はじまりの願い
不健康なこと以上に不幸なことなどあるだろうか。
病気が良くならないという事実は、病気の痛みより苦痛だった。同じ年の頃の子らは皆学校へ行き、一日一日を成長しながら生きている。けれども、病室のベットに縛り付けられてから、俺は衰弱していくばかりだ。
しかし、焦りはない。焦燥とやらは、いつの頃からか無くなってしまった。今の自分にあるのは、いつくるかともわからない死。それだけだった。
もし生まれ変わったら。そう思わない日はない。もし生まれ変わったら、特別な物など何も望まない。ただ、健康でいたい。健康でさえいたら、俺は自由だ。どこへでも行ける。何でも出来る。丈夫な体に産んであげられなくてごめんなさいと、親に謝られることもなくなる。医者の技術を疑うことも、病室のベットが次々と空いてゆく恐怖も、なくなる。
パソコンや本に囲まれた生活を送っていたから、異世界というものに憧れている。生まれ変われるとしても、こんな世界は二度とごめんだ。もっと、スリルがある世界で、一日を噛みしめるようにして生きてみたい。病院の外に出ることはなくても、この世界のつまらなさぐらい、ここからでもよくわかる。ゲームや小説に出てくる世界の方が、きっと面白い世界なのだろう。そういう世界に憧れている。魔法が使えなくてもいい。健康であれば剣が振るえる。強くなくても構わない。ただ健康でありさえすれば、驚きと興奮に満ちた世界を、縦横無尽に歩いてゆける。
そんな想像を膨らませながら眠りにつくことが、いったい何度あっただろう。いつ昏睡するかはわからない。だからこそ、そんな想像を抱きながら眠りにつけば、そのまま目を覚ますことがなくなっても、想像の世界で生きていける、かもしれない。
もし神様というものがいて、俺をこんな体で産んだことを少しでも後ろめたく思っているのならば、叶えてほしい。この願いを。そんなことを思いながら、今日もまた、ありもしない異世界に夢を馳せている。今は寝てるのか起きているのか、これは夢なのか妄想なのか、意識の区別を曖昧にしながら、深い深い眠りにつく。