龍介の危機と言えば!
「で、どんな感じ?飯食って寝てんの?」
亀一は蔵から借りて来た、心電図や測定器を繋いで、龍介の身体に付け、血液を採取しながらしずかに聞いた。
「そうなの。4人前も食べたのよ。」
龍介は大食いでは無い。
極めて普通の胃袋だ。
たまに凄い食べたとしても、そこまで食べた事は無い。
亀一は採取した血液を蜜柑に渡し、分析器に入れさせると、苺に龍介の抜け殻の組織を採取し、同様に分析する様に指示して、事態を整理し始めた。
「くしゃみや咳で、コレが出た…って事は、龍の細胞が出ると同時に一緒に出るって事か…。だけど、ションベンとかは平気なんだよな、しずかちゃん。」
「そうみたい。帰って来て直ぐトイレ行ったみたいだけど、叫んでないし、トイレに抜け殻も無いわ。」
「呼吸器官に限られてんのか…。そして、抜け殻は4つ出て、龍は4人分の飯を食った…。体力も奪われてる…。」
龍介の顔色が元に戻り始め、目を開けた。
至って元気そうな顔で、亀一を見ると、ほっとしたように微笑んだ。
「きいっちゃん、来てくれたんだ。ごめんな、忙しいのに。」
「んな事は気にせんでいい。当たり前だろ。どうだ、気分は。」
「いい感じ。普通。」
「うーん…。となると、4人分食ったのは、言わば、損失補填か?
龍、唐沢から聞いたんだが、布を手に取ったら、粉々になって、消えたって?」
「そうなんだ。」
「お前、その粉、吸い込んだんじゃねえか。」
「そうなのかな…。まあ、息は止めなかったけど。」
「どうも、この抜け殻が出るのは、呼吸器官から、龍の細胞が出る時に起こる様だし、その可能性が高い。その粉、あそこにまだ無いか?」
「もう無えだろう。その後、穴から出て、埋めちまったし、翔や一義には異変は無えし。
て事は、穴を埋める時点で既に無くなってた事にならねえか?あったら、飛び散って、一義や翔もこうなっちまう。」
「まあ、そうだな…。」
「ああ、でも、俺だけで済んで良かったよ。」
「龍、全くお前はどこまでも人の事ばっかし…。
じゃあ、仕方が無い。ちょっと陸自の研究所行って、特殊なレントゲンで、呼吸器の写真撮ろう。自由に使っていい許可は貰って来た。
あ、しずかちゃん、Xファイルみてえなもんだけど、グランパは?」
「龍がこんな事になんて聞いたら、心臓が止まっちゃいそうだから、言ってないの。龍彦さんにも未だ…。仕事放っぽり出して帰って来ちゃうと、また局長に負担が…。」
「そっか…。そらそうだな。じゃあ、運転、頼んでいいかな?」
「ええ。勿論。」
という訳で、早速寅彦と瑠璃と共に研究所へ行って、レントゲン写真を撮ったのだが…。
「なんだこれは…。」
龍介の肺には、びっしりと、細かい粉状の物が入り、丸で生きているかの様に、動いていた。
あまりの不気味さと、事の重大性に、瑠璃としずかは泣き出しそうな顔のまま絶句してしまっている。
「コレ…、取り去る方法って…。」
機械の操作を手伝ってくれていた寅次郎に聞くと、深刻な顔で言った。
「これは、肺の移植しかないだろうね…。こんな大量に、しかも動くなんて未知のもの、薬でも、手術でも取り去る事は出来ないな。」
亀一もデスクに両手をついて考え込んだまま押し黙ってしまい、重い空気が流れ始めると、龍介はカラッと笑って、瑠璃の頭を撫でながら言った。
「なんとかなるよ。俺はそう運の悪い方でもねえしさあ。
まあ、ここで死ぬとしたら、そういう運命だったんだろ。そう気に病まないで。
助かるならきっと、ええっ?って感じで、呆気なく助かるんだろうしさ。
そんな深刻にならなくて大丈夫。ね。」
当の本人の龍介が1番ショックを受けているだろうに、またも龍介に励まされてしまった。
しかし、龍介はそう言いながら、また咳をし、2つも例の抜け殻を排出してしまった。
肺に何かが入ってしまっているのだから、当然、身体の反応として、排出しようと、咳が出るのだろう。
亀一は、3回目の咳の時に龍介の口元にシャーレを当て、何かのサンプルを取ろうとしたのだが、サンプルが取れる前に、龍介の抜け殻になってしまい、取れなかった。
でも、龍介はまた顔色が悪くなり、立って居られなくなってきてしまっている。
「寅次郎さん、超~高濃度の栄養剤を点滴し続けといて貰えますか。寅、今度の咳の時、録画してくれ。」
「はいよ。」
一旦加納家に龍介を連れ帰ったが、咳の数はどんどん増えて行き、龍介は点滴をされたまま、眠り始めてしまった。
帰ると、蜜柑と苺が分析結果が出た事を告げた。
龍介の血液検査は全くの異常無し。
炎症反応も無い。
つまり肺の変な物は、炎症は起こしていないのだ。
その証拠に熱も出ない。
そして、龍介の抜け殻は、龍介そのものだった。
DNAも全く同じ。
ただ、内臓や血液などの中身が無いだけだった。
事態は深刻且つ謎過ぎるが、これで龍介が抜け殻を出す度に弱ってしまう理由は分かった。
寅彦が録画してくれた画像をスローで見てみると、龍介が咳をした時に出た飛沫が、空気に触れた瞬間に抜け殻に変化している事が分かった。
空気中のなんの物質に反応しているのかは、今の所分からないが、分かった所で、肺の中の異物の処理方法が分かるとは思えなかった。
粉々になった布の粉を吸い込んだ事で、それが肺に入って、なんらかの化学反応を起こし、抜け殻を出しているのだから、解決策としては、その物質の除去だが、それは不可能と来ている。
亀一は早くも壁にぶつかった。
しかも、いつもなんらかの打開策を力づくでこじ開けてくれる龍介は、弱り切って眠っている。
このまま抜け殻を出し続けてしまったら、点滴では追いつかず、死んでしまう可能性もある。
いや、可能性なんて甘い話ではないかもしれない。
なんとかしなければ…。
気持ちだけが焦った亀一は、一度帰って、頭を整理して来ると言って、加納家を出て、自宅に戻った。
頭をスッキリさせる為、風呂場に入り、シャワーを浴びた。
ーどうしたらいい…。物質の正体が分かれば、どうにかならねえか…。
思わず風呂場まで持って来てしまった、特殊なレントゲンの精密な写真を見る。
ーん…?なんだこれは…。
鏡についている、和臣の髭剃り用の拡大鏡で拡大して見た亀一は危うく悲鳴をあげそうになった。
なんと、その物質は、物凄く小さいが、龍介なのだ。
正確には、あの抜け殻状の龍介が、無数に動いているのである。
ーき…気持ち悪いいいいい~!!!
泣きたくなったが、泣いている場合では無い。
ーつ…、つまり、粉は龍の肺に入った途端、龍のDNAを吸い込んで、あの抜け殻状態になったって事かよ…。それが空気に触れると、龍の大きさそのまんまになるってえの!?
もう、何が何だか分かんねえぞおおお~!!!
しかし、訳が分からなくても、初恋の相手であるしずかの為にも、長い付き合いの仲間である瑠璃の為にも、そしてまた師匠となった龍太郎の為にも、亀一がなんとかしなければならない。
親になった今では、龍介を心配して、代わってやりたいと、死ぬ思いをしているしずか達の気持ちがよく分かる。
ザーザーとシャワーを滝の様に浴びながら、亀一は必死に考えた。
ーやっぱ肺の移植しか無えのか…?でも、マッチする肺探してる間に、あいつ死んじまうぞ…。どうしたらいい…。考えろ…。
しかし、亀一の頭脳を持ってしても、どうしたらいいかは、なかなか思い浮かばなかった。
ーああ、もう、龍の危機だぞ!なんとかしろ、俺!
は…。
龍の危機?
危機なのに、なんであいつは来ねえんだよ…。
そうだ!こんな訳分かんねえ話、あいつなら大得意なんじゃねえのか!?
すると、浴槽の方から、ザッパーンと懐かしい音が…。
「タンザワッシー!来てくれたのか!」
タンザワッシーは浴槽に顔だけ出していた。
タンザワッシーの大きさでは、浴槽だと、顔しか出せないのだろう。
「あお…!。」
ご機嫌よく返事をしかかったタンザワッシーだったが、
ーゴン!!!
物凄い勢いで、風呂場の天井に頭をぶつけて、涙目…。
「だっ、大丈夫か…。」
「あおん…。」
小さな手で、頭をさすろうとしているが、届かないので、亀一が撫でてやる。
「タンザワッシー、龍が大変なんだ。」
タンザワッシーは胸を張り、また、
ーゴン!!!
「あおん…。」
「何をしてんだ、お前は。学習しろよ。龍の事、治してもらえるか?」
「あお…!」
やっぱり胸を張ろうとして、
ーゴン!!!
「お前…。馬鹿なのか…。」
「あおん!あおん!」
なんだか怒っているらしいが、それどころでは無い。
「龍が治る葉っぱ持って来てくれたのか?」
「あおん!。あおんあおん。あおあおん。あおん。」
葉っぱをくわえて、一生懸命説明している様だが、亀一には全然分からない。
「んー、そんじゃ、加納家の風呂場でまた会おう!直ぐ来てくれ。俺も直ぐ向かう。いいな?」
「あおん!」
浴槽に消えるタンザワッシー。
加納家の方が風呂場は大きいし、龍介が寝ていても、しずかならタンザワッシーの言葉は分かりそうだ。
亀一は急いで風呂から出て、服を着ながら加納家に向かった。