2 生と死の狭間
6月11、21日 文字数増やすべく編集
『あんたは死んだ』
低音の声が一面に木霊する。
きらきらと光り輝く白髪のお爺ちゃんにそう告げられた。
周りには吸い込まれそうなほどの闇が渦巻いている。きっとお爺ちゃんは暗闇に希望をもたらす一番星。
そんな中でとりあえず、今の私がわかること、それは死後の世界が真っ暗なことだった――――。
はい。突然ですが、どうやら私は死んだみたいです。
ついさっきまで机仕事からお茶汲みまでたくさんの仕事していた平凡なOLでした。
高校の同窓会に行けば皆既婚者であり、その時に初めて気付いたことがある。それは、私が行き遅れていること。
生まれて二十九年間彼氏なし、告白すらもされたことがない。恋の色なんて見たことがない。ぎりぎり二十代で婚期を逃しそうになっていて親には心配される始末。
妹も結婚していて、実家に帰ることが何よりも酷であった。帰ればやれお見合いだのやれ親睦会だのありがた迷惑を押し付けられるのだから。
彼氏というより、嫁は二次元にいたんですよ。なんて流石に言えなかった。両親の呆れた目が安易に想像できるから。
家の電気がぽつぽつと消えていく時間。
私は、仕事を終えて今日の疲れを癒すためにいち早く乙女ゲーム【幸学園~君と切ない運命~】という全クリ、スチルもコンプしたゲームの監修ボイスを聴こうと思っていた。
元々、このゲームには並々ならない愛着があった。私が乙女ゲーム道に初めて踏み入れたゲーム。私の原点である。
このゲームは、私だけでなく、某アニメストアでも関連グッズが即完売するほどの有名かつ人気のあるゲームでもあったのだ。
そんなこのゲームが大好きなオタクと共に血と汗と涙の末……いや、そこまで大層なものではないか。
しかし、必死に朝から並んで手に入れた監修ボイス。聴けぬまま死ぬとは死んでも死にきれない。
ほくほくと朝から勝ち取った監修ボイスの詰まった段ボール箱を開けて家を出た。パッケージをまじまじと見てから雨音の聞こえる外へとくりだした。足取りは軽く、自然とスキップになる。
その日は雨が降っていて見通しがとても悪かったんです。労働基準なんか関係なしなブラック企業のOLだった私はいち早く癒されるためにヒールではなく走りやすいパンプスの靴で仕事に行き、帰りは猛ダッシュで帰ってきた。
傘は逆の方を向いて全く役目を果たしていなかったがこれは、仕方のないことだ。学習した。
電車とバスを乗り継いで見慣れた景色が見えてきた。
やっと他の家よりもえらくボロいアパートの我が家が見えてほっと足を止めた途端、私の体は宙に浮いた。
つまりは、トラックに轢かれたのだ。あんなに近くまで帰ってきていたのに家の前の十字路で私は死んだのだ。
※
「本当に災難だったよ」
私は溜め息をついて、目を伏せて言った。
「トラックなんだから即死だったかな。幸いすぐに逝けたから痛みは覚えてないけど」
『それには同意する。本当に人の体とは脆いものだね。あんなに簡単に飛ぶとは思わなかったよ』
頭を掻きながら残念がる私の呟きにうんうん、と頷く目の前のイケメンなお爺ちゃん。
お爺ちゃんと意気投合していたがよくよく考えるとそんな場合ではないということを思い出した。
私は死んだ、ならここは何処、疑問が浮かんだ。
それに、私の体は透けているし、幽霊ですか。半透明なのは成仏してないからってことですか。どんだけ心残りだったんだ乙女ゲーム。
自分に呆れて苦笑することしかできない。
その真相を明らかにしようと私はそれと、と続けた。
「ここって何処ですか? 天国、にしてはお花畑もないし暗いからよく分からないのですが」
『あ、言うの忘れてたな。此処は簡単に言うと生と死の狭間だ。私が間違えて殺してしまった者の行く末だよ。あんたを間違えて殺しちゃった、ごめんなさい』
おい、お爺ちゃん! 軽すぎないか! 今の遅刻しちゃったみたいなノリだったよね。
私の会社にもそういうのいたよ! 社員同士の報告書のせいで万年平社員として過ごすことになったけどね。
お爺ちゃんはペロリと舌を出す。私は彼を叩こうとして思いとどまった。故意犯である。人の命をなんだと思ってるんですか。
このお爺ちゃんは。何故間違えたのだろうか、いや分かった気がする。
『あー、ごめんごめん。凄く反省してます。何故間違えたか、の前に自己紹介しなければならないか。初めまして、私はオルジィという名の神話にはいないはずの神だ』
「え、何で私の考えたこと分かったの?」
『神だからだ』
その瞬間、暗闇に照らされた神の神々しさに私は目を細める。まるで、真夏の夜の蛍のような輝きを彼は天に舞い上がらせている。
このオルジィさんは凄いと思う。キラキラのエフェクトもさることながら、神だからでなんでも片付けてしまうところが。
でも、私は彼が神だということを驚くほど受け入れている。これも神の力か。
視線をあげると褒めたからかドヤ顔を披露しているオルジィさんがいた。もっと褒められることを期待しているのであろう…無視だ、無視。
私はオルジィさんからふいっと顔を逸らして自己紹介をすることにした。
「えーっと、初めまして。オルジィさん、私は…え…あれ?」
そこまで言うと口ごもった。頭を試しに叩いてみるが変化はない。
もやがかかった記憶がどうしても思い出せない。こう思い出せそうなのに思い出せない感じだ。
一番分かりやすい例とすれば、名前が思い出せないのだ。慣れ親しんだ日本での名前。
自分の忘れたかった自分の顔や、美味しかった料理、今までの生活などのどうでもいいことは覚えているのになぜか名前だけが出てこない。
もどかしい気持ちが心に募った。そんな私を覗き見て、オルジィさんは深く溜め息をついた。
『……ま、覚えていなくて当たり前か。こんだけ前世の記憶が残っているだけで奇跡だからな。今までの奴なんて性別くらいしか覚えてなかったよ』
くくっと懐かしそうに喉をならして笑うオルジィさん。不覚にも目を細めたお爺ちゃんにときめいてしまった私。
いつもの倍キラキラエフェクトが発動したのが悪いんです。景色も闇から雪のような白さになった。
それは置いておいて。ちょっと待って下さい。貴方は前にも同じようなことをしたのですか。
『うん千年と生きてるから、よくあることだ』
「よくあっては困ります。それでいいのですか……神様として」
『だから、あんたら人間を望む世界に精神を送り届けてやってんのに。文句言うなよ』
背景がすこし赤みがかった黒になった。暗い赤黒だ。
すると、彼はふてくされて口を尖らした。対して私は反射的にオルジィに勢いよくタックルした。
透けていても感触はあったので満足だ。オルジィは私が当たったお腹の部分を痛そうに擦っている。
「オルジィさん! それは本当なのですか! 何処でも、ゲームでも?」
『あぁ。どうした、急に元気になって。あんたの望む人にはなれなくても性別といつの時代かは設定できるぞ』
「流石神様です! イケメンです! 信仰したいです!」
『ま、まぁ。私だから当然だな』
彼が嬉しがると少し背景が灰色がかった黒になる。もの静かなこの空間はやはり神でも寂しいのだろうか。
きっと、そうであろう。オルジィさんが嬉しいと明るくなり、悲しいと暗くなる背景が非日常で面白い。
さて、彼が嬉しがっていたことはよそに転生ですよ! 転生! 実際に二次元にいけるとは。いざその場に直面すると、どのゲームにしようか悩みに悩んだ。夢にまでみた転生が自分の体で体験できるのだ。勿論乙女ゲーム一択だが。
ヒロインなら最高なのは当たり前のこと。でも、純真無垢なヒロインちゃんは私には向いていないかな。
少し罪悪感とあざとさが残ってしまうかもしれない。どうせなら観察をしたい。そう簡単にヒロインになれるわけがないんですけどね。
悪役かませキャラでも心を入れ替えて己の美貌を使えばいい。モブならヒロイン達の恋愛風景を観察すればいい。親なら我が子を素晴らしく育てればいい。
どの立ち回りでも二次元にいけるのなら本望だ。平面最高、二次元万歳!
その時はっと今さっきまで聴きたかった声を現実で聴けばいいのではないか、という考えに辿り着いた。私はオルジィさんに一歩近づくと彼も身構えた。用心深い神様だ。
そして一つ息を吐くと、私の顔に向日葵が咲いた。
「オルジィさん……行きたい場所決まりました!」
ちりんちりん—……鈴の音が美しく鳴り響いた。