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俺様は猫である

 俺様は猫である。名前はまだ無い。

『おーい、ヤナギー!』

棚の上から、ハムスターの声が降ってくる。

………名前は、まだ無い。

『ヤナギー? いないのー? ヤナギー!』

…………………………………。

『猫のヤナギー? おーい! いるんでしょー?』

『うっせぇな! 俺が今、カッコいい感じでナレーションしてんだから、空気読めよ!』

『あ、ヤナギそんな所にいたんだ!』

『だから、空気読めって! さっき、俺「名前はまだ無い」って言ったよねぇ!?』

『あ、何? そういう設定だったの? ゴメン、ゴメン。でさー、ヤナギ?』

『はぁ、もういいわ……。で、用件は?』

『あー、なんだっけ…? 忘れちゃった! あっはは』

『てめぇ……』

ハムスターのクセに猫の俺を振り回すとかホント許せねぇな。

喰っちまうぞ。

『まぁ、そう怖い顔すんなって、ヤナギ』

水槽から亀のジニアが声をかけてきた。

『だって、俺がカッコいい感じのナレーションしてたのに、邪魔されたんだぜ?』

『アタシ邪魔するつもりは無かったんだけどな……』

ナノハの表情が少し暗くなってしまった。

そこへ、ジニアが助け船を出す。

『ほら、ナノハもこう言ってるんだしさ。許してやろうよ』

『まぁ、ジニアが言うなら許してやらない事もないけど……』

『やった☆ ジニアまじナイス!』

『『お前、ちょっとは反省しろ!!』』

『えー、でもさー、ナレーションくらい、もう一回やり直せばいいじゃん』

……その手があったか!

それじゃあ、カッコいいナレーション・テイク2といきますか!

『あー、あとアタシ思ったんだけどさー、あのナレーションさ、ヤナギがやると、大してカッコよく無かったよね』

『え!? そうなの!? ジ、ジニアも、そう思う…?』

『…………………良いんじゃね?』

『目を()らすなぁ!』

マジかぁ。別にカッコよく無かったかぁ……。カッコいいと思ったんだけどなぁ。うわー、萎えるわー………。


するとそこへ、インコのアイリが鳥籠から声をかけてきた。

『ウチは、ヤナギ君のナレーション嫌いじゃないけどなー』

…………マジで?

『その言葉、嘘じゃない……?』

笑いながらアイリが答える。

『嘘じゃないって。ウチがそんな嘘つくと思う?』

ヤベー。アイリちゃんヤベー。天使だわ。アイリちゃんマジ天使だわ。ハムスターのババァと違って、アイリちゃん最高だわ。

『おい、誰がババァだ! おいコラ! アタシはまだ、人間でいうJKの年齢だぞ! おい! おい聞け! おいコラ!!』

ナノハがガシャガシャと籠を揺すって抗議する。

『うるせーな、バムスターのくせに。他人の心の声くらい聞こえないふりしろよ』

『バムスターって何だよ!? アタシはハムスターじゃボケ!』

すると、アイリも、俺の心の声に反応を示してきた。

『ウチは別に天使じゃないよー? ただのインコだよ? それにナノハちゃんは、とっても可愛い娘だと思うけどな』

ナノハのフォローも忘れないなんて、アイリちゃんはホントに素敵な子だなー。

アイリは、続けてこう言った。

『ねぇ、せっかくだしさ! さっきのヤナギ君のナレーション、皆でやってみない?』

『なにそれ超おもしろそー! アタシもやるー!!』

『じゃあ、オレも参加してみようかな』

『じゃあ、決まりね! 誰からやろっか?』

誰が先陣を切るかの話し合いが始まったところに、近づく足音が一つ。

『何か楽しそうだね。みんなで何してるのー?』

『あ! カラーもやろうよ! 今から皆でナレーションするんだよ』

『面白そうだね! じゃあ、私も参加していい?』

『もちろん!』

こうして、カラーも仲間に加わった。

『私、飛び入りで参加しちゃったから、よくわかんないんだけど、どんなナレーションやるの?』

『そっか、ごめん! 説明がまだだったね。それじゃあ、ヤナギ君説明してあげて!』

『え? 俺が……?』

『うん! だって考えたのヤナギ君だもん』

うーん、改めて説明を求められると、何か恥ずかしいな……。カラーはどんな反応するかな………?

『「俺様は猫である。名前はまだ無い。」って言うナレーションなんだけど……』

『わぁ! カッコいいね!!』

ナイスリアクション!! いやー、やっぱり分かる奴には分かるんだろうな、このカッコ良さが。

『「名前はまだ無い。」って、すっごくカッコいいね!』

『だろ! やっぱそう思うだろ!!』

そこへ、ジニアが口を挟む。

『なぁ、確かに「名前はまだ無い。」って、めっちゃカッコいいと思うが、せっかくご主人がオレたちに(いき)な名前をつけてくれてんだから、それを使わないか?』

『『『『…………………』』』』

一同沈黙。


たしかにそうかもな……。「名前はまだ無い。」って超言いたいけど、俺の「ヤナギ」って名前もカッコいいしな……。そっちにすっか!


話し合いの結果、 俺→カラー→ナノハ→アイリ→ジニア の順になった。


さぁ、じゃあ俺からいくぜ!


――俺様は猫である。名前はヤナギ。


それに皆が続く。


――私は犬である。名前はカラー。


――アタシはハムスターである。名前はナノハ


――ウチはインコである。名前はアイリ。


そして、最後にジニアが続く。


――オレさまは亀である。名前はまだ無い。


『『『『あっ! ジニアてめぇ!!』』』』



・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,

 


皆を言いくるめて、自分だけカッコいい台詞を持って行きやがったジニアと、ジニアにまんまと()められた俺たちがギャーギャー騒いでいると、家の外から大型犬のフグリの声が聞こえた。


『あ、おかえりー!』

「ただいま、フグリ」


ご主人が帰ってきた! リビングの時計を見上げると、もうすぐ午後4時30分になろうとしていた。

もうこんな時間だ。やっぱり皆と騒いでると時間があっと言う間に過ぎていく。


主人の帰宅を知るや否や、俺とカラーは即座に玄関へと駆け出した。

ガチャリと音を立てて、ドアノブが傾く。

開いた扉の隙間から、俺たちのご主人が姿を現した。


「ただいまー」

『『『『『お帰り』』』』』


「あ! ヤナギとカラー、今日も玄関で出迎えてくれてるんだ! ありがとー」

『おかえり、ご主人!』

『ヨシヒコ君、おかえりなさい』

 ご主人が俺たちを抱き上げてくれる。

ちなみに、俺とジニアは、俺たちの飼い主であるこの少年を「ご主人」と呼ぶが、カラーはご主人の事を「ヨシヒコ君」と名前で呼ぶ。

まぁ、要するに、皆ご主人のことを好きなように呼んでいるんだ。どうせ聞こえてないのだから、呼び方なんて大した意味を持たない。

「ねぇ、聞いてよー。今日、みんなに笑われちゃったよー」

『何かやらかしたのか?』

「あのねー、今日≪黒板に明日の持ち物=雑巾≫って書いてあったから、『先生にザッキンってなんですか?』って聞いたらみんなに笑われちゃったよー。ぞうきんって読むなんて思わないよね?」

『なんというか…ヨシヒコ君らしいね……』


 小学校から帰ってきたご主人から、今日あった出来事を聞く、これが俺たちの日課だ。



・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,

 


 <衝撃! 捨てられたペットの現状!!>

 テレビ画面にはそんな文字が躍っている。

何と読むんだろうか。俺たちペットは、人間の言葉こそわかるものの、文字はさっぱり読めない。


 夕飯ができるまでの間、ご主人はソファーに腰かけ、テレビを見ていた。テレビの内容がわからない俺は、ご主人の隣で暇を持て余している。

「ひどいねー。ペットを捨てるだなんて……」

 ご主人が感想を漏らす。

なるほど。今、テレビでやってるのは、捨てられたペット特集か何かなのだろう。

それにしても、<捨てられたペット>か……。

なんとなく昔の事を思い出す。ご主人と初めて出会った日の事を。


 うす暗くて寒い公園だった。雨が直接当たらない位置に置かれていたのは、飼い主の最後の優しさだろうか。俺の親や、兄弟は、今どうしているだろうか。きっとここではないどこかで、俺と同じようにダンボールの温かさだけを頼りに過ごしているのだろう。

これからどうしようか。別に飼い主を恨んではいない。

転勤による引越しだそうだ。飼い主たちが次に住むところは、ペット禁止のアパート。俺が聞いていたのはその程度。それ以上の事は知らない。飼い主たちが、俺たちをどうするかの家族会議をしてる時、俺は極力その部屋にいないようにした。ペットが人間の言葉を理解できている事は知られていないとはいえ、さすがに会議の原因が目の前にいては、適切な判断がしにくいだろうと、俺なりの配慮のつもりだった。いや、違うかもしれない。当時生まれたばかりだった俺は、捨てられるかどうかを確認するほどの度胸を持ち合わせていなかった、というだけの事なのかもしれない。もう詳しくは覚えていない。だが、結果はこの公園がすべて物語っている。

もういっそ、このタオルの敷かれたダンボールを飛び出し、自由になってしまおうか。いや、俺にはできない。左の後ろ足が鈍く痛む。

昨日の夕方、小学生に蹴られて怪我をした。彼らは無邪気で残酷だ。俺にとっては、生きるか死ぬかの瀬戸際、しかし彼らにとっては、ただの遊びにすぎないのだろう。本当にこれからどうしようか。

そんな時だった、今のご主人と出遭ったのは。上から覗き込む少年に対し、俺は精一杯の威嚇をした。少しでも弱いところを見せると、彼らは俺で「遊び」を行なう。それは、昨日すでに学んだ事だ。

しかし、少年は違った。俺を抱き上げると、驚いた顔をした。足の傷にでも気付いたのだろう。

その後、俺の周囲の環境は大きく変化した。

明るく温かい部屋。そんな部屋の隅で警戒する俺に少年は言った。

―――これからよろしくね、ヤナギ。

ヤナギが俺の名前だというのはすぐに理解した。だが、少年の言葉の意味は理解するのに時間がかかってしまった。


懐かしいな。

俺の隣の少年。捨てられたペットをテレビで見て涙目になっている少年。俺の恩人。

昔の事を思い出した俺は、ふと、聞いてみたくなった。

『なぁ、ご主人。アンタは俺たちを捨てたりなんてしないよな…?』

まぁ、訪ねてみたところで、ご主人の耳には にゃあ としか聞こえてないんだろうけどな。

「ん? どうしたの、ヤナギ? お腹すいた?」

『いや、そうじゃねぇよ』

「そうだね。ぼくももうお腹ペコペコだよー」


やっぱ人間には伝わんねぇか……。



・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,



 その日の夜。

ハムスターのナノハが、亀のジニアに質問をしている。

『ねぇ、ジニア。なんでアタシたちの言葉は人間には伝わんないわけ?』

小型犬のカラーも話しに加わる。

『あ、それ私も気になるなー』

それに物知りなジニアが答える。

『実はな、どうやらオレたちペット同士も会話をしてるわけじゃねぇみたいなんだ。オレたちは、互いに心の声を読みとって話をしているだけなんだ』

『なるほどー! だからアタシらは、声に出さなくてもお互いの気持ちがわかるんだ!』

『じゃあ、私たちは心の声を読み取れるけど、人間にはその能力がない、ってこと?』

『あぁ。おそらくそうだろうな。だが、心の声を読み取る事のできる、いわば動物的な勘のよさを身に付けている人間が一人もいないとは言い切れないけどな』

天井の鳥籠にいるアイリも話に加わる。

『へー。ジニア君ははやっぱり物知りだね』

マズイな……。ジニアに対する皆からの好感度が上がってるぞ。ここは、俺がびしっと物知りアピールをして、ジニア以上に好感度を得る必要があるかもしれんな。

『なぁ、ヤナギ。お前もオレと同じ見解か?』

ナイスタイミングで俺に話がふられた。さぁ、俺のターンだ! ジニアの意見を否定しつつ、俺の意見を述べる事で、俺の知識の豊富さを知らしめてやるぜ!

『あぁ。俺もジニアと同じ意見だ』

ちげぇーー!! なに言ってんの俺!? ジニアの意見を肯定しちゃったよ! 作戦失敗じゃねぇか!!

ま、まぁ、あの意見はジニアよりも俺の方が先に思いついてたし。うん。自分の意見を自分で否定するのはできねぇわな。うん。

『でもさー、私たちペットが、人間の言葉を理解してるって人間たちにバレたら、どうなっちゃうんだろうね?』

『ウチは、もっともっと、人間とウチたちが仲良くなれると思うな』

アイリらしい純粋で可愛らしい意見だ。でも、俺はそうは思わない。ここにいる奴らのほとんどは、<人間=ご主人>だと思っている。だがそれは間違いだと、俺は知っている。すべての人間が、ご主人のように優しい心を持っているわけではない。ヒトという利己的な種族のなかで、ご主人のような人間はむしろ稀だろう。

 なんとなく不安になった。俺たちの中の誰かにも、いつか捨てられる時がくるのではないか。その時、コイツらは生きていけるのだろうか。頭の回転が早いジニアならともかく、他の奴らは生きていけないんじゃないか。

 よし、ここは皆の先輩である俺が、人間の恐ろしさを教えてやろう。

『アイリ、それは違うぞ』

『違う、ってなにが?』

『人間と俺たちが仲良くなれるという認識のことだ』

『え…? 違うの……?』

アイリが寂しげな目で尋ねる。周りの奴らも息を飲んで、俺の次の言葉に耳を傾ける。

『残念なことだが、もしも俺たちが人間の言葉を理解できていることを知られたら、俺たちは人間に利用されるだけだ。仲良くなんてなれはしないんだ』

『そう…なんだ……』

『あぁ。まさに…………、<猫の手も借りたい>ってな! 猫だけに』

ヤッベ! 俺っておもしれ! 猫の手も借りたいとか!! お前猫だろって話だよな!

『『『『………………………………』』』』

一同沈黙。

すぐにジニアが口を開いた。

『さぁ、みんな! もう寝る時間だ! よし寝よう!』

『『『はーい』』』

『待て待て待て待て! 悪かった! お前らにはこの面白さが伝わらなかったんだな!』

『ヤナギ、全然面白くなかったぞ』

『悪かったって! お前らにはレベルが高すぎて理解できなかったんだよな。そう、まさに<猫に小判>ってか! 猫だけに』

『『『『………………………………』』』』

『………さぁ、寝ようか!』

『『『はーい』』』

あっ、もうイイや。俺、心折れたわ。


皆が自分のゲージや籠に帰って行った後、俺はジニアに声をかけられた。

『なぁ、お前、何か不安なことでもあんのか? オレたちが捨てられるんじゃないか、とでも考えてんのか?』

『まぁ…、ちょっとな』

『さっきは、アイリが寂しそうな目をしてたから、クッソつまんねぇ事言ってごまかしたんだろ?』

『ジニアは、なんでもお見通しってか』

『あぁ、あそこまで面白くないと、何かあるんじゃねぇかって思うだろ?』

…………そんなにつまらなかったかー。俺的には温め続けた最高のネタだったんだけどなー……。

『なぁ、ヤナギ。オレたちの中で、過去に捨てられた経験があるのはお前だけだ。ペットショップ育ちのオレらにはわかんねぇ事も多い』

『…………………』

『正直、お前の役に立てるかどうかはわかんねぇ。そんなオレたちだけど、いつでもお前のそばにいる事だけは確かなんだぜ? 何か悩んでんなら、一匹でかかえてねぇで、俺たちにも背負わせろよ』

『ありがとな、ジニア。なんかスッキリしたよ』

『そうか。なら良かった。さぁ、もう寝ようぜ! 明日は土曜日だ。今週もまた、ご主人と遊びまくるんだろ?』

『そうだな。よし! 寝るか!! それじゃ、おやすみ』

『あぁ、おやすみ』


 俺たちが捨てられる。ご主人に限ってそんな事はありえない。根拠はねぇが、なんだか自信が持てた気がした。



・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,



「おはよう! みんな!!」

『『『『『おはよー!!!』』』』』

「さあ、みんな、散歩に行こうよ!」

『よっしゃー!』

『わーい!!』

『やった! お散歩だ!』


土曜日はいつも、朝起きるとすぐに、ご主人が俺たちを散歩に連れて行ってくれる。

家をでて、自然公園に向かい、その後、()きとはちがう道で帰ってくるのが俺たちの散歩コースだ。

 俺たちは、皆、ご主人に連れて行ってもらえるこの散歩をとても楽しみにしている。

ご主人はいつも、俺や、小型犬のカラー、そして大型犬のフグリだけでなく、インコのアイリや、ハムスターのナノハ、亀のジニアまで連れて行ってくれるのだ。

「さぁ、早く準備しよう!」

ご主人がクローゼットから外出用の籠を出してくる。アイリやナノハは、それに入り、ジニアは持ち運びできる水槽へと移る。

準備完了だ。

「いってきまーす!」

「お、ヨシヒコ。もう行くのか。相変わらず朝早ぇなお前は」

「あ、兄ちゃん! うん、行ってくるよ! 兄ちゃんも来る?」

「いや、俺はいいよ。今から二度寝すっから」

「うん、わかった! じゃあ、行ってきまーす!」

『『『『『『行ってきまーす!!』』』』』』

「おう。行ってらっしゃい」


ご主人のお兄さんに出発を告げ、家を飛び出す。

じつは俺たちは、ご主人のお兄さんの事をあまり知らない。ご主人よりも8つ年上で現在高校三年生らしい。かなり歳の離れた兄弟だといつも感じる。

お兄さんは学校の事が忙しいみたいで、なかなか俺たちと接する機会が持てない。俺たちは、お兄さんに興味がないわけではない。しかし、勉強の邪魔になるといけないので、自分たちから構ってもらいに行くことはしない、というのが俺たちの暗黙のルールとなっている。



「さぁ、着いたよ! 何して遊ぼうか?」

 橋を渡って長い坂を上り、皆で歩くこと10分、俺たちは近所の自然公園に到着した。

よく手入れのされた公園で、自然が多いこの場所は俺たちの散歩の目的地となっている。

広い芝生は綺麗に刈りそろえられている。昼間、この場所では小学生や家族連れが見られるが、土曜日の午前中だけあって今はジョギングする男性が数人いるくらいだ。


「いつも言ってるけど、公園の奥には勝手に行っちゃダメだからね」

『『『『『『はーい』』』』』』


公園の奥へ行くと、池があり、その先は林となっている。この辺りの芝生にはスズメくらいしかいないが、池や林にはたくさんの野生動物が住んでいる。

もちろん、中には俺たちを食っちまうヤツもいる。だから俺たちは池よりも奥には近づかないようにしているのだ。


俺たちはたくさん遊んだ。つい数週間前まで、ペットショップで暮らしていたナノハは始め、まだ、外の世界に慣れないみたいで緊張気味だったものの、今は夢中になって遊んでいる。

フリスビーをして、ボール遊びをして、追いかけっこをして、日向ぼっこをして、また皆で走り回った。


 どこか遠くで鐘が鳴った。

「あ、もうこんな時間か。帰らなきゃ!」

もうそんな時間か……。まだまだ遊びたりねぇんだけどな………。

「さあ、みんな帰る準備をしよう!」

『ウチもっと遊びたいなー』

『アタシも遊びたりない!!』

「また来週も来ようねー」

『うん! 約束だよ、ヨシヒコ君!』

アイリたちは籠や水槽に戻ると、帰る準備が完了したことになる。

俺とカラーとフグリは、来た時と同じように歩いて帰る。

「よし! じゃあ出発!!」

『また来週も皆で来ような、ご主人!』

「そうだね。ぼくもお腹すいちゃったよー。帰ったらお昼ご飯にしようね」



・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,



その日の夜。

俺はふと目が覚めた。ご主人も他の皆もすっかり寝静まっている時間だ。

だというのに、リビングのドアの隙間から明かりが漏れている。

その光に導かれるように、俺はリビングの前までやって来た。

話し声が聞こえる。

どうやら、ご主人の父親とお兄さんが話をしているようだ。

漏れ聞こえる声を盗み聞きしたのは、ほんの出来心だった。

盗み聞きなんてしなければ良かった……。背筋に嫌な感覚が付きまとって取れなくなる。俺の全身が硬くなる。俺は、動かない足を半ば引きずる形で部屋に戻った。部屋では、皆が、ぐっすりと眠っていた。ジニアもぐっすりと眠っている……。

あの時の感覚が頭をよぎる。うす暗くて寒い公園が脳裏に浮かぶ。もう何年も前に治ったはずの左足が(うず)きだす。


ダメだ。おかしい。ありえない。違う。こんなの違う。なんで。おかしい。ありえない。まさか。そんな。ご主人の家庭に限って。いや。ちがう。チガウンダ。アリエナイ。コンナノ間違ガッテル。コレハ夢カ。ソウダ。夢ダ。夢ナンダ。ダカラコンナ事ガオコルンダ。


なんで、まさか、そんな、ありえない―――

          ――――ジニアが捨てられるだなんて


 お前は今年受験がある。だから塾に行く必要がある。でも、それにはお金が足りない。一番の出費はペット代。始まりはヨシヒコが捨て猫を拾ったこと。ではない。2年生の時に転校してから。それから調子に乗って一気にペットが増えた。亀なんて買ってやるんじゃなかった。父さん、まさかアイツのペットを捨てるつもりなのか。成長しすぎた。ペットの餌代は毎年増える。水槽も、もう狭い。アイツは大きくなりすぎたんだ。だから仕方の無い事だ。俺はアイツの大切なものを奪ってまで大学なんて行かなくていい。なら大学へ行かないで何をするんだ。それは……。何も考えずに物を言うな。でも、そんなの…!大丈夫だ。アイツには俺が言っておく、お前は何も知らなかったでいいじゃないか。仕方がないんだ。こうなる時はきっといつか来るんだ。それには、今か明日かの違いしかない。計画性が無かったのは俺のミスだ。すまん。父さんが謝ることじゃねぇよ。そうか、ありがとな。…………。明日、ヨシヒコに亀を捨てさせる。お前はいつも通り勉強に励んでいればいいんだ。わかったな。………………………うん。



・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,



次の朝。

なんだかよく眠れなかった。とても悪い夢を見た気がする。

まだぼんやりとした頭は、ナノハの一言で叩き起こされた!

「大変だよヤナギ! ジニアが! ジニアがいないの!!」

衝撃が走る。やはりジニアは捨てられてしまったのだろうか。とりあえずご主人を探さないと!

「ご主人は…? ご主人はどこだ!?」

「ヨシヒコ君なら、まだ隣の部屋で寝てるよ」

カラーが教えてくれる。じゃあ、ジニアだけがいないのか。

「………ちょっと、リビング見てくる」

そういい残しリビングに向かう。いた。ジニアはそこにいた。机の上に置かれた狭い水槽。その中にジニアはいた。そばにはご主人の父親もいる。きっと、ご主人が起きるのをまっているのだろう。

とりあえず、皆のところに戻るか……。


部屋では皆が大騒ぎしている。

「おい、皆!」

全員の視線が俺にあつまる。

「ジニア君、見つかった…?」

「あぁ。見つかったよ。アイツはリビングにいたよ」

「なんだぁ~、ビックリしたぁ」

「じゃあ、私ジニアのとこ行ってくるね」

「ダメだ。カラー、リビングには行くな」

「え…? どうして……?」

「ジニアは、ちゃんとこの家の中にいる。大丈夫だ、安心しろ。だから、リビングには近づくな」

俺の有無を言わせない調子に誰もが疑問を抱きつつも、みんな俺の指示を受け入れてくれた。


 ジニアがこの家に来たのは3年前だっただろうか。

俺がご主人に拾われた半年後、ご主人の一家は、この場所へと引越しした。

学校の友達と離れ離れになり、ひどく落ち込んだ様子だったご主人。そんな姿を見たご主人の父親が近所のペットショップで一匹のゼニガメを買ってきた。その亀は、ご主人にとって、この土地での最初の友達となり、やがて、ジニアと名づけられたのだった。


捨てられてしまうんだろうか。

落ち着かない気持ちのまま時間だけが無情に過ぎていく。やがて、ご主人は目を覚ました。そしてすぐに父親に呼ばれてリビングへと向かった。

そこでは、いろいろな話がされているのだろう。ジニアのことも話されているに違いない。

捨てられることにならなければいいが……。

そんな一縷(いちる)の望みは、リビングから出てきたご主人の涙によって断たれてしまった。


 ぼろぼろと涙をこぼすご主人の胸元には、外出用の水槽に入ったジニア。

「ほら……ジニア………ひっく、みんなにお別れ…を………言わなく………うっ…言わなくちゃ……」

俺以外の皆は何が起きているのかわからない、といった顔をしている。

ジニアが言う。

『お前ら……、今までありがとな。楽しかったぜ』

『ジニア君、それ、どういう意味……?』

『ただの感謝の言葉だ。深い意味なんてねぇよ』

違う。それは、感謝の言葉なんかじゃない。別れの…言葉なんだよ……。

「ジニア……、お…お別れは………ぐすっ…、もう…すんだ……? それじゃあ……、行こうか………うぅ…」


俺は何もできなかった。家のドアの閉まる音がどこか遠くで聞こえる。

だんだんと皆が今起きたことを認識し始める。

『え…どういうこと……』

『なんでヨシヒコ君、泣いてたの……?』



・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,



 『ねぇ、皆!』

開いていた窓からフグリが()えてきた。

『いま、ヨシヒコが泣きながらジニアを連れて行ったんだけど、何か知らない!?』

誰も何も答えない。しかたない、俺が言わなくちゃ……。

『アイツは……、ジニアは捨てられたんだ』

『どうして……?』

『俺たちの餌代がかかりすぎている。そのせいでご主人のお兄さんは、塾に行けないらしい。なかでも、特にジニアは、ここの来た頃よりも食う量が増えてる。水槽も狭くなって買い換えなくちゃいけないらしい。だから、ジニアが捨てられたんだ……』

『ちがうよ! 僕が聞いてるのは、どうして誰も止めなかったのかだよ!!』

『そんなの……俺たちにはどうしようもねぇだろうが………! 言葉だって通じねぇんだぞ! そんな俺たちに何ができるっていうんだよ!!』

『ヤナギ君、一回落ち着こう…?』

『うるせぇ! アイリは黙ってろ!! フグリ、じゃあ、てめぇはジニアが捨てられなくてすむように何かしたっていうのか!?』

『僕はヨシヒコに講義しようと――

『言葉なんて通じねぇのにか!? ご主人から見たら、お前は無意味に吠えてただけなんだよ!!』

『ヤナギ君…! フグリ君も!! もう…、やめてよ……』

『だからアイリは黙って―――ごめん』

悪かったよ。ちょっと冷静じゃなくなってた。謝るから! だから、そんな風に泣いてんじゃねぇよ……。

冷静さを取り戻した頭で考える。

俺には…、俺たちに何ができるんだ……? 何か、できることはねぇのか………?

『あぁ! もうダメだ!! 考えてても(らち)が明かねぇ!! 皆、行くぞ!』

『行くってどこに…?』

『自然公園に決まってんだろ! この辺りで池があるのは、あそこだけだ。おそらくジニアはあそこにいる』

そうとわかれば急がなくては! 俺は、棚に上り、ナノハの籠の鍵を開けた。籠を飛び出したナノハは、カーテンをのぼり、アイリの籠を吊るしている棒に飛び乗った。ナノハが鳥籠の鍵を開けると、アイリも飛び出した。さぁ、準備完了だ!

 全員で窓から飛び出した。俺、フグリ、カラーは全力で走り、ナノハはフグリの背中につかまり、アイリは空を飛んで先の様子を見に行った。

いつもの道を走ること1分。先の様子を見に行ったアイリが戻ってきた。

『ヤナギ君の言うとおりだったよ! ヨシヒコ君とジニア君が自然公園に入っていくのが見えたよ!!』

『よし! ならこのまま自然公園目指すぞ!!』

『『『『おぅ!!』』』』



・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,



 『着いたぞ! アイリ、池はどっちだ!?』

『こっちだよ! 着いてきて!!』

(みどり)(いろ)の水面が穏やかに揺れている。いた。ジニアだ。池の真ん中の岩の上、そこにジニアはいた。


『ジニア!』

『ヤナギ、お前…! それに皆も……!』

ジニアが俺たちのほうに泳いでくる。

『お前ら……。何しに来たんだよ』

『お前を迎えに来たんだよ!!』

『ありがとな、お前ら……。でも、お前らと帰る事はできないんだ』

『なんで!? 僕らと一緒に帰ろうよ!!』

『オレは捨てられたんだよ。だからオレの帰る場所は、もうお前らのいるあの家じゃねぇんだ』

『でも、私たちはジニアに戻ってきて欲しくて……!』

『“でも”じゃねぇよ。わかったらお前らは家に帰れ。きっと今頃ご主人が心配してるぞ』

『アタシそんなのイヤだよ……』

『イヤでもしょうがない事なんだ。だから、お前らとはここでお別れさ。今までありがとうよ、楽しかったぜ』

『そんな寂しい事言わないでよ……』

『泣きそうな顔してんじゃねぇよ』

ぶっきらぼうに言うジニア。でも、俺には聞こえた。聞こえてしまった。


―――そんな顔されたら…、オレまで……泣きそうになっちまうじゃねぇかよ………クソッ


そう呟くジニアの声が。多分、他の皆にも聞こえてしまっただろう。

冷めた態度をとるジニアも、俺たちと気持ちは同じなんだ。 だったら、ここは、あと一押しじゃねぇか!

『わかったよ、ジニア。お前が帰らねぇって言うんなら、俺だって帰らねぇ。俺もここに残る!』

『そうだよ! 僕もここにいる』

『私もそうする!』

『アタシも…! ジニアとサヨナラするくらいなら、ここに残る!』

『皆の言う通りだよ! ウチたちは皆、ジニアと一緒にいたいんだよ!!』

『ヤナギ……! みんな………!!』

ジニアがハッと息を飲む。そして、口を開いた。


『ふざけんな!! バカどもが!!!』


どうして…? 俺たちはただ、ジニアといたいだけなのに……。

なのに、なんで怒るんだよ……! なんで…泣いてんだよ……。


『お前らの役目は何だ! オレと一緒にいることか!? 違うだろ! お前らはペットなんだよ!! 捨てられたオレとは違って、お前らはまだペットなんだよ! ペットの役目は何だよ! 自分の飼い主を喜ばせることだろうが!!! ここでオレなんかと一緒にいることじゃねぇんだよ!!!』


 誰も、何も言えなくなる。草木が穏やかな風に揺られている。無言の時間が続いている。いま、風が()んだ。それでも、誰も言葉を発さない。

 しかたない……。俺が言うしかないか………。

『わかったよ。ジニア、確かにお前の言う通りだ。俺たちが間違ってた』

『ヤナギ君……!』

アイリの抗議じみた声は聞こえないふりをして続ける。

『皆、帰るぞ。ジニア…、またな!』

『おう! またな!』

 わかってるよ。皆、納得がいかねぇんだろ? 俺だって、納得いかねぇよ。でも、何も言わずに着いてきてくれ。そうするしか無いんだから。



・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,



 いつもの散歩の帰り道を皆で歩く。ジニアを除いた皆で。

下を見て歩いていたカラーが何かに気がついた。

『あ! 見て、あのハンカチ……!』

道端に落ちていたのは青いチェックの柄のついたハンカチ。それは、数年前からご主人が使い続けているものだった。

『これって、ヨシヒコ君のだよね?』

『あぁ。どうやら、そうみたいだな。帰る時に落としたんだろうか。まぁ、なんにせよ、持って帰ってやるか』

『じゃあ、私、拾っていくね。なぜだか知らないけど、ヨシヒコ君、このハンカチ相当大切にしてるよね』

『そういえばそうだな。ご主人がこのハンカチを使うようになったのは、ちょうどジニアが来た時くらいからだな。それまで、ハンカチなんて使ったこと無かったのに』

『もしかしたら、ジニアと何か関係あるのかもね……』

そこで会話が途切れた。

俺の中でも、皆の中でも、「ジニア」はどうやら禁句になってしまっているようだ。



・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,



家に帰ると、ご主人は玄関にいた。ご主人は、玄関の隅に座り込み、そうとう落ち込んだ様子だった。

『ヨシヒコ君、これ、落としてたよ』

カラーが、そっとハンカチを差し出す。

「あ…! ぼくのハンカチ……! カラー、拾ってくれたの?」

『うん……。そのハンカチって、ジニア君と何か関係あるの…?』

ご主人は、ハンカチを見つめる。そして一つ深呼吸をすると、立ち上がった。

「拾ってくれてありがとう、カラー。じつはこのハンカチは、とっても大切なものなんだ」

『どんなハンカチなの?』

「あのね、このハンカチはね、昔の友達がくれたものなんだ。ヤナギは知ってるよね。何年か前、ぼくは引越しして今のこの土地に来たんだ。その時にね、転校前の学校で一番仲のよかった子がいてね、リュウジって言うんだけど、その人が仲良しの印にプレゼントしてくれたものなんだ」

『そうだったんだ……』

ご主人は少し微笑むと、こんな事を教えてくれた。


「ねぇ、ヤナギ。【ネコヤナギ】って知ってる? 君の名前は、そのネコヤナギって植物からとったんだよ。花言葉は≪自由、親切、気まま≫なんだ。始めてヤナギと出合った時、足を怪我していた君はダンボールの中で苦しそうだったから、そんな名前にしたんだよ。


そしてね、カラー。カラーの由来はね、実はそのまま【カラー】っていう植物があって、そこからとったんだよ。花言葉は≪乙女のしとやかさ≫だよ。君の事を飼いたい、ってお母さんに言った時にね、“うるさくするヤツだったらすぐに捨てるぞ”って言われたんだ。だからね、僕は、君に静かでしとやかな犬でいて欲しかったからカラーって名付けたんだよ。


 それでね、フグリ。君は【オオイヌノフグリ】っていう植物からとったんだよ。オオイヌノフグリには≪忠実≫っていう花言葉があるんだ。大型犬の君だけは、室内で一緒に過ごす事ができないんだよね。ぼくはそのことがすっごく不安だったんだ。朝、目を覚ましたら、君はいなくなってしまってるんじゃないか、って。庭で生活する君が、どこかへ行っちゃわないか、ぼくはすごく心配だったんだ。だからこの名前にしたんだよ。


 次は、アイリ。君の名前のもとは【アイリス】っていう植物なんだよ。アイリスの花言葉は、≪優しい心、愛≫なんだよ。君がこの家に来た頃、周りには既に、ヤナギとジニアとカラーとフグリがいたよね。ぼくは、君が他の仲間たちとけんかしないような、優しい子になってほしかったから、この名前にしたんだよ。君は、ぼくの思ったとおり、とっても優しい子になってくれたよね。


 最後に、ナノハ。ナノハがうちに来てからもうすぐ一ヶ月だね。ナノハはね【菜の花】からとったんだよ。菜の花は、≪活発、元気いっぱい≫っていう花言葉なんだ。ハムスターって、ストレスとか不安なこととかがあると、すぐ病気になっちゃうんだよね。でも、ナノハには病気になって欲しくなかったんだ。だから、ぼくは、ナノハって名付けたんだよ」


全員が真剣に聞いていた。ご主人が、なぜ急にそんな話をしたのかわからない。けど、俺たちは、自分の名前の意味を始めて知って、とても温かい気持ちになった。

「さぁ、ジニアを取り戻そう! ぼくはあの時の寂しさを絶対に忘れないって決めたんだ! ジニアにも、あんな思いはさせられないよ!」

 ご主人が、自分に言い聞かせるように、そう言った。

「みんな、ちょっと待っててね。かならず、ジニアを連れ戻すから!」

そう告げると、ご主人は、リビングに向かった。いったい何をするつもりだろうか。

その答えは、数分後にはっきりとわかった。


「みんな! 出かける準備をして! すぐにジニアを迎えに行くよ!!」

『どういうことだ…?』

「うん、そうだよ! ジニアと一緒に、みんなで暮らせるんだよ! “ぼくが高校生になったらバイトする。自分のペットにかかるお金は自分で払えるようにする。もし、そうできなければ、その時は必ずお別れする。だからぼくが高校生になるまでの、残り5年は、みんなと一緒にいさせてください”って、お父さんに一生懸命たのんだら、なんとかオッケーしてもらえたんだ!」

俺たちは叫んだ。飛び跳ねた。俺たちは、喜びを全身で表現した。

「みんなも嬉しいんだね! じゃあ、さっそく行くよ!!」

『『『『『おー!!』』』』』



・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,



 俺たちは、全力で走った。

いつもの散歩とは比べ物にならないほど短い時間で自然公園についた。

そして、先ほど別れを告げたばかりのジニアに再会し、こうして、今、皆で家に向かっている。そう。本当の意味の「皆で」だ。

 ジニアのヤツ、ホントに驚いてやがった。そして心から喜んでいた。

俺がいて、ジニアがいて、カラーがいて、フグリがいて、アイリがいて、ナノハがいる。そして、そこにご主人がいる。それこそが、俺たちの姿なんだと思う。今日、改めてそう感じた。

 やはり、俺たちの飼い主が、この心優しい少年であるからこそ、そう思えるのだろう。

俺は、俺たちの飼い主が、この少年で本当によかったと思う。

 言葉が通じなくたっていい。伝わらなくてもいい。それでも、言っておきたいことがある。

ご主人、皆を代表して、俺から言うぜ。


『本当にありがとな、ご主人! 俺たちは、アンタのことが大好きだぜ!!』


俺の声を聞いたご主人は、俺たちに軽く微笑むと、ただ短くこう言った。


―――ぼくもだよ。



え…? 伝わった、のか……? いや…、まさかな!


こんにちは! 久しぶりの投稿です。

今回の主人公は動物です。


最近SNSなんかでペットの虐待自慢や、「コイツいらねーから捨てるわ笑」みたいな発言をする人をちらほら目にします。でも、捨てられていくペットにも命があって、心があって、物語があるのでしょう。


今回は、悲しい思いをするペットたちが少しでも減ることを願いつつ、こんなお話を書いてみました。


ちなみに、私は動物が怖くて触れません!

そんな作者が書いた、こんなお話ですが、楽しんでいただけたら幸いです。

ご読了ありがとうございました! 次回もまた、お会いできる事を願っています。

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― 新着の感想 ―
[一言] いつもお世話になっております。 短編でしかもコメディー、さらに動物ものという大好き三要素の小説だったので、楽しく読ませてもらいました。 登場キャラが多すぎて、誰が誰やら途中で分からなくなり…
2014/01/03 15:57 退会済み
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