土壇場ハイスペック?
龍彦の家の窓は全てCーBDーTで囲まれているから、中に入ってしまえば、狙撃の心配は無い。
また、車庫も地下にあり、車が入ると同時にCーBDーTのシャッターが下りてしまうから、乗り降りの際も安心である。
邸内を見回って戻って来た夏目が、苦笑しながら龍彦に言った。
「凄え要塞ですね。」
答える龍彦も苦笑している。
「叔父さんがくれた時に、『有事の際は、要人も保護出来るし、まあ、お前もこんな稼業をしていると、いつ何時誰かに恨まれて襲撃を受けるとも限らないから。』って言ってたんだ。確かにそれも一理あるなと思って、手を加えている内に、こんな事になってしまった。」
「屋上のは、対戦車砲ですよね。楽勝で戦争できます。」
「凝り性なんでねえ。」
「ランチャーの量が半端じゃないのは…。」
「あれは俺でなく、叔父さんの趣味ね…。」
「でしょうね…。」
龍彦の苦笑が若干痛々しいのが気になるが。
「まあ、座りなよ。俺が敵なら、ここには襲撃して来ない。」
「はい。俺もそう思います。」
夏目は失礼しますと言ってから、龍彦の目の前のソファーに座った。
龍彦はくわえ煙草のまま、夏目にグラスを用意し、自分も飲んでいたマッカランを注ぎ、グラスを合わせてから、また銃の手入れに戻った。
夏目も手伝い始めると、龍彦は笑いながら聞いた。
「あれ、もしかして、加納さんの作戦か?」
「は…。どれですか。」
それだけ裏での画策が多い仕事とも言えるので、聞き返した夏目も、龍彦も苦笑してしまった。
「ごめんごめん。日米安保法案通過。加納さんなら阻止出来るのかと思ってたけど、結局通ったからさ。裏があっての事かなとね。」
「通過阻止が少々難しかったのも事実ですが、国民の反対が大きい様だったので、賭けに出られた様です。
報道規制を取っ払い、玉音放送を流した部屋を公開したり、戦争反対の報道を煽ったりする事で、安藤を追い詰めて行く作戦になさったようです。」
「そっか。やっぱり…。後は野党か、或いは興梠さんか?」
「そうですね。興梠代議士も、例の安保通過で、反旗を翻して、ご自身の派閥を立ち上げられた様ですが、興梠さんがいくらいい政治家でも、民自党である事は変わりません。だけど、今民自党を出るのも得策ではない。顧問も悩んでおいでです。」
「そうだねえ…。民自党は腐ったのも多いが、優秀な人間が揃ってるのもまた事実。出たら何も出来ないという面はある。難しいね。」
「ー安藤は潰せますか。」
龍彦は夏目の顔を見つめた。
夏目らしくなく、若干不安そうな目に見えた。
竜朗の側に居て、逐一見ているからこその不安に思われた。
それに、夏目は未来を託された重圧を、龍介の分まで背負っている。
いくら夏目でも重すぎる。
そう思った龍彦は、夏目を元気づけるかの様にニヤリと笑った。
「潰そうぜ。Xとその一派を引きずり出して、潰しちまえば、安藤は裸同然だ。
とか言って、俺も不安ではある。Xの正体は掴めないし、その組織の全貌も分からない。
しかし、今、俺たちが居るこの裏の世界は、長年この仕事をやって来た俺が思う、最強メンバーが揃ってる。
君も入ってくれたし、どうなるか分からん部分はあるが、龍介達も居る。このメンツなら、出来ない事じゃねえと思ってる。」
夏目には、龍彦の言っている事も、気持ちも十二分に分かった気がした。
龍彦は励ましつつ、労わりつつ、そして、夏目に期待してくれているのだ。
夏目も精一杯、ニヤリと笑って頷いた。
「ま…、加納一佐は、海外からも狙われてる。念には念で行こう。」
「はい。」
「ところで夏目君。君に聞きたい事があったんだけど。」
「は。なんですか。」
「龍介から聞いたんだけどさ。君、英の生徒会長だったんだろ?やっぱり、歴代会長の写真の横に、鬼って赤で書かれてるらしいんだけど、どんな事やったの?」
「は…。いや、普通に職務をこなしただけですが。」
「普通に職務こなすだけで、鬼って書かれるの?」
「え…。」
そう言われても、夏目には答えようが無い。
夏目としては、普通にこなしていただけなのだ。
そこに佳吾が来た。
「また龍彦は…。この子の質問は答えに窮するだろう。気にしなくていいよ。夏目君。」
佳吾はスクッと立ち、礼をする夏目の肩に軽く手を置いて笑った。
「そして、一々、立たなくていいから。私は君の直属の上司では無いのだから。」
「じゃ、この仕事終わったら、どんな生徒会長だったのか、聞かせてね。」
すると、リビングに入って来た、堺のチームの下っ端の男が虚ろな目で言った。
「お知りになりたいのなら、俺が〜。」
ところが、声の主を見た夏目の表情が一変してしまった。
片眉を吊り上げ、ツカツカとその男の側に行くと、無言で、弁慶の泣き所をまさしくいきなり無言で蹴った。
「いでええええ!だからどうしてお前はいっつもそうなの!?」
「青山…、てめえ、なんでここに居る…。」
「俺はイギリス担当エージェントなんだよ!出迎えには行かなかったけど、ずっとここに居たじゃん!さっきだって、堺チーフのカレー作るの、手伝ってただろ!?」
「お前の事は昔から目に入れない様にしている。」
「なんだそれえ!」
2人をキョトンとした目で見ていた龍彦が笑い出した。
「あ、そっかあ。同い年で、英の同級生なんだから、知り合いかあ。」
青山が涙目で訴える。
「知り合いなんて生温いもんじゃないんです!夏目とは、6年間クラスも剣道部も一緒!生徒会まで一緒だったんですよお!死ぬ思い何回もしたんですからあ!」
「面白そうだ。是非聞かせて。で、青山、監視報告に来たんだろ?」
「はい。」
青山は、夏目を一睨みし、また蹴られてから、龍彦の前に立った。
「不審なバンがずっと、ワンブロック先に停車しています。ロンドン警察に話した所、巡回してくれていますが、その隙を縫う様に、どこかしらに場所を変えて、この付近に居ます。
それから、6人が動き出しました。
遅くなって、面目無いと、チーフが泣いていましたが…。」
「ああ、6人の内の、元自衛官だったんだろ。俺が撃った狙撃手は。」
「はい。申し訳ありません。」
「それはいいって、堺にも言ったから、大丈夫。あいつらもわざわざ乗り込んで来たプロなんだ。手が回らない部分が出ても仕方がない。その為に俺たちが居る。で?」
「残りの4人の内、2人が、そのバンの中に居るようです。元公安と内調の2人です。他に2名程、バンの中に居ますが、こいつら、日本のパスポートで来ましたが、国籍不明といいますか…。」
佳吾が無表情に代わりに言った。
「戸籍が無いんだろう。安藤のフィクサー集団の奴らには、恐らく戸籍が無い。」
「はい。仰る通り、幽霊です。従って、経歴も何もかも不明です。今、全力で、入国した日本人の戸籍洗い出してます。」
そこに堺が青い顔で駆け込んで来た。
「ー本部長…。戸籍の無い入国者の人数が割れました…。」
「何人だ。」
「22人…。」
龍彦は佳吾を見た。
「Xの組織、全員でしょうか。」
「ーに近いかもしれんな…。奴は、安保の後は、一気に行くつもりだったが、悉く加納の作戦に潰されてる。正に総力戦を挑んで来たのかもしれん。」
龍彦は深刻な表情の後、突然ニヤリと笑った。
「受けて立ってやろうじゃねえか。好機と捉えるぜ。夏目君、ちょっと来て。」
そして夏目を連れて行くと、佳吾はクスリと笑った。
「また始まったか。土壇場ハイスペック。」
青山と堺がポカンとした顔で、楽しそうな佳吾の顔を見ていた。