盲点
龍彦は早速、後任のイギリス担当である、堺に電話を掛けた。
「聞いた。その6人はマークしてるな?」
「はい。今の所、観光客を装っており、特に怪しい動きはありません。」
「その6人だけじゃない。恐らく、その倍以上が入ってるはずだ。ロンドンに居る日本人全部最初から洗い出せ。人が足りなきゃ送る。」
「了解しました。それと、宿泊先のホテルですが…。」
「ホテルは警備がしづらい。うち使え。」
龍彦は、佳吾から譲り受けたロンドンの一軒家を、そのままにして来ていた。
「本部長のお宅をですか。」
「そう。入れば分かるが、アレはただの家じゃない。今から暗証番号言うから。メモは取るなよ?」
「はい。」
「それと、MI5の方の知り合いにも、こっちから連絡しとくから、連携取っておくように。」
「はい。」
「後、蔵から最新の防弾ベスト類を送る。顧問だろうが、局長だろうが、全員にみっともなくたって着せる。」
「あ、それはもう届いてます。」
「え?そうなの?同じ事考える奴が居たんだな。誰が?」
「図書館の夏目君です。顧問付きの…。同じ事言ってましたよ。」
龍彦は嬉しそうニヤリと笑った。
「流石龍介が見込んだ男。じゃあ、そういう形で宜しく。戦時体制のつもりで行こう。」
「了解。」
龍彦も行くと聞いて、事態の重さを知った龍介は、余程一緒に行くと駄々をこねようかとも思ったが、それは絶対、受け入れられないのも分かっていた。
図書館でアルバイトがまだダメなのだから、行っても、足手まといに決まっている。
寅彦は受験生のくせに、悟と鸞を連れてフランスに行ってしまった。
亀一は蔵。
やきもきしている仲間の朱雀と瑠璃の3人で、加納家のリビングで、苺と蜜柑の訳の分からない、別の意味でレベルが高過ぎて問題になりそうな自由研究制作を、ぼんやりと見ていた。
しかし、龍介は突然思いついた。
「あ…、重要人物全員イギリス行く訳じゃねえじゃん…。和臣おじさんが残る…。
瑠璃、みんな行っちまって、こっちの警備はどうなるんだ。」
「少々お待ちを。」
瑠璃が嬉々として図書館のシステムにコンタクト。
と言っても、瑠璃と寅彦は図書館のコンピュータにいつでもアクセス出来る様に、パスワードは更新される度に教えて貰っているので、ハッキングでは無い。
「ー仰る通りだわ。長岡のおじ様の警備は、図書館の人の人数がガタッと減って、その代わり、自衛隊の人になってる。」
「その自衛隊の人って?ちゃんとした人?」
「データ上は問題無い人ばっかりだけど…。」
「そこなんだよな…。前の裏切り者3人だって、データ上はなんの問題もなかった…。」
朱雀が落ち着いた様子で聞いた。
もう、あの頃の朱雀では無い。
あまりに変わり過ぎて、笑ってしまいそうな位だ。
「自衛隊員同士なのにって思うけど、安藤の戦争やりたいよねに賛同するのが1番多そうなのは、自衛隊員でもあるよね。武器持ったら使いたい的な人達。」
「そうだな…。ちゃんと憲法考えて、専守防衛って歯を食いしばってる人達も大勢居るが、一部の人達には、『我が軍の!』とか口走っちまう輩も居る。
そういうのが、安藤と手を組むってのは、当然の流れだからな…。」
「龍、どうするの?」
「きいっちゃんちには、景虎も栞さんも居る。
拓也もそういった事は不得手だ。
裏切り者が出て、襲撃されたら、おじさん守るだけじゃ済まない。
きいっちゃんと優子さんの2人で、4人を守るのはキツイ。
グランパに連絡。俺たちは俺たちで、独自に動く。」
「えええええー!?そりゃ駄目でしょう!?」
竜朗は顧問室で真行寺の話を聞くなり、そう叫んだ。
「しかし、俺たちが反対した年齢問題は、後数日でクリアだぞ。
龍介は、お前達がイギリスに行く前日には、18になるし、朱雀君も瑠璃ちゃんも18になってる。しかも、朱雀君も瑠璃ちゃんもやる気だ。
まあ、瑠璃ちゃんに関しては、龍介が反対しているし、お前んちなら、情報官は要らんだろうが。
きいっちゃんは、とっくに18になってるが、龍介の言う通り、襲撃されたら、撃ちまくらなきゃならん。彼は、事実上の自衛官にもなってしまっているしな。
龍介としては、きいっちゃん1人にその重荷を背負わすのは嫌なんだろう。」
「けど、顧問…。」
「俺だって、死にそうな位心配だよ!
だが、よく考えてみろ!
龍介の言う通り、国外に一気に出るお前ら重要人物を叩くと同時に、手薄になった日本で、序でに長岡君まで始末出来たら、向こうとしちゃ、えらい理想的な話だろう!」
竜朗は、考え込みながら答えた。
「ー確かにそうですね…。盲点だったな…。そうだ。あの未来じゃ、和臣も殺られたんですよね…。
ああ、いけね…。龍太郎が行くってだけで、バタついてた…。」
真行寺が笑った。
「お前、やる事山程あるからな。安藤の報道規制取っ払うのも一苦労だろうし、中国の関係もある。
安藤のせいで、日本がおかしいって、国内へのスパイの流入は後を絶たん。」
「いや、言い訳に過ぎません。ああ…、駄目だ。こんなこっちゃ…。」
「まあそう言うな。龍介に助けられたっていいだろう。たまには。」
揶揄う様に言われると、竜朗も苦笑して頭をかいた。
「本とですね。すっかり助けられちまいました。」
竜朗の横で、軍人立ちして護衛している夏目が、ニヤリと笑った。
「兄弟子も、予想以上に頼もしいし、良かったな、竜朗。」
「はい。で、作戦としては?」
「お前らが無事に帰って来るまで、加納家に長岡君の一家を移して置こうと思う。あそこは、お前としずかちゃんが要塞化してるだろう?」
「はい。」
「そうすると、双子ちゃんの心配も無く、しずかちゃんも警備に参加出来るし、それに、あの…、蜜柑ちゃんが…。」
竜朗の顔色がサーっと血の気を失くした様に悪くなった。
「み…、蜜柑が何か…。」
「いや、なかなか凄いよな…。龍太郎君の血が濃すぎなのかな…。
あんな可愛い顔してやる事えげつな…、あ、いやいや、要塞化を更に強化し始めてるからさ…。」
「い…、嫌ですよ…。帰国したら、うちがなくなってるとか…。」
「努力はしてみるが…。」
「顧問!?」
「じゃ、そういう事で。私も泊まり込むから安心して行ってきなさい。夏目君、頼んだよ。」
「はい。」
こうして、龍介の18歳の誕生日の翌日、厳戒態勢で竜朗と龍太郎、佳吾は、イギリスへ発った。