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12 闇の精霊王

(水、火。ここまででいいよ)


 火と水がついてきていることに気づいた私は、そっと手をかざし、二匹を抑えた。

 火は私の手にぶつかる。水はそんな火を見ながら、少し笑って返事をした。


(わかりましたわ)


「篠崎さん」


 私は応接間に連れていかれ、ソファに座らされた。ソファはふかふかだ。

 先生は対面のソファに座り、頬杖をついた。私はそんな一つ一つの挙動に身構える。


「そんなに緊張しないで。肩の力を抜いていいわよ」

「ありがとうございます」


 それでもまだ身構える私の姿勢に先生は軽く苦笑した。そして、初めに本題を持ちかけることにした。談笑などしていると怪しまれる一方であろうと考えたのだ。


「違うの。私が聞きたいのは本のことよ」

「本?」


 思ってもみなかった先生の言葉に間抜けな声が出てしまった。先生は私の発言に対して一つ頷く。

 そして、先生は席を立ち、本棚に向かった。本棚から一冊の赤い本を取り出す。その本はえらく古びていて、まるで魔導書(グリモア)のようだった。

 先生はそれを近くに持ってきて、私に見せる。

 近くで見て確信した。古びた表紙にタイトルのない本、これは魔導書だ。私の目線は本に集中する。先生は問うことにした。


「この本に見覚えはない?」

 

 先生はわかっているのだろう。この本が魔導書であり、私が一冊の魔導書の所持者だと。

 私は、静かに頷いた。


「やっぱりね」と先生は自分の眼鏡を持ち上げた。

「どうしてそうだと思ったのですか?」


 先生は魔導書を机に置き、対面に座ると私を真剣な眼差しで見つめた。瞳には強い意志が宿っている。

 少し居心地が悪い。髪ごしといえど、正面から見つめられるのは良い気分ではないからだ。


「この魔導書の中に精霊が縛られていることは知っているわね」

「はい」


 まさかと思った。だがその嫌な予感は的中した。


「あの中に封じられているのは私にとって大切な精霊。あの精霊はある術者に封じこめられてしまったの。この本について知っていることがあるなら話してほしい」


 先生は悔やむような顔になり、声色も暗い。そして愛おしそうに魔導書の表紙を撫でる。

 私は病んでしまった先生を見ていられなかった。ソファから立ち上がり、先生の持っている本を奪った。先生は必死に取り返そうとする。


「何するの!」

「先生、ごめんなさい」


 私はそう言うと、魔導書を開いた。最後に先生の驚いた顔を見たのを覚えている。


 暗闇が目の前に広がる。懐かしい闇に心躍らせるが、少し違う点があった。前に来たときよりも空気が冷たい。

 何故だろう、私は首を傾げると目を自分の胸元に向けた。そこでは光の粒子が私の周りを旋回していた。まるで虫だ。正直、鬱陶しい。

 これが先生の言っていた精霊なのだろうか、私は静かに光に触れた。


(じゃ、じゃーん! お姉さん久しぶり)


 その光から現れたのは、敬礼をする闇の魔導書の精霊。長いから(やみ)とでも呼ぼうか。

 少年もとい闇は近づいてきて楽しげに私の瞳を覗き込む。低身長を生かした上目づかいがこれまた可愛い。和んでいる場合ではない。


(可愛いけど、前にあんたとは感動的な別れ方しなかったっけー?)

(あ、言ってなかったね。僕達、精霊は魔導書から解放されると僕達を解放した知識の保持者が主人となる。一旦、蝶となって消滅したのは精霊の住処に戻っていただけ)


 にんまりと笑う闇は伝え忘れたことに悪気はないようだ。私の驚いた顔を見て大笑いしていたのには少しイラッとしたのだが。

 闇の笑いも一段落すると、それとと続けた。


(僕が今君に触れられたことで魔力の補給ができたから、お姉さんがいる世界に定住できるようになったよ)


 闇は私の近くにいたいという意思表示。駄目かと駄々をこねるあたりがまだ子供らしい。

 私はこの魔導書の精霊の居場所を案内してくれるならという条件を出すと、闇はすぐに頷く。そして私の手を取って暗闇の中を歩いていく。


(あ、そうそう。僕の名前はフォンセだから。フォンとでも呼んでね)


 あえて聞こえないフリをした。

 しばらくすると、一人の少女が蹲っているのが見えた。あれがこの魔導書の思念体なのだろうか。


(あの子がこの魔導書の思念体。水の妖精だね)


 フォンは少女を指さして言った。

 妖精は私達の声に気づき、こちらを振り返る。美しい露草色の瞳からは輝く一筋の線が頬を伝っている。少女は口をパクパクさせている。無理もない。急に訪問者が来たのだから、一人でうんうんと頷く私。


(驚いた。エミューじゃないか)

(や、闇の精霊王様!? こんなところで何をしておられるのですか!)


 エミューと呼ばれた少女は口をあんぐり開けて、フォンを闇の精霊王と呼ぶ。エミューの美しい顔が台無しである。だが、私も驚きを隠せない。どういうことと目線で伝える私などよそに、フォンは勝手に話を進めていく。さっき聞こえないフリをした仕返しであろう。


(いや、封じられちゃって。今はこの人が主人(マスター))


 フォンは私の手をとり口づけした。エミューはあらまぁと赤面しながらこちらを見つめる。

 私は、赤面などしない。手の甲から魔力が一気に吸い取られていくのがわかるからだ。ただの魔力供給に恥ずかしいも恥ずかしくないもない。

 そんな私の様子にフォンは頬を膨らませた。そして、未だに赤面しているエミューの方を向く。


(エミューも封じられたんでしょ?)

(はい。お恥ずかしながら)

(仕方ない、解いてあげる)


 フォンは私の手を握り、エミューの涙に触れた。私は困惑しかしていないのだが、触れるとそれは眩い光を放つ。

 光からの知識量は膨大で、次から次へと新たな水魔法が私に上書きされていく。魔力もフォンを通じて光に吸い込まれていく。

 前のフォンのときよりはましだが、そのまま疲労で眠ってしまった。


(眠っちゃたかー。人間には少し多すぎる知識だったかもね)


 フォンは眠ってしまった自分の主人の髪を愛おしそうに撫でる。

 エミューはまたぽかんとしている。


(どうした?)

(闇の精霊王様が人間にそこまで執着するとは思わなくて)

(この子は特別だよ)


 フォンはふっと笑った。エミューが思い出したように言う。


(改めて闇の精霊王様、お姉さん。ありがとうございます)


 満面の笑みを浮かべるエミューの姿は人間にとって毒になりうるだろう。

 さっさと帰ろうー。フォンは幸せそうに寝ている主人を起こさないようにお姫様抱っこをし、魔導書の入口へと向かった。勿論、エミューも一緒にだ。


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