十三夜の宿題
今回は、白い黒猫さまとの久しぶりの同時更新となります。ユキくん視点は【透明人間の憂鬱〜希望が丘駅前商店街〜】の最新話を是非!
春もいいけど秋から冬へと向かうこの時期の自然が好き。黄色や赤に移り変わる木の葉、草花も冬の匂いに近付いていく。
ここ最近のわたしは余計なことを考えないように、それから運動不足解消も兼ねて、かなり時間をかけて近くを散策している。
雲ひとつない今日も、午後からの空いた時間を、モスグリーンのロングスカートにアイボリーのブラウス、桃香ちゃんと会った日と同じ淡いラベンダーのカーディガン、そして日焼け止めバッチリで家を出た。
河原に向かって歩いていると、自然はアクセサリーのモチーフになりそうな色彩に溢れている。
手を触れて、木の実の赤を確かめて。どこからともなく香る金木犀は、疲れた心にとても優しい。
今日はこのまま香りの元を辿ってみようか。
そうしてしばし、時間を忘れよう。
のんびりと秋を楽しんでいたけれど背後から車の気配を感じて脇へ避けた。わたしを追い抜くその車はカボチャを思わせる深い緑のミニクーパー。
ふふ、シンデレラのカボチャの馬車みたい。
でも、わたしはお姫さまなんかじゃない。だから王子さまのお使いがお迎えに来ることもないの。
わたしを追い越したカボチャの馬車、もといミニクーパーはブレーキを踏み、軽くクラクションを鳴らした。開いた左の窓からは、今はちょっと顔を見たくなかったその人。
「ーーーユキくん?!」
「こんにちは!いい天気ですね」
ニコニコしちゃって。ご機嫌なのね。
わたしも笑みを返したけれど、ぎこちなくはなかったかしら。
「よかったら乗っていかれます?送りますよ」
帰宅途中だと思ったのか、彼がわたしを誘う。まだ帰るつもりではなかったのに。
それに、後部座席には何やら荷物が乗っていて、助手席に乗ることはどうやっても避けられない。
けれどこんな気分で隣に、近くに彼を感じるのはちょっと辛い。
どう答えようか返事に困っていると、渋っていると思われたのか「同じ方向ですし」と重ねて誘われた。
この河原は整地されていて、こんな風に車がたまに通ることがある。もし後続車が来たら迷惑かな、と思い至り、観念して乗ることにした。
おずおずと右のドアを開けて日本車とは反対側の助手席に乗り込む。
ゆっくりと滑り出した車。車内には落ち着いたジャズナンバーがかかり、ユキくんは慣れた手つきで左ハンドルを操る。
「ユキくん、運転するんだ。しかもこんなに可愛い車を持っていたのね。わたし、ミニクーパーなんて初めて乗ったよ」
沈黙が怖くて、ついどうでもいいことを話し掛けていた。
「免許持っていた方が何かと便利ですしね。あっ、でもこの車は澄さんのものなんですよ。近所走る時はこの車の方が走らせやすくて」
良かった、答えてくれてる。
「左ハンドルって、難しくない?」
「慣れですよ」
言葉が続かない。どうしよう。
胸が勝手に高鳴って、落ち着いていられない。
何か話題……。
そうだ、カボチャ。
「後ろのこれ、カボチャ?」
ハロウィンには少し早い気がするんだけど。
「ああ、ハロウィン用のディスプレイに農家の方から直接買ってきたんですよ。ほら駅前のエスポワールコリーヌの芽衣さんから紹介してもらって」
「エスポワール………」
あのお花屋さんにいる、透くんの可愛い彼女。あれからずっと、楽しそうに笑い合う二人を思い出さないようにしていたのに。
「駅前の派出所前の花屋さん。素敵なお店なんですよ。店長の芽衣さんもまた可愛らしくて素敵な方で、いつも色々相談にのってもらってお世話になっているんです。良かったら今度紹介しますよ」
………別にいいのに、そんなの。って言ったら悪いかな。こっちは勝手にユキくんに振り回されてこれまで一喜一憂していたけれど、それは透くんには関係ないものね。そっか、“可愛らしくて素敵な方”ね。
「そうだ!璃青さんはハロウィン、お店に何かディスプレイするんですか? 良かったらこのカボチャ使いませんか?」
黙ったまま曖昧に笑うわたしに、透くんは機嫌よく言葉を続ける。
「俺、今から澄さんとこのカボチャをランタンにするんですが、一緒に作りませんか?楽しいですよ」
そうよね、これらもお隣さんなことには変わりないんだから、普通に接しないと不自然よね。何だか複雑な気持ちだけれど。
「ありがとう。それじゃお言葉に甘えてお邪魔するね」
わたしは上手く笑うことが出来ているかな。
その後、そのまま連れて行かれた黒猫の店内で、わたしは透くんから離れて澄さんの側で作業をした。
ランタン用に仕入れたカボチャは意外にも柔らかく、杜さん、透くん二人の男性陣に硬いところを切ってもらったら、わたし達女性の力でも楽にくり抜くことができた。
思い思いに表情をつけ、杜さん、澄さん、透くん、それにわたしの四人で最後に見せ合った。
わたしの作ったランタンはどれも目が微妙に下がり、どうやっても哀しげな表情のランタンしか作ることが出来なかった。
そんなわたしを透くんが時折気遣うように見ていたなんて、その時は思いもしなかった。
その数日後、店舗奥の作業台で相変わらずハンドクラフトに精を出しているところに、ふらりと透くんが現れた。わたしはびっくりして反射的に椅子から立ち上がっていた。
「いらっしゃい。また金魚の様子を見に来てくれたの?ほら、この通り元気よ」
聞かれてもいないのに、不自然なくらい言葉が口をついて出る。「こんにちは」と透くんはいつも通りに水槽に近付くと、暫くの間金魚を眺めていた。
「うん。金魚は元気そうで何よりです。ーーー璃青さんは、」
「え」
急に名前を呼ばれて狼狽える。
「最近、元気ないですが大丈夫ですか?悩まれているというか、思い詰めた感じというか……」
「そんなことないよ?」
「じゃあどうしてこの間から、……ほら、すぐそうやって哀しそうな顔をして、」
その優しさがわたしの胸の痛みを強く自覚させる。
「透くんには関係ない。わたしは元気よ」
しまった。突き放すみたいな言い方になっちゃった。
俯いて足元を見ていた。
ふと気付いた時には、すぐ近くに透くんの気配を感じたけれど、顔を上げられずにいるわたしの頭上に彼のため息が落ちた。
「璃青さん、十三夜のお月見をしませんか?二人で。…………ほら!月を見ると何故か元気になりませんか?悩みが吹っ飛ぶというか………!」
十三夜。わたしの脳裏に十五夜の月が蘇る。
透くんを月のようだと思ったあの夜よりも、更に手の届かないひとなんだと、わたしが想っていてもいいひとじゃないんだと、また自覚するだけなのに。
“思いつめてる”?その原因でもある透くんにわたしの何が分かるの。
もう、そうやって誰にでも見せる優しさで振り回すのはやめて。
「璃青さん?」
「そんなの、彼女と行ったらいいじゃない。いくらお隣さんだからって、ちょっと元気がないくらいでそこまで気を使うことないわよ。少し疲れているだけよ」
俯いたまま、早口に言っていた。
「彼女……?そんなのいませんよ」
心外だ、といった感じの声。
ユキくんの嘘つき。
「嘘。お花屋さんのあの人がユキくんの彼女なんでしょう?わたし知ってるんだから。あの人と行けばいいのよ」
「え……あの、何の話をしてるんですか?」
「彼女と一緒にいる所を見たの。いい感じじゃなーーー」
「それ、本気で言ってますか?」
ほんの少し苛立ちを含んだ声に遮られ、思わずびくりと怯む。
「え……だって」
「芽衣さんのことですよね?彼女のことは素敵だと思いますよ。……でも、俺の好きなのは、」
「ほら、やっーーー」
「璃青さん、聞いて」
再度言葉を遮り、ふわりと抱きしめたのは、わたしの口を封じる為?
「何をどう誤解されているのか分かりませんが、芽衣さんって結婚されてますよ!ほら、お店の前にある派出所にいる真田さん、あの方が旦那さんです。あと……そもそも、芽衣さんの事そんな風に思った事もないです。ーーーー俺が好きなのは。璃青さん、貴女ですよ」
言ってる意味が分からない。
そんな、わたしに都合のいい言葉なんて聞こえない。
「年下の俺は頼りないだろうし、俺じゃ釣り合わないかもしれませんが。………本気です。貴女が好きなんです」
「そんなの嘘。絶対うそよ………」
抱き寄せられたまま、弱々しく首を振るのが精一杯だった。
年上のわたしよりずっと大人で、いつだって落ち着いていて、でもここぞという時は熱くて。
「もっと頑張って璃青さんに似合う大人の男になります。だからもし、俺のことを少しでもそういう対象として見てくれるなら。………一緒に月見をして下さい」
彼の言葉が現実だと、どうしても思えない。
「あの………“そういう対象”って、つまりその、“お付き合いしたい”ってことですか?」
思わず敬語になってしまったけれど、顔を上げずにはいられなかった。
多分顔は真っ赤。でも、真実はその瞳を見て確かめたいから。
「は、はい。できればその方向で……」
ついさっきまでの強気な言葉はどうしたの?
ねぇ、横を向いたユキくんも顔が赤いよ?
わたしの腰の辺り、彼の腕で作られた緩い輪の中で、くすくすと笑ってしまう。
わたしは顔の赤いユキくんを見て笑っているふりをして、零れそうな涙をごまかした。
「璃青さん?」
「透くん、ありがとう。嬉しい………」
嬉しい。
なのにどうしても、どうしても素直になれないのは。
彼の腕の中、胸の辺りに軽く手のひらをあてて距離を取った。
「でも。ーーーー少し、考えさせてください」
わたしの心の冷静な部分が、本心を隠したまま、そう言わせていた。
その言葉にハッとしたように、彼の腕の拘束が解かれていた。
「分かりました。………ゆっくり考えて下さい。………俺達のことを」
そう言って足早に店を出て行く彼を呆然と見ていたけれど、彼の姿が見えなくなった途端、足が震えていることに気付いた。
『待って。わたしも透くんが好き』
認めたばかりのこの気持ちを口にして、追いかけられずに飲み込んだ言葉は自らかけたブレーキのせい。
年の差は、一緒にいる間にこれからきっと事あるごとにわたしを、二人を迷わせる。彼にそんな未来をあげたくない。
好きなだけではどうにもならない。
わたしは彼の未来を想うあまり、本当の気持ちを言葉にできなくなっていた。
爆弾が投下された模様です。




