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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

法衣貴族の死因について――葬儀屋は裁かない

作者: 茨野 三智
掲載日:2026/06/12

本作は、死因を確定する物語ではありません。

解剖・供述・現場の記録から、複数の可能性が提示されます。


葬儀屋ヴァーニスは真相を裁かず、ただ記録します。

その結果として残るものが、必ずしも「正解」とは限りません。

 



頭蓋ずがいを開けて欲しい」


「開けられるわけなかろう!」


 筆頭執行官は机を叩いた。


「権限解剖は認めた。それですら貴族連中から抗議が来ているんだ。これ以上は無理だ」


「娘が望んでいる」


「だから無理だと言っている!」


 怒声に部屋が震えた。


 エリスは唇を噛む。


「父は殺されたかもしれないんです」


「死因は心不全だ」


「でも――」


「証拠はあるのか?」


 ヴァーニスは答えなかった。


 証拠があれば、こんな場所へ来ていない。


 頭蓋を開けてくれと頼む必要もない。


 法衣貴族アドルフ・ベルナール伯爵が死んだのは三日前の朝だった。


 晩餐では魚の香草焼きとドワーフの火酒が供され、仔牛の煮込みを平らげたあと、いつものように葉巻をくゆらせた。


 そして寝室へ向かった。



 翌朝、死んでいた。


 それだけだ。


「食道、胃、腸、その他の臓腑に毒殺の兆候はない。話は終わりだ」


「だが、脳が冒されている可能性が――」


「もういい。お前たちは狂っている。次だ」


 執行官はもう書類をめくっていた。


 エリスが膝から崩れ落ちかける。


 それを後ろの侍女が、吸い付くような手付きで慌てて支えた。



 ヴァーニスは閉まった扉を見た。


 向こうでは次の案件が始まっている。


 伯爵の死は、もう終わった話になっていた。



 ☆



 白葬舎の窓を雨が叩いていた。


 処置室の寝台に伯爵の遺体が横たわる。



「エドガー、ビヨンドン。もう一度だ」


「先生、もう十回は見ましたよ」



「昼に九回だ」


「同じです」



「夜は死人の機嫌が違う」



 エドガーが嫌そうな顔をするが、新入りのビヨンドンは素直に頷く。


 ヴァーニスは袖を捲る。



「擦過傷、小さな内出血多数。死斑が強くて分かりにくい」


「昼と変わらないようです」



「……先生?」



 ヴァーニスはランタンをさらに近づけ、伯爵の肩を掴んだ。



「ビヨンドン。左を下に」


「はい」



 巨体の弟子が遺体を支える。



「エドガー」


「はい」



「打撲痕だけ描け」


「傷だけですか?」


「全部はいらん」



 炭筆が走る。


 右肩。


 右肘。


 右腰。


 右膝。


 右つま先。


 その間に紛れるように左腕と左脹脛。


 紙の上へ傷が並んでいく。



「先生」



 ビヨンドンが声を上げた。



「気づいたか」


「右側ばっかりです」



 ヴァーニスは人体図の真ん中に線を引いた。



「右側が機能していない」


「転んだ?」



「それだけなら話は早い」



 今度は左目を中心に円を重ねて描く。


 肩から肘、指。


 脇腹から膝。


 そしてもっとも傷が多い足先。


 外へ行くほど傷が増えている。



 エドガーが首を傾げた。



「何なんです?」


「視野だ。中心は見えるが、外側が見えていない」


「え?」



 ヴァーニスの煙に巻くような即答に、弟子たちは顔を見合わせた。


 そして遺体を見る。



「だから気に入らないのだ」


「先生?」



「心不全、か」


 静かな声だった。



「人間、死ぬ時は誰だって心臓が止まる」




 ☆



 ベルナール邸は葬儀の準備で慌ただしかった。


 使用人が走り回り、白葬舎の人員が生花を運び込む。


 白百合、オリエンタル・リリー。


 アルストロメリア、ジャスミン、カスミソウ。


 季節を無視して集められた、最高級の温室ものだ。


 屈指の財力が、白く飾られていく。


 ヴァーニスは、むせ返るような花の香りに眉をひそめた。



 死人は花が好きだと思われている。


 だいたい生きている連中の思い込みだ。



「次の使用人を」



 庭師が露骨に顔をしかめた。


 だがエリスを見ると態度を引っ込める。



「悪いけど呼んでもらえる?」


「……はい。お嬢様」



 洗濯メイドのアンが呼ばれた。



「早速だが――」



「お待ちなすって」



 声が割り込んだ。


 空気が変わる。


 黒い喪服に真珠だけが白かった。



 部屋へ入った瞬間、使用人たちの背筋が伸びる。


「伯爵夫人、この度は―――」

「葬儀屋、飾り付けは終わりましたの?」


「夕方には」

「なら結構」


 夫人はエリスへ視線を向けた。


「部屋へ戻りなさい」

「……お義母様」


 二人は視線を交わしたまま、どちらも動かない。

 エリスの後ろに控えていた侍女が、主人の身体を隠すように一歩前へ出た。


 ヴァーニスが口を開く。


「奥様。少々」


「手短に」


「最近、ご主人は震えやつまずき、壁にぶつかることが増えたそうですね」

「歳のせいよ」


 即答だった。


「文字も追えなくなって、最近は本すら読まなくなったわ」


 夫人はうんざりしたように言った。


「夜中も起きて、窓の外に誰かいると言うのよ」


「いつ頃からです?」

「天蓋へ幕を増やした頃です」


 答えたのは、前へ出た侍女のマルタだった。


「半年ほど前になります」


「よく覚えている」

「旦那様のことでしたから」


 ひとつなら老化で済む。


 ふたつでも偶然と言えなくはない。


 だが三つ揃えば話は別だ。


 ヴァーニスは静かに手帳を閉じる。



「主人は病死です。調べたければ好きになさい」



 夫人は踵を返した。


 エリスはなおも何か言いたげだった。


 だが侍女がそっと肩へ手を置く。


「お嬢様」


 その一言で、エリスは口を閉ざした。



 背中を見送りながら、ヴァーニスはふと口を開いた。



「知っていたのですか?」



 夫人の足が止まる。



「何を?」


「法衣貴族は開頭解剖できないと」



 夫人は振り返らない。



「さあ」



 それだけ言って去っていった。




 ☆



「客間にするべきです!」


「奥様のご指示です」



 エドガーとマルタが言い合っていた。


 寝室には次々と生花が運び込まれている。


 甘ったるい香りが鼻につく。



「どうみても寝台が邪魔でしょう!」


「片付ければ済みます」



 駆けつけたヴァーニスは口を挟んだ。



「エドガー」


「はい」


「与えられた場所でやるんだ」


「……わかりました」



 弟子たちがぶつぶついいながら天蓋を外し始める。



「変ですね」


 部屋を片付けていたメイドのひとりが文鎮を見ていた。



「どうしたの?」


「これ、こんな色でしたっけ」



 真鍮のドラゴンだった。


 鱗の一部が白く曇っている。



「先週、私磨いたんだけど」



 メイドの会話がヴァーニスに入ってきた。



 彼はその文鎮を手に取り、眺めまわす。


「……」 


 爪で擦ると白い粉が付いた。



「他にもありますか」


「え?」


「金属を探してください」



 使用人たちは分けも分からず、だが意図を持って探し始めた。


 鈍色の燭台。


 銀時計とペーパーナイフ。


 飾り盾。


 どれも同じように白く曇っている。



「これは……綺麗ですね」



 メイドが大事そうに抱えてきた香炉だけが妙だった。


「これはどこに?」


 彼女は寝台脇の教卓を指した。



 磨いたというより洗ったかのように、輝いている。


 ヴァーニスはしばらく眺めていたが、絞るように口を開いた。



「エリス嬢を呼んでほしい」



 ☆



 娘の告発をうけて、珍しくその日のうちに執行局が動いた。


「夫人を拘束した」


 筆頭執行官は機嫌が良かった。


「香炉の中から少量だが水銀が見つかってな。夫人の部屋からもだ」


「本人は?」


「自分のは白粉用おしろいようだとさ」


 鼻で笑う。


「聞き込みも中毒症状と合致している。綺麗に繋がった」


 彼はそう言った。

 その言葉が、ヴァーニスの喉元に細い刺のように引っ掛かる。


 磨かれすぎた香炉。

 白く曇った金属。

 白粉と水銀。


 あまりにも辻褄が合いすぎている。


 完璧な絵画をみているかのよう。


 だが、人が死ぬ時は、大抵もっと汚いものだ。


「認めたのか?」

「まさか、認めるわけなかろう。とてつもない遺産だぞ」


「……あの女には、妙な自信があった」


「ん?」


「夫人は私に、好きに調べろと言い放った」


 ヴァーニスは、立ち去り際のあの夫人の冷たい顔を思い出す。

 あれは絶対の自信ではない。――事実無根の人間が浮かべる拒絶にみえた。


「事件は終わりだ」


 執行官は、もう興味を失ったように去っていく。


 静寂の中、ヴァーニスと、無言だった娘と侍女が取り残される。


「お嬢様……」


 マルタがエリスの肩をそっと抱く。


「大丈夫よ」


 か細い身体を優しく支えるマルタは、母親のようだった。


「ヴァーニスさん」


 エリスが顔を上げた。


「なんでしょう」


「葬儀は予定通りに、行ってください」



「……よろしいのですか?」


「私は……問題ありません。よろしくお願いいたします」



 ヴァーニスは一礼し、客間を出てふたたび寝室に向かった。


 窮屈に並べられた椅子に腰かける。


 混ざった花の匂いが鼻を衝く。



 香炉ではない。


 水銀でもない。


 葬儀屋としての本能が、別の違和感を捉えていた。


 なぜ、この寝室を式場に指定した。


 客を入れる場所はいくらでもある。


 それなのに、わざわざここだ。


 思い出? 愛?


 ――違う。


 見せたいのではない。



 消したいのだ。


 誰かがこの部屋から、大急ぎで。


    

  ☆



 葬儀当日の朝は、よく晴れていた。


 昨夜までの雨が嘘のように空は青い。


 ベルナール邸の門前には弔問客の馬車が列をなし、法衣貴族の死を悼む者たちが次々と訪れていた。


 聖堂関係者。


 孤児院の院長。


 炊き出しを受けていた老人たち。


 それに加え、興味本位、噂好きな貴族もわんさかやってきた。



 アドルフ・ベルナールは、多くの人間に慕われた男だった。

 だが、向向けられる愛が深いほど、その裏には深い影が落ちる。



 ヴァーニスは黒服のまま会場を見渡した。


 伯爵の寝室は、すでに葬儀場へ姿を変えている。


 壁際へ寄せられた家具。

 白折々の花輪。

 祈りの台と無数の蝋燭。


 部屋の中央には棺が置かれ、その周囲を弔問客が花を捧げ、静かに行き交っていた。


 そして、かつて伯爵が眠っていた天蓋付きの寝台は解体され、支柱も幕も寝具も、すべて別室へ運び出されている。


 その光景を眺めながら、ヴァーニスは視線の端で忙しなく指示を飛ばす侍女の姿を捉えた。


「回収屋が来ていますが……」


「昨日倉庫に移したものを処分させて」


「……今日はさすがに―――」


「濡れていますから」


 何気ない一言だった。


 だが、ヴァーニスの眉がわずかに動く。


 近くにいたエドガーが首を傾げた。


「先生?」


「今、聞いたか」


「何をです?」


「侍女の言葉だ」


 二人は作業中の使用人たちへ目を向けた。


 濡れているから処分する。


 確かにそう言った。


 昨夜は雨だったのだから、不自然な話ではない。


 それでも胸の奥に小さな棘が残った。


 エドガーに短い指示を飛ばす。




 葬儀は滞りなく終わった。


 鐘が鳴り、祈りが捧げられ、馬車までの葬列が組まれる。


 棺は馬車に載せられ、墓地へ向かう。



 エリスは最後まで涙を見せなかった。


 ただ一度も棺から目を離さず、その後ろを歩き続けた。



 埋葬が終わる頃には日も傾き、弔問客たちも次々に帰路につく。


 屋敷へ戻った頃には、誰の顔にも疲労の色が浮かんでいた。



「先生、帰りましょう」



 エドガーが声をかける。


 だがヴァーニスは首を振った。



「先に戻れ。確保はできたか?」


「……はい。来週の回収です」



「寝台を見てくる」



 エドガーは半ば呆れたように息を吐いた。

 ビヨンドンはなんだか嬉しそうだ。



「まだ終わってないんですか」


「ああ」



 ヴァーニスは短く答えた。



「まだだ」



 倉庫には解体され、回収されなかった寝台が積み上げられていた。


 ヴァーニスは天蓋の幕を広げる。


 まず鼻をついたのは百合の香りだった。


 葬儀のために持ち込まれた花々の匂いが布へ染みついている。


 だが、その奥に別の臭いが残っていた。



 ごく微かに。


 意識しなければ気付かないほど弱く。


 焦げた穀物のような香り。


 蒸留酒特有の重い匂い。



 麦だ。


 ヴァーニスはゆっくりと幕から顔を離した。



「……」



 枕や毛布も臭う。


 誰かが大量の酒をこぼしたような残り香だった。



 再び寝室へ戻る。


 葬儀を終えた部屋は静まり返っていた。


 すでに夕陽は沈み、燭台が灯されている。


 ヴァーニスは寝台が置かれていた場所へ歩み寄った。

 床の色が違う。


 長年家具が置かれていた跡とは別の違和感。

 膝をつき、指先で床板をなぞる。


 焦げ目のような黒ずんだ円形の痕が残っていた。

 何か金属製の器を置き、熱せられた跡だ。


 さらにその近く。

 床板の継ぎ目に染み込んだ水跡が見えた。

 木がわずかに膨らんでいる。


 雨ではない。窓から吹き込んだ水でもない。

 もっと局所的で、不自然な濡れ方だった。


 ヴァーニスはしばらくその跡を見つめていた。


 焦げ跡。


 水跡。


 そして幕に染みついた酒の臭い。


 別々だった違和感が、ゆっくりと一つの形を取り始める。



「なるほど」



 小さく呟いた。


 思わず笑いそうになる。



 水銀ではないく、犯人はもっと単純で、もっと確実な方法を選んだのだ。



 閉ざされた天蓋から垂らされた幕。


 処分を急がれた寝台と濡れた部材。


 そして、焦げた穀物の匂い。 


 すべてが鮮明に脳裏に浮かぶ。


 散らばっていた欠片が音を立てて噛み合った。



 ヴァーニスは静かに立ち上がる。


 もう頭蓋を開く必要はない。


 真実は伯爵の頭の中ではなく、この部屋に残されていた。



「――開頭など、必要なかったな」



 ☆



 翌週、ヴァーニスは関係者を寝室に呼び出した。


 苛立ちを隠せない筆頭執行官。

 エリスと侍女のマルタ。

 伯爵をよく知る使用人たち。

 衛兵が彼らを囲む。


「おい、ヴァーニス、これはなんだ? 事件は片付いたんだぞ」


「筆頭殿、夫人の供述調書はお持ちいただきましたか?」


 彼は机の上に書類束を放った。


 事前にエドガーが指示を受けていたらしく、該当ページを見つけるとヴァーニスの口角が上がった。


「では皆さん」


 ヴァーニスは移動し、床の焦げ跡をなぞった。


「結論から言いましょう」


 短く、そう言った。



「伯爵を殺したのは水銀ではありません」



 執行官の眉が動く。


「なんの茶番だ」


 ヴァーニスは寝台のあった場所を指した。



「密閉された天蓋寝台の中で起きた、酸欠です」


 ざわめきが起こる。

 理解している者は二人を除いていなかった。


「呼吸できる空気が、意図的に奪われた」


 エリスが顔を上げる。


「……酸欠?」


「ええ」


 ヴァーニスは静かに続けた。


「三日前の夜、天蓋寝台の中、正確には寝台の下に“香炉”が置かれました」


 執行官が鼻で笑う。


「また香炉か。煙でも吸わせたのか」


「違います」


 そこで初めて、言葉の速度がわずかに変わる。



「使われたのは“ドワーフの火酒”です」



 エリスが眉をひそめる。


「それは……何ですか」


「燃える酒です。ただし、煙が一切出ない」


 料理長と執事は知っているようで何度か頷いた。


「煙が出ないなら、何の意味がある」


 執行官が吐き捨てる。


 ヴァーニスは繰り返しはっきり言った。


「酸素、すなわち呼吸を消費します」


 空気がわずかに重くなる。


「密閉された天蓋の中で燃えれば、外から空気は補充されない。

 やがて酸素濃度が下がり、伯爵は気づかないまま意識を失う」


 目を細め、一呼吸を入れた。



「そして、眠るように死ぬ」



 エリスが呟く。


「そんな……」



 執行官が低く言う。


「証拠はあるのか」


 ヴァーニスは即答した。


「残りません。外傷も出ません。解剖すれば“心不全”と記録されるだけです」


 ヴァーニスは指を立て続けた。


「ここが重要です」


 視線を床の焦げ跡へ戻す。

 真顔だが口は笑っていた。


「酸欠死は、誰でも自然死に見える」


 ポケットから手袋を取り出すと指をいれていく。


「だから犯人は、さらにもう一手を加えました」


 執行官が目を細める。


「もう一手?」


 ヴァーニスは頷いた。



「偽装です」



「偽装だと?」


「ええ。死因ではなく、“死の物語”の偽装です」


 エリスの指が震える。


「……どういうことですか」


 ヴァーニスは淡々と続けた。


「翌朝、寝室は“水銀中毒の現場”に書き換えられています」


 執行官が舌打ちする。


「最初からそれだと言っているだろう」


「違います」


 即座に否定する。


「順序が逆です。まず酸欠で殺す。そのあとで“水銀中毒に見えるように整える”」


 エリスが息を呑む。


「つまり……偽の死因?」


「そうです。半年前から、天蓋の幕を利用してご主人に水銀を吸わせ、じわじわと体を蝕んでいた。水銀中毒による『病死』に見せかけるために。……ですが……犯人は計画の猶予を失った」


 ヴァーニスは調書を見た後に床の焦げ目に目を移した。


「香炉は洗われ、微量の水銀が意図的に残されていた。さらに結露の痕跡まで利用されている」


 執行官が額の汗を拭う。


「結露?」


「火酒の燃焼で生じた水蒸気が冷え、金属に付着する。

 それを“水銀の痕跡”に見せかけた」



 ヴァーニスはようやく視線を上げた。


「つまりこの事件は二重構造です」


 指を一本立てる。


「第一に、酸欠による殺害」


 もう一本。


「第二に、水銀中毒への偽装」


 静かに言い切る。


「死因と“物語”が別々に作られている、ということです」



 誰とも分からず喉が鳴る。

 エリスの声が震えた。


「……誰がそんなことを」


 ヴァーニスは一瞬だけ沈黙し、そして視線をマルタに向けた。


「エドガー、調書を読み上げてくれ」


 エドガーは該当の文言をなぞるように読み始めた。


「”葬儀の式場を寝室に決めたのは夫人か?”」

「”いえ、私は広い客間での式を指示しました”」

「”だが、実際は寝室で行われた”」

「”私は知りません。ちゃんとマルタに伝えました”……以上です」


「このように部屋を“葬儀の形に変えた者”がいます」


 マルタは動かない。


 ヴァーニスは続ける。


「状況証拠はすべて彼女を指している」


 執行官が吐き捨てる。


「動機は?」


 その問いに、ヴァーニスは答えない。


 代わりに、調書の別の事実をエドガーが続けた。


「”夫の興味は私にはなかった”」

「”どういうことだ”」

「”エリスに近づいていた”」


 その瞬間、エリスの呼吸が止まる。


 ヴァーニスは続ける。


「これは私の勝手な推測ですが、その動きを最も早く察知し、バランスを守り、長く維持したかった」


 エリスの視線が自然とマルタへ向かう。


「これは、執事から預かった出生記録です」


 筆頭執行官に渡すと彼は最後のページを指で追った。


「なんてことだ……」


 使用人たちは当然知っている。

 エリスを除いて。


 そこにあるのは、否定されない沈黙だった。



 ヴァーニスは代わりに、書類を閉じる。



「この件は以上です」



 執行官は腕を組んだ。


「どうするつもりだ」


 ヴァーニスは静かに答える。


「私たちは葬儀屋です」



 マルタは最後まで動かなかった。


 否定も、肯定もなく。


 口は一文字のまま、目を赤くはらせていた。


 夜の匂いが流れ込む。


 誰も訂正しない。


 誰も救済しない。


 ただ一つだけ確かなのは──


 この事件には、もう“真相”は存在しないということだけが、全員に共有されているということだった。


葬儀屋ヴァーニス第二弾、いかがだったでしょうか。


読了ありがとうございます。


本作の死因はひとつに確定しません。

解剖・供述・現場の記録、それぞれが異なる可能性を示す場合があります。


葬儀屋ヴァーニスは真相を裁かず、ただ記録するだけです。

そのため、本作の結末は読み手によって異なって見えることがあります。


葬儀屋ヴァーニス第一弾

https://ncode.syosetu.com/n8078mh/


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