九十九里にて
「ハイ!チーズ!」
カシャッ!お決まりのかけ声と共にシャッターが落ちる。
因みに、このかけ声、誤りである。実際にはハイ、チーが正解。
チーズ!では全員『ウ』の口になる。全員笑顔になるチーが正解なのだ。
それはともかくとして、写真のプレビューをすぐに全員で確認する。
「良いじゃん良いじゃん!海っ!て感じ!」
「なーんかまたちーちゃんと恭ちゃん近く無い?」
「気のせいだっぺ!なー千佐子!」
「だっぺだっぺ!俺らは固い友情で結ばれてんだっぺ!」
「んだべんだべ!」
「「がっはっはっは!」」
肩を組んで笑っているが、お互い彼氏、彼女持ちのはずなんだよなぁ。
この光景を見たとしたらどんな反応をするのだろうか。
「じゃーそろそろ行きますか!」
と、安江さんが真っ白なボードを取り出すと、隣から野生児が飛び出して来た。
「よっしゃ!俺が先陣切ってやっか!覚悟しろよ九十九里!」
そのかけ声と共に、青いサーフボードを脇に抱えダッシュを決める恭助。
「俺もいったんべー!ひゃっほーーーい!!!」
後を追うように駆け出して行く千佐子。彼女のボードは赤色だ。
「のっけから元気だのう…俺らも行くかねー」
「そうねー」
榎本君と安江さんも、ストレッチを始める。
私はというと、その後ろでせっせとパラソルを立てるのであった。
「キミちゃんいつも悪いね。車も出して貰ってるのに」
「午後になったら、四人の講師でボード教えたるからね!」
「あいよー、いってらっしゃい」
手を振りながら、二人を見送った。
ビニールシートを広げ、パラソルを広げ、麦わら帽子も被って、日焼け止めも塗った。
そして大事なアイテム、デジタルカメラも装備した。
私たち五人は大学の学部飲みでたまたま出会った。
しかし、あたしだけインドア派で、他四人はバッキバキのアウトドア派。
夏休みは海、山、川、田んぼ、どこへでも行く。
冬休みは毎年、猫間に皆で顔を出す。
春休みはスカイツリー上ったり、花見したり、本当に去年から色々やった。
だが、性質上あたしだけ輪から離れているのは分かっていた。
海では泳げないし、山では休憩の嵐だし、雪山では…ソリで参加したけども…。
そんなあたしでも四人の遊びに参加する事の出来るアイテム。
それがデジカメだ。これは、学部飲みの後、皆で勢いで購入したもの。
五人が四人でない事を表す、唯一無二の宝物だ。
あたしがこれで皆を写す事で、五人の輪を、より強力なものに出来る。
あたしはここに居るって事を、他四人に知らしめる事が出来る。
あたしが…ここで存在している事の証。
「あたしも行くぞ!」
気合いを入れて、撮影にとりかかる。
といっても、レフ板?とか三脚とかかっこいいものがある訳でもない。
ただ普通に、手のひらサイズのデジカメを構え、画面を見るだけである。
サーフィンの撮影は大変だ。何故ならブレてしまうから。
波もぶれ、人もぶれ、迫力のある写真というのを撮る事が難しい。
「山だったらなぁ…」
一応は何枚か撮ったものの、そこに映っているのは残像の多い何かしかない。
「これじゃあなぁ…」
ボヤいていると、目の前に何かがポロッと落ちた。
「ん?」
目をやると、潰した空き缶のようだった。
投げられたであろう方向をみると、そこにはカメラを構えた男性がいた。
背中にリュックを背負い、裾がボロボロのジーパン、アロハは新しいようだが、これまた中の黒のTシャツはボロボロ。
髪は切りそろえられていたが、髭は生えっぱなし。所謂無精髭だ。
男性が構えているのは…一眼レフ?なのかな?
とにもかくにも、あたしはこういった行為は認めないタチである。
だったら九十九里のゴミを全部拾えとかいう人もいるかもしれないが、今、目の前で起こった事に対しての反発である。決して偽善ではない。
「あの、自分で出したゴミは持ち帰るのがマナーじゃないですか?」
出た言葉は弱々しかった。自分でも(なら言うなよ)と思うレベルで。
男性はこちらをギロッと睨むと、またカメラを弄り始めた。
(感じ悪いなぁ…)
仕方なく目の前の空き缶を拾おうとした。
その時である。
カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ!
びっくりして後ろを振り向くと、男性が私に向かってカメラを向けていた。
「…え?」
いやいや、おかしいでしょそれは。
こちらもジーンズを履いていたから覗きでないにしろ、それは無いでしょ。
しばし硬直していると、男性はこちらの前へ移動し、空き缶を拾い上げた。
そして、そのままの体勢で固まっているあたしに話しかけてきた。
「いやぁ、すまんね。良い写真が撮れたよ」