表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍介くんの日常 2  作者: 桐生 初
1/174

ミサイル事件の顛末

龍介が単眼鏡で見たのは、確かにミサイルだった。


龍介は瑠璃に深刻な顔で言った。


「今のはミサイルだ…。不発弾だったみてえだが…。」


「どっかの国が攻めて来たって事?」


「かもしれない。」


「調べてみるね。」


ところが、瑠璃が調べても、ニュースにも何もなっていなかった。


「警察にも何の通報も入っていないみたい…。衛星画像のハッキングは、タブレットだと出来ないけど、龍が見たんだから、裏の方では何か掴んでるはずなのにね…。」


「だろうな…。まあ、いたずらに訳分かんねえ内に発表しても、パニック引き起こすだけだろうから…。取り敢えず帰っとこう。」


「うん…。」




その頃龍太郎は、和臣が矢継ぎ早に言う状況を、見事にクリアして行っていた。


「1、4、5、19が魚雷管を開けた。2、3、7、8、6、12、20がミサイル発射。9、10、11、13、18、15、14、17、16、21、22、23、24もミサイル発射。1、4、5、19が魚雷発射。」


龍太郎は、人間業とは思えない様な早業で装置を操作し、次々にミサイルと魚雷を返して行った。


他の自衛官が告げる。


「unknown全て消失!ミサイル、魚雷、其々の軌道は、各国の首都でした!」


「各潜水艦、レーダーから敵機影無しとの報告です!」


龍太郎はやり遂げたという嬉しそうな顔は一つもせず、青ざめた深刻な顔で呟いた。


「ー頼む…。戦争にしないでくれ…。」


誰に頼んでいるのかは分からない。

でも、その気持ちは、和臣には痛い程分かった。


「ー加納、これを俺たちは、専守防衛の極みってつもりで作ったが、これを日本がやったとなると、色々と法的な問題がある。

隠すしかない。

隠すしかないって事は、戦争には出来ない。

そうだろう?」


龍太郎はそう言ってくれた和臣を見ると、暗い目のまま微かに笑って頷いた。




国籍不明機撃沈の知らせを受けた竜朗は、総理に報告した後、今回のターゲットなったイギリス、アメリカ、フランスの国防長官達と早速電話会談に入っていた。


「素晴らしい出来だな、クラリスシステムは。」


褒めるアメリカ国防長官、マッケンジーを遮り、竜朗は言った。


「褒められたくて作った訳じゃねえ。

戦争回避の為の装置だ。

そして、我が国にとって、クラリスシステムは法的にギリギリの手段だ。

専守防衛は撃たれねえ限りやり返せねえ。

しかし、今回のは微妙だ。

確かに、ミサイルと魚雷の軌道は各国の首都だった。

だが、急とはいえ、一切の予告無しに、しかも撃たれた被害が出る前だ。

かなり微妙なケースになる。」


「それは致し方ないだろう。突然撃って来たのは向こうだ。」


イギリスの国防長官が言うと、竜朗は頷きながら続けた。


「それも含め、今回の件は秘密裏に処理してもらいたい。」


すぐに反対したのは、竜朗の予想通り、アメリカとイギリスだった。

マッケンジー国防長官が優しく言う。


「加納さん、チャンスでもあるのではないかね。

クラリスシステムを大々的に公表すれば、それだけで抑止力になる。

違うかな?」


「ー確かに仰る通りの側面はある。

しかし、さっきも言った様に、この件は我が国ではかなりデリケートな問題なんだ。」


「集団的自衛権の行使に当たるのでは?」


「当たるが、ギリギリのラインだ。

それに、公表すれば、自衛隊も標的になっちまう。

今標的にされて、戦争になっちまったら、困るのはアメリカも同じだろう?

なんとかご理解頂きたい。」


「ー確かにね。我が国も自国で手一杯。

正直、日米安保は重荷だ。

安保改正と集団的自衛権の行使の範囲を広げる件、そちらでもそういう主張をしている人もいるらしいじゃないか。

そっちが上手く行ってからという事であれば、黙っていてもいいが?」


「ーそれは…。

戦争放棄の憲法をネジ曲げる事だ…。

あんたらに口出しされる言われは無えし、この件とは関係無え事だ。」


「加納さんは、この件に関しては懐疑的だったね。

確かに別問題だったかな。

どうですか、ウィンストン国防長官。」


マッケンジー国防長官がイギリスの国防長官に振った。


「ー今、どちらが戦争が起きづらいか考えていました。

今回の件の公表は抑止力になり得る反面、刺激にもなる。

ここは黙って無かった事にしてしまった方が、敵も次の手に困るかもしれない。

そちらの方が公算が高そうな気がするが。

グラン国防長官は如何か。」


今度はフランスの国防長官が答える。


「我が国とて戦争をしている場合ではありません。

正直、最近の中東情勢のテロの方が心配な位です。

ここは加納国防長官の仰る通り、秘密裏に処理した方が得策かと。」


アメリカ国防長官、マッケンジーが苦笑した。


「加納さん、あなたが総理になればいいものを。ではそういう事で。」


電話会談を終えると、竜朗は椅子にもたれて、大きなため息を吐いた。


「俺が総理やったら意味無えっつーの、この国は。」


オフィスの方で会談を聞いていた風間が苦笑しながらコーヒーを持って来て労った。


「そうですかあ?」


「そうだよ。」


「意外といい国になるかもしれませんよ?」


「んな事あ無えだろ。

ほら、仕事だ。

隠蔽工作にかかれ。

漁船だのなんだのに目撃者が出てるかもしれねえ。

急げ!」


「やってます。」


「う…。」


言葉に詰まる竜朗を笑いながら見た風間は、そこで漸く顧問室の片隅のソファーに座る人の気配に気付いた。

その方向を見ると、真行寺が所在無げにタバコを吹かして、ぼんやりと、見るからに退屈そうに座っていた。


「真行寺顧問!?。いらしてたんですか!?なんでまたそんな所で、退屈そうに気配消していらっしゃるので!?」


虚ろな目で答える真行寺。


「竜朗が不安だから居てくれっつーから…。でも気配アリアリじゃ、やりづれえかなと思い…。」


そして突然立ち上がったかと思うと、竜朗目掛けて怒り出した。


「全くもう!ちゃんと出来んじゃねえかよ!全くお前という男は、普段踏ん反り返って偉そうにしてるくせに、なんなんだっつーんだ!もう!帰るぞ!」


「え、いや、顧問、ちょっと待って…。」


慌てて立ち上がって追いすがろうとする竜朗を振り切るが如く、ズンズン扉に向かって、勢い良く歩いて行く真行寺。

すると、真行寺が扉の前に立った所で、勢い良くドアが開いた。

ゴン!というかなりの音を立てて、真行寺は(うずくま)り、ドアを開けた加来は、それには気付かず叫んだ。


「顧問!鎌倉の海岸に、龍介君が居た様です!瑠璃ちゃんが必死に衛星のアクセス試みてます!」


竜朗と風間は報告どころでは無い。

オロオロと、加来の足元を見ながら駆け寄って来ている。

加来はその時点になって漸く、足元におでこを抑えて、うずくまる真行寺を発見。


「し、真行寺顧問!?こ、これは失礼致しました!」


しかし、真行寺も、伊達に何年も、ここで顧問をやって、日本を守る為、世界と戦って来た訳では無い。

スクっと何事も無かったかのように立ち上がると言った。


「龍介は、それで下手に探って来る様な子ではない。そこまでガードが固く、何も発表されていないと知れば、自ずと察してくれるだろう。という訳で、その心配は無いだろうが、一応私は竜朗の代わりに加納家に行っている。」


竜朗が珍しくおずおずと言った。


「それ、お願いしようと思ってたんですよ…。」


「だったら早く言いなさい!」


「だって顧問急いで帰ろうとするから…。」


「顧問はお前だあ!」


今度こそと帰ろうとした真行寺だったが、今度は何故かその日に限って置いてあった、竜朗への誰かからの土産品の一升瓶の日本酒に蹴つまずいた。

流石にべっターンとは転ばなかったものの、よろけて、体勢を立て直そうとしたのが却って悪かったらしく、そのままバランスを崩して、ゴロゴロと凄まじい速さで転がりながら顧問室を出る羽目に…。


「顧問!?大丈夫ですかあああ!?」


真っ青になって叫ぶ竜朗を見もしないで、叫び返す真行寺。


「顧問はお前だあ!もう嫌だ!2度と来るか、こんなトコお!」


ツキに見放された真行寺、その日はこれだけでは済まなかった。


気分を変えて、龍介に服でも買って行ってやろうかと、銀座に出たはいいが、買い物を終えて帰って来ると、愛車カイエンが駐車場で当て逃げされ、ボコボコになっている。

しかも、フロントバンパーがガバッと外れてしまっており、到底乗って帰れない。

警察に連絡し、馴染みの修理工場に連絡して、取りに来て貰う頃には、日付が変わってしまっていた。

この時間から龍介の所に行く訳にも行かず、ホテルに泊まり、疲れからか、翌日の昼過ぎまで寝てしまい、漸く午後になってから龍介の所へ行けたのだが、真行寺のアンラッキーは残念ながらまだまだ終わらない。




龍介は、帰宅途中の街の様子も観察してみたが、いつもと変わった様子は少しも無かった。

警察官が増えているのは気になったが、街頭ニュースなどでも、何もやっていない。


瑠璃を送り届けた後、暫く瑠璃に調べて貰っていたが、瑠璃をもってしても、やはり何も出てこなかった。


「不自然だな…。衛星画像も?」


「うん。凄いロックよ。太刀打ちできないわ。見られる範囲の衛星には、何も映ってない事になってる。」


「ー規制かけたか…。じゃあ、逆に大丈夫なのかな…。」


「だと私も思う。隠せる範囲で済んだのかもね。きっとお父様がご活躍よ。」


「父さん?」


龍介は家でののほほんとした龍太郎を思い浮かべて、苦笑しながら聞いた。


「凄い方なのよ?本当は。うちのお父さんもしょっ中言ってるわ。天才っていうのは、ああいう人の事を言うんだって。」


「ああ…。なんとかと紙一重ってやつね。でも…。」


今度は照れたように笑った。


「父さんの事は誇りに思ってる。」


それを聞いて、瑠璃も幸せそうに笑った。




だから龍介は、しずかと龍太郎が離婚してから、加納家に居る時は、午前1時頃に帰宅する龍太郎の帰りを待って、必ずお帰りと言う様にしている。

龍太郎は、龍介の朝は早いので、心配そうにしつつも、嬉しそうなほっとした顔をして、少しだけ話して、龍介に寝る様に言う。

龍太郎にとって、龍介はしずか程では無いにしても、ちゃんと支えになっている。


それを分かっているからか、その日は夜の10時頃、龍太郎からメールがあった。


ー今日は帰れないから、早寝しなね。10~3


竜朗も帰れないとメールしてきたし、矢張り、何かは起きた様だが、結局世間は平和なまま、龍介も寅彦も何も分からないまま翌日になった。


日曜日だったので、亀一が来た。


「なんかあったんだろ?うちの親父が帰って来ねえのは珍しい。」


龍介は昨日見た事を話した後、龍彦から聞いた事を付け加えた。


「クラリスシステムかもしんない。

父さんが開発する事になった、敵国の戦闘機や戦艦、潜水艦からミサイルや魚雷が発射されたのを確認すると、全部の軌道を瞬時に計算して、その軌道を遡って、発射した所に戻すってシステムだ。」


「戦争未然に防いだって事か。流石龍太郎さんだな。」


「多分…。」


「じゃあ、ここまで秘密裏に処理してるってのは?

はっきり言ってその装置、向かう所敵無しじゃねえかよ。

公表しちまった方が、抑止力になるだろ?」


「きいっちゃん、核は抑止力になったか?」


亀一は龍介の質問の意図が分かった様子で唸った。


「ーなってねえな。

それどころかアメリカとロシアは冷戦に突入した。

そうか。

秘密裏に処理して、無かった事にしちまった方が、敵の混乱引き起こせるし、戦争までの時間稼ぎになると。」


「だろうなって、寅とも話してたんだ。

それに、仮に発射されたミサイルを撃った所に戻したのが父さんーつまり自衛隊だとすると、かなり微妙な話になって来るし、開戦の口実を与えちまうのかも。」


「ーそうだな。やられたら撃ち返していいってのが自衛隊だもんな。

やられてねえ、被害出てねえとなると、集団的自衛権も微妙になって来るのか…。」


「そう。そこが自虐的だとか言われるし、現場の隊員さん達は、日々おっかねえ思いしながらスクランブルで出撃してるんだろうけどさ…。

憲法9条があるからね。」


「龍、憲法改正派になっちまったのか?!」


例の拉致事件の時の洗脳かと、真っ青になる亀一を見て笑う龍介。


「んな訳ねえだろ?

あれは世界に誇れる憲法だろ?

そうでなくて。

専守防衛に徹して、自らの危険と対峙しながら、国守って、法律守ってっていうストイックな自衛隊が好きなんだよ。

父さんも和臣おじさんも、それを必死に守ってるし、爺ちゃんも踏ん張ってる。大変だろうなって話。」


「ああ、良かった…。でも、ほんとだな…。」


しみじみした後、亀一はやはり突然言った。


「龍介君、久々に探検に行かないかい?」


寅彦は吹き出し、龍介は予想通り、露骨に嫌な顔をした。


「きいっちゃん、あんた…。16にもなって探検て、一体全体、何を考えとるんだ…。」


この呆れ返った目は、16年間付き合って来て慣れている。

勿論めげずに満面の笑みで続ける。


「この間栞と丹沢湖出掛けたらさ、妙なもん見つけたんだ。

栞はタンザワッシーじゃねえかって、子供みてえにはしゃいじゃってさあ。」


報告なんだか、のろけなんだかよく分からない。


「タンザワッシーって、ネッシー的なもんて事?」


「そうそう。変な頭見えたんだよ。」


「ーXファイル系ね…。分かりました。グランパに報告入れといた方がいいだろう。その上で行こう。」


喜ぶ亀一に仏頂面の龍介。

その対比に笑う寅彦。

お決まりのいつものパターンは相変わらずだった。















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ