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龍介くんの日常 2  作者: 桐生 初
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夏目くんの日常2

最初の班行動は、役決めから…。


「班長は夏目でいいだろ。」


渋谷が言うと、夏目がジロリと渋谷を見た。


「なんで俺だ。学級委員と兼任しろっつーのか。」


「昔からよくやってたじゃん。」


すると麗子も無表情に言った。


「そうだ。貴様なら大した事でもないだろう。」


夏目が黙ってしまったので、渋谷がパンと手を叩いた。


「じゃ、班長は夏目で。副班長は?麗子どう?」


「誰が達也のお守りなどするか。私は嫌だ。」


ーお守りが必要なのか!?


青山が戦々恐々としていると、渋谷は青山を見て、ニッと笑った。

もう嫌な予感しかしない。


「青山、やってくんない?」


「なっ、なんで俺!?渋谷がやったらどうなんだ!?」


「俺だって夏目の下は嫌だよ。香坂は情報官としてのスキルがある様だから、副班長にはなれない。俺も嫌だし、麗子も嫌。加納さんはご病気があるので、そんな苦労はさせられない。ツー訳で。」


「そんな苦労が伴うもの、俺だって嫌だよ!」


すると、美雨が申し訳なさそうに言った。


「私、大丈夫、私やります。」


後で勘違いだと分かるが、青山には、美雨はとても気が弱そうに見えた。

幼馴染2人が嫌だという苦労をさせるのは、忍びない気がしたし、ちょっといい所も見せたくなり、青山は次の瞬間には言っていた。


「いい!俺がやる!」


「よし、じゃあ、青山ね。」


しかし、かなりの不安もあった。

麗子と渋谷の言い方も引っかかったし、剣道部で一緒の夏目は、上級生だろうが、御構い無しに吹っ飛ばし、強いのは分かるが、既に強烈さの片鱗は其処彼処に現れている。

副班長とは、これらの後始末から何から全部やらされるのかと思うと、正直ゾッとした。


「ごめんなさい…。」


美雨がその不安を察してか、申し訳なさそうに青山に言うと、夏目はいきなり青山の頭を教室中響き渡る様な音を立てて、ビッターンと引っ叩いた。

その痛みったらない。

経験した事のない様な、脳みそまで響く様な、クラッとする痛みだった。


「何をするんだあ!お前はああああ!」


「人に気を遣わせる様な引き受け方すんじゃねえ。次。研修旅行について。」


と言っただけで、ギロッと青山を睨む。


「なんだよ!」


「さっさと進行させろ。てめえ、副班だろうが。」


つまり、夏目は雑務の一切をやらないらしい。

お守りというのがこれで分かった。

青山は頭を撫でつつ、進行させながらも、その時思った。

夏目は意外と優しい奴で、周りをよく見ている事に。

あの状況で、青山が引き受けて、嫌そうな顔をしていたのは、ただでさえ、何も出来ず、申し訳ないと思っている美雨にしてみたら、余計居た堪れない気持ちにさせてしまった事だろう。

それは分かったし、反省もしたが、先が思い遣られる気分になったのは、言うまでもない。




6月に入って直ぐの研修旅行は、目隠しでバスに乗せられ、とんでもない所に置き去りにされ、自力で場所を割り出し、帰って来つつ、通り道にある、歴史的な物に就て調べるという物だった。

とはいえ、そこは軍隊ではないので、サービスなのか、置き去りにされる場所は全て、1泊目のホテルに入る前に、バスでだが通っている。

ちゃんと景色を見て、先生の話を聞き、先生が時々言うヒントを聞いていれば、そう大した事はないのだが、青山は可愛い美雨に見惚れて、全然聞いて居なかったし、見ても居なかったので、どこなんだかサッパリ分からない。


「香坂、信濃追分の2キロ手前で合ってるか。」


夏目がそう聞いた所を見ると、夏目はちゃんと見ていて分かっていたのだろう。


「ああ、合ってる。宿までの最短ルートは、1キロ先のバス停からバスに乗り、宿の500メートル手前のバス停で降りる。」


「香坂先頭についてナビ。麗子はその補佐。加納は俺の前を歩け。香坂と麗子以外は、バス停までの間に歴史的なもんのネタを探せ。先生はこの辺は道祖神が多いって言ってたから、研究対象は恐らく道祖神だろう。以上。」


暫く歩くと、美雨が止まった。


「夏目君、道祖神があるよ。」


「どこ。」


「そこ。ほら。木の陰。」


2人はピッタリくっ付いて、美雨が指差す方向を見ている。


「あ、本とだ。青山、写真。」


「あ、はいはい。」


「近付いてちゃんと撮れよ。」


「分かってますよ!」


青山は一応記録係。

つまり、写真係で、メモを取るなどは、美雨の係だった。

そして青山、1枚撮った後、もう少し近付いて写真を撮ろうとしたのだが、前日の雨でぬかるんでいたのか、足が滑った。

片足がズルッと滑り、踏ん張った筈のもう片足も滑り、出す足が滑る状態に陥り、丸で前のめりで駆け足をしているかの様に素早く足を繰り出しているのに、滑るから一向に進まない状態に。

全員笑っており、美雨なんか、


「何してるの?青山君。」


なんて言い、更に大爆笑。

一際受けている夏目は、1番近くにいるのに、全く助けてくれる気配は無い。


「ちょっとお!助けてよ…。あああああー!!!」


とうとう足が追いつかず、青山はベッチャリとその泥濘(ぬかるみ)に前側の全身をダイブする形で埋める事になってしまった。

夏目は更に笑いながら、青山に手を出した。


「ほら。」


てっきり、助け起こしてくれるのかと思いきや…。

ニヤリとドSチックな笑みでこう言った。


「馬鹿。カメラだよ。てめえの修理代より高くつくだろ。」


ーこいつは…、こいつは鬼だ…!!!


「で、撮ったんだろうな。」


と言いながら、画像をチェック。


「まあ、いいだろう。んじゃ行くぞ。」


「ちょっとお!滑ってどうにもなんないんだから、誰か助けてよお!」


渋谷が笑いながら腕を掴んで、引っ張りあげてくれたが、前面泥だらけ。

英の白いパーカーも、下のスウェットも、違う色になってしまった。


「変色してんなあ。上だけ脱いだら?」


矢張り楽しそうに言う渋谷を一睨みし、パーカーを脱いで、ラグジャー1枚になり、再び歩き出す。


ー全くもう…。ドSの集まりか、この班は…。


バス停に向かって歩いている内に、また道祖神を発見。

青山が写真を撮り、美雨が距離やその他の事を夏目に言われながらメモする。

その日は、梅雨の晴れ間か、とてもいい天気だったのだが、夏目はいち早く美雨の変調に気が付いた。


「大丈夫か。顔色悪いし、息上がってないか。」


美雨は驚いた顔で夏目を見た。

他の誰も気がついて居なかったので、他のメンバーも驚いている。


「大丈夫よ。ごめんなさい。もしかしたら、雨が降るのかも。」


「雨…。」


夏目は空を見上げた。

上空の雲が凄い早さで動いているし、風は急に強くなって来ていた。


「香坂、ちょっと調べてくれ。」


「了解。」


香坂は直ぐに気象情報を調べた。


「夏目、ちょっとマズイな。台風が来てる。予想通りこのコース辿れば、直撃だ。」


周辺は山と林ばかりで、民家や店の類いも無い。


「台風が来るのは何時間後だ。」


「ええっと…。30分後。但し、強い雨はあと5分後位には来るだろう。」


後5分あれば、走ればバス停には着くし、5分も待てば、バスに乗れる。

しかし、こんな具合の悪そうな美雨を5分間も走らせるわけには行かなかった。


「どっか避難出来る所探せ。麗子は加納についてろ。」


美雨が焦った様子で、夏目のパーカーの袖を掴み、必死に訴えた。


「私、大丈夫だから、バス停まで走りましょう!次のバスって2時間後なんでしょう!?」


夏目はニヤリと笑うと、美雨の頭を指先でチョンと突いた。


「忘れんな。班は6年間、一蓮托生の仲間なんだ。何があってもな。お前の身体の事は折り込み済み。俺たちには一々気にすんな。」


それだけ言って、先に避難場所を探しに行ってしまった。


香坂も渋谷も美雨に笑いかけ、気にするな、大丈夫と声を掛け、行った。

青山は実はちょっと感動していた。

先ほどはあんな扱いを受けたが、夏目の班への思いは意外にも熱かった。

それに、美雨が気にしない様にと、彼なりにちゃんと考えている。

ぶっきら棒だが、温かい励ましに思えた。


「加納さん、本当に気にしなくて大丈夫だから。それより、言われてみたら、どんどん顔色悪くなってるよ。ちょっとでも休んど…。」


すると、足に骨まで響く様な痛みが。

麗子が青山の向こう脛を蹴っていたからだ。


「なんなの!西条さん!」


「男のくせに口数の多い。ボヤボヤしてると、達也にこんなもんじゃ済まない蹴りを入れられるぞ。さっさと行け。」


青山はその時気づいた。


ー西条さんは、女版夏目だ…。絶対そうだ…。




4人はどうにか雨風はしのげそうな、元小さなホテルと思われる廃墟を見つけ、戻って来た。

美雨はかなり具合が悪そうで、麗子の広げたビニールシートの上で、麗子の膝を枕にし、小さくなって横になっていた。

雨はもう降り出していた。

麗子は上手い事、夏目が念の為残していった、夏目の分の迷彩柄のビニールシートを屋根に作り、雨避けにしていた。


美雨は4人が戻って来ると、慌てて起きた。


「美雨、じっとしてなさい。」


麗子が言った。

飛び起きただけで息が上がってしまい、動悸の音がこっちにまで聞こえそうな気がした。

夏目は美雨の顔をじっと見つめた。

そして目の下を親指で触り、チラっと麗子を見た。

麗子は頷き、声に出さず、『後でな。』と口を動かした。


ーなんだろう…。今の…。


青山にはよく分からない。

夏目はそのままぶっきら棒に言った。


「ちょっと斜面を登る事んなる。俺に乗れ。」


「えっ…。大丈夫。歩ける。」


「班長命令が聞けねえのか、てめえは。」


優しいのかと思ったら、いきなり凄み出すので、青山が思わず間に入った。


「そんな脅さなくたっていいだろ!?」


「脅してねえ!」


「脅してるじゃん!」


「達也、私が背負う。いきなりよくも知らない男の背中に乗れる女は少ない。さっき聞いたら、キャンプで背負う装備の重さと大して変わらないし。」


青山にはまた衝撃が走る。


ーへっ!?キャンプで、女の子の重さの装備背負ってんの!?


夏目はデリカシーの無い事に全員居る前で美雨に聞いた。


「お前、40キロしかねえの?」


ところが、美雨もなんの蟠りもなく答えている。


「ううん。41キロ。」


「じゃ、大丈夫か。でも、もう少し太った方がいいんじゃねえか。では行こう。」


美雨は麗子に背負われ、かなり激しい雨の中だったが、順調に廃墟に向かいだしたが、青山の頭の中は、はてながいっぱいである。


ー40キロの装備担いでキャンプって一体、どんなキャンプ!?もう、楽しいレジャーのキャンプじゃないよね、それ!一体、夏目と西条さんはどんな休日送って来たの!?

それに、なんで加納さんも、いくら軽いとはいえ、平気で答えちゃうのかなあ、失礼な質問なのにい!

しかし、加納さん…。考えてみたら、夏目に脅されても、全然怖がってなかったな…。どういう事なのかしらん…。


しかし、その廃墟も決して落ち着けるものでは無く、青山には更なる災難が降り掛かった…。




「青山さんて人は、俺たち恒例のサバイバルキャンプしてなかったんだ。」


「そうらしい。親父に後から聞いたら、青山は、親父さんですら、この道に入るとは思わなかったそうだ。そういう訓練とかは泣いて嫌がるんで、諦めてたのに、夏目君の影響だろうって。だから、青山の親父さんは夏目君様様なんだそうだよ。」


「へえ…。そういう人がいきなり、夏目さんとか、女版夏目さんに囲まれたら、衝撃的だったろうな…。」


「だろうねえ。」


「でも、夏目さん、その頃から、もう美雨ちゃんに優しかったんだ。」


「その様だな。もう好きだったんじゃないのか。」


「へえ。」


そして再び、龍彦の話は続く。


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