大鳥居大輔との会談
背中から怒りが溢れかえっている夏目の先導で、大輔の部屋に向かうと、大輔の部屋の前で、特殊作戦用ライフルを構えている6人の部下の内の1人、武部が叫んだ。
「顧問がお見えになったぞ!」
中から大輔が叫び返した。
「地雷は切った!1人で入れ!」
竜朗が返事をする前に、夏目が怒鳴る。
「そんな事出来るかあ!死んでも一緒に入る!」
笑い声と共に、ドアのすぐ近くで、大輔が答えた。
「その声は夏目の倅か。いいだろう。お前だけついて入れ。」
武部が地雷の反応を確認し、スイッチが切られている事を確認して頷くと、夏目は変わらず竜朗の盾になった状態で、特殊作戦用ライフルを構えたままドアを蹴破る様に開け、中に入った。
大輔は部屋の窓辺に置いてある、大きな机の前に立っていた。
「夏目室長も強烈な男だが、息子は輪をかけて強烈なんだな。」
「そうだよ。護衛されてんだか、脅されてんだか、段々分かんなくなるぜ。」
竜朗が言った冗談に、大輔は笑った。
「まあ座ったらどうだ。女も居なくなったから、お茶の類いは出せんがな。」
夏目はソファーに座ろうとする竜朗を止め、ソファーに何か仕掛けられていないか確認し始めた。
「何も無いぞ。じゃあ、俺が座って見せる。」
大輔は長ソファーの両方に座って見せた。
「ほら。お好きなところに顧問を座らせろ。」
夏目は退路を考え、ドア側に竜朗を座らせ、直ぐ真横に立って、矢張りライフルを構えた。
大輔は笑うと、竜朗の前に座り、葉巻を出して竜朗に勧めたが、夏目が取らせない。
「達也…。こいつは俺を殺す気は無えよ。」
すると、大輔は面白そうに笑った。
「ほう。何故そう思う。」
竜朗の目つきが変わった。
一分の隙もなく、しかし、相手の全てを見透かしてしまう様な凄みがあった。
その中に、いつもある全てを受け入れる様な包容力も感じさせる。
これが誰が相手でも緊張させず、本心を話させてしまう竜朗の魔力とも言える点だが、彼はこんな緊張した場面でも、それを失くす事なく持っている。
竜朗は静かに話し始める。
「確実に殺そうと思ったら、お前さんなら出来たはずのチャンスを全部逃してる。
ここ最近、仕掛けてくんのは派手になったが、全部証拠や、あんた達に繋がる何かを残してる。
お前さんが本気出したら、証拠も残さず、確実にやるだろう。
あんな派手なやけくそみてえな襲撃しなくたってな。」
大輔の表情は変わらない。
無表情でもなく、至って普通の顔だが、不思議な事に、どちらかというと楽し気に、夏目には見えた。
「そうかな。お前の孫やファイヤードラゴン、吉行局長、そこの夏目の倅、実の息子よりも可愛い愛娘のしずか。その他、お前の周りの極めて優秀な人間のお陰じゃないのか。」
「それを見越して、バレねえ様に手を抜かずに仕掛けて来てんじゃないのかい。」
大輔は何も答えず、葉巻をくゆらしている。
「龍治送り込んで来たのだって、こうなる事を予想して送り込んで来たんじゃねえのか。」
夏目は微動だにしなかったが、内心驚いていた。
龍治が寝返るのまで作戦の内だったと、竜朗は読んでいるらしい。
「龍治…。ああ、慎也の事か。」
「そうだ。龍治は謙輔とここを飛び出し、座敷牢に入れられた後、死んでこいって、イギリスに送られた。
だが、龍治が言われた通り、自決カプセルを飲んで死ぬとは、あんたは思って無かった筈だ。
龍治が反抗的なまま行かせてる。
龍治から座敷牢での生活を詳しく聞いたが、あんた、その間、洗脳や思想教育も一切やっていなかったそうだな。しかも、隣室の謙輔とは話が出来る状態にして、食事も三度三度きっちり運んだ。
謙輔と自由に話をさせるって事は、より反抗心を強める事になるってのは、常識だろう。だが、お前さんは禁じていなかった。
厳重な鍵も、その鍵をあんたしか持ってねえのも、あの頑丈な作りも、あんた、他の奴らから、あの2人を守る為にそうしたんじゃねえのかい。」
大輔は敢えてなのか、動揺する事もなく、淡々と答えた。
「ファイヤードラゴンが養子にするとは思わなかったがな。」
「どうだかな。たっちゃんがしなかったら、俺がしてた。養女が2人も居る俺だ。そこも計算づくだったんじゃねえのかい。」
大輔がほんの少し微笑んだ。
「だとしたら?」
「龍治のお陰で、ここの情報は殆どと言っていいぐらい分かった。
図面が手に入らなくても、龍治は優秀で、ここからここまでは何メートル何センチと正確に教えてくれた。
敵が潜みそうな位置までな。
襲撃を受けた時の訓練とやらもやらされてたそうで、実際、その通りだったぜ。」
大輔の顔が、それを聞いて、初めて無表情になった。
不機嫌な時の顔なのかもしれない。
「訓練通りにやったのか。矢張り親父同様、役に立たんな、真一は。」
「あんな優秀な子、なんでわざわざ寝返らせた。」
また大輔の目が楽し気な光を帯びる。
「さあ…。何故だと思う?八咫烏の加納竜朗。」
竜朗は、大輔の目を、更に、じっと食い入る様に見つめた。
「龍治と謙輔だけは普通に生きさせてやる為だろう。
俺が出した結論は、あんたの組織の解体だ。
お前さんはそれを狙ってる。」
大輔の目が輝きを帯びた。
「ほお。安藤家を裏切って?この俺が?何故そんな事をする。」
「お前さんの事、調べさせて貰った。かなり苦労はしたがな。」
大輔は黙って竜朗を見つめている。
2人は端から見ている人間が息が詰まりそうな、真剣な目線をかわし続けている。
「あんたは、親父から代替わりした直後、ある私立大学に通ってた。
と言っても、聴講生って形で、正式なもんじゃねえ。だけど、大学生やってた訳だ。
そこである女性と知り合った。2人は恋に落ち、お前さんとその女性は失踪した。
女性の名前は、倖田芳子さん。21年前の7月に失踪届けが出されてた。
お前さんはその頃、空白と言える程、全く活動してないな。という訳で、そう睨んだ。
お前さんの事はなかなか追えねえから、その女性を追ってみた。
9月になり、芳子さんは1人で帰って来た。恐らく、お前さんの組織に見つかって、連れ戻されちまったんだろう。
しかし芳子さんは妊娠していた。あんたの子だ。
あんたは、それからはここから出して貰えなくなったんだろう。芳子さんとも連絡が取れなかったろうな。
芳子さんは親の反対を押し切り、その子を産んだ。しかし、親が厳しかったのか、それともあんたの事を正直に話しちまったからなのか、芳子さんは勘当されちまい、子供を連れて路頭に迷っちまった。
身体も弱かったのか、子供抱いたまま行き倒れてるところに、通りがかったのが、龍治を6歳まで育てた、ホームレスの男だ。
お前は芳子さんと子供を探したんだろう。
芳子さんが亡くなっているのは掴めても、子供はホームレスが拾っちまった。ペット感覚でな。
その子を探すにはかなり苦労した筈だ。
そして見つけて買い取った。
それが龍治だ。違うか。」
大輔はフッと笑った。
その寂しげな笑みは、龍治とよく似ている。
「よく調べたもんだな。流石と褒めておこうか。それで?俺がセンチメンタルになって、我が子だけでも自由に生きさせようとしたと?」
「センチメンタルだけじゃねえだろ。
あんたが聴講してたのは、憲法と戦後の法律関連ばっかりだ。
安藤がやろうとしている事に、危機感を覚えたんじゃねえのかい。
しかし、安藤を潰すには、この組織の中で反乱起こしたところで、SPや他の奴らの妨害にあって潰される。
だったら、安藤の手先のフリをしながら、外からあんたの組織を潰させ、そして、安藤との繋がりを白日の下に晒し、安藤が2度と這い上がれなくするしかねえ。
あんたは元からこの家業に賛成しかねてたんじゃねえのかい。
だから、代替わりした途端に、聴講生なんかやった。真実を知りたかったからだ。
何も考えず、安藤家の益しか追求しねえ、そのやり方に懐疑的だったからじゃないのかい。
芳子さんと出会って、一度は捨てようとした世界だが、それも潰され、芳子さんも失ったあんたは、この組織を壊滅させ、安藤を道連れにする、そういうつもりなんじゃないのかい。」
龍介達は漸く、謙輔の部屋まで行き着き、無事、救出出来ていた。
「謙輔、弟になった龍介だ。お前を助けるっていの一番に言ってくれたんだぜ。こっちがお母さん。やっぱり救助に率先してくれて…。」
「親父から聞いてる…。えっと、新しい名前、龍治だっけ?」
「うん。」
「龍治を宜しくお願いします。」
そう言って頭を下げる謙輔に、しずかと龍介は頭を下げつつ言った。
「早く出ましょう。まだ見つかって無い人が3人も居るの。いつ襲われるか分からないわ。」
「コレ着て下さい。これ持って。使い方は大丈夫ですね?」
龍介は言いながら、謙輔に防弾ベストを着せつつ、ライフルを持たせた。
「あの…。親父どうしてますか?見つかったんですか。」
「ええ。今顧問と話してるわ。顧問を呼べって言ったの。」
「ー親父…。俺が龍治と飛び出した時、『なんでもう少し待てない!』って怒ったんです…。もしかして、コレの事じゃ…。」
「ーつまり、あなた達を解放させる気だった…?あなた達を解放できるというのは、つまり組織が解体されなきゃ無理…。そういう事!?」
「母さん?まさか、大鳥居って人は、組織解体して貰う為に、大掛かりな襲撃だの、父さんの拉致だの、仕組んでたってえのか!?」
「だと思う!それでお父様はわざわざいらしたんだわ!真意を確かめる為に!」
龍治の顔色が変わった。
「頭領…、死ぬ気なんじゃ…。」
「まさかお父様を道連れに!?」
「分からない。分かんねえけど、あの人は他の奴らとは違う。
何考えてんだか分かんねえけど、主義は一貫してるし、人にやれって言った事は自分も必ずやる…。
いつも捕まりそうになったら死ねって言ってんのに、自分だけ生き残るとは思えない…。」
「ー親父…。」
「行きましょう!ちょっと危険かもしれないけど!」




