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7 二年の月日

 朝日に照らされて自身の色素の薄い髪が輝きを増す。

 欠伸を噛みころして、私よりも三回りほど大きいアンティーク調の姿鏡の前に立つ。


 鏡を見ると、腰近くまである白髪が目に飛び込んでくる。

 病弱で外に出られなかったからか、不気味なほどに青白い肌。ちゃんと食べているか心配になるほど細い身体。

 今にも消えてしまいそうな儚げな少女がこちらをじっと見ている。


 私が黒い魔導書に入ってから二年の歳月が過ぎた。

 今は、もうすぐ四歳となる少女だ。

 あの世界に入ってから大きく変わったのが、私の病状ではなく、私の外見であった。


 外見のせいで今、美少女と断定できない。

 それは、長い前髪が顔の上半分を完全に隠しているからだ。

 なぜ、前髪で顔を隠す必要があるのかというと、闇魔法を与えられてからというもの、私の真っ白だった瞳が暗黒に染まっていたのだ。

 これが私の体に起きた一番の異変。


 この世界では、作者の祖国よりも二次元じみたものにしたかった願望があったらしい。

 私達日本人の象徴である“黒”という色は悪魔の象徴として忌み嫌われている。


 実際、黒色の髪や瞳をしたキャラをゲーム上では一人しか見たことがない。

 モブたちでさえ、黒や茶色ではなく目に悪そうな淡い色だ。


  この瞳のせいで私が嫌われるだけならそれでいい。

 でも、御年三歳となる攻略対象であった私の最愛の弟、白崎佳哉も悪魔の子として嫌悪されるのだと思うと胸が痛む。

 だから私はこの日本を思い出す懐かしい色の瞳を隠すことにしたのだ。


「でもねー……こんなに前髪が長いと気味の悪さが倍増してると思うんだ。この白さに相まって前髪で顔がよく見えないんだよ。恐ろしいよね」


 私が肩を落として呟くと火と水が近寄って来る。

 この二匹も私の魔力を吸い続けているので手のひらサイズから小動物サイズくらいまで成長した。

 そして二匹とも竜の形をした精霊となったのである。精霊は魔力を食べた量だけ成長する。魔力を取り戻した精霊は何らかの動物の姿となり、最終的には人間の姿にもなれる。

 しかし、主人が死ぬと精霊も死ぬそんな呪縛を抱えているのが彼ら、精霊だ。


 竜となってから少し顔立ちに違いが見えてきた。

 凛々しい顔立ちのくせに言う事はまだまだ幼い火。逆に甘ったるい顔立ちのくせに聡い水。相変わらず正反対の二匹である。


(そうよねぇ……その瞳の色じゃ誰からも拒絶されてしまうものね。前の病弱よりはましだとは思うけどねぇ。まさか瞳の色が変わる特典までつけてくれた著作者は相当意地が悪かったんだと思うわ。きっと誰にも魔法について他言されないようにこんな罠をしかけてたんでしょう)

(俺、姫の目の色好きなんだけどな! 黒って格好いいじゃん! 姫様は弱そうだけど目力なら勝てるぞ)


 水はため息交じりに火の頭を小突いて冷たい視線を送った。


(馬鹿ねぇ。あんたが好きであってもしょうがないじゃない。私も好きなんですけどね)

(だろだろ!)


 拗ねたように言う青い竜は普段と違って可愛らしい。私は誰にどう思われようが関係ない。

 この子達だけいてくれれば十分だ。そんな気持ちを込めて頭を撫でてやると二匹はくすぐったそうに目を細めた。

 ふと、おき時計を見た水は目を大きく開いた。


(姫様、時間が迫っていますわ!)

(そうだったね! ありがとう水。すっかり忘れてたよ。私、これを継続的にしないと生きられないもんね)


 私は、闇魔法を授かってから私膨大な知識を取り入れたからか、生涯稀にみる高熱を出して本当に死んだと思った。

 水や火が私からもらった微量の魔力で治癒魔法を使ってくれなかったら間違いなく私は死んでいただろう。


 そんな三日三晩苦しんだ末、頭に埋め込まれた知識の引き出しの中から見つけたのは闇魔法“魔力吸収(マジックドレイン)”だ。この魔法は対象の魔力を吸い取り、自身の魔力にするというものだ。


 あれ? それじゃ結局魔力量変わらないんじゃね? とか火に言われた日もありました。

 しかし、この魔法は余った魔力を入れるため一杯になった器を少し広げることができ、そこに吸収される。

 つまり、これは自分の魔力の器を広げることが可能になる一番地道で楽な手段なのだ!


 この魔法を二年近く続けたおかげで私も200mくらいなら走れるようになりました。大きな進歩です。

 でもこの魔法には大きな欠点がある。


(毎日続けるの面倒くさーい)

(姫様、またサボられましたら三日後高熱を出しますわよ。私だってもうあんな看病するのはたくさんなのですから頑張って下さいまし)


 そうなのだ。一日でもサボったもんなら器が急激に縮まり、溢れた魔力にあたって高熱を出す。

 だからこの時間が毎日の日課である。


「分かったよ、仕方ないから諦める。“魔力吸収(マジックドレイン)”!」


 大きく息を吸い込んで叫んだ瞬間、私の影から蛇のような影が出てきて、その黒い影が私を包み込むように舞う。

 複雑な魔法陣が床に構築されて一気に魔力が吸い取られて、戻される。

 単純に見えるこの作業は肉体に大きな負荷がかかって正直、辛い。私は苦虫を噛み潰したような顔で耐える。


 暫くすると黒い影が床に浸かり、私の影へと戻っていく。


(いやー、いつも通り凄いよな! こう、デーンってなって、ドワーッときて、プシューってなるもんな!)

(ごめん火。何を言ってるか全く理解できない)

(ひどっ!?)


 火はあからさまに落ち込んで地面を弄りだした。

 そんな様子を見ても私は焦らない。火のための最善の励まし方をはじき出す。


(ごめんね、火。今度最強伝説の本を買ってあげるから)

(本当か! 約束だぞ! 精霊に誓って)

(はいはい)


 買収である。火は単純だから機嫌を直すのは簡単だ。私に似たのか二匹はすっかり本バカになってしまい、本をやると驚くほど喜ぶ。

 私は火が買収されて喜んでいるのを見て、水とともに呆れ交じりに微笑んだ。


「遥お嬢様。朝食の時間です」


 コンコンとノック音からも気品が溢れ出ている。誰かは分かっていたが、扉を開けて顔を見ると、私は顔を綻ばせた。


「アリサ、フウガ!」


 彼らは私のときにもお世話になった使用人だ。金髪の美女はアリサ、美丈夫はフウガという名前です。

 アリサはまだ三十代とは思えぬ美貌でメイド長をしているらしい。

 アリサは初めてできた私専属のメイドでいつも迷惑をかけているのに優しい。実はアリサをお母さんと思っています。


 アリサとフウガは恋人らしい。アリサはいつも凛としているのにフウガの前だけ顔が緩んでとても可愛らしい。そんなに仲が良いのに尾行しても恋人らしいことをしないのだ。どうしていちゃいちゃしないか聞いたら怒られた。


「遥お嬢様。どうせまたろくでもないことを考えていられるんですね」

「い、いやー。そんなことないよ? あはは」


(考えてるじゃん)

(うるさい、火。それ以上言うんじゃない)


 火につづいてアリサもこちらをじとっと睨んでくる。それを見て笑うフウガ。お嬢様に睨むなんて非常識かもしれませんが、これでも私妥協しました。

 私は日本に住んでいたからか主従関係が気に食わなかった。

 だから、基本ため口をお願いしたのに頑なに拒否した二人。やっと友人程度に話せるようになった。



「遥ちゃん、幼稚園に行きなさい」

「は?」

(え)

(姫には無理だろ)


 夕食の席で、お母様からそう言われた。

 私はこの母親が私の未来を考えていることに驚いて、言葉も出なかった。言葉は当たり前のこと、思わずスープを飲もうとして手にしていたスプーンを落としかけた。

 にしても、どういうことなのだろう。今まで私に関して興味を持ったことすらなかったのに。


(姫様とりあえず理由だけ聞いてみたら?)

(そうだね)


 火と水の考えを聞いて、私は本心を探ることにした。スプーンはテーブルに置き、食事をいったん中断して話し始める。


「どうしてそのようなことをお考えになられたのですか?」

「あのね、遥ちゃん。マナーを身に着けるためには幼稚園に通う、おれはとても大切なことよ。貴方は由緒正しいこの白崎家の長女なのですから、ちゃんとしていただかないといけませんわ。ねぇ、あなた?」

「そうだ。アリサ達からお前がだんだん健康になってきたと聞いた。今入るのでは遅れをとらない。そして、ぜひ将来有望な婿を捕まえなさい。そうだな……赤薔薇家のご長男も同じ年だ。彼はお前と違って美貌も魔法の才もある。嫁ぐには問題ないんじゃないか」


 大きな声で笑うお父様。お母様も楽しそうに笑う。きっと未来の自分達の未来におもいを馳せている最中だろう。

 いや、お父様。絶対後者が目的ですよね。娘を売ろうとしてますよね。いつも以上にお顔がえらいことになってますよ。

 でも、幼稚園に行くのは賛成だ。ゲーム時代の私は部屋からほとんど出たことがなかったらしい。シナリオを書き換えるには好都合で、いいとこの魔法学校を卒業すると将来も安定する。一石二鳥だ。


「行きたいです! 私は社会のことを全く知りません。少しでもこの社会を学びたいです!」


 そう決めた私は思ってもいないことをつらつらと並べて、口実にする。

 私の大根演技にお母様とお父様は目を潤ませている。正直チョロい。こんな手に引っかかるなんて、将来は詐欺被害者まっしぐらかもしれません。


(わー健気ー)

(ないですわねー)

(棒読みはまだしも、水! ひどくね!?)


 健気ではないと言われて落ち込む私。少しだけだが健気だと自負していた自分が恥ずかしい。


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