不思議の国の璃青さん
今回のお話は、白い黒猫さまと、トムトムさまにご協力をいただきました。遅ればせながら青いゆるキャラさんとの遭遇です。
ただ今わたし、この状況に頭が追いつけなくて呆然としているところです。
ここは、【喫茶トムトム】の奥まった、とても居心地の良いテーブル席。向かいに座っていらっしゃるのは、例の青いお方。
……そう、わたしはこの方と相席という、全くサッパリ訳の分からない状況に頭が混乱しているのです。
ーーーちょっと待って。どうしてこうなったんだっけ?
頭の中を整理する為に、少し前に遡ろう。
わたしのお店がオープンする頃、本当は母が手伝いに来てくれる予定になっていたのだけれど、祖母の体の具合が悪いとかで、その時には結局お手伝いには来て貰うことが出来なかった。
まぁ、のどかな商店街だし、オープン初日とはいっても、とんでもなく忙しいということもなかったので無事にオープン初日を終え、その後もまったり順調にお店ライフを楽しんでいた。
けれどもその後、祖母の具合が良くなり落ち着いてきたと同時に、七月に入ってからこっち、わたしのことがどうにも気になったらしく、なんだかんだで押しかけるようにしてお手伝いに来てくれたというわけで。
というか、ただ冷やかしに覗いてみたかっただけという気がしないでもないけれど。
そして“しばらく実家には帰らない”とまるで家出をしてきたみたいな宣言をした母との急な二人暮らしにより、主に食生活の面で何かと忙しくなった。
その為の食材の買い出しの途中だったはずなのだ。
そう、つい先ほどまでは。
お気に入りのエコバックとユキくんにもらった取っ手カバーを持ち、自分のお店を出たところで、わたしはまた、あの青いゆるキャラさんを見かけた。
というより道路の向かい側からズンズンとこちらに歩いてくるので、わたしは彼(?)が一体どこに向かうのか見極めたいと思ってしまったのだ。
【繁盛ミート】か【魚住】のどちらかで買い物をしようと歩いていたわたしは、もしかしたら交差点で彼(?)とすれ違うかもしれない、と、本物の芸能人と出会った時ってこんな感じ?的な緊張感を持ちつつ、かつ平静を装ってゆるキャラさんとすれ違う瞬間を期待していた。
けれどもそのゆるキャラさんは、わたしの期待も虚しく、交差点をこちらに渡ってくることもなく、なんと【喫茶トムトム】へとゆらりと入って行ったのだ。
慌てて交差点を渡ったわたしは不思議の国のお嬢さんよろしく、ちょっとした好奇心に負け、ゆるキャラの後を追うようにして【喫茶トムトム】に足を踏み入れてしまった。
母よ、お買い物をサボってごめんなさい。あなたの娘は今、ゆるキャラさんの後をつけて、探偵まがいの追跡をしています……。
そして今に至るというわけ。
店内にそうっと入って中を伺うと同時に、ドアのベル音に気付いた紬さんに「あらっ、璃青ちゃんいらっしゃい!」と、何故かやや慌てた様子で案内されたのがこの席。
「え、あの、他に空いてるお席、ありますよね……?」ってお聞きしたのも軽くスルーされていたのは気のせいでしょうか?
というか、ただゆるキャラさんを追いかけて来ただけなんですけど~………って言う呟きは届いていなかったようですね、はい。
そうして青い謎の生物を追いかけたわたしは、不思議なお茶会に強制参加させられていたのでした。
身の置きどころに困りつつ、チラチラと青いお方を観察してみる。
ソレは口元だけが笑った形の不思議な表情。
ええと、中の人は、お口から外を見ているのかしら。あまりジロジロ見るのも悪いかな。
………と。自分の携帯がメールの着信を告げた。
いけない、マナーモードにしてなかった。もしかしたら母の帰れコールだったりして。
焦って発信元を確認したら。
『璃青さん、奇遇ですね。ところで、お店は?』
あ、あれ?ユキくん?どこで見てるの?
そうっと振り向いて店内を見回しても彼の姿はそこにはなく、かといってお店の外にも見当たらなくて。
そして再び首を傾げながら店内をキョロキョロと見回していると、紬さんと目が合ってしまった。
彼女はニッコリ笑うと、トレーに水筒と、それから多分わたしの分のお水の入ったグラスを載せ、こちらに向かってやって来た。
紬さんはわたしの目の前にグラスのお水を置くと、ゆるキャラさんの背後に回り、なんと大胆にもファスナーを開け、中の人に水筒を差し入れていた。
中の人が無事にそれを受け取ったのか、ゆるキャラさんがぺこりとお辞儀をすると、“よし!”って感じに紬さんが笑顔を返している。ツーカーなんだなぁ、なんて思いながらわたしは、ぼんやりとそのやり取りを見ていた。
「璃青ちゃんのオーダーは?」
「は、あの、いえ、店番に母を置いてきてしまっているので、わたし、すぐに戻らないと………」
「あら、たまにはちょっとくらいゆっくりしていったら?」
いやそこは、だったら何故今ここに来たのか、と聞いて欲しいのですが。
……まぁいいか、たまには。
「……じゃあ、アイスティーをお願いします」
「はいはーい」
紬さんは、語尾にハートが付いているかのよう。一体どうしちゃったのかしら。
首を傾げながらユキくんに返信しようとすると、また彼からメールが届いた。
『お母さんがいらっしゃったんですね。ならば安心ですね』
?!
え?どうして?紬さんとの会話、まるですぐそこで聞いていたみたいな?
『ユキくん、どこにいるの?』
恐る恐る、こちらからもメールで訪ねてみると、目の前で何かが動いている。青いゆるキャラさんが手を振っていたのだ。
わたしに何かご用なのかな?
つられたわたしがゆるキャラさんにうっかり手を振り返そうとしたタイミングで、目の前の青いお方の中から、携帯のマナーモードが微かに振動しているような機械音も聞こえる。それもわたしのメールを送信後、少しの時間差で。
「ま、まさか………。ええぇぇっっ?!!」
わたしの叫び声に、店内にいるお客様とスタッフさんが一斉にこちらを見た。あわわわ。
わたしの目の前の青いお方の身体が小刻みに震えている。そんな、まさか、だって。
『ごめんなさい、璃青さん知っているとばかりに。実はキーボくんの中身って俺なんです。あ、この青いの、“キーボくん”っていって、ここの商店街のマスコットなんだ』
『そうだったの……。大声出してごめんなさい』
『いやいや、知らなかったら驚いて当然なので』
黙って俯いて相席している二人(?)を他の人が見たらさぞおかしな光景だろう。
でも、多分ゆるキャラさんというものは基本、喋ってはいけないはず。咄嗟にそう思って、ここはわたしも彼に合わせてメールでやり取りするのが正しいと思った。
『ユキくんは、どうしてここに?』
『駅前のイベントの帰り。暑くて倒れそうだったから避難してきた。ここはよく水分補給に利用させて貰ってるんだ。そして今もここの美味しいアイスコーヒー飲んでいる所です。さっき入れてもらったのがソレなんだ』
『そうなのね。ねぇ、わたしもそのファスナー開けてみてもいい?』
思わず好奇心で聞いてみたら、目の前のゆるキャラが目に見えてビクリ、と動いた。
『ここで、ガバーと開けられると、困るかな』
そ、そうなんだ。さすがにハレンチだったかな。
『璃青さんはどうして、ここに?休憩?』
『ううん。実は、キーボくんを追いかけてきて………』
『俺を?どうして』
『ごめんなさい、そうとは知らず好奇心で付いてきてしまいました……』
『別に謝らなくても』
目の前のキーボくんが震えた。
笑ってるのね。もうっ。それならわたしだって突っ込んじゃうんだから。
『ユキくんは、お店のお仕事の他に、そういうお仕事もしていたのね。大変そう』
『まぁ、流れでね。初めは仕方なくだったけど、今ではそれなりに楽しんでるよ。ちなみに他にあと一体いるんだけど、そっちは動きが激しいし、たまに声を出していることがあるんだ。見た目も少し違うけど、それが簡単に見分ける方法。そして出現率は俺より低め』
そんなやり取りをしているうちに、わたしの目の前にはアイスティーが置かれた。
「はい、アイスティー」
「ありがとうございます。………あっ、ユキ………じゃなくてキーボくん、お代わりいる?まだ喉が渇いてるんじゃない?」
「もしかして、中の人の正体、分かっちゃった?」
「はい。携帯のメールで教えて頂きました」
「うふふ。ふたりはもう携帯のアドレスを交換してたのね」
「??」
「お二人さん、ごゆっくり!」
「?はい………?」
紬さん、どうしてそんなに嬉しそうなんだろう?
その後、ちゃんとキーボくんの水分補給も無事にまた後ろから完了。どうやら中にはかなりの空間があるみたい。
わたしは時折自分への視線を目の前と、そしてどういう訳か周囲からも感じながら、いたたまれないような居心地の悪さでアイスティーを飲み干し、きちんとお代を払ってから母の待つお店に戻っていった。
次にここに来る時は、この一件で大声を晒すという恥ずかしい思いをしちゃったからキーボくん(ユキくんだけど)のいない時を見計らって来ることにしよう。
好奇心も程々にしないとね。
その時、まさか商店街を上げて動いている陰謀があるとも知らず、私は呑気に“ゆるキャラも兼任してるなんて大変だなぁ……”なんて、ユキくんに思いを馳せていたのだった。
ーーーそんな賑やかな日常の中。
ここ数日、ふとした時に思うこと。
挨拶を交わしただけで嬉しくなる。
笑顔を向けられると心がほわんと暖かくなる。
こんな気持ちはずっと昔の、いつだったかも忘れた頃にもあった。
こんなのまるで…………。
だけどそれを打ち消すように、必死に否定するわたしがいる。
お願い。気持ち、どうかこのまま育たないで。
これは絶対にわたしの勘違いなの。
綺麗なひとを間近に見ることが出来るから、それでちょっとドキドキしてるだけなの。
嫌われたくないの。
ずっとこのままでいたいの。
もう二度と、悲しい思いはしたくないよ。
白い黒猫さま、トムトムさま、ありがとうございました♪