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少女漫画の弊害

作者: 左傘

珊瑚様主催秋冬イルミネーション企画参加作品です。

クリスマスな感じが殆どしないのは気にしない感じで。

 ◆1


 誰しも一度は読んだことはあるのではないだろうか、少女漫画。ドラマ化アニメ化その他諸々、原作自体は見たことがなくてもそのお話は知ってるなんてのもあるかもしれない。

 それが少女漫画に限るとも思えないけれども。


 数多の苦難を乗り越え元は他人、じゃないことも多々あるけれど、そんな二人が障害(ライバル)を叩きのめして無事カップルに相成るようなストーリが多いと思われる。基本的に。

 登場人物、立ち位置、台詞、絵柄。そんなものを一枚捲ってみれば基本こんな感じでなっていると思う。

 そこに如何に沢山のサイドストーリを練り込み背景を作り込みどんな障害を置くかで評価はきっと変わっている。幾つかの大きな事件と事件の間に箸休め的な軽い関係のないようなお話を置くのも大切な事なのかもしれない。

 つまり上手くリズムを作ってそれに乗せて最後まで読ませる感じだろうか。言うなればテンポ?


 最近は嘆かわしいことに少年漫画等で、まるで少女漫画というようなものが描かれていることがある。

 別に良いけれど良くない。

 汗と血が飛び散るような暑苦しい少年漫画を求めているときにそんな、仄かにフローラル臭漂う華やかかつ煌びやかなキラキラしいまるで少女漫画なんて見ても気分が宜しくないのだ。私が求めているものはコレジャナイ感が凄い。

 ただ置き場所を考えて欲しいだけだ。今時そんな暑苦しい漫画も少なくなってきているような気がしなくもないが。



 だからと言って、別に少女漫画が嫌いなわけではない。だって面白いもの、それを本の中で完結していると割り切って読むのならば。


 本の中で完結していると割り切って読むのならば。


 例えば少女漫画の中で起きているようなことが現実でも起きてみたと想像してみると分かりやすくて良い。割り切らざるを得ないことがきっと分かる。

 きっと、理想の王子様を思い出せばすぐに分かるだろうから。

 格好良くて格好良くて、そしてみんなから人気者の事が多いね。頭の良さに関してはストーリによって個体差あるから考えないでおこう。性格も所持金もまちまちだから除外しよう。そして女の子の夢、自分にだけ優しい。各各形は違えどこれは絶対だろうな。

 そんなのが、いるだろうか。というか、いてたまるか。

 更にシンデレラストーリならば相手の男性はお金も持っていなければならない。成り上がりなら別だが、そうでないのならば代代続いてきた由緒正しき家系なるのかもしれない。

 最早雲の上のお方である。


 ここでヒロイン。

 基本的に少女漫画では主人公の女の子、つまりヒロインが無事王子様と思いが通じ合うところが終着点とされていることが多い。

 ヒロインのスペックを言うなれば基本的に普通顔。イケメン面でも美少女面でもないことが多い。寧ろ不細工と言われることもある。

 絵の上ではとても可愛らしく描かれているのに不思議なこと。


 頭の出来は……まあ最近は頭の中お花畑しているヒロインも減ったのではないか、と思いたい。少なくとも普通に勉強出来ているのではないだろうか。


 つまり、モノローグで書かれているような平凡、ということなのだろう。

 読者が自己を投影して楽しむための媒体なのだからたしかに主人公に個性がないほうが良いのかもしれない。その辺はよく分からないけれど。



 けれど普通に考えて、そんな普通スペックの主人公は無事、障害を乗り越えて王子様と結ばれることはできるのだろうか。

 普通に考えて不可。

 そんな人にアタックをかけるだなんてどれだけ自分に自信があるのだろう。自分で私は普通で可愛くなくて釣り合わないからだなんてどの口裂けても言えまい。その台詞すら自意識過剰な驕りに聞こえてしまう。

 そもそもそんな風景の一部に溶けてしまいそうな平凡の代名詞とも呼ぶべきヒロインを王子様たる彼はどうやって見つけるのだろう。


 仮に見つけたとして。何故恋に落ちた。


 これを自然に描いている作家様には脱帽である。凄いね、私には無理だ。




 ◆2


 とにかく少女漫画とはかくも夢に満ち溢れている。

 だからこそこれを現実に持ち込んではいけないのである。


 理想という理想をこれでもかという程に詰め込んだ夢の王子様なんていやしないのだから。


 けれどどうにもこうにもそれを現実と混同してる人がいたりする。

 いつか私も少女漫画のような恋を……!と静かに心を燃やしているのである。


 だがしかしそんなに現実甘くない。

 イケメンには可愛らしい彼女がいて、人気者は平凡に目を向けることはないのだ。

 ……多分。



 てか、いつかいつかと待ち続けたところでなにか得るものがあろうか。それよりは現実を誰かが教えてやって理想を下げ自分から行動するように促してやらなくては。

 そうしないと齢だけ重ねて悲しいことになってしまう。



 しかしかなしきかな。現実は甘くも優しくもない。


 仮に、理想を下げたところで根幹に染みついているであろう最早洗脳じみた少女漫画思考はどこまでだってついてくる。


 例えば、今目の前で繰り広げられている寸劇のような光景も、そう。


 きっとめでたくカップル成立致しまして数日後といったところだろうか。一組の男女が向かい合って居心地が悪そうにしている。

 良くも悪くも平凡な容姿だった。

 お互い何か言いたげに目を合わせて、けれど何も言えずに目を逸らしていた。


 いくら人通りが少ないとはいえここは学校で、その廊下で、いつ誰が通ってこの状況を見るとも知れない状況で。ずっと立ち竦んで黙り込んでいたって良いことなんて何もないだろうに。

 世界に二人だけ、とかいうお花畑な頭なのだろうか。


 それなら申し訳ない気がしなくもない。

 私は彼氏の方が早足に去っていこうとする彼女の腕を掴んで引き止めるあたりからずっと見ている。

 何が起こるものかとわくわくしていたけれどかれこれ十数分、黙り込んだ二人の男女を見続けるのは飽きた。そろそろなんらかのアクションがあってもいいのではないかと思ってから数分、いまだになんのアクションもない。暇を持て余してふと気付いた少女漫画の弊害。つらつらと考察を並べて動かない二人をこっそり見ていた。


「……変態みたくなってるけどどした?」


 何を気にしたのか抑えた声が聞こえた。

 けれど私はまだ彼らから目を離すわけにはいかない。まだなんの変化もないがもしかしたら目を話した隙になんらかの進展があるかもしれない。それを見逃すだなんて私の名折れ。

 ……だなんて思っているからさっきからなんの変化もないつまらない寸劇を見続けているのだけれども。


 目を離さないままに私は答えた。


「見てるんですよ、なんか勘違いしたやつらを」

「ごめん、全然わからない。説明する気は」

「んなもんないに決まってるじゃないですかぁ」


 後ろで呆れたような溜息が聞こえた。

 けれど私は振り返らない。変態と言われようが知ったことではない。なぜなら私は真剣だから。


「結構はしたないと思うんだが。主にスカートのあたり」

「問題ないですよ、ズボン穿いてるから」

「頼むから当たり前みたいに男子の夢を壊すのは止めてくれ」

「むしろ男子はそんなところに夢を抱いていたのか。そっちの方が哀れかもしれませんね」


 そこらでやっと私は目元に当てていた双眼鏡を外し、机の上に伏せていた上体を起こす。


「というわけで重役出勤お疲れ様です、先輩」

「いや、別に遅れてないから。そもそも君に先輩って言われてもうわやまれてる(・・・・・・・)気がしないんだけど」

「おや先輩うまやわれてる(・・・・・・・)の間違いでは?」


 しばし沈黙。

 こちらの話は進みそうもなかったのでもう一度向こうの校舎の廊下を双眼鏡で覗く。まだ向こうにも進展はないようだ。流石に何十メートルも離れた向こうの音は聞こえないから実際どんなもんだか分からないことが残念でならない。


「……ところでなに見てるの?」

「出来立てほやほや新米カップルの破局寸前劇場?」

「趣味が悪いねぇ、娯楽にしてくれるなよ」


 趣味が悪いと言いつつも片手でもう一つの双眼鏡を求めるあたり彼らしいとも言えようか。


「……あ、あの子知ってる」

「彼女の方?」

「そう。……なんかねぇ、この前までぎらっぎらの目でこっちを遠くから見てる怖い子だったんだけど……へぇ、付き合ってたんだ」

「現在破局寸前かつカップル成立したのはほんの数日前だけど、ですね」


 ……あ、彼女の方が顔を上げた。

 彼氏の方も何か言っている。彼女がそれに言い返した。彼氏の方は訳が分からないような顔をしている。彼女の方は何を言っているのだろう?


「先輩、なんて言ってるかわかります?」

「なんとなく、思ってたのと違う!みたいなことを言ってる気がする」


 成る程、言われてみれば確かにそんな風なことを言っているように見えた。


「じゃあもう良いや」


 必死になって覗き込んでいたレンズを目元から外す。

 あまりにもお粗末な展開が、まるで予想通りで。そのせいかなんだか少し虚しくて、それでいて笑いが溢れてしまいそうだ。


「あ、女の子の方が逃げた。男の子が呆然としてる。破局かな?」

「でしょうねぇ。あの子は少女漫画に洗脳てましたし」


 そこらでやっと、いつの間にか隣まで来て双眼鏡を構えていた彼が目元からそれを外した。


「というわけで解説頼む」




 ◆3


 彼は先輩である。

 そしてそれ以上にイケメンである。頭の出来はまぁよろしくてそれなりに明るくそれなりに人当たりも柔らか。

 だからといって周りに人を侍らせているわけでもなく、けれどぼっちというわけでもなく……といった具合に少女漫画の王子様に程近いのである。


 強いて言うなれば手の届くアイドルとでも。


 街で一緒にいたら羨まれることもあるかもしれないから取り扱いが微妙に面倒臭いかもしれない人。


 らしい。誰かがそう話していた。


「向こう側でなにやら面白そ……いや、深刻そうな二人組がいるじゃあありませんか。ならば野次馬根性丸出し、私は彼らを生暖かく観察、もとい見守ろうと思いまして、たった一人ではありますが新米カップル見守り隊を結成いたしまして」

「途中から取り繕う気がなくなってるね。てかそんな見守り隊は嫌だな」

「そんなこと言わないでくださいよぅ、先輩と私の仲じゃないですかぁ」

「どんな仲!?」

「カップルの破局を優しく見守る他人の不幸は蜜の味、な仲です」


 適当に軽口を叩くからといって別にそれが好意の一端であるわけでもなく、かといって無関心から来るどうでも良さでもなく。どうにも言葉にし辛いものである。


 私からすれば彼はふよふよと優しくて、特に癖もない何を考えているのかわからない一つ上の学年の人、とでもいった認識だろうか。


 けれど、それだけ。


 クラスが同じわけではない。学年すら違う。名前も知らない。なんとなく同じ部屋にいて、なんとなく話をした。それが何度も続くもんだからなんとなくだらだら絶妙な関係になったに過ぎず。別にいつ崩れても可笑しくはないだろうし、そもそもここに来ることを止めれば廊下ですれ違っても他人に過ぎない関係に戻るに違いない。


 ここから恋が始まるだなんて夢は見たくもない。そんなことを考えるのは自意識過剰だろ。


 つまり、私は彼のことを何も知らないし、彼もきっと知らない。これはきっと、他人なのだろう。



「……さて、あの二人ですがいつ破局するものかわくわく見守っていた感じです、はい」

「なんで破局するって思ったの?」

「彼女の方は見知った人だから。あの人がお高い理想を持っていて、それは無理だろと現実を見るように促されて、誰かとカップルになるのまでずっと追っかけていましたゆえ。何より彼女は少女漫画思考の持ち主でしたし?」


 少女漫画の洗脳はどこまでも追ってくる。

 例えば夢を追うのを諦めて現実に目を向けて、仮に運良く誰かとカップルになったとして。すぐに壁に突き当たるのだ。

 知らないという壁に。


 少女漫画は分かりやすい。

 いくつもの障害を乗り越えて無事思いが通じ合う。粗方そんな筋書きだろう。両思いになってもくっつかない、なんてもどかしいものを読んむことも多い。


 けれど、そのあとは?


 思いの通じ合った二人。綺麗に物語は終わる。けれどそれだけなのだ。思いの通じ合った二人、幸せそうに続いていくものなんてあまりない。あったとしてそこからさらに大きな事件が起きて別れの危機に瀕して、想いを確かめ合い絆を強めてもっとらぶらぶしてお終いだ。それとも後日談のような形でほんの少しの短編を見せてくれるのだろうか。


 どちらにしろ、思いの通じ合った二人のその後を知ることは難しく推測する他ない。

 少女漫画の思考に侵された方方はそれを読んでいる。困難を乗り越え付き合うまでのプロセスを。けれどその先は知らない。なぜなら読んでいないから。


 読んでいないから想像もつかない。


 付き合ってからの作法なんてもの、知らないのだ。気に入らないこともあるだろう。けれどそれをどうしていいのかわからない。幸せそうな後日談を見ていたならばなおさら。


 そして知らないことが束になって形を変える。

 こんなの、望んでいた恋愛ではない、と。


「彼女はきっとあまぁくて幸せぇなぬくぬくぬるぬるふわふわ甘ったるぅい交際を夢見てたんでしょ。けどお互いのことをほとんど知らない他人が相手の望む幸せを与えるなんて無理だろうし、仮に尽くしたとしてそれは夢見る乙女の幸せな交際ではなさそうでしょ?」


 先輩は少し顔を顰めた。

 きっと彼ならわかってくれるだろうなんてなんの根拠もなく思った。


「お互い、無理してたって疲れるし、けど遠慮しなかったらそれはそれで破局まっしぐら。適当に丁度いいのが良いの。それが難しくて、でもそれが恋愛の醍醐味なんでしょうね。それに気付けないで砂糖菓子じみた恋愛を求めてたゆえの、破局ですよ、今回のあれは」


 多分ね。


「悟ってるねぇ」

「そりゃぁ滔々と生産性のないことを考えて数年目。恋愛についてもそろそろ希望が尽きてきたんですよぅ」


 ちゃんと椅子に座りなおす。

 手に持っていた双眼鏡は適当に机の上に放って頬杖をつく。


「して先輩、本日はどのようなご用件で?先輩が今日のようにリア充がこぞっていちゃらぶデェトに行くような日に暇ということがあるでしょうか、いや、ない」

「一人で完結するなよ」

「いやいやまさか先輩ともあろうお方が非リアということもあるまいのです。ならばなんらかの重大な事がですね……」

「え、俺彼女いないけど」

「成る程、誰とかちゃんに悪いから、とかいう陳腐な理由で先輩に告白できないんですね」

「どうしたらそんな考えが出てくるのか……」

「知らないんですか?女の子は怖いんですよ。上の子に逆らったり調和を乱したりしたらオワタですから。めくるめくイジメの世界へようこそ、とでもいいましょうか」


 先輩絶句。強張った顔もそれなりに鑑賞出来そうだ。そのあたりイケメンは凄い。なんて、先輩を眺めてみた。

 けれどいくら茶化してみようと別に、楽しいわけでもなんでもなかった。ただ単に真剣に向き合って話がしたくなかったのだ。理由はわかっているけれどわかりたくもなかった。


 それにしても先輩彼女いなかったんだ。適当に取っ替え引っ替え出来そうな顔だと思ってたんだけれど、いやはや先輩には申し訳ない。勘違いをしていたようだ。

 ならば先輩の片思いだろうか。ならば今日こそ誘い出して告白しようとは思わないのか。

 こんなところで油売ってる暇もないだろうに。


「先輩が人を好きになったら相手の人なんていちころでしょうに……」

「そうも簡単にいかないから困ってこんなところにいるんだよ……」


 先輩片思い説が有力だ。ヘタレめ。


「今日という日にこんなところで油を売っていて良いと思ってるんですかぁ?クリスマスですよぅ?でぇとに誘って告白くらいしてはどうです。明日から冬休みですよ。しばらく会えなくなるじゃないですか。好きな人がいるなら、ですが」

「なんでクリスマスって行事を恋愛に結びつけたんだろうね……」

「現実逃避ですか先輩?イェス様の誕生をお祝い致す素晴らしき日を愛しい人と共に祝いたいと思ったのでは?」

「祈るときは一人でこっそり隠れてやれって聖書に書いてあるじゃないか……」

「郷に入れば郷に従えというじゃありませんか。先輩だっていろんな行事をちゃんぽんしてる日本人の一人でしょ?クリスマスはカップルと子供のための日なんですよ、ね?」


 わかってるが。それでも。なんて煮え切らない先輩を見ているのはなんだか面白い。なんだか優越感を覚える。何と私は何を競っているのだろう、なんて思うけれど。


 けれど……。




 なんて思いつつも特別な日だろうが私がすることは特に変わらない。

 特に何をするでもなく自堕落かつ怠惰に一日を終わらせることに価値まで見出してしまいそうである。だって頑張るのって面倒臭い。特別って言ったって特に空が光ったり世界が終わったり平和になったり異世界に行けたり、何か特別なことが起こるわけでもない。

 強いて言うなら周りの雰囲気がどことなく浮き足立ってそわそわして……なんとも羨ましくもない感じなだけだ。


「そういう君は?クリスマスだし。誰かと出掛けたりとか」

「え、用事ないと思ってたんですかっ先輩。私だって予定の一つや二つ……」

「ですよねー」

「あるわけないんですけどね」

「なんでそんな騙し討ちみたいにした!?」


 ほんの少しの遊び心にどうして気づけないか。


「じゃあ、非リア同士でリア充の気持ちを味わうべく出掛けない?」

「パスって言ってもいいですか?」




 ◆4


 かといってパス出来たわけでもない。

 だって私日本人。いつになく乗り気な先輩に負けた。流された。

 それにしてもこんな先輩は初めて見た。初めて、だなんて言っても私は彼について何も知らないんだから特に驚きがあるわけでもないけれど。



 吐く息が白かった。


「さみぃ……」


 ぐるぐる巻きにしたマフラに顔を埋めて手袋で守った両手を擦り合わせる。今朝開けた懐炉はもう冷え切って役立たず。こんなことなら二つ持って来るんだった。

 空は濁って暗く沈んでいた。


 普通なら寒くないようさっさと帰ってぬくぬくしているものを、と隣に立つ人を恨みを込めて見上げる。

 隣に立つ彼は寒さをものともせず背筋を伸ばしていた。

 剥き出しの顔を冷たい風が掠めてまた寒い。


「くそさみぃ……」

「女子がそんな言い方するのはどうかと思うんだが……」

「先輩もスカート穿けば分かりますよ。寒さが下から這い上がってきます」

「それは遠慮しとく……」





 けれど正直分からない。全くもって分からない。

 学校から近くてそれなりに綺麗なイルミネィションだ、なんて適当に有名なそこには同じ制服を着た男女が群れている。

 なんでそこに私は混ざっているのだろう。しかも名前も知らないような先輩と。不可解。


 隣には彼がいる。

 クリスマスである。

 カップルの日なのである。



 うっかり期待したくもなってくるからやめて欲しい。

 そんなの馬鹿みたいだし痛痛しいじゃないか。


 実際にはもしかして、なんてあるはずもないし、格好いい王子様だっていない。期待には落胆が附随し理解なんて願うべくもなく。

 誰が誰を好きだって言って、だから何、って話じゃないか。一つの恋の限界は三年だって聞いた。永遠なんてないじゃないか。

 それに他人同士が恋人になったところで結局他人だと思う。相手のことを知らないんだもの。付き合ってから知ればいいだなんて甘えじゃない。

 付き合うことをゴールだと思ってる方は喧嘩した後の仲直りの仕方なんて知らないし、付き合ったその先のビジョンなんて持ってないんだから。


 しかも一回の落胆で少女漫画思考は挫ける。

 こんなのは望んでいた恋じゃない。なんて馬鹿馬鹿しい。夢の王子様が現実に生きる人間だと気付いてもう戻れないんだから。落差を認めて受け入れる事が出来ずに恋は遠のく。


 知らない、ということに耐えられない。知らないことにぶち当たればそこで折れてしまう。

 何より、愛しの王子様がいつか自分を知って、思ってたのと違う、だなんて言って遠ざかってしまうことが何より怖いんだ。


 そんなんじゃ恋なんか出来ないよ。


「凄いですね、この人たち、みんなずっと相手のことを好きだなんて勘違いしてるんでしょうか」

「だからこんなところに来てるんだろ、寒い中」

「馬鹿みたいですねぇ」


 なんて言いながら、一番馬鹿らしいことがある。


「恋愛って言うんですか、これ。お互いが両思いでカップルになった人なんて多くもないでしょうに」


 こうやって、偉そうに言う私が。


「じゃあこれはどういう状況さ」

「相手が自分を好き立つわて言う優しくて甘いぬるぅい環境に浸っていたいだけでしょう。だって、誰かが自分を好きでいてくれる、という状況はかくも心地いいモノです」

「夢がないねぇ」


 私こそが、一番少女漫画の思考に染まっているんだものね。




 ◆5


 唐突に、目覚めが襲ってくるのと同じくらい唐突に、夢が覚めることがある。

 気づいてしまうのだ。少女漫画の恋愛の薄っぺらさに。


 甘くない。優しさはない。特別もない。

 王子様なんて、いやしない。


 気づくことは幸せなことだ。耄碌したままで生きるよりずっと良い。けれど、気づいた世界は地獄だった。

 少女漫画は道標なのだ。恋のバイブル。夢を見るためのツール。それが使えないだなんて事になれば私たちは進むことができない。


 今やマニュアル化、なんてものが浸透しているご時勢なのだ。恋にもマニュアル。

 少女漫画というカップルまでの道標があるならばそこまでは自信を持って胸を張ってなんのためらいもなく進んで行ける。けれどどうだろう。

 その先にマニュアルはない。どう進めばいいかわからなくなってしまう。


 つまり、怖いんだ。怖くて怖くてしょうがない。

 人との関わり方も距離の測り方も下手くそな私ならなおさら。人を好きになったとてその人に嫌われたり失望されるのが恐怖以外の何者でもない。


 だからこれ程までに少女漫画をこき下ろし、他人の破局を見守り、自分はそうならないぞ、だなんて見下している。

これぞ本当の少女漫画の弊害。



 人が段段と減っていく。

 気づけば二三組のカップルのみがふらつく閑散とした場所になっていた。


「それにしても君が来てくれるとは思わなかった」


 無言でキラキラとしたイルミネィションを眺めていた彼がポツリと呟く。なんで誘ったんだよ、とは言わない。


「私も日本人ですからね。あんまりしつこいので哀れになりまして……」

「俺哀れまれてたのか」


 彼は苦笑した。


「けど、別に良っか」


 暗い空は曇天。

 雨やら雪やら降りそうで、けれど何も降ってこない。


「それじゃ、帰ろっか。付き合わせちゃってごめん」

「本当に嫌なら断ってたので気にしないでください」


 ほんの少し先に行った彼が手を差し出した。紳士だった。


「お手をどうぞ?」

「そりゃどうも」


 その手を軽く叩いて彼の先を行く。



 吐いた息が白かった。けれど寒い寒い言うほど寒くはない気がした。


「君は俺のこと嫌いなのか?」


 彼はそんな風に言いながらも笑っていた。

 ならば私も笑って答える。


「まさか。……だからといって好ってわけでもないけど」


 嫌いじゃないが好き、と同意義でないように。好きじゃないが嫌い、でないように。

 だからと言ってそれは無関心ではなく。


 どうにもこうにも言葉にできない曖昧な気持ちをなんと言おうか。


「でも、また冬休み開けたら会って話をしてもいいかと思うくらいには嫌いじゃない」




 ◆えんどろーる


「ねぇ」

「なんです先輩」


「君の名前は?」


 どこか、機嫌を伺うような小さな声だった。

 なんだかそれが無性に可愛らしく見えた。


「なんだ、もっと早く聞いてくれればよかったのに。聞いてくれないからこっちも聞き辛かったんですよ?」


 口角を上げる。久しぶりに笑顔のようなものを作ろうとしてみる。


「じゃあ、改めまして。私は……」


 そういう先輩(あなた)は?なんて笑った。

 さて、私はちゃんと笑えていただろうか。



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