おまえの夢
おまえは走る。ぐんぐん走る。密林の中の木々の合間を、縫うようにして駆けていく。後ろを振り返ることはない。巨大なクモが足をばたつかせて、おまえよりも早い速度でおまえに迫る。振り向かなくともおまえにはそれがわかる。だが、おまえは恐怖以上に、走れる喜びを噛みしめている。
おまえは体操着の姿だ。上が白で、下が青。中学校へ上がる前、復帰出来た時のためにと、おまえの母が買ってきた。病院以外で使うことは、ついに一度としてなかった。
おまえは走る。何一つ持たず。剣はおろか、靴さえない。ひたすら素足で駆けている。
後ろから迫っていた不気味な足音は、いつのまにか消えている。そのことにおまえはようやく気付く。振りかえっても、木々が犇きあっているだけで、生き物の影は見当たらない。おまえは切れかかった息を整えるため、傍の幹にもたれかかる。心地よい疲労がおまえを満たす。
頭上に大きな影が射す。おまえははじかれたように、それを見上げる。もたれかかった幹の先から、大きなクモが這い降りてくる。大きさが違う八つの眼が、おまえを食らおうと血走っている。おまえはその場を逃れようとするが、そこから動くことはできない。足元に張ったクモの巣に、おまえは捕らわれているからだ。
クモが迫る。太く短い毛むくじゃらの口が、てかてかと液で濡れている。おまえの頭を食らおうと、口をわずかに開いている。おまえは腰を抜かしてしまい、ずるずるとその場に座り込む。ふと、右手が何かに触れ、おまえはそれを確かめる。赤い色をしたキノコを掴み、毛むくじゃらの口にそれを突っ込む。肘から先が飲み込まれる。クモの体毛が怖気を誘い、熱い痛みがおまえを襲う。クモの頭が鼻先にある。八つと二つの視線が交わる。クモの大きい方の目は、おまえの目より一回り大きい。
腕を引き抜こうとおまえはもがく。クモはうんともすんとも言わない。肘から先を食われたまま、毛むくじゃらの口が鼻先にあるまま、おまえはクモと目を合わせている。視線をそらすことは出来ない。一瞬でもそらせてしまえば、ばくりといかれてしまうからだ。
お前は八つの目を窺いながら、痛みをこらえて静かにもがく。
いつまでそうしていただろうか。おまえはようやく解放される。口からゆっくりと腕を引き抜くと、血と液にまみれた腕が現れる。手首から先がほとんどなく、前腕の肉が削げている。お前は右腕をかばいながら、何とかその場を脱出する。
おまえの意識はそこでなくなる。おまえはそういう夢をよく見る。病気の痛みが形を変えて、夢の中のおまえを襲う。そういう夢を、おまえはよく見る。
しかし、心配することはない。おまえは二度と目を覚まさない。次に意識が現れるのは、夢の続きを見る時だ。