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6 本当の意味

 火はどんどんと廊下を蝕んでいき、煙が天井を這う。

 その煙を吸わずに行くため、身を屈めながらハンカチをポケットから取り出し口元にあて、自身のパーカーのフードを深く被った。

 幼い命を救うため奥へ奥へと走る。


「っ熱……」


 熱く燃え上がる金の砂が私の頬を掠めた。時は一刻の勝負だ、そんなことは気にしていられない。

 多分炎の発生からもうすぐ十分が経過するのではないか。天井に火は燃え移り限界が近いことを知らされる。

消防はまだ着いていない。廊下の角を曲がり、泣き声のする方へと呼びかけた。



「おーい、坊や! 今、助けに行くからなー!」

「うわああああん」



 少年は弱ってきているのであろう、泣き声がだんだんと小さくなっている。

 泣き声の聞こえる部屋の扉の鍵は開いていたが、赤い火花を放つ壁が扉を開けた衝撃で崩れ落ちる。

 少年は目前にいるのに足止めされて動けない。


……まずい。このままじゃ……



 落ち着くためにも素早く深呼吸をした。

 慌てないことが災害に見舞われた時の一番の対処方だ。

 私は一旦思考をリセットして、初めから考え直す。すると、自分の勘違いしていた大きな欠陥に気づいたんです。


「いや……何とかなる!」



 私は崩れ去って灰となった壁を飛び越して、少年の前まで飛躍する。少年が見た彼のその姿はまるで大空を舞う渡り鳥のようであった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「落ち着いて下さい! 慌てず避難して下さい!」


「あんた、さっき出て行かなかったかい?」



 避難誘導していた時、おばさんにそう言われた。気にも留めていなかったが、私は一度もアパートから出て行っていない。よく考えるとおかしいと思った。

 そして、何よりおかしいのは目覚めた場所が前世の自分の部屋であったことだ。壁のシミは私が二次元のイラストを描いていた時に絵具をぶちまけてしまったもの。

 見覚えがあったのはそのためだ。



 私の部屋はもう存在していないはずなのに何故、彼が私の部屋にいたか。更に彼はアパートから出て行った。

 この答えは彼という入れ物が二人いるということだ。それは私は仮の彼ではなく、彼は彼がいることを意味している。

 つまり、私は彼に似せて作られた幻想の体。

 その証拠にこの体は驚くほどに軽い。玄関から部屋まで飛躍できるほどの軽さのからっぽの体だ。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「坊や、もう大丈夫だよ」

「お姉ちゃん、ありがとう」


 私が微笑みかけると安心したように笑って少年は倒れ込んだ。

 この体は幻想の体、今優先するべきは少年の幼い命だ。

 自分の倍ほどの体重のある少年を抱えて、私は玄関へと駆けだそうとした。


 しかし、炎はもう玄関を蝕んでいた。

 炎はそのまま急かすかのようにごうごうと私達の方へと迫って来る。もうアパートから出る以前にこの部屋から出ることすらも困難だ。





「っ! どうしたものか……!」



 考える暇すらも与えてはくれない炎。一面が火の海になりつつある。もう、この方法しかない。

 私は少年を抱えたままベランダに出た。横のベランダを見ると火柱が窓から空へと繋がっている。横は駄目……となると、私は下を見下ろす。幸いにも人は遠くにいる。


「ここは三階……いけるはず!」



 少年を抱えた手が震えて少年を落としそうになる。でも、今の自分なら地面へ着いた時の圧は少しで済むはずだ。火はもう背中まできている。

 行くしかない。




 私はベランダの手すりに足をかけて、空へと翼を広げた。






 ぱちぱちぱち、と拍手の音が木霊する。


(お疲れ様ー! 自分の体が幻想だと理解した推理力は良かったよ。惜しかったねー、もう少し紐といていたら君のあの肉体は僕達と同じ思念体であの世界も幻想だって分かったかもしれないのにね。あと、ついでに言うとあの助けてもらった少年、僕だよ)

(そうなんだ)

 

 さっき抱えていた少年と同じ笑みをしながら楽しそうに笑うこの本の思念体。私は安心感からか、それとも緊迫感から急に気の抜けた彼の解答からかほっとして座り込んでしまった。



 彼は機嫌が良さそうで私が座り込んだのを見て今までとは違う柔らかい笑みをうかべた。

 終わったんだ。これで……火と水のもとへ帰れる。



(今までの挑戦者とは違って君は頭が働くみたいだね。僕を皆置いて逃げたり、二人とも助からなかったりだったよ。君は、自分の本質に気づいた、そして最良ではないけど何らかの手段をとろうとした。僕からの試練は「焦りと恐怖からの脱却」だよ。君はボーダーラインだけど僕に免じて合格にするよ)

(本当に!? やった!)


 私は座りながらに叫んだ。

 嬉しい、この世界に来て初めて自分一人の力で事を成し遂げたのだ。成功は自信へと繋がる。今なら何でもできる気がするほどの力が湧いてくる。

 少年はほんと、と言ってからまた嬉しそうに笑った。





(おめでとう、そしてありがとう。僕は元精霊だったんだ)

(え、見えない)

(それ、皆によく言われてたよ。でも、この本の著作者とやらに無理矢理閉じ込められちゃってさー……この魔法の継承者ができれば僕達は解放されるんだ。簡単な仕組みだよね。では、改めて、君に闇魔法を付与します!! ……これでやっと皆のところに逝ける)


 最後の呟きは悲痛に満ちていて、どれだけ苦しかったのかがよく分かる。

 一人ぼっちでこの空間に残されて、久しぶりの訪問者も精神が破壊されて帰っていく。この子ずっとそんな光景を見てきたんだ。



 彼は偉そうなんかじゃない。久しい訪問者に戸惑って、仲間を思い出してあんな態度になっただけだ。お礼も言える優しい子なんだ。

 たかが知識の伝承だけに何故この子達が封じ込められないといけないのが私には

理解できなかった。



(お姉ちゃん、それはね、僕達精霊が宿ることでより精密で強力に知識の伝承が出来るからだよ。悲しいけど、仕方のないことなんだ)



 彼は悲しそうに瞳に影をおとして、口を紡いだ。きっと他の仲間も生贄にされたんだ。

 私はぎゅっと彼の空いた両手を握りしめて強い意志を少年に向ける。


(大丈夫。私がちゃんと君のような子達を解き放つから)

(本当? 約束だよ!)


 少年は白い歯を見せてニッと笑った。小指を差し出すと少年も小指を絡めた。


(指切りげーんまん 嘘ついたら 針千本のーます! 指切った)


 精霊の誓いは長く、尊いもの。針千本どころでは済まないかもしれない。でも私に迷いはない。偽善者でもいい。

 人間にしか幸せを与えないで精霊を物として扱う社会。少しずつでいいから変えるんだ。


(だけど、もう少しだけ…お姉ちゃんと話したかったなぁ)


 少年は生意気な態度を直して私に深々と頭を下げた。彼は私にそれだけ言うと涙を流して、足の先から光の粒子ではなく、黒い蝶として消えていく。



 …ー儚く淡く精霊の一生はこうして終わるのだ

「お姉ちゃん、ありがとう」はミスではありません

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