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追手から逃れる 1


この世界では、ゴブリンは絶滅に値する種族と見做されております。

今まで滅んでなかったのは、彼らの異常なまでの生存力と繁殖力があったから。

しかし、文明が進歩し続け、一つの境を迎える時代に、彼らは漸く滅びの運命が迫ってきたのです。




一匹でも、例え人前に姿を現すことがないゴブリンでも、草の根別けてでも駆除される。

そんな時代に、本当に人に害をなさないゴブリンが居た。

彼女は、逃げる。追跡の手が伸びてくる前に、彼女をゴブリンでなく人族として、家族として愛してくれた者達の為に。





「……はい、締めて50ジェルだね」

「えっ、それくらいでいいんですか?」

「最低限の旅の嗜好品だよ?もっと吹っ掛けても良かったけど、お嬢ちゃんが可愛いからおまけしとくよ」

「あ、ありがとうございます!」


リブマリアが素直な感謝のお辞儀をしてから、財布の金銭を渡して交渉を終える。

行商人から受け取ったのはある薬品の小瓶と、ある薬草を詰めた小袋と、手帳サイズの本だ。

エルフのコミュニティからやってきた行商人。

彼の行く道にぼくらが居たので、少女と若い男の二人組を散歩か遠足かいと声かけられた。

ぼくは無視されることを想定してたので、元々知らない人間とのやり取りが希薄だったし、つい口籠った。

だけどリブマリアが旅をすること。昨日出たばかりです。と明るく自然に返答していた。

彼女の品格のある美貌を目の当たりにして、商人は馬車を止めて彼女と交渉を始めた。

リブマリアも村で買い忘れたものがあったかも、と相手の機嫌に合わせて、今に至る。

ぼくは、その間は一切口を出さずに見守った。


馬車の御者兼護衛が、ぼくと対角線上にした位置から商人とリブマリアのやり取りを、そしてぼくを見ている。

疑るような、訝し気な目だった。

彼や、商人も時々配っているぼくへのそうした視線に、リブマリアが明るく気を使った。


「彼は私の旅を護衛してくれてるんです。カジュモルドさんはとっても頼りになります!」

「そうかい……」


何か言いたげそうな口ぶりに、慣れているぼくはそっと視線を外すだけで凪のように受け流した。

……フード、被ってくれば良かったかな。

まだ肌寒いから、温室育ちのリブマリアが冷えないように、重ね着も兼ねて渡していた。

そのリブマリアが、彼らがぼくから逸らすように話題を振る。


「あの、最近、何か変わったことはありませんでしたか?」

「変わった所?……そうだな、エルフィン村を出る前に、自警団らしきエルフ達が冒険者と一緒に出かける所を見た。……まるで山狩りに行くみたいに」

「えっ。……あ、あの、私達も先日村から旅立ったばかりですので、詳しく」

「と言っても私も遠目で見かけただけだからなぁ。……だがおかしいよね、ここらのモンスターは偶にスライムとホーンラビット(角付き兎)が出てくるくらい平和な所なんだけど……まさか、ゴブリンが流れてきた、とか」


リブマリアが息を詰めらせ、固まった。

だがその反応を、恐ろしい小鬼への驚きと恐怖から来たものだろうと解釈されたようだ。


「お嬢ちゃん、出来れば私らと一緒に居ようか?」

「……いえ、大丈夫です。彼も居ますから……」

「その馬車に二人を乗せる余裕はないだろう。あんたにも次の交渉先があるんだし、こんなことで足を遅めなくていい。お節介は焼かなくていい。こちらはこちらで自分達の身を護るさ」


突然割ってきたぼくに、商人は訝しむような目で睨み付けかけて……だがすぐに振り被る。

何を考えているかは想像が付く。エルフにしては醜い、今し方話したゴブリンのような面構えをしていたからだろう。

だが、容姿での偏見は持たない主義らしい。

情報代として1ジェルを差し出す。ただのチップだ。商人は神妙な面持ちで受け取った。

そして、旅を始めたばかりの愛らしい、エルフと思われる少女に目線を合わせて再度忠告する。


「いいかいお嬢ちゃん、万一ゴブリンを見かけたら絶対に無理に倒そうとしちゃだめ。見つかる前に、見つかったら必ず、逃げるんだよ」

「…………はい」

「あんたも、何よりこの子を守るんだ。いいか、絶対に守るんだよ」


強く頷く。言われるまでもない。




リブマリアは手を振っていた。商人を乗せた馬車が、見えなくなるまで。

そして、他人の目がもう無いだろうと、ぼくに確認を取ってから、こう言った。


「変装、ばれませんでしたね」

「ああ、完璧に、どこにでも居るエルフの美少女だ」

「び、美少女なんてそんな」


赤面になるリブマリア。そんな彼女は元の肌色であっても、元の耳形であっても、美しい少女には違いない。

母さんにかけられていた。今はぼくがかけている変装の魔法。

昨夜、父さんに渡されたアイテムグッズの中に、ぼくが使えるだろう魔法の構想レシピと必要な薬品の調合レシピが詳細に乗せられた手帳があった。筆跡は母さんのだ。

山や森、川で採れる草や木の実の簡易説明。遭遇するかもしれないモンスターの覚書まで、これからの旅で必ず役に立つものばかりだ。

その中で真っ先に注目するように付箋を貼ってあったのが、変装の魔法のやり方と化粧のレシピ。女の子には必須!との強調から書かれた素材を、ついさっきの行商人から買ったのだった。


それはそれとして、ぼくはリブマリアを見遣ってから、木に登る。

哨戒だ。

秋枯れから冬の木ならこちらが見つかる危険があったが、今は萌え茂った春。

木々の薄緑の木の葉が、ぼくの姿を隠してくれる。

狩人として何十年も過ごした山々の違和感。森の人という異名もあったエルフとしての鋭い聴覚と視覚を集中して研ぎ澄まさせる。


(…………あっちか。思ったより、鈍行?いや、昨日のキャンプ跡地から念入りに捜索しているかもしれない)


ぼくは木から降りる。

それからさっきまで居た道路……特に商人の馬車が停まっていた轍の痕跡を探し、風魔法で消した。


「カジュモルドさん、何をしているんですか?」

「追跡の手がかりを無くしているんだ。あっちがコレを見つけて、さっきの商人を追い掛けて捕まえて、ぼく達のことを聞き出すかもしれない」

「えっ……」

「気休め程度だけど。ぼく達も、ここから少し早く歩こう。急いで」


荷物袋の括り紐をしっかり縛って、ぼくとリブマリアは駆け足に近い早歩きで道路を歩き、すぐ脇道に逸れた。


「森に入るんですか?」

「ああ、バカ正直に道路を歩いたら追い付かれる。予定よりかなり迂回することになるけど、大丈夫か?」

「はい!頑張ります!」


良い子だな。と思った。




奴らが何を、誰を探しているかは分かってる。

リブマリアと、ぼくだ。

先ずぼくは、先日同胞に弓矢を放ち負傷された。理由はどうあれ、極刑になっておかしくない。

父さんの言い分だと追放処分に落ち着いたらしい。だが納得しない奴も多いだろう。直接審判を下しにわざわざ隊を作って山狩りを始める。ご苦労なことだ。

深刻なのはリブマリアだ。さっきの商人の推察はあながち的を外してない。

ぼくもつい先々月までこの領内にゴブリンが居た件を知ったのだ。しかも領主である伯爵が隠して育てていた。

こちらはとても深刻な大事だ。もし世間に知られたら伯爵の地位が失墜し、もっと最悪なのが領土そのものの剥奪。エルフのコミュニティも焼き払われるかもしれない。

だからその万一が起きない為に、彼女を消す心算なのかもしれない。


(そんなことは、させない)


ぼくの命に代えても、リブマリアを守り通すんだ。

二ヵ月くらいだけど家族として過ごしてたから分かる。ゴブリンがどんなに害悪な種族でも、この子は、何の罪もない少女なんだから。







この辺り一帯の森と山のことなら、ぼくの家の庭同然だ。

父さんが居る時は、彼から森と山の暮らし方を学び、父さんが居ない時は、一人で何日も野宿生活をしたこともある。

ふと気が迷ってこのまま何処かへ消えてもいいかなと、領内から抜けようとしたこともあったっけ。結局父さんに捕まって「お前に外の世界はまだ早い!!」とこっぴどく叱られたな。

話が逸れた。兎に角、そんな訳でぼく一人ならば奴らを撒ける自信はあった。

町でまったり暮らしていた、野生も学んでない軟弱者共に捕まってたまるか。


(問題は、協力する冒険者か)


父さんはよく出張の、冒険先の話をしてくれる。彼らのことを聞いて、冒険者は凄い人達だとぼくは思った。

揃いも揃って命知らずで、中にはやむを得ない事情もあるけれど、大抵は闘争心と好奇心が旺盛で無ければ出来ない職人達。

剣や魔法、拳や知識、必ず一人に一つはある得意分野を伸ばしに伸ばしてやることが、己の身一つで危険な場所に探索に行くこと。

その報酬もまた当たり外れが大きく、国に讃えられる程の名誉や絶大な富を得れれば、命からがら帰って得たのは教訓だけだったのも。

浪漫に満ちた話もあれば、ただの滑稽話でもある。…………ぼくも、時々そんな彼らになったかのような、夢を見てしまう。


(そんな彼ら、つまり探索のプロが、ゴブリンを狩りに来る)


ゴブリンは最も多く冒険者に狩られたモンスターだ。余りに余るくらい点在し、無辜の人々に危害を与えてきたから。

ぼくは変装を解いたリブマリアを見る。

顔だけ見ればそこら辺のエルフにも勝る美貌の、けれどエルフより短く尖った耳と、緑色の肌。

この特徴を捉えれば、彼らなら容赦なく、リブマリアを討伐するだろう。


今夜は焚き火も出さない。

宵闇の中でも狼煙は目立つからだ。哨戒されれば先ず捕捉される。


直ぐに移動できるよう、テントも張らなかった。

ぼくの目の前に転がるようにして、寝袋に入ったリブマリアが目を閉じていた。

ぼくは丁度良い幹を背凭れにして座位のまま眠る。身体に休息が届く様に深く、しかし直ぐ意識が目覚めるように浅く眠る。


(――――光?)


焚き火は点けてない。

リブマリアの荷物?彼女の鞄から何かが光っている。深夜の帳に覆われた暗黒の森からも、一筋の光が。


ぼくはすぐに弓と矢を取って、森側の光に向けて放った。

うわっ!と悲鳴が聞こえた。

気配は、一人分しかない。

リブマリアの傍に行き、彼女を庇うように二本目の矢を構える。


「待て!待ってくれ!撃たないでくれ!」


鏃を握る手はまだ放さない。たぶん命中はしてない。夜目が追いつくまでまだ時間がかかる。

だが、妙だと思った。

相手の動向に違和感。何故、光を消さない?自分の位置を教えているようなものだ。

周囲への警戒。……動物の声すらこの近くにはない。今この場に居る第三者は、一人だけ。


「ゆっくり、出てこい」


ぼくがそう命令すると、相手はその通り、一歩、わざと落ちた枝を踏んでまで、自分の存在を示しながら、近付いた。

んん、と背後のリブマリアが微睡から覚醒へと移るのも感じた。


「カジュ、モルドさん?なにか……」

「お嬢様」


暗闇からの一声で、リブマリアはハッと身を起こした。

ぼくは彼女が前に出ないよう背を盾にする、けれど、リブマリアは「大丈夫です!」と乗り出した。

闇濃い茂みから現れた人物は、そこそこ年を取った人間の男だった。

彼の手に持つ光源が、この場にはやや似付かわしくない、執事が着る燕尾服も露わにしていた。


「お嬢様、ご無事で……!」

「リックさん!あなた、どうしてここに!」


顔見知り同士が安心した様子の二人を見て、ようやく、ぼくは弦をゆっくり戻すことにしたのだった。


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