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クリスマスの贈り物

お久しぶりの更新です。今回も白い黒猫さまとのコラボとなっております。黒猫さん、いつも根気よく打ち合わせに応じて頂き、ありがとうございます。

 クリスマスが近くなると、雑貨店もなかなか忙しい。というか、この仕事を始めて分かったのは季節ごとのイベントを敏感に先取りしていかなければならないということ。


 和雑貨にもなんとなくクリスマスカラーのものがあったりしするから、問屋さんのサイトを覗くのは楽しいけれど、季節感とか特別感のあるものの売れ行きを考えるのはなかなか難しい。次の年の流行りもあるだろうから、あまり在庫も置きたくないし、慎重に発注しなければならない。

 おまけに新年も同時に近づくということもあり、干支の和雑貨、新年に合う和食器の発注もほぼ同時にこなさなければならないし、両方同時進行って結構大変。

 とはいえまだまだ素人。今年は一年目だから許されるかもしれないけれど、これから徐々に段取りを覚えていかないと。


 そんなことをしつつ、わたしは実家には帰らず商店街ここで初めての冬を迎えている。ここに来るまでは実家を出るのも初めてで不安ばかりだったけれど、一人暮らしもなかなか楽しくて、もはやここが故郷のような気がしている(ただ、独り言や鼻歌はとっても増えてしまったけれど)。

 わたしは商店街がクリスマス含め、年末一色になっているのを眺めつつ忙しく過ごしながら、仕事の合間に春からの怒涛の日々を思い出していた。


 わたしって、ここに来てからOL時代よりも濃い月日を過ごしてるんじゃないかな。

 

 あれよあれよと言う間にこの地で雑貨屋さんの店主という新しい人生をスタートさせ、夏には不思議な体験をしたり、生涯“おひとり様”を貫くはずだったのに、その後誓いも虚しくあっけなく恋に落ちてしまったり。もちろん後悔などしていないけれど……。


 少しずつ彼を知る度に、気付かず自分の中に眠っていた感情を揺さぶられたり、これまでと違う自分に日々戸惑いながら、それでも今はもう彼のいない未来これからなんて考えたくないな、なんてわがままな気持ちも抱いている。そうやって、気付けば彼のことを想いながらアクセサリー作りにも精を出す。


 肩が辛いのはある意味職業病のようなものだから仕方ないけれど、そのうち桃香ちゃんが落ち着いたら、また一緒にマッサージに行きたいなぁ。桃香ちゃん、元気かなぁ。


 なんて事を色々考えつつ、なるべくクリスマスカラーに近いもので、なおかつ冬が似合う石を使ってブレスレットだけじゃなく、今はイヤリングやピアス、小さな石を使ったネックレスなどを作っている。売れ行きもなかなかなので、作るのも楽しいけれど、ちょっと大変。

 

 

 ちなみにわたしの最近のお気に入りはピンクトルマリンのピアス。

 『ひとを愛することに自信を与えてくれる』なんて、今のわたしにぴったりだと思うの。

 これを着けていると肌色に合わせたピンクが赤色にも見えるのか、それがまたクリスマスカラーに見えなくもないからなのか、ここ数日は“それと同じピアスはありますか?”なんて聞かれたりして。

 縁あって、そうして買ってくださる方が幸せになりますように、とわたしは日々眼精疲労と肩凝りと闘いながら石たちを繋ぎ続けている。



 透くんも最近はクリスマスシーズンを迎えるにあたって、お客さまに提供される特別メニューだけでなく、イベントの準備などもあるようで、お店に顔を出すと暗がりの中でもその顔色は優れない。睡眠時間も減っているらしく、とても心配しているのに、こちらが気遣っても『大丈夫』と笑うばかり。

 結局お互いに忙しい為につい遠慮し合ってしまい、わたし達はここのところなかなかゆっくり会う時間が取れないでいる。


 すぐ隣にいるのに、ふたりきりで会うことも叶わない彼のことがいつも気にかかり、もしもわたしに出来ることがあるのなら、こんな時こそ側にいられたらと思ってしまう。

 そう思う反面、ふたりでいたら、結局わたしの方が一方的に依存してしまうのではないか、という不安もあるけれど。

 

 そんなクリスマスも目前というある晩のこと。ピアスを作ることに没頭していたわたしは、携帯メールの着信音に、飛び上がるほどびっくりした。透くんからだった。



『今晩は。 璃青さんまだ、起きていますか? 俺は今珈琲煎れて一休みしています。頑張るのは良いですが、根詰めて頑張り過ぎないで下さいね。時々は休憩も大事ですよ』



 そういえば隣のベランダからお店が丸見えだったっけ。起きてるの、知られちゃったな。でも、それはお互いさまでしょ?


 そう思いつつ、会いたさは募るもののメールでのやり取りでさえ嬉しくて。



『はい、ここのところピアスとイヤリングがが何故か売れ行きがいいので追加で作っていました。でももうお風呂に入って寝るところなので心配しないでね。透くんこそ、こんな遅くに珈琲なんて、まだお仕事する気?程々にして、ちゃんと睡眠を取ってね。目の下にクマを作ってお客様の前に立つなんて事ダメですよ!』

『はい、気をつけます。 璃青さん、夜は寒いので暖かくして眠って下さいね。

 おやすみなさい。良い夢を』



 本当に心配してるって、ちゃんと伝わっているのかな。

 仕事面でも生活面でも彼は何でもソツなく完璧にこなしてしまうけれど、ほんの少しでもお手伝いできたなら。

 いつかそんな風に思っていること、打ち明けられるといいのだけれど。




 街がすっかりクリスマスカラーに染まり、どこからともなく聖歌が聞こえる夜。

 透くんや、杜さんたちにもお誘い頂いて、わたしは今、オフホワイトのふんわりスカートのワンピース姿でお店に顔を出している。


 JazzBar黒猫では、この頃すっかり常連扱いして頂いているのだけれど、今夜もお馴染みのカウンター席からは透くんの忙しく働く姿がよく見えるのが嬉しくて、ついつい顔が緩んでしまう。

 恋人となった透くんが、お客さまの相手をしつつ、度々やって来ては耳元で「楽しんでますか?」とか「飲みすぎてないですか?」なんて囁いてくるのもくすぐったい。

 

 今夜、いつプレゼントを渡そうかな。お店が終わる頃には渡せるかしら。


 そんな幸せを感じながら心地よいJazzの調べに聴き入っていると、少し遅れて凛さんがやって来た。“こんな日まで残業なんて”とため息をつきながらも、小野くんと楽しそうに話している。

 凛さんはわたしの存在にもすぐに気付いて、美しく微笑んだ。妖艶で、それでいて可愛い。



「凛さん、こんばんは。深紅のドレス、すごくお似合いですね。いいなぁ、わたしなんてショップの店員さんに“とてもお若く見えるのでこのくらいがいいのでは”とか言われちゃって、凛さんみたいな大人っぽいの、絶対勧めて貰えないのよ〜」

「こんばんは。璃青さんこそ、よくお似合いよ。ふんわりした雰囲気が貴女によく似合ってると思うわ。いいじゃない、老けて見えるよりは若く見えた方が。うーん、そう考えると確かに透と合ってるのかも……」



 あら、ええと、それはお褒め頂いているのかしら?


 そんな風に凛さんとの会話を楽しんでいたのだけれど。


 今夜は家族だけでなく恋人たちにとって“特別な夜”。とはいえお互いに仕事を持っているとなかなか折り合いは付けにくい。ふたりきりで会える時間はもちろん欲しいけれど、こういう時無駄に大人なわたしはつい諦めてしまう。

 いつも透くんに言われているようにお酒も飲み過ぎていないし(元々そんなに飲めないけれど)、閉店後に会えたらと思っていたけれど、それどころじゃないくらい忙しそうだし、透くんの疲れ方も気になる。わたしもあまり酔いが回らない内にお暇しよう。今日はまだイブだしプレゼントは明日でもいいかな。

 素敵なライブに誘って貰えただけでも嬉しかったのは本当だし。



「杜さん、お会計お願いします」

「もう?」

「楽しくてつい時間を忘れちゃうんですけど、明日も仕事ですし、飲みすぎない内にお暇しようと思って」



 会計を済ませていると、すぐ近くに彼の気配。

 まだまだライブは続きそうな雰囲気の中、透くんが顔の横で人差し指を立てて見せた。

 それはいつの間にかふたりの間の決まりごととなったサイン。


 えっと、いつも通り“お店が終わったら透くんのお部屋で会おう”ってことでいいのかな?


 

 半分諦めていたけれど、誘われたらやっぱり嬉しくて頰が熱くなる。

 ここが薄暗いところで良かった。そうじゃなければ皆さんに赤い顔を見られてしまっていたかも。

 わたしは透くんに小さく頷いてみせると、ご挨拶もそこそこに、火照った顔を隠すようにそっと外へ出た。


 一旦部屋に帰ると問屋さんからのFAX数枚に目が留まる。急ぎだったら困るので内容をすぐに確認。

 

 うん、これなら明日の処理で大丈夫そう。

 ーーーそろそろお店も終わる時間かな。

 

 そう気付いたら駆け出したくなる。

 着替える間も惜しい。もう一時いっときも無駄にしたくない。

 彼の近くに今すぐに行きたくて。

 

 


 ここに越してくるまではBarの雰囲気は“嫌いじゃない”程度だったけれど、今はあの音が心地良くて好き。弦楽器の低いピチカートもいいし、特にわたしはピアノの音も、雨音のようでとても好き。

 そこに忙しく、でも泳ぐようにスマートに立ち回る彼がそこにいる、その風景もとても好き。


 とはいえ場所柄どうしても付いてしまう煙草や様々な匂いを纏ったままでは彼に会いたくなくて、部屋を訪ねる時は入念にシャワーを浴びている。

 どんな時であろうと、たとえ抱き合うことはない夜でさえ、出来る限り、少しでも綺麗でいたいから。


 でも今夜は。

 彼の疲れが心配なのもあるけれど、それよりも顔が見たい、会いたい気持ちがわたしには募りすぎていた。



 わたしが彼の部屋を訪ねた時には、そこには既に明かりが灯っていた。

 遅い時間、いつも通り遠慮がちにチャイムを鳴らし、部屋の主ににこやかに招き入れられる。

 けれど、ここ最近の忙しさからか顔色はあまり良くない。相当疲れているようなのに、今夜訪ねてしまって大丈夫だったんだろうか。



「……ごめんなさい。疲れてるみたいのに来ちゃって良かったのかな」

「え、どうして“ごめんなさい”なんですか?」

「だって、ホントの所、たまにはゆっくり身体を休めて欲しいな、って思ってたし……。ずっと忙しかったでしょ?町内の仕事もあったし」



 玄関先で俯いたわたしの右の頬を彼の左の手のひらが包む。



「だからこそ璃青さんに会いたくてたまらなかったです。ゆっくり会うことも出来なかったからこうして感じたかった……。璃青さんをより求めてしまう」



 いつも通りわたしを甘く溶かしてしまう言葉とともにふわりと抱きしめられる。途端に愛しさが込み上げて、わたしもぎゅっと抱きしめ返し、ゆっくりと深呼吸した。


 あぁ、この温もり、久しぶりだなぁ。

 透くんのハグ、大好きだなぁ。


 “来て下さってありがとうございます”耳元に唇を寄せて囁いて、わたしの赤い顔を覗き込んだ透くんは、お風呂上がりの清潔な、わたしのよく知る“プライベートな透くん”の香りがした。


 ……ということは少しは早目にお仕事を上がれたのかしら。それならわたしもお風呂に入って来ればよかったな。ちょっと後悔。


 それはともかく。

 わたしの耳がその声に特別弱いって知っていてわざと耳元で囁くのって狡いと思うわ。




 リビングに促され、彼がコーヒーを淹れる為にキッチンに向かう。

 ほどよく暖まった部屋のソファの隅の方に座ると、テーブルの上には小さな紙袋が置かれていた。

 

 そうだ、わたしも透くんにプレゼント。

 

 トレーを持ち、隣に腰を下ろした彼の距離は息が掛かるほど近い。この距離感に、未だにわたしは戸惑ってしまう。

 わたしはその戸惑いを悟られないよう、彼の淹れてくれたコーヒーで心を落ち着かせた。



「えっと、わたしからは、これ。もし好きなブランドとかあったりしたら逆に申し訳ないんだけど……」



 おずおずと小ぶりな紙袋を手渡すと、“見ていいですか?”と聞かれ、わたしはこくりと頷いた。

 彼が丁寧に包装を開けると、中からはシンプルな腕時計。散々お店で迷ったけれど、ショップのお姉さんに勧められたのは上品な金属製のもの。



「ありがとうございます! これを付けていると、時間が経つことも楽しい事になりそうです」



 そう言って貰えるとわたしも嬉しいな。

 嬉しくてふふ、と笑うと透くんが「俺からも……」とテーブルに手を伸ばした。



 手渡された袋の中から現れた小箱で何となくアクセサリーかな、なんて考えていたけれどシンプルな正方形のその箱を開けると、そこにはサイズ違いの……。



「すみません、重いですよね、こういうのは」



 少し赤い顔のまま、わたしの顔を不安気な瞳で覗き込む視線にやっと我に返った。

 やさしく繊細なデザインの指輪には小さく誕生石が控えめに輝いている。

 そして何より嬉しいのは、“お揃い”ということ。



「………お揃い?透くんと、わたし……?嘘みたい、どうしよう、すごく嬉しい……。こんなに素敵なもの、わたしが受け取っていいのかな………」



 あれ、声が震えちゃう。その上こんな語彙もなにも全部吹き飛んでしまったような言葉しか浮かばなくて。

 こんなに素敵なサプライズ、貰ったことがないよ。



「璃青さんだからこそ、ですよ。……嵌めてみてもいいですか?」



 そう言いながらわたしと向かい合い、もう左手が取られている。



「サイズが分からなかったので……。一般的なサイズですけど、どうかな」

「………うん、大丈夫みたい。ありがとう。……でも、本当にわたしが貰ってもいいの?」

「指輪を贈りたいと思ったのは璃青さんしかいないですよ。 ……今までペアリングなんて興味なかったけど、なんか嬉しいものですね。いつも繋がっているみたいで」



 わたしも嬉しい。

 嬉しくて泣いてしまいそうで、そっと指輪の嵌った左手を胸に抱きしめる。


 すると、ふいにその手を取られ、左手は彼の両手に包まれていた。



「……あの……コチラはあくまでも予約というか……クリスマスのプレゼントです。そしてその時は……俺がちゃんと一人前になったら、その時はまた改めてきちんとしたものを贈ります。ーーーあ、あと、これ。ここの鍵なんですけど、璃青さんも持っていて下さい。俺の仕事の都合上お待たせしてしまう事も多いので」



 若干早口な彼に、まるでプロポーズみたいな言葉と共に手のひらに握らされたのは合鍵。続くサプライズと貰った言葉が嬉しくて、目の前が涙で揺れてしまう。



「……これじゃわたしばっかり貰いすぎだわ。でも、本当にありがとう。もうこれだけで一生の思い出になりそう」



 今にも泣いてしまいそうなのを瞬きでごまかしながら俯いていたけれど、少しだけ目を上げたらふと小箱に残る指輪が目に入った。



「えっと、あの。透くんのも、わたしが嵌めてもいいかな」



 そう言いながら、大きな手をわたしの手のひらに乗せてみる。されるままになってくれている彼の左の薬指に、そっと指輪をはめようとして、内側の不思議な印に気付いた。



「これ、模様?何が描いてあるの?」

「ああ、それはね。ふたつの指輪を合わせるとハートの形になるんですよ」

「素敵ね。ほんとに“お揃い”なのね」



 そんな風に言われたら、指輪を嵌める手が震えてしまいそう。

 ありがとう。その気持ちがすごく嬉しいよ。


 涙を堪えて俯いたわたしの髪にうなじから指先を差し込み、頭を支えるようにして彼が顔を寄せてくる。わたしは赤くなる暇も与えられず、キスを受ける。

 唇は、頰に、耳元に、首筋に。

 そのままソファに押し倒されそうな予感に慌ててしまう。



「え、ち、ちょっと待って……!」



 困ったな。

 確かに今宵は聖夜。これ以上ないくらい特別な夜なのだけど、再度思い出すのは明日の仕事。初めての年末年始に向けて夏以上の忙しさが想像できるから、その準備をね、したいのよね。いつもいつも翌日が仕事にならないのは、ちょっとね。

 それに、透くんだってすごく疲れてるんじゃなかった?



「シャワーですか?俺は全然構わないんですが、仕方ないですね」

 


 うん、それも勿論なんだけれどね。

 透くん、お願いだから休んでください。……って今更言っても無駄かなぁ。

 

 愛されている、と全身で感じられる時間はとても好き。でもね……。


 わたしの葛藤を知ってか知らずか、こちらを見て微笑んでいる透くんを少しだけ恨めしく思いながら、わたしは彼の腕を抜け出して、ため息をつきつつお風呂場に向かった。



 最近この部屋のあちらこちらにわたしの居場所が増えてきている。それはお風呂場しかり。

 今では澄さんの選んでくれたシャンプーやボディーソープが透くんのものと一緒に並んでいる。透くんと同じ香りを纏うのも好きだったけれど、女性好みの柔らかい香りは身も心もやさしい気持ちになれる。透くんも、この香りを気に入ってくれているといいな。


 

 念入りに身体を磨き、ワンピースタイプのルームウェアを着る。長い髪をざっと乾かしてリビングに戻ると、ソファーから長い脚がはみ出していた。


 ……もしかして、眠っている?


 ソファーの後ろから覗き込んだら、予想通り透くんは小さく寝息をたてている。

 やっぱり相当疲れていたんだなぁ。

 でも、こんなところで眠ったら風邪引いちゃうよ。



「透くん、風邪引くよ。ね、ベッドに行こ?」



 耳元で呼んでみるけれど、全く起きる気配がない。それでも腕を持ち上げてみたりしてなんとか頑張って身体を起こし「ん、璃青さん……」と呟きながらふにゃっと笑う、寝ぼけた彼をどうにかこうにかベッドに横たえることができた。


 わたしよりも大分大きい彼を動かすのは本当に大変で、彼に掛け布団を掛ける頃にはほどよく暖かかったはずの室内でも、気付いたら結構暑い。

 ひと休みしながらちょっとだけ涼むつもりでベッドサイドにぺたりと座り込み、掛け布団にもたれる。自分の薬指に光る指輪と彼の穏やかな寝顔を交互に眺めているうちに、わたしにも連日の疲れが睡魔になってやってきた。



 「たまにはこうして眠る夜もいいよね。……だいすきだよ、透くん」



 面と向かって言うのはまだまだ恥ずかしいけれど、ひとりなら何でも言えてしまう。

 そうして赤面しながら彼の隣に潜り込み、横向きに彼の袖をそっと掴んで、その温もりに抗わず、うとうとと微睡んだ。


 今はここが、わたしの一番安らげる場所。願わくば、少しでも長くこの温もりを感じていられますように。そう神様に祈りながら。



 翌朝、彼の動く気配でわたしも目が覚めた。


 あれ、わたし、いつの間に透くんの腕の中にいたんだろう。



「透くん、おはよう」

「璃青さん、俺寝ちゃってた?」

「ふふ、うん。ここまで運ぶの大変だったよ」

「起こしてくれたらよかったのに」

「でも相当疲れてたみたいだし、それはわたしも、ね。だから一緒に寝ちゃった。ごめんなさい、わたしが帰った方が良く眠れるかと思ったんだけど、たまにはこういうのもいいかな、って」



 透くんはまだちょっとぼんやりと納得いかないような顔をしていたけれど、にこにこしているわたしにため息をつきながら「おはようございます」と軽くキスをした。

 こんな穏やかな朝もいいな。もっとこんな日々を重ねていきたいな。


 そんな風に迎えた、クリスマスの朝。



『ユキちゃん、璃青ちゃん、朝食できているわよ! 皆さんもお待ちなので降りていらっしゃい』



 ええええぇっ?!す、澄さんの声?!

 ていうか、スピーカー??

 そんなのあったっけ?



「あの、えっと、“皆さん”って……?!」

「ああ、澄さんが下で呼んでますね。行きましょう」

「え、わたしも一緒に?いいのかな……。じゃなくて、“皆さん”って誰?杜さんと澄さんと、えっと、あとは凛さん……とあとは……」



 いや、「さて、着替えますか」なんてニコニコしてる場合じゃなくて……!



「大丈夫だよ、澄さんと杜さんはもう俺達の交際を知っているし、Jazzプレイヤーの皆さんは気さくで細かい事を気にしない人だから」

「おふたりはね……、って、え、皆さんって“Jazzプレイヤーの皆さん”?!」



 そうか、昨夜は杜さんのところにお泊りだったんだ。

 でもどうしよう、わたし思いっきり部外者じゃない?


 けれど慌てるわたしに尚も「大丈夫だから」と言う透くんに押し切られ(?)、覚悟を決めるしかなさそうで。



 それからオロオロしながら余所行きよりもちょっとだけカジュアルなワンピースに着替え、簡単なメイクをして既に賑やかな階下にそっとお邪魔すると、昨夜泊まられたと思われるお客さま、杜さん、澄さん、凛さんと何故か小野くんが勢揃いしていた。

 一斉にこちらに向く視線がちょっと痛い。



「おはようございます。あの、初めまして。……ええと……あ、澄さん!何か出来ることありますか?」



 わたしが澄さんのところへ逃げると、後ろで透くんがお客さまに何やら冷やかされているのが耳に入った。



「透くんも男だったんだねぇ。クリスマスにこんな可愛い彼女と熱い夜って」



 澄さんから“璃青ちゃんこれどうぞ、使って”とお借りしたエプロンを着けていると、返答に困っている透くんが目に入る。



「まさか、透まだやってないなんて事ないわよね! そんなヘタレだったなんて!」



 凛さん!なんてことを〜!

 もしかして、ここは透くんの名誉を守るために弁護した方がいい?



「そんな事ないです!透くんはいつもは凄いですよ!それはもう、本当に。ただ昨日は疲れていただけで……」

「何? 昨晩はたたなかったの?」

「いえ、疲れていたので眠っちゃっただけです」



 ああ、わたしったら何をバカ正直に……!

 ていうか、凛さんたらストレートすぎる……!


 ここでもし透くんが「璃青さん、もういいから……」って止めてくれなかったら、まだ凛さんの尋問が続いていたと思うわ。



「まあ、あと三日したら店も休みに入る。その頃には疲れも取れているだろうし時間もたっぷりある。思う存分二人で楽しんでくれ! まる一日でも」



 皆さんの前で杜さんにもそう言われてしまい、その後も何かとからかわれ、ふたりして真っ赤になりながら朝食を頂いた。

 時折目に入る、お互いの指に嵌るやさしく煌めく約束の印に頰を緩めるわたしの姿まで、しっかり見られているとは知らずに。

 そんな、楽しくて素敵なクリスマスの朝。


 

 思わぬハプニング(?)はあったものの、こうしてわたし達らしく季節や記念日を重ねていけることが、とても幸せ。

 これから迎える日々も、どうか幸せでありますように。わたしは朝日の差し込む賑やかな食卓で、心の中でそっと願う。

 

 

 商店街で初めて迎える、新年はもうすぐ。

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