キーボくんと甘い時間?
2話更新となっております。こちらからお越しの方は前話からお読み下さいませ。
とはいえこんな時、なんと言っていいのか分からない。俯いていると、透くんが口を開いた。
「あの、ごめんなさい、今日は。
もう、こんな騒ぎ起こさせませんから。凛にも言い聞かせますから。今度は俺が守りますから」
わたしはしょんぼりして見えるキーボくんに、思わず腕を回して抱きついていた。
大丈夫。そうやってすぐに来てくれるじゃない。わたし、ちゃんと守られてるよ。だからそんなに心配しないで。
そんな気持ち、伝わるかな。
「璃青さん、貴女を直で抱きしめたい」
うん、わたしも透くんを抱きしめたいよ。そう思って腕を精一杯回してみるけど、着ぐるみ越しに抱きしめるのには、やっぱりかなり無理がある。
「なんかキスしたいですね」
キーボくんの中から聞こえる囁き。わたしの肩に触れる手に思わずびくりと身体が固まる。
透くんたら、ここがどこなのか、まさか忘れてるわけじゃないよね?ていうか、わたし透くんの何かのスイッチを押したりなんかしてない……よね?
カラン
「璃青さーん、こんにちは〜!……あれぇ?何でこんな所にキーボくんが?ていうか璃青さん何してんの?」
あわわ、七海ちゃん!
わたしは慌ててキーボくんから離れると「いらっしゃい」も言わずにとっさに言い訳を探した。
「あの、キーボくんお買い物に来てくれたんだよね、ねっ?わたし、キーボくん大好きだから嬉しくて思わず抱きついちゃったの。キーボくんてほら、抱きつきたいほど可愛いと思わない?」
えへ、って笑って見せたんだけど、七海ちゃん、何か誤解してない?いや、キーボくんの中身が誰かなんて、住人さんなんだから知っていて当然なんだし、この場合誤解とは言わないかもしれないけど!「あーあー。見ーてーなーいー見ーてーなーいー私はくーうーきー」とかスキップしながら出ていくのやめて〜!………まぁ七海ちゃんはあることないこと触れ回るようなミーハーな子じゃないから大丈夫、かな………。
透くんも七海ちゃんの声にハッとしたように慌てて手を振ると、今度は上手に引き戸を開け、足早にお隣に帰っていってしまった。
一人残されたわたしはお茶を片付け、中断していた作業を再開する。けれど先程の透くんの声が耳から離れなくて指先に集中することができない。
あの透くんの腕に抱きしめられて、腕の中でやさしい声を聞きたいな、………なんて。
それにしても今日は朝からほんとに慌ただしい。わたし、これから閉店時間まで落ち着いて作業できるかな。
もうもう、煩悩退散!
結局ぼんやりしながら作業していると、そこにメールの着信音。透くんからだった。
『今日、黒猫が終わったら、会いませんか?』
文面はシンプルなのに、どこか甘い空気が漂っている気がする。
うん。わたしも透くんの姿をちゃんとこの目で、すぐ近くで見たい。『はい。ではそちらのお店が終わる頃に伺います』なんて、どこか他人行儀なメールを返しながら、もうソワソワしてしまう。
それでも閉店時間になるまで接客したり、クリスマスカラーのブレスを作ったりしながら平静を装っては時計を気にしながら過ごした。
こちらのお店の閉店後、簡単に食事を済ませてシャワーを浴び、髪を乾かしながら愛しいひとを想う。
あえて黒猫にはお邪魔しないで、ふたりきりで会いたい気持ちを募らせて。
遅い時間にドキドキしながらそっとチャイムを押すわたしを、笑って抱きしめてくれるかな。明日もお休みじゃないからきっと長居はできないけれど、本物の透くんに少しでいいから触れたいな。
零時より少し前、黒猫が閉店する頃、わたしは足音をひそめて彼の部屋に向かう。こんな時間にチャイムを鳴らすのもどうかと思いつつ、部屋の主に来訪を知らせた。
チャイムを鳴らすとすぐに人の気配。背の高い、濡れた髪の彼に迎えられたら見惚れる間もなく、気付いたら彼の腕の中にいた。
「え、ちょ、待って透くん………!」
びっくりして見上げると同時に、“ここ、玄関だから、ね?”そんな言葉は彼の唇に飲み込まれてしまった。一気に深まるキスに酸素が足りなくなる。待って、こんなのすぐに息が上がっちゃう……!
しばらくしてようやく離れた唇は、色っぽく濡れている。キスの激しさに戸惑いながら、彼の瞳を見つめて肩で息をする。
「いきなりすいません。
でも心も身体も璃青さんを求めてしまって。
……いいですか? 抱いても」
再び抱きしめられながら、あまりにストレートな掠れた声の囁きに顔が熱くなる。けれど囁きのあと吐息を感じる距離でわたしを見つめるその瞳に、逆らえるわけがない。
「いいよ。私も透くんが欲しい……」
こんな時こそ甘えてもいいよね。“あなたのことが愛しい”と、何度でも伝えるために。それは言葉で、唇で、そして全身で。
わたしの声に応えるように玄関ドアに押し付けられて、またキスが始まっていた。深く、強く。息苦しさの中で、キスの合間に彼の名を呟く。
わたしは抱き上げられて、そして。
甘く切なく、彼の腕に溺れた。ーーー
微睡の中、額に温もりを感じて目を開けると、彼に見つめられていた。……うっかりまた眠ってしまったみたい。
わたしって体力ないな。
いや違う、透くんの体力があり過ぎるんだわ。
「寝ちゃってたのね……」
「見つめて楽しんでました」
「やだ、恥ずかしいから寝顔なんて見ないで!」
本気で恥ずかしいのに、透くんは可笑しそうに笑うばかり。なんとなく悔しくて目の前の素肌の胸に顔を押し付けた。そのまま腰の辺りにぎゅっと抱きついたらわたしの髪を梳いてくれるその手に、心がまた穏やかになっていく。
「抱き合っている時もいいですが、俺はその後のそういう璃青さんとの時間も好きなんですよ。すごく穏やかで幸せで」
「わたしも好き。こうしていると、心臓の音とか体温に、すごく安心できるの」
何もしなくてもいいの。こんな時間が好き。
このまま眠ってしまいたいくらい。
………なのにどうしてまたキスされてるの?え、ちょっと嘘……!
頰に触れる手は、既に“穏やか”な触れ方じゃない。
「もう、これ以上は無理よ!今日だって二人ともお仕事なのよ?あなたはともかくわたし、お仕事できなくなっちゃう!」
「ーーーキスしたらダメですか? 璃青さんが可愛らしすぎて」
「………ほんとにキスだけ………?」
透くんこそ、そんな可愛い顔をしてるけど、すごーく怪しいよ?あの、今日は帰してくれる、よね……?
願いも虚しく視界が変わり、わたしはまた天井と彼の微笑みを見上げていた。
「キスだけって言ったじゃない!」
「璃青さんが可愛いのがいけないんですよ。いいからもう観念してくださいね」
「可愛くなんてないって………んっ」
気のせいかな、透くんの笑顔がどこか黒いような……?ううん、まさかそんな筈ないよね。見間違いよね。
そうしてまた苦しいほどの快楽を与えられ続け、わたしの意識は再び深くベッドに沈んでいく。
明日(もう今日だけど)は仕事にならないかもしれない。というか、既に自力で帰れない気がする………。
こんな時、わたしよりも若い透くんと付き合っていくのは大変だなぁ、なんてほんのちょっとだけ思ったりする。けれど、少し前にはあんなに苦しんでいたのが嘘のように彼の隣りは居心地がいい。
これからも、ずっと自然体でいられたらいいな。
こうやって時々お互いの存在を確かめ合って、距離を縮めて。いつの日か、誰からも認めてもらえるようになりたい。
そしてこの恋に、もしもいつか終わりが訪れるとしても、その日まで彼に恥じないわたしでいたい。




