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通過儀礼

おまえは歩く。夜通し歩く。おまえが男と会ってから、二度太陽が沈んでいった。おまえの夢はまだ醒めない。おまえに眠気は起こらない。おまえの意識は途切れないから、おまえの夢は醒めないままだ。

おまえは時々走ってみたり、その場で跳ねてみたりしながら、自分の丈夫さを噛みしめる。

蓄積してゆく疲労より、前へ進める喜びが大きい。時々小休止を挟んでは、巾着袋の中身を取りだす。紫色をした豆だったが、おまえは構わず口へと放る。

その豆が底をついた頃、おまえはようやく街を見つける。低木の林が切れた先で、背の高い城壁が横に伸びている。城壁の上の雲行きは怪しく、今にも雨が降り出しそうだ。

城門に扉はついていない。城壁の内に人の往来を認めると、おまえは城門へ近づいていく。そんなおまえを鉾が遮る。皮のジャケットを着たデブの門番が、きつい目つきでおまえに尋ねる。

「名と要件を」

「ゲンキだ。観光できた」

「…ゲンキという者が来るとは聞いていない。出直せ」

「じゃあ、どうすれば中に入れるんだ?」

「上の許可を貰え。もしくは、身分を証明するものを出せ。身分によっては通過を許可する」

「…この短剣なら、通過出来るか?」

番兵はおまえの短剣を受け取る。様々な角度から短剣を眺めて、ある角度で動きを止める。柄の部分をじっと見つめる。

番兵はおまえに目を向ける。顔から足元へと視線が下がる。おまえが素足であることを確認すると、咎めるような口調で言う。

「奴隷がどうしてこれを持っている。大方盗んだのだろう?これは私が没収する」

「…俺は奴隷じゃない。返せ」

「黙れ。殺されなかっただけありがたいと思え。奴隷は殺されても文句が言えぬのだぞ」

「…」

おまえは考える。どうすれば通してもらえるのか。ただ正直に話すだけでは、ここは通してもらえない。今の自分を証明するものは、あの貰い物の短剣しかない。番兵の口吻から、あの短剣がここを通過するのに十分な代物だとわかる。であれば、あの短剣の所有者が自分だとわからせればいい。ただし、やり合うことは出来ない。自分は今、丸腰だ。

おまえは相手をじっと見つめる。細い眼の奥の方に、意思の弱さが垣間見える。おまえはそこまで考えて、脅ししかないと結論づける。

「…俺がその短剣を持っている事実が、何を意味するのかわかっていないみたいだな」

「…どういう意味だ」

「俺がその短剣を盗もうが貰おうが、そんなことは関係ない。俺がその短剣を持っていたという事実が、俺の強さを証明している。なんなら、今ここで証明したっていいんだぞ」

おまえはそう言い放つと、門番を睨みつける。表情から門番が気押されているのがおまえにもわかる。

価値ある物を盗むにはそれなりの強さがいる。団体で襲うのであれば別だが、おまえは今、独り身だ。貰うのであればなおさらで、相応の身分や力量がいる。どっちに捉えられたとしても、力の誇示は出来るだろう。おまえはそう考える。

「…拾ったのだろう。…そうに違いない。おまえは運よくこれを拾った。違うか?」

「…今のお前みたいに、それを欲しがる奴はいくらでもいた。その度俺は返り討ちにした。言っている意味がおまえにわかるか?面倒事は起こしたくないんださっさと返して俺を通せ!」

おまえは最後の方を矢継ぎ早にして、門番に言い寄る。ハッタリが通用しなければ、おまえはただでは済まないだろう。おまえにはそれがよくわかっている。自然と演技は迫真に迫る。

「…よくもまあ吠えられたもんだ。おまえが仮に強いのであれば、そんな恰好はしていまい」

「服は…血で汚れた、から捨てた。血まみれであっても通してくれるとは知らなかったよ。…だったら話は早いな」

そう言いながら、おまえは番兵のジャケットを見遣る。番兵は表情を引き攣らせると、短剣を素早くおまえに返す。

「…失礼。戯れが過ぎました。…通行を許可します」

おまえは短剣を腰に収めると、笑顔で番兵に答えてやる。

「理解が早くて助かるよ」

そうしておまえは、素足で城門をくぐって行く。くぐりながら、狩人の男のことを考える。門番が敬意を払うだけの短剣を、餞別と言って渡してくれた、あの狩人の男のことを。


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