ある狩人の話
男は騎士を引退した身だ。腕の衰えを懸念して、そこそこ強い魔物のいる森の近くの小屋を住処に隠居生活を送っている。狩りの帰途へ着く途中、倒れているお前を発見した。
男は驚いた。おまえが何一つも持っていなかったからだ。靴を履いていないため、奴隷だろうとあたりをつけた。貧しい境遇を抜け出すため、名誉を求めて鬼蜘蛛に挑んだ。鬼蜘蛛はなかなか強い魔物だ。鬼蜘蛛の毒牙は高価ではないが、倒せば強さの証明にはなる。そしておまえは鬼蜘蛛に勝った。勝ったはいいが毒を食らった。息はあるが、長くはない。男はおまえをそう解釈した。応急処置を施して、最後を看取ってやろうと男は思った。
しかし、予想に反しておまえは治った。男は驚いた。と同時に、騎士の頃の癖が出た。おまえの資質を見抜こうとした。
「勘違いするな。治療代はあのあいつの毒牙だ。治ったんならさっさと出ていけ。」
男の見立てでは、おまえは鬼蜘蛛より弱かった。もしおまえが駄々をこねて、鬼蜘蛛を倒したという名誉を欲しがっていれば、男は毒牙を渡していた。そしておまえは実力に合わない、出過ぎた名誉が災いし、命を縮めていただろう。
しかし、おまえは鬼蜘蛛の価値を知らない。男の言葉に首肯した。男は確認するように、再度おまえに問いかけた。
「…お前、本当にそれでいいのか?理不尽だとは思わないのか?」
「理不尽…」
「鬼蜘蛛の対価が、包帯を巻いただけの治療と釣り合うとでも?」
「あのクモの死体って、そんなに高価なものなのか?」
名誉という、決して金には代えがたいものの存在に、おまえは気付かなかった。ただ単純に、毒牙が高価なものだと思った。そしておまえがそのことに気付いていないことに、男はようやくそこで気付いた。同時に、おまえの正体がわからなくなった。
「…この森の、捕食者の頂点に立つやつだ。まったく、そんな華奢な体でよく鬼蜘蛛を倒せたな。一体何をした?剣を口にぶっ刺したか?」
「いや、剣じゃない。そこらへんに映えてたキノコだ。赤い色した」
「…ああ、アカオニダケか。しかし、毒もってるやつに毒を食わせようなんて、よく思いついたもんだ。俺にはとうてい真似出来んがね」
「ただ、必死だったんだ。あのキノコが毒だってことも知らなかった。毒毒しいとは思ったけどな」
男は正体のつかめないおまえに興味をもった。回復の早さや、機転の利かせ方。そして、おまえのあまりの無知さに。男にとって、相手の資質や正体がつかめないという経験はあまりない。相手を見抜くのが騎士の仕事といってよく、人を見る目はある方だと自負している。
しかし、わからない時もある。そういう時は、泳がせる。いずれまた会う時が来る。その時また改めて見極めてやる。男が騎士であった頃、よくやっていたやり方だ。
男は討伐の報酬として、自分の短剣をおまえに与えた。価値の釣り合う代物ではないから、あくまで「餞別だ」と男は言った。包帯で柄は隠されてはいるが、見るものが見ればすぐ気付く。そしてこの短剣を持っている限り、男とおまえは繋がっている。
一悶着あるだろう。素足の男が吊って歩くにはあまりに不釣り合いな代物だ。男にはおまえが奴隷でないとわかったが、他はそうは思わない。しかし男は他を与えない。短剣一つでどれだけやれるか。男はおまえを試すことにした。