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凛さんとお知り合いになりました。

お久しぶりの更新です!今回は2話でお送りします。ユキくんサイドは白い黒猫さまと同時公開の【透明人間の憂鬱〜希望が丘駅前商店街】をどうぞ〜。

 その女性ひとは翌日、突然わたしの目の前に現れた。昨夜部屋に帰ってから、挨拶が出来なかったことをずっと後悔していた。


 え、透くんのお姉さん………?


 どういう訳か小野くんを従え、切れ長なのに大きくて綺麗な瞳が冷静に見れば確かに彼に良く似た美人さんが、わたしのいる作業台の辺りまでやってきた。



「いらっしゃいませ」



 慌てて作業を中断して立ち上がり、戸惑いつつも挨拶をする。背の高い彼女はわたしを見下ろす形でいきなり何かを口にしようとしていた。



「ぁ」「こんにちは! 澤山さん!! いつもお世話になっています 良い天気ですね!」



 それを遮るように、傍らの小野くんがもの凄い勢いでわたしに話し掛けた。……いい天気?まぁ、確かに雨は降っていないけれど。



「………こんにちは。ええと……?」

「コレ、良かったら食べてください! 駅前のデパートで美味しそうだったから買ってきました」



 小野くんはわたしにデパートの手提げ袋をずいっと両手で押し付ける。


 ???どういうことなのか、全く理解できないんですけど……?



「ありがとう、ございます。……あの、どうして……?」

「当たり前じゃないですか! いつもお世話になっていますから」



 ええ?小野くんに?むしろお店にお邪魔しているわたしの方がお世話になってるんじゃないかしら?

 いつもと違う小野くんに違和感を覚える。彼は黒猫ではとてもクールなイメージがあるのに………。


 そんなことを考えつつ、小野くんの一歩後ろで圧倒的なオーラを漂わせる女性につい目が行ってしまう。

 と、ふいに彼女と視線が合ってしまった。それと同時にあの夜には気付かなかった、彼によく似た面差しの女性が、すっ、と前に進み出る。



「こんにちは、澤山さん」

「こんにちは。……あの、透くんのお姉さまですよね?お会い出来て嬉しいです」



 本当、よく似てる。そう思うと自然に顔が緩んでしまう。けれど……。



「お姉さまは止めていただけないかしら……東明凜と申します」



 その硬い声音に、びくりと身体が固まった。途端に恐縮するものの、慌てて挨拶を返す。



「申し訳ありません。凛さん、ですね。……初めまして、澤山 璃青と申します。当店にお越し頂いて、ありがとうございます。本来ならわたしからご挨拶するべきでしたのに、昨夜は大変失礼致しました。杜さんご夫妻、透さんには大変お世話になっております」



 丁寧にお辞儀をしたけれど、いくらよく似ているとはいえ、いきなりの“お姉さん”呼びは確かに失礼だったかも。


 でも、一体どうして小野くんと一緒に来ることになったの?

 そう視線を小野くんに向けると、何とも言えないような困り顔で佇んでいる。と、小野くんが何かを思い出したように凛さんに小声で話しかけた。



「……あ、こちらお口に合えばよいけれど、松平市の銘菓なそうです」



 ………凛さんまで??



「ありがとうございます。気を使わせてしまって申し訳ありません。あの、お時間ありますか?立ち話もなんですし、折角ですからお茶でもいかがでしょうか」



 心なしか仁王立ちになっている凛さんが、本当のところちょっと怖い。綺麗な人が真剣な顔をしていると、凄みがあるのよね。


 とはいえ、応接スペースといえるような立派なテーブルもないのでとりあえず作業台の上を片付け、お茶と、頂きもののお菓子を用意する。

 三人が神妙な面持ちで椅子に座り、静かなお茶会が始まった。



「それにしても、ご姉弟きょうだいで本当によく似ていらっしゃるんですね。目元なんか特に、とても綺麗……。あ、ごめんなさい」

「あ、ええ、まぁ、よく言われます」



 近くで見たら昨夜の誤解が嘘のよう。異性の姉弟なのにここまで似るのかな、っていうくらい。そう思ったら昨夜の失態が益々恥ずかしい。暗がりの中とはいえ、よく見ようとしなかったわたしも悪いんだけど。


 それぞれのお茶が少しずつ減った頃、お店にやって来た時よりはややトーンダウンした凛さんが厳しい表情かおで言葉を続けた。



「ところで、あなた透と何故付き合っているの? そして何処に惚れたの? 年下を選んだのは御しやすいから?」



 やっぱり年の差はどうにも気になるところなんだろうし、それを差し引いてもあらゆる点において優れている彼の隣に立とうとしているのだ、その疑問はとてもよく分かる。

 そうよね、そう思われても仕方がないけれど………。



「そんなの、本人達が ……」



 気を遣ってくれているのか、小野くんがちょっと慌てて割って入ろうとするけれど、凛さんはそんな小野くんをチラリと目で制した。

 でも、わたしの気持ちも凛さんに分かって欲しいから。


 わたしは頭の中で出会いの頃からの事を思い出す。



「そうですね、出会った頃、正直に言うとなんて綺麗な人なんだろう、って見惚れちゃったのが最初です。それから知り合ってすぐ他人事なのにわたしのことを自分の事のように怒ってくれたり、年下だなんて感じさせないくらいしっかりしていて、いつもいつも助けられるばかりで。それから、顔に似合わず熱いところでしょうか。そんなところがいつの間にかとても好きになっていました。年齢差という点では何度も諦めようとしたし、これからどうなるのかなんて、それは今もまだ分からないけれど。少なくとも今のわたしにはなくてはならない人であることは確かです」



 言っていて頰が熱くなってしまう。こんなの、惚気だと思われちゃうかしら。けれど、耳を傾けてくれている凛さんも、途中から“うんうん”と頷いてくれているみたい……?



「……そうよね、あの子のそういう所が健気というか……。『仕方がないな』とか言いながらも愛情籠った瞳で見つめてくるところはホント可愛いのよね」



 えっと、分かって下さった……のよね?



「私が風邪に倒れた時も、お父さんやお母さんは薬飲んで安静していたら治ると放置したのに、あの子は付きっきりで看病してくれて ……」



 透くんの子供の頃の様子が見えてくる。こんな話、本人からもなかなか聞けないから貴重だわ。あの人は昔から困っているひとを放っておけない人なのね。それが家族でも、わたしみたいな他人に対しても。



「でもね、あの子は優しいから ……優しすぎるの。我慢強いし自分の事いつも後回しで ……本当は我侭言うべきなの! 人に甘えるべきなの!………それをしないから、私があの子の分まで我侭いわないといけなくなるんじゃない ……」



 それはわたしも感じている。時折何かを静かに耐えているようなところ。付き合いの浅いわたしには、まだまだ委ねてもらえないのかもしれないけれど、いつかその悩みも苦しみもわたしに分けてくれたなら。

 凛さんの気持ちが痛いほどわかる。彼女も、透くんのことが心配で仕方ないのね。



「凛さん……。凛さんはそんな風にして彼を護って来られたんですね。凛さんや周りの人に愛されてきた透くんだから、あんなに素敵なひとになったんですね」



 わたしの言葉に瞳がみるみる潤んでくる。あら、わたし泣かせでしまうようなこと、言ってしまったかしら。



 ーーーと、お店の前を青い物体が駆け抜けた。と思ったらブレーキをかけてUターン?見覚えがありすぎる、あの姿は………。





 青い物体は、お店の入り口めがけて突進してきた。

 

 ガタッ!


 入り口に青い物体、キーボくんがつかえてちょっと引き戸が外れてしまった。無理に入ろうとしたら、まぁそうなるわよね。



「璃青さん!璃青さん!大丈夫ですか?!」



 その声にハッとしてキーボくんに駆け寄る。小野くんも慌てて一緒にキーボくんの救助に駆けつけてくれた。



「今ドア直しますから。ーーーはい、これで動けますよね」



 小野くんが外れた戸を直し、大きく開け放った入り口からキーボくんがようやく中に足を踏み入れる。わたしは軽くその身体を抱きとめた。



「ドアすみません、壊れていませんか?」

「軽く外れただけだから大丈夫よ。それより顔がちょっと凹んじゃったかしら……ん、大丈夫ね。ゆ、……キーボくん、とりあえず休みましょう。今、お水持ってくるから待ってて」



 着ぐるみの頭の凹みは、軽く撫でただけで直ったけれど、キーボくんは息が切れて今にも倒れそうだった。わたしはまずキーボくんを椅子に誘導し、それからお店の奥の冷蔵庫に走ってミネラルウォーターのペットボトルを持って戻ると、蓋を軽く開けて彼の背後に回り、ファスナーを開けて中の透くんに手渡した。「ありがとうございます」小さな声で受け取った透くんに“どう致しまして”と囁いて、またファスナーを閉めると、凛さんが不思議な着ぐるみをじっと凝視している。



「これ、……透?」

「はい。“希望が丘商店街”のゆるキャラで『キーボくん』といいます」



 凛さんの顔がパッと明るくなった。



「なんか可愛い!中に透が入っていると思うと尚更」



 けれど和やかな空気の中、キーボくんの中から透くんが声を荒げた。



「じゃないよ! 凛! ったく昔から考え無しで行動しすぎ! 小野くんまで巻き込んで迷惑かけて何やっているんだよ!」



 目を逸らした凛さんに、透くんが追い打ちをかける。



「なんでいつもそうなの? 俺の知り合いになんでいつもそんなに迷惑わけまくるの? そんな風にかき回して面白い?」



 透くんは、身内だからなのかその言い方に容赦がない。わたしは内心オロオロしながら二人のやり取りをただ見守ることしかできないでいた。



「違うわよ! 変なのを追い払っているだけでしょ!」

「変って何だよ! 俺の知り合いの中では、一番凜が変って言われているよ!

授業参観で、親でなく同じ小学生の姉が来たのはウチだけなんだから!」



 大げさなくらいにため息をついた彼が続けた。



「でも、透は喜んでくれたじゃない! 先生に怒られたのも庇ってくれたし」

「俺の事を気にかけてくれるのは嬉しいけど、いつもやりすぎなの!」

「でも、それだけ透が心配だったの」



 それを聞いた透くんが少しだけ声を落とした。



「凜が俺の事心配してくれているのは分かるよ。でも少しは信頼して。俺はもう大人なんだから」



 凛さんはため息をついて、そしてぽつりと呟いた。



「でも、まあ、この人なら認めてあげてもいいわよ」



 あら、“この人”ってわたしのことですか?



「でも透を傷つけるような事したら ──」

「それは俺達二人の問題だから。多分一緒にいる間に色々あるだろうけど、それは二人で乗り越えたい。だから凜は余計な事しないで」



 透くん、身内だからって口調がキツいよ。こんな言い方されたら凛さんも傷つくんじゃないかな。


 凛さんは、そんな透くんの言葉に俯いてしまった。



「あ、あのっ……。わたし、これから凛さんに色々相談させて頂いたりしてもいいですか?」



 ほら、例えば男性には聞きにくいこととか。……って、一体何を聞くつもりなの。自分の発言に軽く落ち込んでしまう。もっと気の利いたことが言えたらいいのに。



「璃青さん、それは俺にしてくださいよ。色々不安に感じることとか、不満とか俺にちゃんと言ってください。そして二人で解決していきたいから」



 話しているのはキーボくん。なのにこの姿だからなのか、若干ゆるキャラっぽい身振りまで加わっている。

 でも、この声は確かにわたしの大好きな透くんで。



「透くんに不満なんて……。でも、また不安になったら、甘えていい……?」



 その度に甘えてたら鬱陶しがられちゃうから、程々にね。そこが大人の難しいところなんだけど。



「そんな風に言って頂いて嬉しいです。いつでも俺を頼って下さい!」

「透くんこそ。わたしじゃ頼りないかもしれないけど、本当はもっと甘えて欲しのに、っていつも思ってるのよ?」



 目の前にいるのがキーボくんだからこそなんだろうか。人目があるのに、思わず手を取ってしまう。中にいる透くんの表情は見えないけれど。



「はい!

 ……璃青さん、その笑顔が素敵です。

 そうやって俺の前で笑っていてください。その笑顔で俺は元気になるんです。そして俺はそれを守り続けたい」



 えっと、さすがにそこまで言われると、この状況では恥ずかしいかも。凛さんも小野くんもこの場にいるって分かっていて言ってる……のよね?


 甘い透くんに赤面していると小野くんが慌てたように「じゃあ、俺午後から授業あるんで、そろそろ失礼いたします!」と言いながら凛さんの身体を回れ右させていた。


 後に残されたわたし達は、しんと静まり返った店内でまだ手を離せずにいる。


 ………まだ離れたくないな。


 でも、こんなところにお客様が来たらどうしよう。彼とは昨夜も会っていたはずなのに。

 最近、そんな風に思う自分を持て余してしまう。でも、付き合い始めなんだもの、一緒にいたいと思うのは自然なことなんじゃないかな。


 それにしたって、わたしとキーボくんが手と手を取り合っている図って、誰がどう見ても怪しいんだけれど、ね。





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