまま死んでしまうのではないかと…。

その時、美雨もそう思ったのかもしれない。

美雨は夏目の制服の袖を握って言った。


「死ぬかも…しれないから…聞いて…。」


夏目は黙ったまま、制服を掴む美雨の手を握った。


「大好き…。夏目君が…。」


苦しみの中、微笑んでそう言った美雨を、夏目はじっと見つめ返して微笑んでこう答えた。


「俺もだ。だから死ぬな。」


人目も気にせずそう言った美雨も夏目も、誰も揶揄う気になどなれなかった。

勿論、それどころではない状態ではあったが、2人のその愛の告白はあまりに切なくて、青山は失恋したショックよりも先に涙が止まらなくなり、ビービーと泣き出し、盛大に鼻を噛み、夏目に、


「うるせえ!」


と、恒例の、骨に響く蹴りを入れられ、後から駆け付けた麗子達の笑いを取ってしまった。

その最中(さなか)、奇跡的になのか、5回目のニトロが漸く効いてくれたのか、はたまた青山が自覚も無しに笑いを取ってしまったせいなのか、美雨の発作は漸く収まり、美雨は幸せそうに夏目と手を繋いだまま、発作疲れからか、眠ってしまった。




「えっ?夏目さんと美雨ちゃんて、卒業と同時に付き合って、同棲始めたんじゃなかったの?」


龍介は聞いていた話と違うので、驚いた様子で、龍彦に聞いた。


「そうらしい。デートの後、送るにしても、電車で帰らせるのも、美雨ちゃんの身体が心配だからって、加納さんに八咫烏の帰りに夏目君の家に寄って貰って、連れて帰って貰ったりしてたから、加納さんも知ってたし、しずかも美雨ちゃんから聞いて、知ってたそうだ。」


「は〜、そうだったんだ。全然知らなかった。」


「だって龍介、まだ10歳かそこらだろ?気付く訳もねえだろ。」


それに、この龍介だし。


「まあそうだね。でも、なんでそういう話に伝え聞いてたんだろうか…。」


「さあ…。」




という訳で、青山は気付いたら失恋しており、夏目と美雨は恋人同士に。

だからと言って、特に変わった点は無かった。

プライベートはどうだか知らないが、学校内でイチャイチャなどしないし、美雨に近付く男は、上級生だろうがなんだろうが、夏目の指令で夏目班メンバー総出でコテンパンにして来たので、そんな命知らずが現れたからといって、死んだ方がマシと思う様な夏目の威嚇が始まるのは、今に始まった事ではないし。

ただ、美雨から伝え聞いた麗子情報によると、夏目は映画を見に行っても、美雨を見る男は目で殺してるし、お部屋で2人きりになると、ずっとどっかしらくっ付いているか、抱っこしているとか、鬼の夏目しか知らない人間にとっては、信じ難く、また、信じたくない様な状態らしいが、それは全員が聞かなかった事にしていた。

麗子じゃないが、不気味過ぎる。


そんなお幸せな夏目は兎も角、生徒会に依頼されて来る事象は、龍介の時に比べれば、遥かに普通で、少なかった。

龍介の時の様に、Xファイルが増え始めていた時期でも無いし、政権と八咫烏が真っ向から対立しているという事も無かったので、平和といえば、平和だったのである。

そんな訳で、目安箱に投書される物も、あまり大した内容では無かったが、それでも一応、目安箱に投書された以上は、生徒会が対応しなくてはならない。

目安箱の中身は、美雨が読み上げる事になっている。

渋谷がそうさせた。

何故なら、夏目が不機嫌になる様な内容でも、美雨が読む分には、読み上げた人間が夏目の八つ当たりの被害を被る事は無いからだ。




1回目に青山が読み上げた時の投書は、本当に英の生徒が書いたのか疑いたくなる程、アホな内容だった。


「どうして英の制服は真っ白なんですか。汚れが目立って困るので、変更をお願いします。」


読み上げた青山を凄まじい眼光で睨み付ける夏目。


「お、俺が書いたんじゃないよ!?なんでそんな目で見…。」


そして、青山の頭に何かが猛スピードで飛んで来て、当たった。


「いでええええ!!!。どうしてお前はこういう危険なもんを投げるんだよ!」


それは夏目の、生徒会長と書かれた、国会議員の席の前に立っている三角錐の名札だった。角が当たったら、流血ものである。


「角は当てねえ様にしただろ。ガタガタ騒ぐな。制服が白の理由は校則に書いてある。常に真っ白な心を持ち、それを保て。己の恥となる様な、汚点、つまりシミを付けるなという意味が込められているとな。従って、白には深い意味があり、そんなくだらねえ理由での変更の要望は学校側には出さねえと掲示しとけ。次。」


といった具合だったので、青山の命がある内に、美雨にしておこうという話になったのだ。


「えー、毎度しつこい英クラブとやらの設立をお願いしたいと、また入ってます。」


夏目の機嫌、急降下。

そもそもこの男、本人も、大事な事だろうがなんだろうが一回しか言わない代わりに、人から聞くのも、一回でいいというタイプである。

それを、同じ事をしつこく何回も何回もとなると、それだけで、機嫌が悪くなってしまう。

そして、この英クラブとは、問題があって、龍介達が潰したクラブだ。

夏目は何か嫌な予感がし、そしてまたその内容が漠然としていて、非常にくだらなく感じ、独断で却下していた。

尤も、それは夏目だけでは無かった。

他の5人も夏目同様、いい印象は持っていない。


「んな得体のしれねえクラブは却下だって言ったろ。命が惜しけりゃ、俺の在任中に2度と言うなって赤いインクで警告にして書いとけ。」


「ごめんね、夏目君。まだ続きが。」


「あんだよ。」


「是非直接話を聞いて欲しいので、本日午後3時50分に生徒会室に伺わせて頂きます。」


6人は一斉に生徒会室の時計を見た。

丁度、その時間になっている。

そしてドアがノックされる。

夏目が顎をしゃくり、渋谷が開けると、そこには、3学年下のよく知らない男子生徒が3人にこやかに立っていた。

青山達は思った。


ーこいつら、夏目を知らねえのか…。


と。

知っていたら、笑顔でなんか訪ねて来られない。

何れにせよ、相当な命知らずと言っていい。

その命知らずは、『失礼します。』と言いながら、その後身に起こる恐怖を知る事も無く、にこやかに堂々と生徒会室に入って来た。














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