夏目くんの日常3
元ホテルは、一応まだ窓や雨戸はどうにかある状態だったが、床などは当然崩れているし、土だらけだ。
夏目は入るなり美雨以外の全員に指示をし、雨戸を閉めさせ、自分は大きなテーブルの上にビニールシートを敷いて、そこに美雨をいきなり抱き上げて寝かせ、自分のパーカーとウィンドブレーカーを掛けた。
「寝とけ。」
「夏目君、ごめんなさい…。」
「具合悪い時にごめんは要らねえ。いいから寝てろ。」
そう言って、少し笑ってから、泣きそうな美雨の頭をくしゃっと撫でた。
その目はとても心配そうに見えたと、後に美雨は青山に言ったらしい。
麗子が付いている間に今後の対策を練る。
担任の貝塚先生に連絡を取ったが、方々の生徒がSOSを出しており、先生が車で回収に回っているらしい。
夏目の班は他の班と離れているので、ちょっと後回しになってしまうとの事だった。
貝塚先生とは、あの龍介の担任の、穏やかに静かに怒る、何か色々知ってそうな、あの貝塚先生である。
「加納はどうだ。大丈夫か。」
「今、ニトロ入れて、西条が付いて横にならせてます。」
「救急車とかの必要は無さそうか?」
「はい。」
「じゃあ、ごめん。そういう訳で、パニック状態の子達が先になっちゃうけど、必ず行くから。夏目、頼んで大丈夫かな?」
「問題ありません。」
電話を切ると、渋谷が苦笑している。
「この程度でパニックとは、うちの学年はお育ちがいいのが多いんだな。」
「その様だな。」
麗子が来た。
「眠った。本とはかなり辛かったんだろう。薬で楽になったら落ちる様に眠った。」
「そうか…。で、さっきの涙の痕は…。」
夏目が先ほど美雨の目の下を触ったのは、涙の痕があったからだった様だ。
「ーロクな奴に会って来なかったんだな。私も聞いて、腹が立ち、思わずそこら辺の枝を折ってしまったが。」
それで麗子のそばに枝が何本か落ちていたのかと合点が行ったが、それは枝というにはかなりの太さがあり、直径にしたら、4センチはありそうな物だった。
「西条さん…、アレ、両手で折ったの…?」
思わず関係無いと思いつつも青山が聞いてしまうと、麗子は当たり前だと言わんばかりに答えた。
「片手だ、馬鹿者。」
夏目を含め、他の2人もなんでそんな事を確認するんだという顔をしている。
ーううう…、お父さん、ごめんなさい…。帰ったら、ちゃんと訓練受けます…。こいつらに馬鹿にされるのだけはなんか嫌だ…。
「それで?」
夏目が促すと、麗子は不機嫌そうに話し始めた。
「達也達が行った後、泣くんだ。気にしなくていいんだと言ったら、有難いんだと言って泣いていた。なんでだ、当たり前の事だろう。達也が言った通り、我々は仲間だと言ったら、今までは迷惑がられるか、特別扱いされていると嫌味を言われるかしか無かったと。だから、全ての課外活動に出た事は無い。修学旅行さえ辞退したんだそうだ。だからこんなにいい人達は初めてだから、申し訳ないやら有難いやらで、涙が止まらないと…。酷い奴らだ。」
「ー東京の学校だろ?どこだ。」
「聖ヨハネ学園という所の小学校だそうだ。小学校の内は共学で、附属の中高は女子のみ。あまりに同級生の扱いが酷いし、程度も低いし、そいつらの殆どが中高に上がるっていうので、英を受けたらしい。ご両親が亡くなったのは、卒業式前だったか。」
「そう。それで俺の師匠が引き取った…。それで師匠としずかさん、卒業式で睨み疲れて帰って来たのか…。」
「達也、復讐してやるか。」
「調べ上げて、全員死んだ方がマシって思わせよう。」
「調査は任せろ。」
香坂までパソコンを出して言った。
渋谷もノリノリの様子で、頷きながら指を鳴らしている。
仲間思いで、大変美しい友情だが、あまりに物騒で、青山は言葉を失っていた。
しかし、それでも、皆同様、腹が立つのには変わらない。
「本と酷いな…。病気なんて本人の努力でなんとか出来るもんじゃないのに…。」
夏目の顔は暗かった。本当は優しいという部分が、また垣間見えた気がした。
「しかし…。まあ、台風じゃいくら馬鹿でも来ねえとは思うが…。」
夏目が室内を見回しながら、不意に言った。
それは、青山も気になっていた。
室内の壁には、暴走族だか、ヤンキーだか知らないが、そんな様な組織名の様な落書きがしてあるし、タバコの吸殻やビールや飲み物、お菓子の空袋などが散乱しており、不良の溜まり場というのが、一見して分かる。
「まあ、来たら厄介だから、一応そのつもりでいろ。青山。」
「はっ!?」
「お前、一応剣道部なんだから、自分の身位は自分で守れ。」
「ええ!?」
しかし、龍介と違って、夏目は優しい言葉などかけない。
のみならず、不敵にニヤリと笑って、凄んだ。
「ーああん?」
「ーわ…、分かったよ…。」
言ってる側から、ガチャガチャドカドカと、ガラの悪い連中が入って来る音が聞こえ出した。
夏目は美雨が寝ている隣室に走り、麗子他3人は立ち上がって、構える。
ーあああ。平和的解決とかは考えないのかな。
青山の思いも虚しい様だ。
青山はその辺にあった鉄パイプを両手で持ちつつ、蹲った。
一方、夏目は美雨が寝ている部屋に入り、美雨を起こそうとしたが、美雨は既に目を開けていた。
「誰か来たの?不良?」
「んなとこ。ここから出るな。直ぐ片付ける。」
「でも、多そう。」
確かに声の感じでは、10人以上はいそうだった。
「舐めんな。問題無い。」
夏目はニヤリと笑って、美雨を安心させた。
それでも美雨は心配そうな顔をした。
自分が恐怖を感じるといった不安からでは無い。
夏目を気遣っている。
「気をつけてね。」
「ああ。」
夏目が部屋から出た途端、絵に描いたような田舎の不良、凡そ20人が現れた。
「なんだてめえら!ここは俺たちの縄張りなんだよ!」
「勝手に使ってんじゃねえぞ、こらあ!」
縄張りだのと、ヤクザの様に精一杯粋がった事を言うので、青山以外の全員が笑いだすと、不良は当然怒り狂った。
「舐めてんじゃねえぞ!ガキがあ!」
口々に言って殴りかかって来たが、夏目達は武器らしいものも持っていないのに、不良が繰り出したパンチを掴んでそのまま投げたり、足払いで転ばせたりして、不良達は全く歯が立たない。
夏目と麗子に関しては、足払いというより、痛烈な蹴りを入れており、投げた奴らの事も腕を捻ってから投げていて、2人に蹴られたり、投げられたりした奴らは、『痛え痛え。』と半べそ状態で動けなくなっている。
恐らく骨が折れている。
そして2人はとても楽しそうだった。
そんな顔、中学になってから見た事ないよという程に。
香坂に投げられた1人が逃げようとしたのか、間違えて美雨のいる部屋のドアを開けてしまった。
「なんだよ!すげえ可愛い子いんじゃん!」
人質にとでも思ったのか、美雨に近付いている。
実は青山は、部屋の隅で鉄パイプを握りしめて蹲っていただけだったが、美雨の一大事となったので、慌てて飛び出した。
しかし、弱い者虐めが大好きな不良達には、直ぐに弱いと見抜かれ、飛び出すなり、ターゲットになってしまった。
「夏目えええ!助けてええええ!」
青山は叫んだが、夏目の返事は冷たかった。
夏目は美雨の下に走りながら、こう叫び返した。
「てめえなんざ知るか!そいつはやる!」
「ーなっ、仲間じゃないのかよおお!」
夏目は走り出し、返事もせず、不良達を薙ぎ倒しながら美雨の部屋に飛び込んだ。
しかし、驚いた事に美雨はそこら辺にあった鉄パイプを手に、既に1人、1番先に美雨の部屋に入った男を気絶させており、隙の無い構えで、他3人と相対していた。
夏目が入ると同時に、1人に羽交締めにされてしまったが、夏目が直ぐに2人を殴ってのしてしまい、美雨も思い切り羽交締めにした男の鳩尾に肘鉄を食らわせ、その男が蹲った瞬間に夏目が顎に蹴りを入れて気絶させた。
「やるな。でも大丈夫か。」
褒めつつも美雨を心配する夏目に、美雨は慌てた様子で奥を見ながら言った。
「それより青山君が。」
青山は囲まれて、ボコボコ寸前。
しかし、他の3人は、自分達を襲って来る奴らで手一杯で、助けられない。
「ああ、忘れてた。」
夏目は面倒そうに美雨が持っていた鉄パイプを拾い、走らずに大股で歩いて行くなり、青山を殴ろうとしている男の首筋を打って倒れさせ、立て続けに同様に後2人を倒した。
そして、世にも嫌そうな顔で青山を見た。
「なんなんだてめえは。それでも男か。」
「かっ、加納さんは!?」
「加納は立派に1人のして無事だよ。何やってんだよ、てめえは。」
「は…。」
夏目の顔を見ると、こめかみと額に青筋を立てて凄まじい勢いで怒っている。
「はじゃねえ。帰ったら、剣道部でしごきまくってやるぜ。」
青山は死ぬかもしれないと本気で思い、実際何度か剣道部の稽古中に、これはあの世かと思うような星を見たらしい。




