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龍介くんの日常 2  作者: 桐生 初
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岡野という男

「大鳥居、鳥居、灯篭、こいつらは、御本家と呼ばれて、別格だ。爺、婆、親、子供って、血縁関係で出来てる。明治初期から、戸籍を取らずに安藤家に仕えてる奴で、元甲賀忍者らしい。まあ、手裏剣投げたり、忍者みてえな事はしねえけどな。それが合わせて、30人位居る。」


「うん…。」


「初めはこの御本家だけでやってたんだ。だから嫁も、御本家の中だけで賄ってた。だけど、それじゃ、血が濃くなって、支障が出るって事で、戦後、身寄りの無え戸籍も無えガキをそこら辺から連れて来て、この仕事を仕込んでやらせるようになった。それが俺たちだ。俺の親代わりってオッサンもそうだったらしい。そこで死んでる奴。俺の隣で、青酸カプセル飲んで死んだ奴だ。」


言い方から行くと、愛情なんかは貰えなかった様だ。


「酷い扱いをされたのか…。」


龍彦の深刻な顔を見て、岡野は笑った。


「あんたがそんな顔すんなよ。

ーまあね…。親代わりなんであって、所詮、戦闘技術を教える師匠だし、優しくなんてされた事は無えな。

安藤や御本家に忠誠誓っちまって、言われた通り、捕まりそうになったら、死ぬなんて、本とバカだよ。」


岡野の目が、初めて悲しそうな色を見せた。

岡野の方は、そんな扱いでも、死んだ親代わりの男に愛情を持っていたのかもしれない。

だからこそ、自殺した事に腹を立てているのかもしれなかった。


「唯一の親代わりだったのか…。」


「そう。基本的に、女が入って来る率は少ねえんだ。だから、女は御本家が嫁に持って行っちまうから、俺たちには女房みてえな存在は出来ない。お袋なんてのは居ない。」


「そっか…。どんな男だとしても、頼りにしてたなら、失うのは辛いな…。」


「でも、スッキリもしてる。開放されたってね。

あいつは、コインロッカーに捨てられてたんだってよ。なんか、あの時代、よくあった事件なんだろ?コインロッカーに生まれたての赤ん坊捨てるのって。

それを今トップに立ってる、大鳥居大輔の親父が偶々、女が赤ん坊をコインロッカーに入れる所見て、直ぐに取り出したんだそうだ。それがあいつ。だから、あいつは大鳥居のお陰で命を長らえたっていっつも言ってた。俺もそうだとか言うから、よく喧嘩になったけどな。」


「お前はどうして?」


「俺は…。親に売られたんだ…。俺の世代はそういう奴ばっかだ…。」


「売られた?実の親に?」


「そう…。俺の親は無学で、無職で、バカで、どうしようもない人間だった。同棲してたお袋が俺を産んで他に男作って出て行っちまって、親父は俺を捨てる事も出来ず、どうにか育てたが、戸籍なんてもんは考えもしなかったらしい。俺は学校にも行かせて貰えず、親父とホームレスみてえな事して、コンビニのゴミ箱あさったりして、食いつないでた。そこに、鳥居が現れた。俺が6歳の時だ。

俺に戸籍があるのかと聞いて来て、親父は無いと言った。すると、子供を譲ってくれないかって、札束を5つ、段ボールの机の上に置いた。500万だ。親父はそれを見た事も無え素早い動きで抱え込んで頷いた。それだけだ。あとは、俺の事を見もしなかった。呼んでも叫んでも、親父は札束だけ見てた。」


「酷すぎるな…。どうなってるんだ…。」


龍彦は思わず、額に手をあて、俯いてしまった。

人間の親として、動物以下の責任感の無さに、訳が分からなくなってしまったのだ。

それと同時に、怒りも湧いた。


「アッタマ来んな…。なんて事すんだ…。」


岡野は笑っている。

でも、彼の笑顔はいつも寂しげだ。


「やっぱ、いい奴なんだな、あんた。こう見えて俺は、人の本心を見抜く術は叩き込まれてる。あんたに嘘が無いのは分かる。逆に、よくスパイが勤まったなとは思うけどな。」


「んまあ、そう言われると、同業者とはよく喧嘩に…。友達にもなれたりする場合もあるが…。」


「そうだろうな。」


「ーそれで…。そんな事されて、その後は?」


「その後、御本家と俺たちが暮らす、敷地に連れて行かれた。安藤家の裏手にある、結構な敷地の中に、御本家の三軒の家と、俺たちが住む建物がある。その敷地全ての面積にある地下は、安藤家と繋がってる。そして、その地下には、訓練室だの、武器庫だのがある。そこで戦闘技術の全てを叩き込まれた。読心術みてえなもんも。毎日毎日。それを習ったり、仕事に必要な歴史、法律関係、計算、社会の仕組み、そういうのは習った。

でも、外の情報には一切触れさせられなかった。テレビも漫画も、ネットも。

大体同じ年代の奴らも、俺と似た様な感じで、一緒に連れて来られてたから、そいつらと一緒に。」


「君の同世代は、みんなそういう感じなの?」


「ああ。俺は年が行ってからだけど、赤ん坊の時に、買い取られたって奴もいる。金を渡してある産婦人科に、妊娠して困っていそうな女の情報を流させて、無事に産まれたら、買い取りたいって、話を持って行くんだ。」


「そして、親代わりの誰かが付くと…。」


「そう。1人につき、1人。そういう不遇な俺たち集団が30人。合わせて60人だが、女はそういった事は一切やらせず、家事しかさせない。勉強もさせない。まあ、言う通りにさせとく為なんだろうな。そういう女が10人。それと、長老とか言われてるけど、寝たきりになってる大鳥居と、灯篭の所の爺2人。だからあんた達の敵は43人だな。」


「その内、22人も、ここに来てるぜ…。」


「そうだな。奴らは、ここで加納親子を殺すって事に、勝負を賭けてんだ。まあ、ダメだろうけどな。」


「何故そう思う?」


「あんたがいる。それに本当は凄え優しい癖に、それ隠す様におっかねえ仏頂面で押し通してるあの男。2人とも、360度目が付いてる。」


岡野は夏目の本性まで見抜いている様だ。


「あんたの叔父さんの局長も荒れた時代に勝ち残って来た生粋のスパイであり、スナイパーだろ?」


「叔父さんがスナイパーだったなんて、よく調べたなあ。」


「あんなジェントルマン風で、剣道の有段者の癖に、病的な銃火器好き。特にランチャーでドッカンと一発で終わらせるのがお好み。スナイパーとしての腕は一流なのに。」


「はー、そこまで…。恐ろしい位の調査能力だ…。」


「大した事じゃねえ。内調や外務省のスパイに探らせりゃ、直ぐに手に入る。」


「それ、どんくらい居るんだろうか…。」


「ごめん。そこまでは俺は知らされてない。内調は全て掌握。公安の3分の1位。外務省は1人か2人。自衛隊は半数位。図書館と情報局には居ないって事しか分からねえ。それが誰なのかは、御本家しか知らねえんだ。

そこで、どうにか生きてる2人。アレ、御本家だ。恐らく誰かに庇われたから、生きてんだろ。」


「そうか。有難う。でも、君は随分と冷遇されていないか。話してると、頭もいいし、仕事も出来そうなのに、囮に使われるだけなんて…。」


「ー俺は一回飛び出したんだ。あそこを。」


「そうだったのか…。」


「好きな女が出来ても結婚も出来ないし、子供も作れない。それに俺は、学校ってもんに行ってみたかった。

だから、御本家の大鳥居の息子の謙輔と脱走したんだ。」


「大鳥居の息子と…。仲良かったのか?」


「うん…。あっちは俺たちの世界じゃあ、恵まれてる奴だったけど、その分、外の事を目を盗んで見れる状況にあったんだ。

だから、これじゃいけないって…。夕陽新聞なんて、安藤が大嫌いな新聞もこっそり手に入れて、見せてくれてさ。

で、俺は、6歳まで外に居たから…。まあ、そんなんで、訓練とかで会うと話す様になって、2人でパソコンでコソコソ調べる内に、安藤がやってる事、手助けしてていいのかって話になって…。

それに、何より、この生活がもう耐えられなかった。だから、2人で計画して逃げたんだ。

でも、やっぱりだけど、3日で見つかって、連れ戻された。

謙輔は座敷牢に入れられ、俺は囮になって死んで来いって。

その前から、俺たちがなんか反抗的だっていう事で、俺と謙輔には、重要な事は教えなかったんだ、あいつら。

だから、今回も、三回の襲撃を想定としか聞かされてない。明日どんな事を仕掛けて来るのかは、俺も分かんねえんだ…。」


龍彦は笑って、岡野の肩を叩いた。


「いや、十分だよ。有難う。でも、辛い事もいっぱい話させてしまった。悪かったね…。」


「いや。話したら、ちょっとスッキリした。」


「ならいいんだけど…。ところで、君達の他には、そういう事を考える子は居なかったんだろうか。」


「安藤の為に動くのは間違ってるとまでは思ってねえけど、こんな暮らしは嫌だってのは、俺たち世代には、謙輔以外の御本家以外にはみんなある。

だって、女は御本家が独占状態だし、しかもつまんねえ女に作り込まれてるしさ。恋愛なんてもんも、してえんじゃねえの?」


「君だってしたいだろう。まだ若いんだから。」


「ーあんま考えた事無かったな…。」


「自由になれば、ある話だよ。」


「ー本当に戸籍くれて、自由にさせてくれるのか。」


「だから、約束は守るって言ったろ?加納さんにも許可は貰った。だけど、今の話を聞いていると、あちら側が君を殺しに来る可能性もある。大鳥居達を全員片付けない限り、一人暮らしはさせられないな。危なくて。」


「ー身まで守ってくれる気かよ…。」


「だって、自由にしました、生きるも死ぬも知ったこっちゃありませんじゃあ、あまりに無責任だろう。それはちゃんと考えないと。だから、暫く、俺とは縁が切れねえけど、いいかな。」


「しょうがねえな。いいよ。」


岡野は仕方無さそうに笑って言ったが、内心嬉しそうだった。

そして、真行寺の事を見つめた。

もう荒んだ目は消えかかっている様に見え、子供の様な目に思える。


「俺からも質問していい?」


「どうぞ。」


「大鳥居達が、加納親子を消したい理由は分かるよ。安藤の計画の邪魔にしかならねえからな。だけど、直ぐじゃなくても、代わりは居るだろ?あんたとか、優秀な人間は、そっちの世界には多い。なんでここまでして守るんだ。」


龍彦は、少し迷った後、龍介が見て来た、未来の話をした。

岡野は黙って聞き、じっと考え込んだ。


「ーだよな…。安藤の思い通りにしてたら、そうなっても不思議じゃない…。そうか…。」


岡野にとっても、ショックだった様だ。




龍彦は岡野の拘束を取り、上に上げると言ったが、佳吾に反対された。

佳吾は、龍彦にではなく、岡野に向かって言った。


「申し訳ない。君自身を信用していないわけではない。ただ、何事も疑ってかからねば、気が済まない生活をして来てしまっている。

申し訳ないが、君を自由にするのは、会談が終わり、帰国してからという事にさせて貰えないか。」


「いいよ。俺だってそう思う。信用させて、入り込んで、暗殺するのも計画の一部ってね。だからいいよ。」


龍彦は佳吾のスーツの袖を引っ張った。


「局長…。彼は信用出来る。話にも矛盾は無い。大体今の若い子が、いくら閉塞的な環境で育てられたとしても、こんな旧態的な非人道的な事、良しとしてるとは思えません。」


「それは私もそう思う。彼の目は、お前の思う通り、策を講じている目には、私にも見えない。だが、万が一があるのなら、それは潰しておくものだ。違うかね?」


「そうですね…。」


「どうしたんだ、龍彦。普段のお前でも、そうするだろう。」


「いえ…。龍介と変わらない年の子が、こんな目に遭ってる…。しかもこの子だけじゃないと聞いて…。すみません。私情を挟みました。」


岡野が足かせのついた靴の先で、龍彦の靴をつついた。


「いいんだよ。そうしてくれ。」




翌朝、青山が病人を診るついでに、岡野の所に朝食を持って行くと、岡野はトレーを見て苦笑した。


「またインドカレーパン?」


「ここにはインドカレーしかないの。全員インドカレーしか食ってないの。」


「なんで?」


「調理出来る人が、インドカレーしか作れないから!」


「美味いけど、飽きるね。」


「みんな汗までインドカレー臭い気がするって言ってるけど、我慢して食ってます。はい、食べなさい。」


岡野は大人しく食べ始めたが、青山を呼び止めた。


「なあ、あの生き残り、拷問したか。」


「ーしない。局長も拷問で聞き出すのは反対の人だし、した所で、訓練されてるだろうから、喋らないだろうって。」


「ー俺にやらせてくれないか。」


「えっ…。な、何言ってんだ。そんなの無理だ。」


「そうだよな…。殺すかもしれねえもんな…。だけど、俺はあいつらの弱い所は知ってる。」


青山は岡野の無表情な目を見つめた。

青山には、岡野の真意は計り兼ねた。


「一応、報告はしておくけど…。多分ダメだから、今日もここで大人しくしてるんだよ。」


「今日は誰が残んの?」


「1人、状態が安定しないのがいるから、僕が残る。」


「で、あんたら帰る時、生き残りはどうすんの?」


「局長の指令で、別便で、日本からの迎えが来るから、そっちで帰すよ。一応、遺体も。」


「ふーん…。俺も?」


「そう。本部長がお前さんだけは一緒にって言ったんだけど、局長が駄目って。本部長って、もうちょっと慎重な人なんだけどな。どうしたんだろ…。」


岡野は真剣な表情で、何か考え込んでいた。


「どうかした?」


「いや…。真行寺さんは、こっちに戻って来るのか。」


「真行寺さん…?」


青山が驚いた顔で、聞き返すと、岡野は顔を真っ赤にして、青山を睨みつけた。

精一杯威嚇している様だが、今までの迫力は無い。

しかし、こちらの予定を喋ってしまっていいのか、青山には判断がつきかねた。


「なんで?会いたいの?」


「そういうんじゃねえよ!」


そこに龍彦が降りて来た。


「ごめんな。移動回数は少なくしたいから、会議が終わったら、そのまま帰国する。君らの迎えは一時間後に来るそうだから、日本で会おう。」


「ーあのさ、真行寺さん…。」


「ん?」


岡野が何か言い掛けた時、夏目が降りて来た。


「真行寺さん、時間です。」


龍彦は心から申し訳なさそうに、岡野を見て、岡野の頭を撫でた。


「ごめんな。今聞きたいけど…。日本でゆっくり聞かせてくれる?」


「ーうん…。」


後ろ髪を引かれながら龍彦が上がって行くと、岡野は決心した様な顔で、その後ろ姿を見送っていた。






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