頭を探して…
翌日、心配する龍彦を仕事に行かせ、龍介は、蜜柑と苺と一緒に落ち武者を連れて、鸞の家の近くの雑木林に行った。
瑠璃も心配だからと来てくれている。
「龍、大体この辺りだわ、池のあった所って。」
瑠璃が指し示したのは、鬱蒼と草が生えた、若干ジメッとした感じの土の部分だった。
「ここ?」
落武者に聞くと、やっぱり。
ーガシャ。
頷いてんのか分かんないは、もう言わないが、ここと言われたら、掘り返すしかない。
しずかに防虫スプレーを、病気になりそうな位掛けられてきた4人だが、それでもこのヤブ蚊や虫の多さは閉口する。
「んじゃ掘るぞー。」
「にいに、後1、2分でカズと翔が来るから。その前に、はい、みんなガスマスク。あ、落武者さんはいいね、頭無いから。」
ーガシャ!!!ガシャ!!!ガシャ!!!
もう定番ギャグになりつつあるが、言われた通りガスマスクを被ると、蜜柑は、凄まじい噴煙を巻き起こし、薬品を噴霧した。
飛んでいた虫から隠れていた虫まで全部ボトボトと落ちて、この雑木林内の全ての虫が死滅。
「みかーん!これ本当に使って大丈夫な薬品かあああ!」
「にいにらしくもない。チマチマ退治なんかやってられっかい。あ、来た来た。」
翔と、眼鏡を掛けた、超天然パーマのモサモサ頭の少年がやって来た。
「すみません。遅れて。」
二人で謝るが、まさか来てくれるとは思って居なかったので、龍介は嬉しそうに礼を言った。
「あ、上杉一義です。宜しくお願いしますって、蜜柑!またこういう過激な事してえ!もう、こんな事もあろうかと持って来て良かったぜ。」
一義は、挨拶の途中で薬品を出し、噴霧し始めた。
どうも、蜜柑の撒いた強力な殺虫剤の中和剤の様だ。
「へえへえ。すんませんね。まぁ、いいじゃん。カズがこうして常にフォローに回ってくれるんだから。」
「誰が好きでフォローに回ってるかあ!お前があまりに過激だからだろうがあ!」
「うるさいわねえ、さっさと掘る。」
「かああああ!」
文句を言いながら、龍介と3人で掘り始めた。
「ごめんな、いつもご迷惑を…。」
「い、いえ、いいんです。親の因果が子に報いです。」
「は…。」
「いや。うちの父、しょっちゅう大事な物壊しては、加納さんに直して頂いたり、父仕様に改造して頂いているようなので…。」
「そ、それは、そうだったとしても、お前さんには関係無えだろ?いいんだよ、そんなの気にしなくて。」
「いえ、世の中、そんなもんかと。」
一人っ子の割に、えらい苦労人の様である。
蜜柑がドリルを作ると言ったのだが、一気に掘って、落武者の頭蓋骨を砕いてしまったら、元も子もない。
手動で男3人で掘り進み、苺は、地中をセンサーで写しだし、モニタリングしている。
「にいに、頭蓋骨っぽいのが、約2メートルの深さの所にあるよ。」
「2メートルで確かか?」
「確かです。他にカルシウム的な物質の塊は無い。」
「蜜柑、無駄だと思うが、一応聞く。ドリルは一回転でどんくらい掘るんだ。」
「無駄ってなんじゃい。まぁ、ざっと3メートルですな。」
蜜柑の事だから、その3メートルも一気に、凄まじい破壊力とスピードで掘り進む物なのだろうから、掘ったら、頭蓋骨など粉々になる。
「やっぱ役に立たねえじゃねえかよ。じゃ、頑張ろう。」
「はい。」
蜜柑が作るものは、昔から威力が桁違いに凄すぎる。
そこは龍太郎の血を受け継いでいると思うし、大したものだとは思うが、一般レベルでの使用には向かない。
そこを全く考えないのが、蜜柑である。
蜜柑が大型扇風機をかけてくれ、多少は涼しいものの、今日は晴れて凄まじい蒸し暑さだ。
1メートルも掘り進むと、汗だくで、汗が目にまで入る。
「一回休憩しよう。」
龍介が言うと、瑠璃が早速、しずかが持たせてくれた魔法瓶から、冷たいお茶を注いで分配。
「悪いねえ、君たちにまで、付き合わせて。」
龍介が言うと、二人共首を横に振ったが、特に翔は凄まじい勢いで否定した。
「お兄さんには、是非俺の事を買って頂き!」
次のセリフは大体の想像がつく。
「蜜柑との結婚を後押しして頂かないとお!」
やっぱりと苦笑しながら、龍介は、雑木林に入って来る人影に目をやった。
女の子だ。
花柄のワンピースを着て、長い髪をツインテールにしてと、小学校時代の瑠璃のようである。
「陣中見舞に来ましたあ。どうですかあ?」
なかなか可愛い女の子だ。
「にいに、花梨。」
蜜柑に紹介され、龍介に、若干緊張した面持ちで挨拶する花梨。
「三条花梨です。宜しくお願いします。」
「蜜柑の兄です。いつも蜜柑がお世話になってます。」
「はい。ほんとに。」
龍介は驚きながらも、その素直な返事に笑った。
「ごめんな、ほんとに。」
「あ!いや、とんでもないです!お互い様な部分もあります!」
言えば言う程墓穴を掘っていく様だ。
どんどん慌てて、真っ赤になったり、真っ青になったり、忙しい。
いたたまれなくなったのか、瑠璃に挨拶すると、全員にアイスを配って、蜜柑の隣に座った。
「ああ、もおやだあ。凄いかっこいいんだもん。余計な事しか言えなかったよお。」
「だから言ったじゃん。うちのにいには世界一かっこいいって。」
「いや、妹の欲目かと思ってさあ。ああ、ビックリ。素敵過ぎ。あれじゃ、翔じゃ役不足だわ。」
「でしょお?」
けちょんけちょんの翔、涙ながらに呟く。
「いいんだ。いつか俺の良さが分かって貰える日が…。」
しかし、一義がとどめのような事を言う。
「来るかもしれんし、一生来ないという事も。」
「お前はどうしてそう、後ろ向き思考なの!」
「お前が前向き過ぎるんだろう。人生そんな甘くはないぞ。」
龍介は呆気に取られた顔で、一義を見てしまった。
ー一義、その若さで一体何があったんだ!?
「しかし、ごめんな、苺さん。俺たちがボコボコにしたせいで、余計酷くなったと…。」
一義が謝ると、花梨も謝った。
「本当、ごめんなさい。私、そういう奴許せなくて、かなりやっちゃったから、女にやられたって事で、火に油を注ぐ形になって、余計いけなかったのかも…。ごめんね…。」
苺は笑顔で、そんな事ないよ、有難うと言っているが、瑠璃と龍介には、色々な衝撃が走りっぱなしである。
先ず、一義。
人生を斜めに達観しているようなその口ぶり、一体、何があった。
そして、花梨。
そんな可愛い瑠璃の様な顔で、男2人を差し置いて、ボコボコにしたとは何事か。
「流石蜜柑ちゃんのお仲間ね…。ある意味、龍のお仲間より、特異かもね…。」
「そ、そうだな…。」
でも、3人共、落合の虐めが余計酷くなった事を気にして、今回の事も手伝ってくれている様だから、いい子達には変わりない。
「ところで、その落ち武者って、どこに居るんだ。」
一義が言うと、花梨も頷いた。
どうも、2人には見えないらしい。
「そこだよ。」
蜜柑が教えたが、首を捻っている。
「まあ、結構凄え見た目だから、見えねえ方がいいよ。」
龍介が言うと、素直にハイと返事をしたが、一生懸命、指差された場所を見ている。
アイスを食べて、作業再開。
「あ、あの…。お兄さんの彼女さんですか…?」
花梨がスススッと瑠璃に寄って来て、聞いた。
「う、うん…。一応…。お嫁さんにって言ってくれてる…。」
聞いた途端、身悶えする花梨。
「いいなあああ!!!どうしたら、あんな素敵な人に好きになってもらえるんですかあああ!?
ああ、でも、瑠璃さん、可愛くて、綺麗だもんね…。優しい感じだし…。」
「花梨ちゃんも可愛いから大丈夫よ。
それに、私、どうして龍が私の事好きになってくれたのか、よく分からないの。」
「そうなんですか。」
「うん。私は好きだったけど…。」
すると、聞いていないと思っていた龍介が、穴を掘る手を休めずに言った。
「性格的に、女の嫌な所が無く、落ち着いてて、でも、いい部分で女らしく、優しい上、姿形が好みだから。」
花梨は瑠璃の顔を見て、仰け反ってしまった。
ー凄いにやけ方だあ…。原型をとどめてないぞおお…。
しかし、龍介の次のセリフで、悲しげな表情に一変する。
「それと、そのデコッパチ。」
「龍…、デコッパチやめて…。」
「なんで?可愛いのに。」
花梨はまじまじと、瑠璃のおでこを見つめ、失礼な事に、指を差して笑い出した。
「うははは!本当だあ!お見事なデコッパチですね!」
「だろお?ここまで綺麗に出っ張ってんのは、そう無えだろ?」
「うん!確かに凄いいいライン!」
「分かってんなあ、花梨ちゃん。気に入ったぜ。」
「やったあ!お兄さんに気に入られたあ!」
「ううう…。なんなの、この人達…。」
蜜柑が慰めているつもりなのか、瑠璃に言った。
「おでこ出っ張ってるのが、可愛い、大好きっていうのは、遺伝だから、仕方ないのよ、瑠璃たん。おかたんのおでこも、可愛い可愛いって、お父さんはしょっ中、撫で撫でしてるよ。」
「い…遺伝…。」
「そう、遺伝。」
モニターに集中して、しっかり仕事をしていた苺が叫んだ。
「にいに!そろそろ出る!」
「了解。じゃあ、こっからは慎重にスコップ横にして、削り取って行く感じで。」
「はい。」
そっと土を削り取って行くと、白っぽい物が見え出した。
焦らず慎重に削って行くと、待ちに待った頭蓋骨が出た。
「落ち武者さん!これか!?」
ーガシャ!!!ガシャ!!!
なんとなく、喜んでいる風で、頭蓋骨を龍介から受け取る。
一義と花梨には、頭蓋骨が浮かんでいるようにしか見えない。
落ち武者は、頭蓋骨を幸せそうに抱え、それを身体の上に乗せると、骨に肉がつき、ちゃんとした人の姿の幽霊になった。
龍介達も、穴から出て、落ち武者を見守る。
ーかたじけない…。
そう言った様に聞こえた後、落ち武者は笑顔とキラキラとした光を残して消えた。
「ああ、良かった、良かった。じゃあ、土戻すか…。」
そう言いながら、龍介は穴を覗き、頭蓋骨の下にあった、布切れを発見した。
戦国時代の布だと思うと、矢も盾もたまらず、日本史好きとして、思わず穴に戻って、それを手にした。
日頃、慎重な龍介には珍しい事だ。
ところが、布は、龍介が手に取ると同時に、粉状になって消えてしまった。
龍介は残念そうに、消えてしまった布切れが乗っていた掌を見つめている。
「にいに、残念だったねえ…。」
しかし、苺が声を掛けると、仕方なさそうな感じで笑った。
「まあね…。じゃ、戻そうか。」
穴も元に戻すと、しずかから、みんなでおいでというLINEが来たので、全員で加納家に戻った。
龍介は昼飯よりシャワーが浴びたいと言い、1人風呂場へ行った。
そして、シャワーを浴びている最中、くしゃみをした。
龍介はアレルギーでは無いが、別に珍しい事では無い。
龍介は物凄いスピードで、なんでもがあーっと泡立てて洗うので、泡が鼻に入ったりすると、くしゃみが出る事もよくあるからだ。
なのに、どういう訳か、龍介は叫んだ。
「なんだこれはあああああ~!!!」
全裸が予想されるので、女性が駆けつけるのは憚られ、翔と一義が走ったが、着いた途端に同様の叫び声を上げている。
「うわあああ!!何コレええええ!!!」
これは翔だ。
「どうしちゃったんですか!これはああああ!」
これは一義。
一体、何が起きたのか、やきもきしたしずかも駆けつけ、脱衣所のドアに手を掛けて叫んだ。
「どうしたの!?入るわよ!?」
そこには、流石のしずかも目を点にする物が転がっていた…。